金田一耕助

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金田一 耕助
初登場 本陣殺人事件』(1946年)
最後の登場 悪霊島』(1979年)
作者 横溝正史
詳細情報
性別 男性
職業 私立探偵
国籍 日本の旗 日本

金田一 耕助(きんだいち こうすけ)は横溝正史推理小説に登場する架空の私立探偵

人物[編集]

容姿[編集]

「雀の巣のような」ぼさぼさの蓬髪をしており、人懐っこい笑顔が特徴。顔立ちは至って平凡、体躯は貧相で、身長は5尺4寸(163.6センチメートルくらい)、体重は14貫(52.5キログラムくらい)を割るだろうという。「女王蜂」では風呂の場面で筋骨隆々とした多聞連太郎の裸体を見た時、金田一が己の体のみすぼらしさに劣等感を覚える記述があるなど、本人も体格に劣等感を抱いている描写が作品中多々見受けられる。

服装は皺だらけの絣(かすり)単衣(ひとえ)の着物と羽織によれよれの袴を合わせ、形の崩れた帽子(お釜帽、パナマ帽、中折れ帽など)を被り、足元は爪が飛び出しかかっている汚れた白足袋に下駄履きが定番である。このような姿は、昭和初期の若者によく見られたありふれた書生スタイルだった。

横溝は「本陣殺人事件」で金田一について、「この青年は飄々乎たるその風貌から、アントニー・ギリンガム君[1]に似ていはしまいかと思う」と述べている。このような金田一のさえない恰好は、初対面の相手には年齢問わず、ほぼ例外なく侮られる傾向にある。反面、非常に母性本能を刺激するもののようで、女性からの受けはとても良い。

寒い時期には羽織袴の上から上着(防寒着)に「二重回し」(とんび。袖なしのインバネスコートのこと)を着こむ。「蝙蝠と蛞蝓」では雰囲気がコウモリに似ていると言われたことがある。捜査のため洋服で変装することもあったが、「貧弱なサラリーマンにしか見えない」と等々力警部に笑われたり、似合わない格好だと揶揄されることが多く、作中でも「これが金田一が和服にこだわる理由だろう」と推測されている。

ほとんどの事件において観た目は「35・6歳」と記述され、齢五十を超えているはずの最後の作品『病院坂の首縊りの家』でも見かけはほとんど変わっていない。作品通してれっきとした中年男(当時としてはなおのこと)であるが、生活感が薄く書生気質を残している。

所持品[編集]

事件のため遠出する際には「ボストンバッグ」や「かばん」を提げて赴く。石坂浩二の主演映画作品からトランクのイメージが強いが、これは映画オリジナルであり、原作準拠ではない。復員直後の「百日紅の下にて」では雑嚢を持っており、金田一のデビュー作「本陣殺人事件」や「黒猫亭事件」などの初期の作品と、最終作「病院坂の首縊りの家」ではステッキを持っている。

探偵としての小道具として、虫眼鏡のほか、折りたたみナイフ(または小型の十徳ナイフ)、薄い手袋、小型で強力な懐中電灯などを常備している。犯人との対峙の際に、用心のため防弾チョッキを着込むこともあった。

言動[編集]

事件の本質に迫った時や意外な事実を知ったときなど、興奮するとスズメのようなモジャモジャ頭を毛が抜けるほどにバリバリと掻きまわし、言葉が吃りはじめる。この頭を掻きむしる際にフケがとび、周囲のものをしばしば当惑させる。横溝は「もじゃもじゃの頭をひっかきまわすのは、私自身の癖を誇張したのである」と語っている。また、何か重大な発見をした場合、口笛を吹くように口をすぼめたり、実際に口笛を吹くクセももつ。

いつもは眠そうな、ショボショボとした目つきをしているが事件の渦中にあって、かつ自身が強く興味を持ったことに対しては真剣な目つきに変わる。金田一には人を和ませる天性の雰囲気と話術があり、警察がどんなに骨を折っても聞き出せない情報も、金田一にかかるとたやすく引き出されてしまう。

普段の発言は控えめでのらりくらりとしている。概ね犯人や登場人物の行動がそこに至るまでの苦悩を思い、憐憫の情を示すような口ぶりや悩ましげな顔をし、激しく貧乏ゆすりをしたり、ハンケチを揉みくちゃにしたりする。犯人の動機や関係者の行動が著しく非社会的・非人道的で、狡猾かつ独善的な場合には、強く厳しい発言・批判を浴びせる。犯人を取り逃がしたときなどは地団太を踏むなど、激しい姿を見せることもあった。若い世代に対しては歳相応に分別のある話し方をすることが多い。

事件が解決すると、強い興味を引く目的がなくなり、また事件関係者たちのその後の運命を想って落ち込み、強い孤独感(一種のメランコリー)に襲われるため、ふらりと旅に出てしまうことが多く、等々力警部らは早く金田一を立ち直らせようとわざわざ事件を押しつけることもあった。

探偵方法[編集]

捜査の方法は、事件に絡む人脈・人間像の丹念な検証が主で、探偵事務所開設の際に、久保銀造に「足跡の捜索や、指紋の検出は、警察の方にやって貰います。自分はそれから得た結果を、論理的に分類総合していって、最後に推断を下すのです。これが私の探偵方法であります。」と説明している。

いつもは着物に袴の金田一も、「ギャバのズボンに濃い紺地の開襟シャツといういでたち」(「支那扇の女」)、「鼠色のズボンに派手なチェックのアロハベレー型のハンチング帽べっ甲縁の眼鏡」(「雌蛭」)など、洋服を着ることがあり、これがそのまま変装になっている。また探偵小説の主人公らしく、犯人あぶり出しのために別人に変装することもあった。着物に袴のまま大道易者に化けていたときには、「けっこう当たる」と評判をとっている(「暗闇の中の猫」、「黄金の指紋」)。

いつも最後の瞬間まで捜査関係者に手の内を明かさないため、さらなる犠牲者を生むことも多く、またあえて犯人に自決を促したり、見逃すケースもあり、「事件は解決できるがホシは逃がしてしまう」ということもちょくちょくある。等々力警部はこれを「金田一耕助流のヒューマニズム」と述べている。

金田一は警察には協力するが、情状によっては必ずしも真犯人を警察に引き渡すことを目的としておらず、逆に自決を思いとどまらせることもあった。金田一にとってはあくまでも、事件の真相を知ることに最大の意味があるからである。また世間的に真相が知られなくとも、真犯人が死ねば「報いは受けた」と考えている。

「運動音痴」と謙遜することもある金田一だが、背後からの敵襲にすばやく反応する勘を持ち、投石をかわして危うく一命を免れたこともあった。

少年向けジュブナイル版での金田一はさらに活動的で、捜査のために浮浪者などに変装したり、走行するトラックの裏に取りついて敵地潜入を行ったり、袋詰めにされ海中に投棄された際には、ナイフで袋を破り脱出するなど、高い運動能力を見せている(「黄金の指紋」)。

趣味・嗜好[編集]

趣味は映画や絵画鑑賞(「仮面舞踏会」など)で、義理半分だが絵を購入することもあった。鳳千代子の熱心なファンで、出演作は金田一が応召されていた期間に封切られた映画まですべて観ているほどである(仮面舞踏会)。学生時代には歌舞伎役者佐野川鶴之助と誼を通じ彼の後援会「丹頂会」にも加入していた。鶴之助との交流が途絶えた後も「ひととおりは見なきゃ気がすまない」ほどの歌舞伎ファンである(「幽霊座」)。気分が高揚したときには歌舞伎のせりふを口ずさむこともある(「女怪」「傘の中の女」)。スポーツの方は苦手で、「仮面舞踏会」ではゴルフに誘われた際に「運動音痴、すなわちウンチ」と発言している。ただし、ボートを漕ぐことと、東北出身であることからスキーは得意。

ヘビースモーカーで、いつも灰皿が吸殻の山になっている。銘柄は「ピース」と「ホープ」を愛煙する[2]。戦前は「チェリー(CHREEY)」を愛煙していた(「本陣殺人事件」)。

二十歳ごろのアメリカ滞在時に、ふとした好奇心から麻薬に手を出して深みにはまり、厄介者扱いされていた事がある。久保銀造の意見を容れてこの悪習は断ったが、この際「麻薬も結局大したことはありませんからな」とうそぶいている。この「麻薬中毒者」という設定は、横溝がシャーロック・ホームズに倣ったもの。同じく金田一が若いころにアメリカを放浪しているのは、谷譲次の『めりけん・じゃっぷ』物に倣ったもの。

酒はあまりすすんでは飲まないようだが、下戸ではない。磯川警部と食事をしながらビール瓶を2、3本開けたり(「湖泥」「悪魔の手毬唄」)、大きな徳利を数本あける。事件解決後、気の抜けたビールを「このほうが刺激が少ないから」とちびりちびり煽りながら事件説明を行ったり、事件解決後に犯罪者たちのあくどさを垣間見て悄然となり、酔って気分を紛らわすため自宅で一人ウィスキーを煽ることもあった。

等々力警部とはいきつけのクラブ「スリーX」があり(「白と黒」)、また風間俊六の愛人が経営している「クラブK・K・K」もあるが(「病院坂の首縊りの家」など)、後者の方はもっぱらクラブの用心棒であり、金田一の手駒である多門修に偵察を依頼したり、情報を収集するのが訪れる目的のほとんどのようである。

一人暮らしから、食事は簡便に済ますことが多い。朝食はトーストゆで卵(しばしば茹で過ぎる)・牛乳が中心で、他にもサラダや果物、アスパラガスの缶詰などを付け合わせることもあるが貧相なもので、朝の身支度と同時進行で数分で片づけてしまう。横溝は「これが流儀」と述べている。

昼・夕食は銀座の行きつけの料理屋で済ますことが多く、和食や中華料理を好んで食べている。少食で、「蕎麦一杯で満足」ということもあったが、考え事があると酒と併せ大食することもあった。概ね、食事シーンは大食漢の等々力警部と対照的に描かれる。

命名・モデル[編集]

作者・横溝正史のエッセイ「金田一耕助誕生記」によれば、金田一耕助はA・A・ミルンの探偵小説「赤い館の秘密」に登場する素人探偵アントニー・ギリンガムの日本人化である。これは金田一初登場作品『本陣殺人事件』でも説明されている。

金田一の風体は、劇作家の菊田一夫がモデル。横溝はラジオからの菊田のファンだった。『金田一耕助の帰還』でも「一見小柄で貧相だが、うちに大いなる才能を秘めた人物」としてモデルにした旨が記されている。横溝は一度菊田に会ったが、この時菊田は洋服姿で、頭ももじゃもじゃではなかった。ちょうどその頃新聞で小島政二郎が『花咲く樹』を連載しており、レビュー劇場の座付き作家が岩田専太郎の挿絵で描かれていた。この座付き作家の姿が「着物に袴」で、横溝はこのイラストが菊田のイメージとダブっていったと述べている。こうしてこれらのイメージを重ねて金田一の姿が出来あがった。

江戸川乱歩の創出した探偵明智小五郎も初期は髪がボサボサで飄々とした風体であったのだが、段々とダンディに変貌していったため「明智が変わってしまったから金田一をやる気になった」との作者の弁がある。

金田一がもじゃもじゃ頭を掻き回すのは横溝自身の癖を誇張したものだが、横溝が後に人から聞いたところによると、菊田一夫も頭髪を引っ掻き回す癖があったという。横溝は「これは偶然の一致だろう」と述べている。

名前も当初は菊田に因んで「菊田一○○」と付けようとしていたという。だがこれは菊田に失礼であろうし、いくらなんでも実在すまいということで取り止めた。そこで横溝は、疎開前に住んでいた東京・吉祥寺隣組にいた、言語学者金田一京助である金田一安三(やすぞう)の表札を見ていたことから前述の“菊田一”に近い苗字である“金田一”を取り、名前は“京助”を捩って“耕助”と付けた。

横溝は無断借用した形の「金田一耕助」名について、「紛らわしい名前を使って金田一京助先生がご迷惑しているのではないか」と心苦しい思いをしていた。金田一とは野村胡堂通夜で同席したものの謝りそこね、昭和47年に金田一が物故したため、横溝にとってこれが「二重のシコリ」となっていたという。その後、人づてに金田一春彦から「金田一耕助さんのおかげで世間の皆さんからキンダイチと正確に発音してもらえるようになった、難しい苗字なのでいろいろ読み違えられて困っていた、こちらこそ感謝していると伝えて欲しい」との言葉を貰い、「ほっと安堵の胸をなでおろした」と述懐している。

家族・知人[編集]

両親とは探偵稼業を始める前に死別しているらしいことが、「仮面舞踏会」中の金田一のセリフからうかがえる。生涯独身であったとされるが、「獄門島」の鬼頭早苗と「女怪」の持田虹子に作中で想いを寄せており、決して朴念仁というわけではない。

久保銀造、風間俊六、神門貫太郎という三人のパトロンがおり、彼らの援助に支えられている[3]。風間俊六の愛人である「松月」の女将節子は、年下ながら姉のように金田一の世話を焼いてくれている。

警察から高い信頼を受けており、ことに警視庁の「古狸」と異名をとる等々力警部は公私ともに付き合いのある大親友である。同じく岡山県警の「古狸」と異名をとる磯川警部とも、事件があれば助力を受け合う旧知の仲である。

元・愚連隊上がりの多門修という冒険好きの若者を冤罪から救ったことがあり、この多門は金田一を慕って、たびたび捜査の助手を務めている(「雌蛭」には多門六平太という、多門修とほぼ同じ経歴の人物が登場している。この二人は同一人物と思われる)。同郷の後輩で「新日報社」社会部の宇津木慎介記者も、金田一の協力者のひとりである。

横溝正史とは「耕ちゃん」、「先生」と呼び合う仲である(小説中では「金田一の事件記録者である探偵小説家のY」としている)。横溝によると、「私はかれよりさきに生まれているので、そういう意味でかれは私を先生と呼ぶのであって、微塵も私を尊敬していない」のだそうである。また横溝は金田一を「いらまかし男」と呼んでいて、来ると必ずなにかしら不安のカゲを落としていくので、「私はこの男が大嫌いなのだ」と語っている[4]

住所・事務所[編集]

復員直後は京橋裏の焼け跡に残った「三角ビル」という三角形の「怪しげなビル」の最上階に、探偵事務所兼住居を持っていた(「黒蘭姫」)。

昭和22年ごろになると、中学の同級生で建設会社社長の風間俊六が愛人(作中では「2号さんだか3号さんだか4号さんだかわからないが」と記述される)の節子に女将をさせている大森の山の手にある割烹旅館「松月」(しょうげつ)の、四畳半の離れに居候して、ここを事務所兼自宅にしている。生活力は薄く、煙草銭にも欠く有様で、よくこの「松月」の女将から小遣いをもらっている。「松月」での寄食は昭和31年ごろまで続けている。

昭和23年ごろになると住居を別にして銀座裏にあるビル(三角ビルと同一と思われる)の最上階に事務所を開業(「死仮面」、「女怪」)しているが、すぐに引き払って「松月」に戻っている。

昭和32年ごろ、さらに住居を世田谷区緑が丘の緑ヶ丘荘(後に「緑ヶ丘アパート」)の二階フラットに定め、ここが「定住の場所」となった(引越しの時期を昭和32年とする説が有力で、経歴では昭和32年説を採用)。

仕事の成功報酬はほとんどの場合、満足に得られていない。金田一は興味を持てない事件には、いくら多額の報酬を提示されても見向きもしないが、反面興味をそそられた事件は報酬も構わず、手弁当でこれに没頭してしまう。それでも蓄財はしていたようで、「病院坂」の事件解決後、近しい人たちに莫大な金額を寄贈している。

記録者[編集]

金田一耕助の関わった事件を記録、小説化しているのは、横溝正史をモデルとした「Y先生」「S・Y」「成城の先生」などと呼ばれる探偵小説家である。作中にこの作家の実名は一度も登場していない。第一作の「本陣殺人事件」では、事件の話を聞いて、作者が情報を集めて作品化したことが述べられている。「黒猫亭事件」では、その連載を読んだ金田一が作者の元を訪れ、作者による小説化を認めるくだりがある。

「獄門島」の事件のことは、この時に彼から直接聞かされたことになっている。黒猫亭事件そのものは、後に金田一が作者に資料を郵送したのが元である。それ以降は、従って金田一が作者に話すか資料提供したことで作品化されたものとされている。Y自身も作品中にしばしば登場し、事件現場に絡むことすらあった。

また金田一耕助は事件の渦中にいた人物に事件の小説化をすすめることがあり、「八つ墓村」「三つ首塔」は金田一のすすめにより登場人物が記録した形式をとっている。他に「蝙蝠と蛞蝓」「殺人鬼」「夜歩く」「七つの仮面」などが作中人物の一人称で語られている。

経歴[編集]

大正2年(1913年) 

  • 東北地方に生まれる[5]。金田一の誕生年について、横溝(明治35年(1902年)生まれ)は、「かれは私より11歳年少である」と述べている[6]。金田一耕助の誕生日は不明だが、横溝は読者との座談会で、「金田一は早生まれである」と語っている[7]

昭和6年(1931年

  • 4月、地元の中学を19歳で卒業後、同窓生の風間俊六と共に青雲の志を抱いて上京し、某私立大学(日本大学予科の薬学系という説がある[8])に籍を置いて、「神田あたりの下宿をごろごろ」していた。中学時代の先輩の大学生の紹介で歌舞伎役者・佐野川鶴之助の後援会である丹頂会に入会。また、この時期に映画女優・紅葉照子のファンになる。大学入学後、一年もたたぬうちに日本の大学がつまらぬような気がしてふらりと渡米。

昭和7年(1932年

  • 渡米先で映画俳優・ジャック安永と知り合う。皿洗いなどを経験しながら一時は麻薬の悪癖に溺れるが、19歳のときにサンフランシスコの日本人間での殺人事件を解決する。この時在留日本人会の席上で出会った岡山県の果樹園主、久保銀造に学資を援助してもらいカレッジに通う。またのちの探偵業を念頭に、「多少なりとも医学的経験を積んでおきたい」と、夜間は病院に勤務して看護夫の見習いを務めている。

昭和10年(1935年

  • カレッジを卒業して帰国。久保銀造に無心して5千円(当時の相場参考:国鉄初乗り5銭、銭湯7銭)の援助を受けて東京に探偵事務所を開設。開設後半年ほどは依頼人もなく商売にならなかったようだが、やがて立て続けに大きな事件を解決して、“名探偵・金田一耕助”の名を世に知らしめた。また、この時期に同窓生だった風間俊六と再会している。

昭和11年(1936年

  • 8月25日、稲妻座の歌舞伎役者失踪事件。

昭和12年(1937年

  • 11月27日~29日、「本陣殺人事件」を解決。この事件で岡山県警の磯川常次郎警部と知り合う。

昭和15年(1940年

昭和17年(1942年

  • 転戦を重ね、ニューギニアウェワクまで南下。部隊が全滅に等しい打撃を受けて敗走。他の部隊との再編成によって、川地謙三、鬼頭千万太と知り合う。ここで金田一は戦友たちの爆死体や病死体を常に注意深く見守り、死後硬直の状態について勘を鋭くし、復員後の探偵業に生かしている。

昭和18年(1943年

  • ウェワクの前線に部隊が取り残され、本年以降戦闘は全く無く、金田一の部隊は熱病と栄養失調の中、孤立状態に陥る。

昭和20年(1945年

  • 8月15日、ウェワクで終戦を迎える。

昭和21年(1946年

  • 復員。戦友の依頼により「百日紅の下にて(9月初旬)」「獄門島(9月下旬~10月上旬)」「車井戸はなぜ軋る」などの事件を解決。「獄門島」事件にて鬼頭早苗と知り合い、「獄門島を出て一緒に東京へ行こう」と申し込むが断られる。
  • 10月上旬に岡山の探偵作家・Yを訪ね、伝記作家として親交を持つ。また、帰郷する汽車の中で風間俊六と再会。この頃に京橋裏(銀座裏)の三角ビル5階に「金田一耕助探偵事務所」を開設する。
  • 11月中旬「蝙蝠と蛞蝓

昭和22年(1947年

  • 三ヶ月ばかりで事務所を閉めてしまい、風間の二号(愛人)節子の営む大森の割烹旅館「松月」の離れに転がり込む。
  • 3月下旬「暗闇の中の猫(原題「暗闇の中にひそむ猫」)」を解決。この事件で警視庁の等々力大志警部と知り合う。
  • 3月26日、28日~30日「黒猫亭事件(原題「黒猫」)」
  • 4月中旬~26日「殺人鬼
  • 9月28日~10月11日「悪魔が来りて笛を吹く
  • 11月中旬「黒蘭姫

昭和23年(1948年

  • 夜歩く(5月5日~9日)」「八つ墓村(5月中旬~9月初旬)」事件を解決し、ことに「八つ墓村」事件で多額の報酬をふところにした金田一耕助は、探偵作家・Yと伊豆へ旅行する。
  • 9月初旬、10月初旬・中旬、12月、翌年1月「女怪」解決。「女怪」事件の関係者・持田虹子に懸想するも、虹子は自殺。

昭和24年(1949年

  • 「女怪」事件で受けた失恋の痛手で、一カ月ほど北海道を放浪する。
  • 秋「人面瘡
  • 10月上旬・中旬、11月1日~3日「死仮面
  • 10月18日~12月15日「犬神家の一族
  • 11月5日~8日「

昭和25年(1950年

昭和26年(1951年

昭和27年(1952年

  • 7月下旬~8月2日「幽霊座
  • 10月17日~18日「湖泥
  • 11月6日、20日、28日、翌年1月10日「睡れる花嫁(原題「妖獣」)」

昭和28年(1953年

昭和29年(1954年

昭和30年(1955年

  • 7月25日~8月24日、9月21日「悪魔の手毬唄
  • 10月3日、16日、30日、11月3日、8日、翌年2月中旬「三つ首塔
  • 10月25日、26日、12月15日、翌年1月中旬・下旬「吸血蛾

昭和31年(1956年

昭和32年(1957年

  • 1月中旬、「松月」の離れから世田谷区緑ヶ丘町の高級アパート・緑ヶ丘荘の二階三号室に転居する。
  • 3月2日、4日~上旬「泥の中の女(原題「泥の中の顔」)」
  • 3月20日、25日「洞の中の女」
  • 4月5日、12日、5月5日「鞄の中の女
  • 5月上旬、16日、18日「鏡の中の女」
  • 5月7日~15日、31日、6月15日~17日「魔女の暦
  • 6月上旬「貸しボート十三号
  • 7月末~8月6日「赤の中の女
  • 8月20日~25日、9月18日、20日、10月上旬「支那扇の女
  • 秋に「檻の中の女
  • 12月20日、25日、翌年1月下旬「悪魔の降誕祭

昭和33年(1958年

昭和34年(1959年

昭和35年(1960年

昭和36年(1961年

昭和42年(1967年

昭和48年(1973年

  • 最後の事件「病院坂の首縊りの家」4月1日、8日~15日、23日、30日解決(後半部。ジャズ・コンボ「アングリー・パイレーツ(怒れる海賊たち)」および、本條写真館にまつわる連続殺人事件と昭和28年に起こった「生首風鈴事件」の真相を明らかにする)。その後ロサンゼルスへ。関係者が八方手を尽くして捜したが消息不明であった。
  • しかし、横溝本人の語るところによれば昭和50年(1975年)に帰国しており、余生は日本で送ったようだ[9]

語られざる事件[編集]

  • サンフランシスコの日本人間で起きた、危うく迷宮入りをしそうになった奇妙な殺人事件(「本陣殺人事件」第八章より)。
    芦辺拓が「《ホテル・ミカド》の殺人」として、また琴代智が「桑港の幻」として小説化している。またドラマでも「だれも知らない金田一耕助」として描かれている。
  • 全国を騒がせていた某重大事件(「本陣殺人事件」第八章より)。
  • 昭和12年、大阪で起きたむつかしい事件(「本陣殺人事件」第八章より)。
    芦辺拓が「明智小五郎対金田一耕助」として小説化している。
  • 昭和12、3年ころ、等々力警部と知り合うきっかけとなった事件(「悪魔が来りて笛を吹く」第七章より)。
    この事件で金田一耕助と等々力警部が知り合ったとされるが、「暗闇の中の猫」では二人は昭和22年にはじめて出会ったことになっている。
  • 東京で起きたむつかしい事件。およびその事件を解決後、訪れた岡山で待ちかまえていた厄介千万な殺人事件(「人面瘡」第一章より)。
    東京の事件を「悪魔が来りて笛を吹く」、その解決後の岡山の事件を「夜歩く」と「八つ墓村」の事件であるとする説もある。
  • 芝居に関する調査で劇評家佐藤亀雄に話を聞いた件(「幽霊座」第四章より。調査とあるので事件ではない可能性もある)。
    佐藤亀雄のモデルは安藤鶴夫。横溝正史が「幽霊座」執筆の際、鯉つかみの仕掛けについて安藤より教示を得たことに対する謝辞として、作中に登場させたものであろう。
  • 畔柳博士に二三度法医学上の意見を求めた事件(「蝋美人」第一章より)。
  • 古館博士と知り合いになった、あるむつかしい事件(「死神の矢」第一章より)。
  • リップリーディングの技術を身につけた、増本の協力を仰いだ、いくつかの事件(「鏡の中の女」第一章より)。
  • 神門一族の冤罪事件(「貸しボート十三号」第十二章。「女の墓を洗え」として執筆予定だったとの説もある)。
  • 刺青の第一人者・彫亀に鑑定の出馬をあおいだ、ある重大事件(「スペードの女王」第一章より)。
    この事件を「三つ首塔」とする説もある。
  • 多門修が犯人に仕立て上げられるのを助けた事件(「支那扇の女」第十五章より)。
  • バーの女給・ハルヨを助けた事件(「扇の影の女」第一章より)。
  • 三芳欣造の友人にあたる芸術家を救った事件(「毒の矢」第一章より)。
  • 昭和25年、神戸の王文詳を助けた事件(「悪魔の百唇譜」第十二章より)。
  • 昭和27年、相馬良作を救った事件(「夜の黒豹」より)。
  • 昭和33年、考古学的な知識を必要とし、的場英明の教示を得た事件(「仮面舞踏会」第三章、第十六章より)。
  • 昭和43年、等々力警部が検挙した容疑者に金田一耕助が疑問を持ち、ライバルとなって捜査に乗り出した事件(「女の墓を洗え」として執筆予定だったとのこと)。
  • 昭和44年、岡山・東京にまたがる大事件。磯川警部と等々力警部が協力(「千社札殺人事件」として執筆予定だったとのこと)。

登場作品リスト[編集]

長編[編集]

短編[編集]

横溝は一度発表した短編を後に全面改稿することがよくあり、登場人物などを大幅に追加して長編に書き直された短編が多数ある。

ジュヴナイル作品[編集]

一部の作品では、初出時の版には金田一が登場しておらず、後年の改稿に伴って登場することになった。

その他[編集]

殺人防御率[編集]

本の雑誌編集部編「活字探偵団」によれば、金田一耕助は事件に乗り出してから、次の犠牲者がでるのを防ぐ「防御率」の一番低い探偵ということになっている。防御率の算出方法は、「主要10作品を選定し、探偵が事件に関与してから、解決するまでに起きた殺人件数を作品で割る」というもの。ただし、「八つ墓村」「三つ首塔」「悪魔が来りて笛を吹く」などの大量殺人が含まれているために、防御率が低くなるのも当然と言えるだろう。対象を全77作品で算出した結果は1.5であり、一概に「防御率が低い」とは言えないのである。

また、トリックなどの解明後に犯人が自殺することも多い。このことに関して直接的なものとは言えない。上述したように、「最後まで手の内を見せない」のが金田一の探偵方法であり、犯人の自殺を誘導、または見逃す行為についても、等々力警部が「金田一耕助流のヒューマニズム」とこれを半ば黙認しているのである。

映画「金田一耕助の冒険」では、それらに対して「もうあと4、5人は死にそう」「どこまで殺人が行われるか見守りたい」などの、一つの解答とも皮肉とも取れるセリフがある。

演じた俳優[編集]

金田一耕助は何度か映画やテレビドラマの題材として使用され、演じた俳優は石坂浩二古谷一行片岡鶴太郎など幅広い。最もハマリ役だった金田一俳優は現在のところ「映画版の石坂」、「ドラマ版の古谷」といった評価が一般的なようだ。前者は繊細で透明感のある金田一、後者は骨太で温かみのある金田一を演じ、各々映画の大ヒットやドラマシリーズの高視聴率で人気を博した。

和装の金田一はマントを着ていることが多いが、原作では上述したように「二重回し」を着こむのが定番であり、マント姿は映像作品に限ったオリジナルである。1990年以降の作品では豊川悦司上川隆也稲垣吾郎などが金田一を演じている。

また、パロディとしてザ・ドリフターズ志村けんおよび加藤茶や、井上順ビートたけしそのまんま東内村光良三船敏郎などが金田一を演じたこともある。

映画版[編集]

映画で「金田一耕助」を演じた俳優としては片岡千恵蔵に始まり、岡譲司河津清三郎池部良高倉健と洋装の金田一が続いた。1975年に中尾彬主演で再登場した時はジーンズにベストというヒッピー風のいでたちであった。この1年後に「角川春樹事務所」&「東宝」製作の金田一シリーズが発表され、はじめて原作に忠実な和装スタイルが登場、以後定着する。

2006年に市川崑監督によって「犬神家の一族」が角川映画30周年記念作品としてリメイクされることとなり、主演として第1回角川映画版の主役である石坂浩二が再演している。それを記念して石坂浩二によって「金田一です。」という金田一論を書いたエッセイも発売された。なお、同一俳優が同一主人公を演じた期間としては、日本映画では市川右太衛門の『旗本退屈男シリーズ』に次ぐ記録となる。

  1. 片岡千恵蔵
    三本指の男(本陣殺人事件) 1947年 東横映画
    獄門島(前後編) 1949年 東映京都
    八ッ墓村 1951年 東映京都
    悪魔が来りて笛を吹く 1954年 東映京都
    犬神家の謎・悪魔は踊る(犬神家の一族) 1954年 東映京都
    三つ首塔 1956年 東映京都
    いずれも監督は松田定次。「ソフト帽にネクタイ、トレンチコート」が定番スタイル。巧みな変装術を得意とし、ピストルの名手であり、女性の助手を従えている。この「初代金田一耕助」である片岡千恵蔵については、「スーツにソフト帽でピストルを振り回している姿」が時折り揶揄の対象となるが、ここでの金田一は、戦前の因習にとらわれた封建的な動機による殺人を、戦後の民主的な精神によって断罪する「民主主義の使者」として描かれており、アメリカ帰りという設定ともども、スーツ姿は民主主義の象徴として必然であった。
  2. 岡譲司
    毒蛇島奇談・女王蜂 1952年 田中重雄監督 大映
    片岡と同様、背広の二枚目スタイルである。岡譲二はこの作品から譲司と改名している。
  3. 河津清三郎
    幽霊男 1954年 小田基義監督 東宝
  4. 池部良
    吸血蛾 1956年 中川信夫監督 東宝
    池部までの金田一は背広姿である。原作との共通点は愛煙家である事ぐらいしかない。
  5. 高倉健
    悪魔の手毬唄 1961年 渡辺邦男監督 ニュー東映
    高倉の金田一は「警視庁嘱託」という設定。短髪にジャケット、サングラスというラフな姿で、年代物のオープンカーに乗って現れる。
  6. 中尾彬
    本陣殺人事件 1975年 高林陽一監督 映像京都+ATG大映京都撮影所、たかばやしよういちプロ
    中尾の金田一は愛煙家で、ジーパンのヒッピー風スタイルで登場する。
  7. 石坂浩二
    犬神家の一族 1976年 角川春樹事務所(東宝配給)
    悪魔の手毬唄 1977年 東宝
    獄門島 1978年 東宝
    女王蜂 1978年 東宝
    病院坂の首縊りの家 1979年 東宝
    犬神家の一族 2006年 東宝
    すべて監督は市川崑。原作と違い、長身の金田一像である。「着物に袴」、「経費にこだわる」といったスタイルは角川春樹がこだわって採り入れたもの。石坂以降の金田一は煙草を吸わない。三枚目的な要素は原作に忠実だが、相方の捜査指揮者(加藤武)が毎回初対面にリセットされるのをはじめ、ほとんど金田一の知人というものが出てこない設定で、市川は後年のキネマ旬報インタビューで「神様」として位置づけている。また、石坂はそれより早く同作のキネマ旬報誌特集に「金田一はコロス(ギリシャ悲劇で進行役を司どる合唱隊)なのだ」というエッセイを寄せている。
  8. 渥美清
    八つ墓村 1977年 野村芳太郎監督 松竹
    麦わら帽子にくたびれたジャケット、腰に手ぬぐいという姿。原作者の横溝は、たまたま野村芳太郎に会った際、「金田一をやりたいんだが、内(松竹)には、金田一を出来そうな役者が居ないんだよ」と話しかけられ、それに対して、「そんなことはない。今は石坂浩二の当り役みたいになってるけど、見るからに二枚目だし、いかにも頭が良さそうで、本当のことを言うと、原作の金田一とは割と離れている。原作のイメージで言えば、お宅(松竹)の渥美清なんかの方が近い。」と答えたことから、本作は生まれたと語っている。なお、この映画は公開こそ「犬神家の一族」(1976年10月16日)の1年後であるが、原作契約は1975年、撮影開始も1976年8月16日であり、若干の記憶の混同があると思われる。喜劇色はほとんどなく、神妙な学者のように事件を解説する金田一である。
  9. 西田敏行
    悪魔が来りて笛を吹く 1979年 斉藤光正監督 東映・角川春樹事務所
  10. 古谷一行
    金田一耕助の冒険 1979年 大林宣彦監督 角川春樹事務所、三船プロ
  11. 三船敏郎
    金田一耕助の冒険 1979年 大林宣彦監督 角川春樹事務所、三船プロ
    「初代金田一」との設定で劇中の映画に登場。三船の起用は、三船プロが制作協力していたことから。
  12. 鹿賀丈史
    悪霊島 1981年 篠田正浩監督 東映・角川春樹事務所
  13. 豊川悦司
    八つ墓村 1996年 市川崑監督 東宝・フジテレビ

テレビドラマ版[編集]

  1. 岡譲司
    犯人と毒薬(オリジナル)
    無言の証人(オリジナル)
    花と注射器(オリジナル)
    霧の中の女
    ある夫婦(オリジナル)
    釣堀に現れた女(オリジナル)
    泥の中の顔(原作『泥の中の女』の原題)
    深夜の客(オリジナル)
    アパートの3階の窓(オリジナル)
    棄てられたダイヤ(オリジナル)
    カバンの中の女(原作『鞄の中の女』)
    いずれも「月曜日の秘密シリーズ」として1957年2月18日 - 4月29日に放映されたもの。
  2. 船山裕二
    ミステリーベスト21・白と黒 1962年
  3. 金内吉男
    怪奇ロマン劇場・八つ墓村 1969年
  4. 古谷一行
    横溝正史シリーズ 1977年 - 1978年、毎日放送
    TBSスペシャルドラマ 1983年 - 2005年(古谷一行の金田一耕助シリーズ参照)
    テレビドラマへの金田一の登場は岡譲司に始まるが、原作に準じた姿をブラウン管に確定させたのは毎日放送の制作による『古谷一行の金田一耕助シリーズ』であり、これは古谷一行の当たり役となり、長期人気シリーズとなった。「原作通りの姿による古谷の金田一」は毎日放送の青木民男プロデューサーの意向によるものであり、大映京都撮影所映像京都東宝三船プロダクションなど、当時映画版に関わっていたスタッフを投入した豪華な制作陣が話題となった。
  5. 愛川欽也
    土曜ワイド劇場・横溝正史の吸血蛾 1977年
    愛川の金田一は背広姿。
  6. 小野寺昭
    土曜ワイド劇場・横溝正史の真珠郎 1983年
    土曜ワイド劇場・名探偵金田一耕助・仮面舞踏会 1986年
    土曜ワイド劇場・名探偵金田一耕助・三つ首塔 1988年
    土曜ワイド劇場・名探偵金田一耕助・夜歩く女 1990年
    小野寺の金田一は着物に袴と原作を踏襲している。
  7. 中井貴一
    犬神家の一族 1990年
    女性の助手を連れ、蝶ネクタイに丸眼鏡、ハンチングをかぶっている。眼鏡をかけた金田一は中井が初めてである。
  8. 片岡鶴太郎
    フジテレビスペシャルドラマ 1990年 - 1998年(片岡鶴太郎の金田一耕助シリーズ参照)
    片岡の金田一は熱血漢風で、アクションも加味されている。
  9. 役所広司
    女王蜂 1990年
  10. 上川隆也
    女と愛とミステリー金田一耕助ファイル・迷路荘の惨劇 2002年
    女と愛とミステリー金田一耕助ファイル・獄門島 2003年
  11. 稲垣吾郎
    フジテレビスペシャルドラマ 2004年 - (稲垣吾郎の金田一耕助シリーズ参照)
    稲垣の金田一は『悪魔が来りて笛を吹く』の冒頭で進駐軍兵士から「Bat Man」と呼ばれる場面がある。

番外篇ドラマ[編集]

  1. 長瀬智也
    土曜ワイド劇場・明智小五郎VS金田一耕助 2005年
  2. 山下智久
    金田一耕助VS明智小五郎 2013年

TVCM[編集]

  1. 木村拓哉OCN、1998年)
  2. 田辺誠一野村證券、2000年)
  3. 石坂浩二全日本空輸、2006年)

舞台版[編集]

  1. 並木瓶太郎
    獄門島 1948年
  2. 古谷一行
    『悪魔の手毬唄』より〜探偵 金田一耕助の恋 1988年
    犬神家の一族 1993年・1994年
    女王蜂 1996年
  3. 盛本健作
    獄門島 1993年
  4. 田村亮
    『悪魔の手毬唄』より〜探偵 金田一耕助の恋 1995年
  5. 野口聖員
    贋作・犬神家の一族 2001年
  6. 青木奈々
    百日紅の下にて 2002年
  7. 太平
    殺人鬼 2003年
    白と黒 2004年
    三つ首塔 2005年
    ひとり八つ墓村 2007年
  8. 林正樹
    百日紅の下にて 2003年
  9. 浦田克昭
    幻夏の見返り死人(「薔薇の別荘」より) 2006年
  10. 関智一
    八つ墓村 2008年

ラジオドラマ版[編集]

  1. 高塔正康
    獄門岩(原作『首』) 1957年
    悪魔のクリスマス(原作『悪魔の降誕祭』 1957年
    花園の黒蝶(原作『花園の悪魔』 1958年
    廃屋の鬼(原作『廃園の鬼』 1958年
    カルメンの死由利麟太郎主役のものを変更) 1958年
    黒百合姫(原作『黒蘭姫』 1958年
    黒猫亭事件 1958年
    壺を持つ女(原作『柩の中の女』 1958年
    扉の中の女(原作『扉の影の女』 1958年
    いずれもニッポン放送の「金田一耕助探偵物語」として放送されたもの。
  2. 北村和夫
    支那扇の女 1964年 NHK第1 おたのしみ劇場
  3. 宍戸錠
    悪魔が来りて笛を吹く 1975年 NHK連続ラジオ小説
  4. 佐藤英夫
    鴉 1975年 NHK文芸劇場
  5. 緒形拳
    悪魔の手毬唄 1976年 NHK連続ラジオ小説
  6. 鈴置洋孝
    八つ墓村 1997年 TBSラジオ・角川ドラマルネッサンス

カセット文庫版[編集]

  1. 神谷明
    金田一耕助の冒険・悪魔の降誕祭 1988年 角川カセットブック
    金田一耕助の冒険2・怪獣男爵(原作に金田一は出ていない) 1989年 角川カセットブック

金田一耕助の助手[編集]

横溝の小説を原作とし、金田一耕助を主人公とする映画を始めとしたメディア作品には、金田一を助ける女性助手が登場するものがある。これはもちろん原作にはないオリジナルなものである。以下にこれを演じた女優を挙げる。

白木静子

東横映画東映京都ニュー東映の作品で、金田一耕助の助手として登場する。元々は『本陣殺人事件』の登場人物であった。

池田明子

長坂秀佳脚本によるテレビドラマ2作品で、金田一耕助探偵事務所の助手として登場する。

漫画化作品[編集]

金田一の登場する原作の漫画化は、少年誌から始まった。

週刊少年マガジン』誌で連載された。影丸の描く金田一はほぼ原作に忠実な姿だが、容姿は野性味の強いものとなっている。内容も少年誌らしく妾云々の設定は省かれている。影丸は1979年にも『悪魔が来りて笛を吹く』を漫画化している。
富士見書房から書き下ろしで3冊刊行された。内容はほぼオリジナルでオカルト色が強く、金田一はロイド眼鏡にちょび髭を生やした背広姿の中年男性になっている。
別冊少女コミック』誌で連載された。原作通りの和装だが、スマートで美男子な金田一となっている。

平成になって、女性作家による漫画化が相次いで行われている。たまいまきこの『女王蜂』『悪霊島』、JETの『本陣殺人事件』『犬神家の一族』『八つ墓村』『獄門島』『悪霊島』『悪魔の手毬唄』『悪魔が来りて笛を吹く』『悪魔の寵児』『睡れる花嫁』(いずれも角川あすかコミックス刊)などが刊行されている。

秋田書店「サスペリアミステリー」誌が、2002年の創刊より2006年頃まで、毎月のように横溝作品を漫画化していた。この中では長尾文子による漫画化作品がもっとも作品数が多い(『睡れる花嫁』『迷路荘の怪人(「迷路荘の惨劇」原形作品)』『不死蝶』『犬神家の一族』『本陣殺人事件』『獄門島』『悪魔の手毬唄』『八つ墓村』『』)。

「サスペリアミステリー」では、ほかにも秋乃茉莉池田恵児嶋都高橋葉介永久保貴一などが金田一作品を漫画化している。

ほかに金田一作品を漫画化した漫画家として、いけうち誠一岩川ひろみ小山田いく掛布しげを直野祥子前田俊夫などがいる。

パスティーシュ[編集]

有名な探偵なので、多くの作家の作品に金田一耕助は登場している。

また、昭和50年代の横溝ブームを引き起こした角川書店より、贋作集が2冊刊行されている。

  • 「金田一耕助の新たな挑戦」
  • 「金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲」

他に、横溝作品の「本歌取り」とされる作品がある。

  • 岩崎正吾「探偵の夏あるいは悪魔の子守唄」(旧題「横溝正史殺人事件あるいは悪魔の子守唄」)
舞台の八鹿村(「八馬鹿村」とも呼ばれる)に伝わる子守唄に見立てられて竹のお大尽、梅のお大尽(小梅佐兵衛)、獄門寺の和尚らが殺され、これを雇われ探偵のキンダイチが捜査する。「八馬鹿村子守唄」考を投稿した矢鱈放言、キンダイチが鬼首峠でおりんと名乗る老婆に出会い、佐兵衛にその話をすると30年前に死んだはずだと騒ぎ出すなど、「悪魔の手毬唄」を中心に横溝作品を意識した趣向が散りばめられている。

漫画作品には、「金田一耕助の子孫」の活躍を謳った作品がある。

この作品には金田一の子孫との触れ込みで「金田一一(はじめ)」という主人公が登場する。しかし、横溝の遺族から未承認のまま連載開始したため、連載中期以降はこの設定が控えられがちとなり、一の決め台詞「金田一耕助(じっちゃん)の名にかけて」が「ジッチャンの名にかけて」へ変更されるなどの処置がとられている。また、同作品内に登場する金田一一のいとこである金田一二三(ふみ)も、家系図上は金田一耕助のということになっているが、明言はされていない。

参考文献[編集]

  • 『金田一耕助 日本一たよりない名探偵とその怪美な世界』(メディア・ファクトリー刊)

脚注[編集]

  1. ^ 探偵小説「赤い館の秘密」(A・A・ミルン著)に登場する素人探偵
  2. ^ 横溝は「ホープ」を愛煙していた
  3. ^ 横溝の経歴と重なっている
  4. ^ 『贋作楢山節考』(「暮らしと健康」、昭和50年1月号)
  5. ^ 犬神家の一族」では、金田一本人が、「東北生まれでスキーも得意」と述べている。
  6. ^ 『贋作楢山節考』(「暮らしと健康」、昭和50年1月号)
  7. ^ 「座談会・横溝正史―わが道をゆく」『本の本』1976年6月号 ボナンザ
  8. ^ 宮下英龍 「語られない過去=出生から『本陣殺人事件』まで」『名探偵読本8・金田一耕助』(パシフィカ) 1979年
  9. ^ 小林信彦 『横溝正史読本』 角川グループパブリッシング 2008年 (ISBN 4041-3821-65)

関連項目[編集]