仙遊寺

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仙遊寺
仙遊寺 本堂
本堂
所在地 愛媛県今治市玉川町別所甲483
位置 北緯34度0分47.5秒
東経132度58分38.5秒
座標: 北緯34度0分47.5秒 東経132度58分38.5秒
山号 作礼山(作禮山)
院号 千光院
宗旨 古義真言宗
宗派 高野山真言宗
本尊 千手観世音菩薩
創建年 不詳
天智天皇(在位 天智天皇7(668) – 天智天皇10(672))
開基 (伝)越智守興
中興 宥蓮上人
正式名 作礼山千光院仙遊寺
作𥜪山千光院仙遊寺
札所等 四国八十八箇所58番
公式HP 四国八十八ヶ所霊場第五十八番札所 作礼山 仙遊寺
法人番号 5500005005105
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仙遊寺(せんゆうじ)は、愛媛県今治市玉川町別所にある高野山真言宗寺院。作礼山(されいざん)、千光院(せんこういん)と号す。本尊は千手観世音菩薩。四国八十八箇所霊場の第五十八番札所

本尊真言:おん ばさら たらま きりく
oṃ vajra-dharma hrīḥ
ご詠歌:立ち寄りて 佐礼の堂に 休みつつ 六字を唱え 経を読むべし

概要[編集]

標高312mの作礼山の8合目辺りにあるが境内まで昭和時代中頃にできた車道により階段を上ることなく境内に行け、山上ゆえ近郊の札所では唯一今治市街から瀬戸内海まで見渡せ、桜、ツツジ、紫陽花、紅葉など季節おりおりの花々が楽しめる。天然温泉と精進料理の宿坊を備え、1月第2日曜日には「厄飛ばし柴燈大護摩」があり、8月9日の直近日曜日には四万六千日大法会として夏祭りがある。小山田住職は霊場の世界遺産化の推進に熱心で、四国の札所では珍しく本尊と大師像を通年公開している。

沿革[編集]

天智天皇(在位661年〜672年)の勅願によって伊予の大守越智守興(おちもりおき)が堂宇を建立した。本尊の千手観世音菩薩は海から上がってきた竜女が一刀三礼して彫ったという言い伝えがある。このことから「作礼山」が山号になった。また、40年にわたって伽藍を整備した阿坊仙人という僧が当寺に暮らしていたが養老2年(718年)に雲と遊ぶかのように突然姿を消してしまったことが「仙遊寺」の由来になっているという。

空海(弘法大師)が四国巡錫の折に当寺で修法を行ったとき、病に苦しむ人々を救済しようと井戸を掘り、また荒廃していた伽藍を修復し再興、興隆したとされる。

江戸時代に荒廃してしまったが、明治初期に宥蓮(ゆうれん)上人が再興した。宥蓮上人は明治4年日本最後の即身成仏[注釈 1]として入定していて、当寺に供養塔がある。

昭和22年(1947年)に山火事に遭い全山消失により仙遊寺文書も焼失、だが、本尊と大師像は難を逃れる。昭和28年(1953年)に本堂は昔の姿のまま再建、大師堂は昭和33年に再建される。

境内[編集]

御本尊
お加持の井戸
四国一の賓頭盧像
  • 山門仁王門
  • 本堂:本尊を拝顔できる。
  • 大師堂:大師像を拝顔できる。
  • 鐘楼
  • 新四国八十八ヶ所御砂踏み霊場:修行大師石像を八十八の舟形石仏が取り囲みその周りにお砂踏み場がある、
  • 宥蓮上人供養塔(五輪塔)
  • 仏足跡、千体仏、子安観音像
  • 弘法大師お加持の井戸:仁王門をくぐって境内に上がる旧参道の徒歩道のほぼ中間地点にあり。
  • 観音めぐり:境内の背後の山一帯に33体の観音像を平成8年7月に設置。大師堂の左脇に登り口がある。

当寺への車道を上がって行き仙遊寺下休憩所を過ぎると仁王門があり、仁王門を左に見過ごしてさらに上がり切り突き当りを右に行くとバス回転場で左に行くと境内前の駐車場に到着する。本堂の背後から境内に入って行く。歩きは仁王門から山道を登ると境内にたどり着き、目の前に石仏に囲まれた修行大師石像があり、その先に鐘楼、右に大師堂があり、その先に本堂が建ち入口には四国で一番大きい賓頭盧尊者像があり中に納経所がある。千体仏は本堂左奥、その先に大きい子安観音像が立つ。

  • 宿坊(創心舎):部屋数12室、定員50名(要予約)
  • 駐車場:30台、大型4台。道路維持費として400円(軽自動車・普通車の場合)を納経時に払う。
  • 仙遊寺下休憩所:池を配した東屋のある小公園で、龍女宮がある。

文化財[編集]

今治市指定有形文化財
  • 五輪塔:昭和45.3.20指定

周辺[編集]

犬塚
  • 犬塚:昔、住職が栄福寺と当寺を兼務していたとき、利口な黒犬が用務をしていて鐘の音で呼ばれた方へと行き来していた。あるとき同時に鐘の音が鳴りどちらに行けばいいかわからなくなり、これでは用務を果たせないと池に身を投げた。悲しんだ村人はその池の縁に犬塚を設け犬塚池と呼ぶようになった。地図
犬塚池と作礼山(中央奥)
  • 五郎兵衛坂:国分寺へ向かう遍路道の急坂。この寺の太鼓の音のせいで魚が獲れないと太鼓を切り裂さいた漁師五郎兵衛が山を下る折、この急坂で転びケガをしたのがもとで亡くなってしまったという逸話のある坂。

交通案内[編集]

鉄道
バス
  • 今治桟橋、今治駅よりせとうちバス 松山市駅行き、木地口・葛谷行き、鈍川経由神子森行き「大須木」下車
  • 松山市駅よりせとうちバス今治、大三島ゆき特急バス「大須木」下車
  • 大須木バス停より3.5km
道路

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
57 栄福寺 -- (2.4km)-- 58 仙遊寺 -- (6.1km)-- 59 国分寺

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 実際は、沸海上人が明治36年(1903)に新潟県村上市において76歳で入定したのが最後とされている。

出典[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]