支那扇の女

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金田一耕助 > 支那扇の女

支那扇の女』(しなおおぎのおんな)は、横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。

概要と解説[編集]

本作はリメイク的な作品であり、以下のような原形の流れがある。

まず1946年に『ペルシャ猫を抱く女』[1]という短編が『キング』に連載され、この作品から人名などが変更された『肖像画』(1952年)が書かれ、さらにこれを金田一耕助が登場するようリメイクして[2]『支那扇の女』(短編版[3])のタイトルで『太陽』1957年12月号に掲載され、さらに東京文芸社からこれを元に1960年7月に長編として書き下ろされて単行本として出版された。

最終稿の長編版は角川文庫『支那扇の女』(ISBN 4-04-130427-X) として出版され、同名の短編版は「(講談社の)『新版横溝正史全集』第十巻に収録されている」と角川文庫『ペルシャ猫を抱く女』の巻末解説で説明されているが、現在は光文社文庫『金田一耕助の帰還』(ISBN 4-33-473262-3) にも収録されている。

結末に明かされる真相は相当に衝撃的だが、ミステリを読みなれた読者には早い段階でインスピレーションが働く可能性もあり、感想が二分されている[2]

なお、本作にはのちに『扉の影の女』や『病院坂の首縊りの家』で金田一の助手を務める多門修が初登場する。

あらすじ[編集]

昭和初期に『明治大正犯罪史』という、福井作太郎という新聞記者が原稿料稼ぎに書いた[4]猟奇趣味向けの本の中に「支那扇の女」という一章がある。

この「支那扇の女」というのは八木克子という女性のことで、明治15年に書かれた日本洋画史上に残る傑作と言われた名画「支那扇の女」のモデルであることからこう呼ばれた。彼女は岡山県S地方で栄えていた豪農・本多家[5]の娘で、かつてこの地方の領主(後に子爵)であった[6]八木家の冬彦に嫁がされた人物であったが、明治19年、夫・冬彦と・加根子[7]、義妹・田鶴子[8]の毒殺未遂容疑で逮捕された。克子は犯行を否認し続けたが、前述の政略的なにおいの強い結婚や結婚以前から愛人(前述の名画「支那扇の女」を書いた画家・佐竹恭介)がいたとされたことなどから夫の一家をよく思わずに毒を盛ったとされ、3年後の明治21年、事件の審理中に獄中死した(後に佐竹も毒を飲んで死亡)。

彼女の死後、名画「支那扇の女」の行方は分からなくなり、彼女の生家の本多家では一族の汚名となった克子の写真などを焼き捨ててしまったというので、その時一緒に処分されたのではないかと福井作太郎に推測されている。

時は移り昭和32年8月20日の早朝、パトロール中の成城署の木村巡査は、白いパジャマの上にレインコートを羽織った若い女が目の前に現れるや駆け出すのを目撃する。木村巡査は女を追いかけ、小田急線の陸橋から飛び降りようとするのを近所に住む歯科医の瀬戸口たちの助力もあって何とか阻止し、その女・朝井美奈子を瀬戸口と一緒に自宅まで送り届ける。ところが、家には夫・照三の先妻の母親・藤本恒子と女中の武田君子が斬殺されていた。照三と先妻の娘だけは無事で、小説家である照三は仕事場である渋谷のアパートに泊まり込んでいたため留守であった。

美奈子が語るには、朝起きるとパジャマの袖口には血がついており、部屋から出てみると2人の斬殺死体と血にまみれた凶器の薪割りがあった。夢遊病の病癖があり、夜間に遊行している間のことを何も覚えていない美奈子は、自分が2人を殺したものと思い込んで半狂乱となり、家を飛び出して自殺しようとしたのであった。

警視庁の等々力警部から連絡を受けて捜査に加わった金田一耕助は、美奈子の大伯母が明治時代の毒殺魔・八木克子であること[9]、克子の夫・冬彦は照三の大伯父であること[10]、その犯罪の詳細が記録されている『明治大正犯罪史』を読み、また先年に暴かれた八木家の墓から見つかった克子の肖像画[11]「支那扇の女」に描かれた顔が美奈子に生き写しであったことから、美奈子は自分が毒殺魔の生まれ変わりではないかと思い込み、元々の持病であった夢遊病が最近ひどくなっていたということを、照三と彼女自身から聞かされる。

金田一たちは、美奈子にことさら『明治大正犯罪史』や「支那扇の女」を見せつけ、彼女の思い込みを故意に増長しようとしていた夫の照三に対し深い疑惑を抱く。さらに金田一たちは、照三のいとこで八木家の現当主・夏彦から、克子が毒殺魔であるというのはまったくの濡れ衣で、真犯人は義妹・田鶴子であったこと、そのことは八木家では周知の事実であり、照三も当然知っているはずであることを聞かされ、さらに肖像画も偽物であると指摘される。

金田一のアドバイスで、照三の周辺で絵を偽作しそうな人物を捜索していた警察は、照三の小説の挿絵を描いている辺見東作を突き止める。辺見は数年前、恩師の絵を偽作して破門された札付きの人物であった。その辺見が8月25日、吉祥寺の自宅で毒殺されているのが発見された。現場に残されていた美奈子の写真や「支那扇の女」の下絵らしきスケッチ、かじりかけのチーズの歯形が照三のものと一致したことなどから、照三が逮捕される。

それから1か月後の9月20日、事件は急転直下し、意外な終結を迎える。

登場人物[編集]

金田一耕助(きんだいちこうすけ)
私立探偵。
八木克子(やぎかつこ)
名画「支那扇の女」のモデル。旧姓は「本多克子」明治21年、夫と、義妹の毒殺未遂で容疑で逮捕され、獄中死した。
八木冬彦(やぎ ふゆひこ)
克子の夫で華族令にて子爵となった元大名家の当主。克子の告発後、明治23年に死亡。
朝井美奈子(あさいみなこ)
克子の弟の孫。26歳。
朝井照三(あさいしょうぞう)
美奈子の夫。克子の夫・冬彦の弟の孫。児童向け小説家。36歳。
朝井小夜子(あさいさよこ)
照三と先妻の娘。8歳。
藤本恒子(ふじもとつねこ)
照三の先妻の母。58歳。
武田君子(たけだきみこ)
朝井家の女中。18歳。
瀬戸口(せとぐち)
歯科医。40歳前後。朝井家の近所に住む。
辺見東作(へんみとうさく)
挿絵画家。数年前に恩師の絵を偽作して破門された。
八木夏彦(やぎなつひこ)
照三のいとこ。克子の夫・冬彦の弟の孫。銀行員。
等々力大志(とどろきだいし)
警視庁警部
山川(やまかわ)
成城署警部補。本事件の捜査主任。
志村(しむら)
成城署の刑事
木村(きむら)
成城署の巡査
服部(はっとり)
武蔵野署の警部補。
多門修(たもんおさむ)
数犯の前科を持つ。かつて助けられた金田一に心酔している。

脚注[編集]

  1. ^ 角川文庫の同名タイトルの短編集 (ISBN 4-04-130454-7) に収録。
  2. ^ a b 宝島社『別冊宝島 僕たちの好きな金田一耕助』 金田一耕助登場全77作品 完全解説「4.支那扇の女」参照。
  3. ^ 長編版と違い22ページほどの内容。
  4. ^ このためしっかりと調べたところと、いい加減なところの差が激しいという。
  5. ^ 旧幕時代から「本多様は殿様より金持ちだ」という意味の歌が残るほどの繁栄ぶりであった。
  6. ^ ただし、明治10年頃にはすっかり没落して経済的に逼迫していた。
  7. ^ 冒頭の「明治大正犯罪史」には「泰子」と記されている。
  8. ^ 冒頭の「明治大正犯罪史」には「鶴子」と記されている。
  9. ^ 「登場人物」欄に記載のとおり、美奈子は克子の弟の孫であることから克子は美奈子の「大叔母」であり、「大伯母」というのは作者の誤りである。
  10. ^ 「登場人物」欄に記載のとおり、照三は冬彦の弟の孫であることから冬彦は照三の「大叔父」であり、「大伯父」というのは作者の誤りである。
  11. ^ 照三や美奈子によると、肖像画に飾り文字で「ポートレート・オヴ・ヴァイカウンテス・ヤギ」と書かれてあったことから「八木子爵夫人=克子」と判断された。

関連項目[編集]