西林寺 (松山市)

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西林寺
西林寺 本堂と大師堂
本堂(左)と大師堂(右)
所在地 愛媛県松山市高井町1007
位置 北緯33度47分37.4秒
東経132度48分50.2秒
座標: 北緯33度47分37.4秒 東経132度48分50.2秒
山号 清滝山
宗派 真言宗豊山派
本尊 十一面観音
創建年 (伝)天平13年(741年
開基 (伝)行基
正式名 清滝山 安養院 西林寺
札所等 四国八十八箇所48番
地図
西林寺 (松山市)の位置(松山市内)
西林寺
西林寺
松山駅
松山駅
松山市における位置
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仁王門

西林寺(さいりんじ)は、愛媛県松山市高井にある真言宗豊山派寺院。清滝山(せいりゅうざん)、安養院(あんよういん)と号す。本尊十一面観世音菩薩四国八十八箇所霊場の第四十八番札所伊予十三仏霊場の第八番札所。

本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか

ご詠歌:弥陀仏の 世界を訪ね 行きたくば 西の林の 寺に詣れよ

歴史[編集]

寺伝によれば、聖武天皇勅願を受け、天平13年(741年)に行基伊予国国司越智宿禰玉純と共に堂宇を建立、本尊の十一面観世音菩薩を刻んで開基したという。大同2年(807年)に空海(弘法大師)が本寺に逗留し奥の院になっている杖の渕の清水を湧出させたといわれる。当初は現在地より北東の徳威の里にあったが空海により今の場所に移されたと云われている。 伊予の関所寺(別の寺が関所寺という説もあり)で、境内は周りより一段低い場所にあり、邪悪な者が踏み入れると無間地獄に落ちると考えられている。[1]

17世紀末に火災で焼失したが、元禄13年(1700年松平定直らによって一部再建、その後宝永4年(1707年)には本堂と鐘楼堂が、文化10年(1813年)に大師堂、天保14年(1843年)に仁王門が再建された。

境内[編集]

  • 山門(仁王門):入母屋造楼門
  • 本堂:本尊の力が強すぎるため後ろ向きに安置されていると云われ裏からお参りする人もいたが、現在は否定されている。
  • 大師堂:現在は平成20年(2008年)に再建している[2]。大師像を拝顔できる。
  • 阿弥陀堂
  • 閻魔
  • 遍照殿
  • 孝行竹(親子竹)
  • 弁財天池:小さい池ながら蓮の花が咲く。
  • 鐘楼
  • 福授地蔵尊:本坊の納経所の前にあり。

山門を入ると左に鐘楼、その奥に庫裏・納経所が右に手水場、茶堂がある。正面奥に本堂が建ち、その左に阿弥陀堂がある。本堂右に大師堂が、その右に閻魔堂がある。

  • 宿坊:なし
  • 駐車場:20台、大型2台。無料。

交通案内[編集]

鉄道
バス
道路

奥の院[編集]

杖ノ淵
杖ノ淵
空海が渇水に苦しむ村人のため杖を突くと水脈から滾滾と清水が湧いたと云われるところ。

周辺の番外霊場[編集]

門前の大師堂
札始大師堂
重信川がまだ伊予川と呼ばれていた頃、空海が巡錫のおり当地で夜になり中洲の大松のもとに露宿したが雨が降り出し大水になって身の置き場がなくなり法力で草庵を結んだ。後世その庵は小村大師堂と呼ばれた。その後、衛門三郎が悪行を詫びるため空海を探しに出る時まずこの堂に名札を附記し旅路についたと云われている。
門前の大師堂
山門の前の橋を渡ったたもとにあり、番外札所の石碑とともに、阿弥陀如来立像と大師像を祀った小堂がある。

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
47 八坂寺 -- (4.5km)-- 48 西林寺 -- (3.2km)-- 49 浄土寺

参考文献[編集]

  • 四国八十八箇所霊場会 編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

脚注[編集]

  1. ^ 四国「弘法大師の霊跡」巡り 188ページ 川崎一洋著 2012年12月18日発行
  2. ^ 48番札所西林寺

外部リンク[編集]