蒼氓

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蒼氓』(そうぼう)は、石川達三の小説。第1回芥川賞受賞作であるが、受賞したのはその第1部で、以後続きが書かれて長篇小説となった。戦前の貧しい農民たちが夢を抱いてブラジルに渡り、厳しい現実に打ちのめされながらも、その地に根をおろそうと決意するまでを詳細に描いた作品で、第1部「蒼氓」、第2部「南海航路」、第3部「声無き民」の三部作構成。「氓」は流浪する民を意味する[1]

概要[編集]

第1部は移民収容所から神戸出港までを描いたもので、1932年に雑誌『改造』の懸賞小説募集に応募するも選外佳作となり、翌年加筆して再度発表する予定が掲載予定だった雑誌が廃刊となって日の目を見ずにいたところ、1935年4月に、新早稲田文学の同人によって創刊された同人誌『星座』に編集長の独断で石川の知らぬ間に掲載され、それが新設の芥川賞の対象作品となり、8月に第一回芥川賞を受賞した[2]。1930年、石川がブラジル移民として渡伯した時のことを描いたもので、題名は民衆を意味する。石川は当時無名の新人だったが、受賞によって一躍人気作家となった[3]。同年単行本として改造社より刊行され、1939年『蒼氓 三部作』として新潮社から刊行、1951年新潮文庫に入り長く読み継がれた。

第2部は船内の様子、第3部はブラジル到着後が描かれ、渡航した移民たちが、現地に根をおろそうと決意するところで終わっているが、作者の石川は半年ほどで帰国している。

1937年、熊谷久虎監督により映画化されている。

らぷらた丸[編集]

作者の石川は、移民促進のための国策会社「海外興業株式会社」が発行する雑誌『植民』編集部で働いたことがあり、1930年には、ブラジルまでの船賃「三等 200 円」の補助金の出る「政府補助単独移民」として移民船「らぷらた丸」で渡伯した[4][2]。作家志望だったがまだ自信もなく、放浪のつもりでブラジル行きを決めたが、移民志願者が集まる神戸の海外移民収容所で、「国家が養い切れずに、仕方なしに外国へ奉公にや」られる人々の悲しい現実を目の当たりにして衝撃を受け、いつかこれを書かなければならないと思ったという[2][4]。他の移民たちとともに45日間の船旅ののち、「サント・アントニオ農場」にコロノ(契約移民)として入植し、1か月ほどで農場を去ってサンパウロに滞在し、リオデジャネイロから北米を回って帰国した[2]。『蒼氓』に先立ち紀行文『最近南米往来記』を上梓し、移民政策を棄民と糾弾し、収容所を「国家の無力を物語る国辱的建築物」と表現した[3]

映画[編集]

1937年2月18日公開。製作は日活

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

脚注[編集]