八栗寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
八栗寺
八栗寺 本堂と五剣山
本堂と五剣山
所在地 香川県高松市牟礼町牟礼字八栗3416番地
位置 北緯34度21分35.6秒
東経134度8分22.3秒
座標: 北緯34度21分35.6秒 東経134度8分22.3秒
山号 五剣山
宗派 真言宗大覚寺派
本尊 聖観音
創建年 (伝)天長6年(829年
開基 (伝)空海(弘法大師)
正式名 五剣山 観自在院 八栗寺
札所等 四国八十八箇所85番
テンプレートを表示
五剣山の中腹に境内
山門の二天像
中将坊堂

八栗寺(やくりじ)は、香川県高松市牟礼町牟礼にある真言宗大覚寺派寺院四国八十八箇所霊場の第八十五番札所本尊聖観音

本尊真言:おん あろりきゃ そわか

ご詠歌:煩悩を 胸の智火にて やくりをば 修行者ならで 誰か知るべき

歴史[編集]

寺伝によれば空海(弘法大師)がここで虚空蔵求聞持法を収めた際、五本の剣が天から降り蔵王権現が現れて、この地が霊地であることを告げた。空海は降ってきた剣を埋め、天長6年(829年)に再訪し開基したという。

なお、寺名の由来は二つあり、一つは、空海が唐より栗子を八つ海に投入、漂着した所に仏法が栄えるゆえ、帰国できたときにはその地に寺を建立せんと願をかけたという説と、寺の奥ノ院である五剣山頂上より眺望が良く八つの国が見える、八国寺が八栗寺になったという説がある。[1]

伽藍[編集]

  • 山門(二天門)
  • 本堂 :毎年、正月三が日、本尊と脇仏不動明王と愛染明王が開帳される。
  • 大師堂:2014年に一年間、開帳された。
  • 聖天堂 :伝・弘法大師作の歓喜天が祀られている
  • 多宝塔
  • 中将坊堂:本堂の向って左の石段を上がるとあり、讃岐三大天狗の中将坊大権現を祀っていて、寺はここを奥の院としている。毎月1日と16日午前5時半から30分程の勤行とお加持があり、その間だけ開帳がある。

歩き遍路は山門から入って正面に本堂、その手前左に納経所、右にずーと進んでいくと大師堂があり、その向こうに多宝塔がある。ケーブルカー利用は、ケーブル山上駅を出て進み左に曲がり道なりに行くと多宝塔、大師堂、さらに参道を行くと正面に聖天堂があり、その左が納経所で、右上に本堂がある。

  • 宿坊 :なし
  • 駐車場:八栗登山口駅前に無料大駐車場あり。
八栗新道(県道145号線)の寺側に民間駐車場あるが・・、正月期間は関係車以外通行止め。

交通アクセス[編集]

鉄道
バス
道路

奥の院[編集]

五剣山
五つの峰の尾根筋には祠が点在し、最高所の四の峰の中腹には空海が求聞持法を修したと云われる岩窟があり、また、空海作と云われる約3mの大日如来の磨崖仏「岩越の大日」が中腹の岩肌に刻まれている[2]
竹居観音
庵治半島の先端近くにあり、四国最北端(実際は西に少しずれている)でもある地に海に面して洞窟があり、馬頭観音を祀る。

周辺の番外霊場[編集]

  • 洲崎寺:真念の墓がある。空海も当地で修法をされ霊験も有由なれど源平の戦いで焦土となり元禄12年約50m西方に復興される。
  • 六萬寺:天平の時代に行基が聖武天皇の勅命で国豊寺を建立したのが始まりで、772年(宝亀3年)に檀家六万戸の威信を称して六萬寺と改号、または有志により六万体の小仏像を安置して六萬寺と称したとも云われる[3]。その後、空海が当寺で千手観音像を刻み八栗の獄に安置したと云われている。1183年(寿永2年)9月には安徳天皇の仮安在所とされる。天正の陣で消失するも、藩主松平頼重により1679年(延宝6年)復興された[4]
住所:香川県高松市牟礼町牟礼1450 地図

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
84 屋島寺 -- (5.4km)-- 85 八栗寺 -- (6.5km)-- 86 志度寺

脚注[編集]

  1. ^ 五来重・著「四国遍路の寺(上)」平成8年2月29日発行の269ページ
  2. ^ 四国弘法大師の霊跡巡り265ページ 川崎一洋著
  3. ^ 現地看板による
  4. ^ 四国遍路ひとり歩き同行二人第5版 宮崎建樹著1997年9月1日発行 より

関連項目[編集]

外部リンク[編集]