太龍寺

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太龍寺
Tairyuziɾɨ.jpg
本堂への石段
所在地 徳島県阿南市加茂町龍山2
位置 北緯33度52分57.1秒
東経134度31分18.8秒
座標: 北緯33度52分57.1秒 東経134度31分18.8秒
山号 舎心山[1]
院号 常住院
宗旨 古義真言宗
宗派 高野山真言宗
本尊 虚空蔵菩薩
創建年 (伝)延暦12年(793年
開基 (伝)桓武天皇勅願空海(弘法大師)
正式名 舎心山常住院太龍寺
別称 西の高野
札所等 四国八十八箇所21番
阿波秩父観音霊場10番
地図
太龍寺の位置(徳島県内)
太龍寺
太龍寺
徳島市
徳島市
徳島県における位置
法人番号 1480005004427
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太龍寺(たいりゅうじ)は、徳島県阿南市加茂町にある高野山真言宗寺院。舎心山(しゃしんざん)、常住院(じょうじゅういん)と号する。四国八十八箇所霊場の第二十一番札所阿波秩父観音霊場の第十番札所。本尊虚空蔵菩薩

本尊真言:のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん あり きゃまり ぼり そわか

ご詠歌:太龍の 常にすむぞや げに岩屋 舎心聞持は 守護のためなり

納経印:当寺本尊、舎心嶽求聞持大師

歴史[編集]

空海(弘法大師)の24歳での著作である三教指帰(さんごうしいき)の序文に「阿國大瀧嶽に…勤念す」と記されており、大瀧嶽は現在の大竜寺山であると考えられている。19歳で都の大学での学問に見切りをつけて修行に入った空海が、現在の境内の600m ほど西にある舎心嶽の岩上で百日間の虚空蔵求聞持法を修したとされる。山号はその舎心嶽から、寺名は修行中の空海を守護した大龍(龍神)にちなんでいる。

延暦12年(793年)に桓武天皇勅願によって堂塔が建立され、空海が虚空蔵菩薩像などを刻み安置したと伝えられている[2]

皇室や武家からの信仰が篤く寺勢は栄えたが、天正年間(1573年 - 1592年)に長宗我部元親の兵火によって焼失し衰退、その後も復興と荒廃を繰り返すが徳島藩蜂須賀家の保護によって再建される。

現況[編集]

太竜寺山の山頂付近に位置する大伽藍は「西の高野」と称され、阿南室戸歴史文化道への指定、とくしま88景の選定を受けている。阿波では「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と称され、へんろころがしと呼ばれる難所の一つである。中腹の駐車場から約30分坂道を歩かないと行けない札所であったが、1992年那賀郡鷲敷町(現・那賀町)側から太龍寺ロープウェイが運行するようになったため、楽に参拝できるようになった[3]

2011年7月の台風6号により、樹齢400年に及ぶスギの先端およそ15メートルが折れて、本堂の屋根を突き破った[4]

境内[編集]

持仏堂の天井絵
  • 山門仁王門):金剛力士像は鎌倉時代の作品で、徳島県では最大にして最古のものである。
  • 鐘楼門:本堂へ通じる石段の途中にある。
  • 本堂:本尊の開帳 毎年1月12日の午前11時より法要があり、そのあと正午頃から午後3時頃まで本堂の中に入って拝観できる。厨子の扉は朝一番から開いているので外からの拝観は可能。
  • 大師堂:御廟の橋・拝殿・御廟の配列。旧暦3月21日開帳、明治11年(1878年)再建。
  • 持仏堂:竹村松嶺による龍の絵が大廊下の天井に描かれている。
  • 六角経蔵
  • 護摩堂:本尊は興教大師作とつたわる不動明王。
  • 弁天堂
  • 多宝塔:法界虚空蔵、金剛虚空蔵 宝光虚空蔵、蓮華虚空蔵、業用虚空蔵の五尊からなる五大虚空蔵を安置。
  • 求聞持堂:虚空蔵求聞持法を修行するための道場。
  • 中興堂:長範僧正(第4世・平安後期)と亮山僧正(第22世・江戸前期)を祀っている。

山門から長い参道を進むと右側に六角経蔵、護摩堂、持仏堂(本坊)、納経所があり、この先の石段を上って行く。石段の途中に鐘楼門が設けられている。上り詰めて左に進むと奥に本堂が建ち、その左後ろに求聞持堂がある。本堂とは逆の右に進むと橋を渡った先に大師堂拝殿がある。履物を脱いで拝殿回廊を回り込んで拝殿裏に行くと大師堂奥殿がある。多宝塔は本堂と大師堂の間の丘の上に立つ。 なお、ロープウェイ利用の場合は、山頂駅舎出口の前の石段を上り詰めると本堂の正面にでる。

文化財[編集]

国の史跡

  • 阿波遍路道 太龍寺道(後半):杉井集落の登り口から太龍寺までの4.3kmのうち太龍寺側で若杉から山門手前の四叉路までの約1.027km[5]、平成22年(2010年)8月5日指定
  • 阿波遍路道 かも道:一宿寺から太龍寺までの全長4.4kmのうち太龍寺側四叉路までの1.34km、平成27年10月7日追加指定
  • 阿波遍路道 いわや道:太龍寺から南舎心ヶ嶽方面を経て龍の窟(今は無い)へ向かういわや道の分岐から平等寺道に変わる。その分岐点までの2.675km、平成25年3月27日追加指定
  • 阿波遍路道 平等寺道:いわや道との分岐点から平等寺方向への0.66km[6]、平成25年3月27日追加指定
  • 阿波遍路道 太龍寺境内 6ha。平成29年2月9日指定

国の登録有形文化財

  • 本堂:嘉永5年(1852年)建立[8] (以下9件平成25年6月21日登録)
  • 大師堂:明治10年(1877年)建立[9]
  • 御影堂:明治11年(1878年)建立[10]
  • 護摩堂:明治34年(1901年)建立[11]
  • 多宝塔:文久元年(1861年)建立[12]
  • 六角経蔵:安政3年(1856年)建立[13]
  • 本坊:明治28年(1895年)建立[14]
  • 仁王門:文化3年(1806年)建立[15]
  • 鐘楼門:明治36年(1903年)建立[16]

関連文化財  県の史跡

  • 太龍寺の丁石:昭和42年(1967年)12月19日指定。所在地は一宿寺の境内。

奥の院[編集]

南舎心ヶ嶽の弘法大師像
北舎心ヶ嶽の祠
南舎心ヶ嶽
空海(弘法大師)が19歳頃にこの場所で100日間の虚空蔵求聞持法を試みたとされ、断崖の岩場に高野山に向って弘法大師像が鎮座している。ロープウェイ山上駅脇から八十八ヶ所の石像を一つずつお参りしなら上って行くと88番の向こうが少し広くなっており、補陀落彦命の祠・不動明王の祠・神武天皇の祠・天照皇大神の祠が並び、その先にYAMA SAKIMORIのモニュメントがあり、手前に大師像の背中が見える。この大師像は大師入山1200年を記念して1993年(平成5年)にブロンズ製で造られたもので、元は九尺の不動堂があったとされる[17]
北舎心ヶ嶽
不動明王の眷属である八大童子が祀られた祠[18]がある。仁王門から本坊への参道途中から脇道を約100m行くと大岩に梯子が架かっていて、その上に祠がある。
黒滝寺

周辺[編集]

氷柱観音
氷柱観音
太龍寺ロープーウエイ麓駅の近く県道19号に入口があり、すぐ上の斜面にあり、上って行くと本堂があり、さらに上の赤い堂の向かって右に、竪穴がある。その岩盤にツララ状の紋様がある。
  • 所在地:徳島県那賀郡那賀町和食郷地図
一宿寺
一宿寺の丁石と登口
阿波遍路道 かも道の起点であり、県の史跡「太龍寺の丁石」が登口にある。
  • 所在地:徳島県阿南市加茂町宿居谷5地図
あせび観音庵
いわや道から平等寺道への麓にある観音堂
阿波遍路道 いわや道から続く平等寺道で麓に下りて来ると観音堂の左に至る。
  • 所在地:徳島県阿南市阿瀬比町西内地図


前後の札所[編集]

四国八十八箇所
20 鶴林寺 -- (6.5km)-- 21 太龍寺 -- (10.9km)-- 22 平等寺
阿波秩父観音霊場
09 観正寺 -- 10 太龍寺 -- 11 補陀羅山

交通案内[編集]

鉄道

バス

道路

脚注[編集]

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  1. ^ 舎心ヶ嶽南舎心ヶ嶽から
  2. ^ この頃には一介の私度僧であった空海が、天皇の勅願を受けて一寺を建立できるとは考えられないため、実際にはこの年には祠程度のものが作られ、堂塔の建立はもう少し後の時代ではないかと考えられる。
  3. ^ 太龍寺ロープウェイで結ばれて一層那賀町との関係が深くなったが、太龍寺の電話番号は以前から那賀町側の丹生谷MA(旧丹生谷電報電話局)の電話番号であった。さらに以前の非自動電話時代は「鷲敷21番」という、札所番号にちなんだ電話番号だった。現在の電話番号の下2桁も21である。
  4. ^ 県内に大きな爪痕 台風6号、各地で道路・建物損壊”. 徳島新聞 (2011年7月20日). 2011年7月26日閲覧。
  5. ^ 那賀川を水井橋で渡り杉井集落の遍路道の始まるところにある看板による。
  6. ^ それに続く山中からあと約2kmで阿瀬比町の民家集落の中にあるあせび観音堂に下りて来るがその区間は無指定
  7. ^ 手前かも道、右太龍寺道、左車道、正面は寺への参道
  8. ^ 文化遺産オンライン
  9. ^ 文化遺産オンライン
  10. ^ 文化遺産オンライン
  11. ^ 文化遺産オンライン
  12. ^ 文化遺産オンライン
  13. ^ 文化遺産オンライン
  14. ^ 文化遺産オンライン
  15. ^ 文化遺産オンライン
  16. ^ 文化遺産オンライン
  17. ^ 四国「弘法大師の霊跡」巡り 70ページ 川崎一洋・著2012年12月18日発行 セルバ出版を参照
  18. ^ 四国遍礼名所図会の一巻の3月21日に「此舎心 八大童子 女人禁制」とある。

参考文献[編集]

  • 四国八十八箇所霊場会 編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹 著 『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]