さくらももこ

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さくらももこ
本名 非公開
旧姓:三浦
生誕 (1965-05-08) 1965年5月8日
日本の旗 日本静岡県清水市
(現・静岡市清水区
死没 (2018-08-15) 2018年8月15日(53歳没)
日本の旗 日本東京都目黒区
職業 漫画家
エッセイスト
作詞家
活動期間 1984年 - 2018年
ジャンル 少女漫画
青年漫画
エッセイ漫画
児童漫画
代表作ちびまる子ちゃん
コジコジ
受賞 1989年:第13回講談社漫画賞少女部門(『ちびまる子ちゃん』)
1990年第32回日本レコード大賞(『おどるポンポコリン作詞
1992年:第27回新風賞(『さるのこしかけ』)
2018年:静岡市市民栄誉賞
2021年東京アニメアワードフェスティバル「アニメ功労部門」(『ちびまる子ちゃん』)
公式サイト さくらプロダクション
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さくら ももこ1965年昭和40年〉5月8日 - 2018年平成30年〉8月15日[1])は、日本漫画家エッセイスト作詞家脚本家。また、自身の少女時代をモデルとした代表作のコミック『ちびまる子ちゃん』の主人公の名前でもある。(そちらについては「ちびまる子ちゃんの登場人物#さくら家」を参照)

静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。身長159cm。血液型A型。二男の母。

代表作のコミック『ちびまる子ちゃん』の単行本の売上は累計3000万部を超える。また、エッセイストとしても独特の視点と語り口で人気が高く、初期エッセイ集三部作『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』はいずれもミリオンセラーを記録。「平成の清少納言」と称されたこともある[2]。愛称は「ももちゃん」。エッセイの販促用の帯などでは、『ちびまる子ちゃん』の「まる子」と同一人物として扱われることもある[注 1]

経歴[編集]

生い立ち[編集]

  • 1965年5月8日、静岡県清水市(現・静岡県静岡市清水区)に八百屋の次女(第2子)として生まれる。
  • 1978年 - 清水市立(当時)入江小学校卒業。1年生のときに、生涯の親友となるたまちゃん(『ちびまる子ちゃん』の穂波たまえのモデルとなった人物)と出会い、親睦を深めていく[3]
  • 1981年 - 清水市立(当時)第八中学校卒業。
  • 1984年 - 静岡県立清水西高等学校卒業。在学中(2年生の終わりごろから)、漫画家を目指して『りぼん』への投稿活動を開始する[4]
  • 1984年 - 静岡英和女学院短期大学(現・静岡英和学院大学短期大学部国文学科在学中に『りぼんオリジナル』冬の号(集英社)にて「教えてやるんだありがたく思え!」(「教師」をテーマとしたオムニバス作品、「ちびまる子ちゃん」第1巻に掲載)でデビュー。
  • 1986年 - 静岡英和女学院短期大学卒業、同年4月に上京しぎょうせいに入社する。しかし、勤務中に居眠りするなどして、上司から「会社を取るか、漫画を取るかどちらか選べ」と迫られ「漫画家として生活していく」と回答したため、同年5月末に入社わずか2か月で退職する[注 2]

漫画家時代[編集]

  • 1986年8月、『りぼん』で「ちびまる子ちゃん」の連載開始。
  • 1989年 - 『ビッグコミックスピリッツ』30号(7月10日号、小学館)から「神のちから」の連載開始。
  • 1989年 - 『りぼん』の編集者・宮永正隆と結婚。
  • 1989年度(平成元年)、第13回講談社漫画賞少女部門受賞(『ちびまる子ちゃん』)。
  • 1990年 - 『ちびまる子ちゃん』がフジテレビ系でアニメ化され、国民的に知名度を高める(1992年9月終了)。主題歌『おどるポンポコリン』の作詞で第32回日本レコード大賞を受賞。1991年には西城秀樹が歌う『走れ正直者』も主題歌(第2弾)としてヒットする。1991年からは、自身もアニメ脚本を手掛ける。( - 1999年4月)。
  • 1990年 - 宮永とともに、自身の創作活動のための会社「株式会社さくらプロダクション」を設立[5][6][7]
  • 1991年 - 初エッセイ集『もものかんづめ』(集英社)発表。10月より宮永とともにニッポン放送オールナイトニッポン』月曜1部のパーソナリティを務める。(1992年10月まで)
  • 1992年 - 第27回新風賞受賞(『さるのこしかけ』)[8][9]
  • 1992年9月 - 『ちびまる子ちゃん』のアニメが一旦放送終了。
  • 1994年4月 - 長男、陽一郎[10][11]誕生。
  • 1995年1月 - 『ちびまる子ちゃん』のアニメが放送再開(第二期)。
  • 1996年 - 仕事と子育ての両立が難しくなったこともあり、両親を東京に呼んで再び同居するようになる[12][注 3]
  • 1997年 - 『コジコジ』がアニメ化される( - 1999年)。自身が脚本も手掛ける( - 1999年4月)。
  • 1998年 - 宮永正隆と離婚。
  • 1999年4月 - 1991年以降(『コジコジ』は1997年の放映開始時点から)継続してきた、『ちびまる子ちゃん』『コジコジ』のアニメ脚本の仕事を降板、同時に脚本監修もさくらプロダクションの多田弘子に託した。降板理由について、さくらは「毎週脚本を2本書き続けなければならない状況が窮屈になってきた」「『私の人生にはいつまでもホッとする間がないのか』と思うようになっていた」と後に自著で述べている[13]。後任の脚本家には、小学校時代の同級生である平岡秀章も名を連ねた。なお、降板後も、不定期で脚本を手掛けた[14]
  • 1999年12月 - 自ら編集長を務めた雑誌『富士山』(新潮社)の第1号が発売される。
  • 2000年 - NHK全国学校音楽コンクールのために「こうしていよう」を作詞。
  • 2002年 - 親子共作による絵本+エッセイ『おばけの手』を発表(長男のペンネームはさくらめろん)。
  • 2003年 - イラストレーターうんのさしみと再婚。
  • 2005年 - デビュー20周年を記念し、各地で原画展「さくらももこワールド 20年の軌跡展」を開催。
  • 2005年 - エッセイ『ひとりずもう』(小学館)発売。2007年度末時点で30万部突破と、エッセイでは久々のヒット作となる[15]。2006年には、『ビッグコミックスピリッツ』で漫画版の連載が同年10号より開始( - 2007年51号)。
  • 2006年 - 4月18日、『ちびまる子ちゃん』実写ドラマ化。自身は第1話の脚本も担当。
  • 2006年 - 10月27日、完結した長文型式のエッセイとしては最後の作品となった『おんぶにだっこ』(小学館)発売。なお、Q&A形式のエッセイは2007年、絵日記シリーズのエッセイは2012年までは新作の発表を継続。
  • 2006年 - 10月31日、『ちびまる子ちゃん』実写ドラマ第2作放送。
  • 2007年 - 4月19日、レギュラーとして実写ドラマ+バラエティの複合番組『まるまるちびまる子ちゃん』放送開始。原作を同じくする実写とアニメが同時期に放送される珍しいケースとなる(2008年2月28日放送終了)。
  • 2007年 - 7月1日、『ちびまる子ちゃん』が中日新聞東京新聞北陸中日新聞日刊県民福井北海道新聞西日本新聞河北新報中国新聞徳島新聞神戸新聞朝刊にて連載開始。8月1日からは新潟日報でも連載が開始される(2011年12月31日連載終了)。なお、没後に東京新聞に掲載された記事によれば、この連載の当時から乳がんを患っていたという[16]。また、さくらとも関わりの深かったデザイナーの祖父江慎は、この時期のあたりから家族の方を優先して仕事を抑え気味にしていた、と彼女の没後のインタビューで語っている[17]
  • 2013年 - 4月18日、『永沢君』が実写ドラマ化される(同年9月30日に放送終了)。
  • 2013年 - 10月1日、約6年ぶりに『ちびまる子ちゃん』が実写ドラマ化される[18]
  • 2014年-2015年 - デビュー30周年を記念し、『さくらももこの世界展』を各地で開催する。
  • 2014年7月 - シンガーソングライター琵奈子とともにユニット『イエローパープル』を結成(プロデュースと作詞担当)[19]
  • 2014年 - デビュー30周年を記念して、自らが編集長を務めたムック本『おめでとう』を発売。同年7月に文庫化された漫画版『ひとりずもう』の初回流通分の帯にも、30周年記念のロゴがあしらわれた[20]
  • 2015年 - 5月28日、公式LINEブログを開設。自身の近況などを綴った[21]
  • 2015年 - 10月7日発売のグランドジャンプ21号より、『まんが倶楽部』の連載が開始[22]
  • 2016年 - 10月5日、郡上八幡をテーマにした新作地方マンガ『GJ8マン』の公式サイトを開設。10月8日より自ら脚本を書いたWEBアニメ配信開始。
  • 2018年 - 8月15日20時29分、乳がんのため死去[23][1][24][25]。53歳没。通夜・告別式は遺族の意向により親族・近親者のみで執り行われ、同年8月27日に死去が公表された。11月16日には著名人・関係者を対象としたお別れ会「さくらももこさん ありがとうの会」が青山葬儀所にて営まれた[26]。一般向けには、「さくらももこ ありがとうの会」と銘打った追悼個展が2019年1月から4月にかけて静岡県のエスパルスドリームプラザで行われた[27]

没後[編集]

  • 2018年11月 - さくらプロダクションのスタッフが、公式LINEブログを継承。さくらプロダクションからの情報発信の場として使用している[28]
  • 2018年12月 - 静岡市初の「静岡市市民栄誉賞」を受賞[29]
  • 2018年-2019年 - 雑誌『Marisol(マリソル)』(集英社)2019年1月号 - 2019年4月号にかけて、未発表エッセイ『おかめはちもく』が短期集中連載される[30]
  • 2019年- さくらプロダクション所属のアシスタントによる作画で、『ちびまる子ちゃん』の新作漫画の不定期連載が再開。その第1陣が、10月3日発売の少女漫画誌『りぼん』11月号に掲載される[注 4]。この新作はかつてテレビアニメ用に書き下ろした脚本を基にさくらプロダクションが新たに漫画化したもので、さくら自身が自分の手でいつか漫画にしたいと願っていた[31]
  • 2019年- 長男の三浦陽一郎が、さくらプロダクションの社長職を継承[10]
  • 2021年- 東京アニメアワードフェスティバルの「アニメ功労部門」を受賞(『ちびまる子ちゃん』)[注 5]
  • 2021年- エッセイの朗読版が登場。声は、『ちびまる子ちゃん』でまる子役を務めるTARAKOが担当する[注 6]。3月19日に『ももこの世界あっちこっちめぐり』の冒頭が文庫版の宣伝用に無料公開されたほか[33]、4月2日には『もものかんづめ』のオーディオブック(朗読版)が発売[34]

作風[編集]

漫画は、「ヘタウマ」とも評される[35]素朴なタッチで描かれる場合が多い。これは、投稿時代にエッセイ漫画に舵を切った際、戦略として少女漫画のタッチから変更した[36]ことに起因している。なお、少女漫画風のタッチを用いることもあり、特に漫画版『ひとりずもう』では多く用いられている。一方で、一時期の『ちびまる子ちゃん』『コジコジ』の扉絵は、絵画風の凝ったデザインで描かれた。これは、さくらが敬愛するシンガポール生まれの絵本作家、エロール・ル・カインに影響を受けたものである[37]

初期はエッセイ漫画を軸に描いていたが、徐々にブラックユーモアな作風も取り入れていった[注 7]。後年~晩年にかけて発表した『4コマちびまる子ちゃん』『ちびしかくちゃん』ではその傾向が強く、読者の評価もはっきり割れる形となった[38][39]。さくらと交友のあった尾田栄一郎は、「さくらさんは少しいじわるな笑いが大好き。人が持っているムズがゆい部分をつつく。これができるのは、人間が大好きで鋭く見ていて、正直な人。」と彼女の没後に語っている[40]。エッセイも含めて、「〇〇って一体…(例:私って一体…)」「あたしゃ情けないよ」など、自虐的なフレーズもよく用いている。

エッセイでは、家族や親しい友人相手でも、歯に居着せぬ物言いで綴っているほか、初期のエッセイでは独特の比喩表現も多く用いている[注 8]。祖父の死を扱った「メルヘン翁」を『青春と読書』で発表した後に批判が寄せられた際、「私は自分の感想や事実に基づいた出来事をばからしくデフォルメする事はあるが美化して書く技術は持っていない。それを嫌う人がいても仕方ないし、好いてくれる人がいるのもありがたい事である。」と自著で述べている[41]。2000年代以降のエッセイは、過去の体験談よりも、直近の体験や仕事を基にしたものが主流となったほか、絵日記型式の割合も増えていった。

人物・交友関係[編集]

ペンネームの由来は、花の「さくら」と「もも」から。経緯は、高校3年生の夏に漫才師か落語家を目指そうと考えていた時期に(最初の漫画投稿が不発だったため)、同時に芸名も考えていたことによる。自身の好きな花から候補を挙げ、最終的に残った「すみれ」「さくら」「もも」の中から、「さくら」と「もも」を繋いで「さくらももこ」とした。後に漫画の投稿活動を再開したときから、このペンネームを使用している[42]。「すみれ」は、後に『ちびまる子ちゃん』での母親の名前に使用している。

漫画家の夢については、高校3年生の夏に親友のたまちゃんに明かすまでは誰にも語っていなかったが、一部の教師や友人にはそれ以前に気付かれていた[43]。また、最終的にはエッセイストになりたい、という夢を中学・高校以降の友人(浜崎憲孝が『ちびまる子ちゃん』の花輪和彦のモデルと評した女性)には明かしていた[44]

デビュー以降の自画像は、デビュー当初はおかっぱ頭、もしくはまる子そっくりな姿で描かれていた。『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』の制作レポート(1992年)では二つ結びに変化、1993年ごろから[45]は、顔と前髪はまる子と同一・髪型は三つ編み、で定着するようになった。

小学校(「まる子」だった)時代は、『ちびまる子ちゃん』で描かれていたように怠け者かつ勉強に真面目に取り組まなかったことから、しょっちゅう母親に怒られていたという。怒られること自体への煩わしさは感じていたが、作者曰く「居眠りで他人に迷惑をかけているわけではない」「万引きや、家庭内暴力みたいに人や物を傷付けたりはしてないので、怒られる筋合いは無い」と、反省はしなかったと語っている[46]。17歳までは怠け者な生活習慣が直らず、母親に「苦労して産んだのに」と泣かれたこともある[47]。一方で、漫画・アニメで怠け者だった過去の自分を描いているため、息子が怠けていてもきつく叱れなくなった、とも自著で述べている[48]

課外活動は、小学校ではそろばん塾、中学校では学習塾に通っていたが、いずれも先生が怖くて苦痛だったと語っている[49]。塾とは別に、小学校ではバトントワリングの教室や部活動にも参加していた[50][51]

姉とは、幼少期は『ちびまる子ちゃん』などで描かれているようにケンカが絶えず(友人と遊んでいるときでも、ひょんなことからケンカを始めてしまうほど[52])、母親を困らせていたという[53]。成人後は、姉の厄年(1995年ごろ)に姉妹始まって以来の大ゲンカをして2年間絶縁状態に陥った[54]が、その後関係を持ち直した[55]ほか、2002年には姉妹共同でゲームソフトの制作にも携わった(後述)。姉も絵が好きだったこともあり、短大時代に高額な絵画を購入して親から咎められた際、姉がかばってくれたこともある、と自著で述べている[56]

同級生として元サッカー日本代表長谷川健太や放送作家の平岡秀章がいる[57]。「はまじ」のモデルとなった浜崎憲孝が自伝を出版した際にはさくらが表紙のイラストを書き下ろした。浜崎によると、小学生時代はかなり内気な性格であり、穂波たまえのモデルとなった友人の方がより「まる子」に近いキャラクターだったと語っている[58]。さくら自身も、自著において自身を内向的な性格で[59]、華のないタイプ[60]であったと評している。前述の長谷川健太もさくらの小学生時代の事を「覚えていない」と語っている。

子供の頃、「青島幸男みたいに偉くなりたい。を作りたい」と言ったが、父親に「青島幸男は国会議員だ、無理に決まっている」と一蹴された。そのさくらが青島を目標とし大人になって作詞した歌が「おどるポンポコリン」である[61]。また学生時代、春風亭小朝に弟子入りしようとしたこともある[62]

仮面ライダー』で一文字隼人=仮面ライダー2号を演じた佐々木剛のファンだった。一文字のカード欲しさに仮面ライダースナックを買ったこともある。中高生時代は、『ドカベン』に傾倒しており、中でも里中智の大ファンであった。当時、単行本の購入費を工面するために親戚から贈られた『ベルサイユのばら』の単行本を勝手に売り捌いてしまい家庭内で問題になったほか、前述の怠け癖に怒った母親に単行本を窓から投げ捨てられ、泣きながら回収する羽目になったとも自著で述べている[47]

西城秀樹のファンで、『ちびまる子ちゃん』の作中では、まる子のお姉ちゃんがファンという設定で何度か登場させており、また西城は1991年から1992年にかけて使われたエンディングテーマ曲「走れ正直者」の歌唱も担当していた。2018年5月に西城が死去した際には、さくらは自身のブログで追悼のコメントを述べた[63]

高校時代にアマチュア無線技士の免許を取得しており、アマチュア無線家の月刊誌『CQ ham radio』1998年1月号の表紙では、ちびまる子ちゃんのイラストを寄稿したこともある。自伝的エッセイの「ひとりずもう」によると、さくらは高校に入学して部活を決める際に、なるべく早く家に帰りたいという理由で最も楽そうな物理部を選んだが、この物理部ではアマチュア無線の免許を取得することが義務付けられており、そのために彼女は1回2時間・週2回の講習会へ2か月間通わなければならず、それについて非常に煩わしい思いをしたと語っている。高校時代には、一部の後輩から「米虫の先輩」との異名が付けられていた[64][注 9]

健康の研究を日々行い、飲尿療法茶葉による水虫治療など多くの民間療法を実践していた。30代の時には『ももこのおもしろ健康手帖』(幻冬舎刊)と題するエッセイ本を出版したこともある。その一方でヘビースモーカーでもあり、自著では「私は大の愛煙家だ。朝起きてまずタバコを吸い、昼間から夕方まで仕事をしている間もずっと吸い、夜眠る直前までタバコを吸う」「タバコが健康をもたらしてくれる。タバコをガンガンに吸っているからこそ、吸っていない人の20倍は、健康に気をつける」「タバコは私に健康の大切さを考えさせ、吸うからにはまず健康を確保しろということに気づかせてくれた」などと語っていた[65]。エッセイ等の挿絵では、自身が喫煙する姿は基本的に描かれていないが、ごく稀に喫煙する姿が描かれたこともある[66]。また、生前に交流があった和田アキ子は、没後に自身を上回る酒豪だったと語っている[67]。さくら自身は、父と祖父が酒豪だったのを見て育っており、その影響で酒に興味を持つようになったと述べている[68]。妊娠時において一瞥体験のような経験を自著に残している。

少女時代から作文が得意で、短大の模擬試験の作文課題では採点者から「清少納言が現代に来て書いたようだ」と評価されるほどであった。このことが、エッセイ漫画へと舵を切るきっかけの一つとなった[69]。投稿時代は、何度も編集側からストーリーギャグ漫画への路線変更を提言されていたが、無視してエッセイ漫画での勝負を続けた。最終的には編集側も折れ、エッセイ漫画でのデビューを認めた[70]

さくらの書籍の装丁を多数手がけたデザイナーの祖父江慎は、彼女の没後のインタビューにおいて「まる子がそのまま大人になったような人物」「面倒臭がり」と評していた[17]。祖父江曰く「楽しいことにはノリノリだが、義務っぽい雰囲気が出るとすぐ消極的になる」とのことで、彼女を乗り気にさせるための作戦を考えるのが大変であり、一方で楽しみでもあったと語っている[71]

宝石商の岡本憲将が記した『宝石の常識』を読んで以降、宝石に興味を持つようになり、彼を頼って宝石の収集を行ったこともある。そのときの経験をもとに、『ももこの宝石物語』『ももこのおもしろ宝石手帖』を出版している。

「はまじ」とあだ名される人物とは、同級生の浜崎憲孝だけでなく、モデルの浜島直子とも接点がある。浜島直子とは、『MOMOKO TIMES』の仕事で同行したこともある。このとき、さくらプロダクションのスタッフが浜崎憲孝と勘違いして少し混乱したという[72]

主な作品[編集]

漫画[編集]

エッセイ[編集]

作詞[編集]

※表記はジャケットデザインも担当。

詩集[編集]

  • まるむし帳

雑誌・ムック本[編集]

  • 富士山』 - さくらが編集長となり、「日本一の雑誌」と称して出版された。
  • 20周年記念版 ももこのおもしろ本 - デビュー20周年を記念し発売。書店には流通せず、イベント会場・通販・「ちびまる子ちゃんランド」で限定販売。
  • おめでとう - デビュー30周年を記念し発売。

翻訳[編集]

絵本、ドラマ脚本他[編集]

ラジオ出演[編集]

その他[編集]

ちびまる子ちゃんマンホール
Aoi Shizuoka Sakura-momoko Manhole 1.jpgShimizu Shizuoka Sakura-momoko Manhole 2.jpg
2018年8月7日にさくらももこが
静岡市に寄贈したマンホールの蓋
  • さくらももこのウキウキカーニバル任天堂ゲームボーイアドバンス用ソフト)キャラクターデザイン
    • ゲームの企画・シナリオは実姉である三浦範子が手がける[88]
  • まちあわせ(たまベスト・アルバムCD)・星を食べる(同・シングル)ジャケットデザイン(たまのメンバーを描いている)
  • ハコイリ娘。(さくらももこ×モーニング娘。 エッセイ・インタビュー集)
  • ツチケンモモコラーゲン(さくらももこ・土屋賢二 対談集)
  • エブリパーティマイクロソフトXbox 360用ソフト)キャラクターデザイン
  • 清水西高80周年記念 春風の夢」表紙デザイン(1991年)
  • 清水西高同窓会 エコバッグ用イラスト(2011年)[89]絵柄は、漫画版『ひとりずもう』小学館版下巻の表紙に近い[90]
  • 清水西高100周年記念誌『清く けだかく 美しく』表紙・扉ページ用イラスト(2011年)イラスト自体は、上記の同窓会向けエコバッグと共通。
  • 嘉門達夫」アルバムジャケットデザイン(1991年)
  • スガキヤキャラクターデザイン(1998年)
  • 満点ゲットシリーズ ちびまる子ちゃん(集英社・学習漫画)表紙カバー折り返しのコメント(1999年~2018年までの刊行分)、キャラクター原作(1999年~)
    • 漫画・イラストは、一部のタイトルを除いて外部の作家が担当している。2018年の刊行分のうち、「せいかつプラス」の2冊はさくらの没後に刊行されており、カバー折り返しのコメントは生前に寄せられたもの[91]
  • アミ 小さな宇宙人新装改訂版挿絵(2000年)
  • ギンザベルエトワール「フォーエンジェルズ」ブランドロゴ(2003年)[92]
  • 都営バス(都05)静岡市ラッピング広告イラスト(2008年)
  • ふくファミリー(ふく太郎・ふくこ・ふくのすけ)・海里くん・響子ちゃん(市立しものせき水族館 海響館)マスコットキャラクターデザイン
  • 花王「今年の汚れ 今年のうちに」(住まいの洗剤大掃除キャンペーンPOP広告)(2008年・2009年・2010年)
  • 日本習字イメージキャラクター(2008年・2009年)
  • 静岡市自主運行バス「清水まちなか巡回バス」デザイン(2011年・運行受託および車両保守はしずてつジャストライン
  • しずてつジャストライン高速乗合バス「横浜ライナー」静岡市と同社の協働ラッピング車両デザイン(2012年)[93]
  • 静岡鉄道1000形電車ラッピング車両「ちびまる子ちゃんの生まれた町にあそびにおいでよ!」[93]
  • 静岡市広報課シティプロモーション課「静岡市はいいねぇ。」オリジナルイラスト(2011年~)[29]
  • momoko planet(アイフリーク、2012年~終了時期不明) - さくらの、公式Webサイトのひとつ。さくらの父や、さくらプロダクションのスタッフも参加した。同サイトで連載されたエッセイ『ふたたび』も、未完の作品となった[94][95]
  • マツモトキヨシLINEスタンプデザイン(2013年)
  • ペットの王国 ワンだランド朝日放送、2014年)(タイトルロゴ・キャラクター「ぽちのすけ」「にゃーにゃん」デザイン)
  • カルビーひとくち劇場 - 作画(2014年)
  • 徳間書店の「超知ライブラリー」シリーズ等に関わった編集者・石井健資によるスピリチュアル・オカルト系の出版社ヒカルランドのロゴ[96]
  • ファイアーエムブレム英雄百歌(シーダのイラストを担当[97]
  • CRA「さくらももこ劇場 ミラくるずきんちゃん」キャラクターデザイン(西陣、2016年)[98]
  • 「地球の子供たち」キャラクターデザイン(ピエールラニエ、タパック、2017年~) - 『ちびまる子ちゃん』連載30周年・ピエールラニエ創業40周年記念で制作された、オリジナル腕時計用にデザインされた。さくら没後も、壁掛け時計やスマートフォンケースなどへの商品展開が続けられている[99]
  • 花王ニベアクリーム(容器のイラストを担当)(2018年9月8日発売)これが遺作となった[100]
  • GJ8マン(2016年~) - 毎月8日に配信される短編アニメーション。さくら自身も悪者役として出演した。この作品も遺作となった。
  • オリジナルデザインマンホール - 2018年8月7日ちびまる子ちゃんがあしらわれたマンホールの蓋2種類を静岡市に寄贈した[101]。マンホールの蓋は同年9月6日に新静岡駅前、翌日清水駅前に設置された。これも生前最後の作品とされている[102]

関係人物[編集]

アシスタント[編集]

  • 小花美穂
  • 藤谷香 - 「さくらプロダクション」スタッフ。『絵日記』シリーズにも稀に登場している。1991年に「さくらももこのオールナイトニッポン」への投稿がきっかけで入社[104]、以降2015年末時点でも同社唯一のアシスタントとして在籍していた[105]。2022年の雑誌『MOE』でのさくらプロダクション特集では、彼女の名前は見られなくなっている[106]
  • 小泉晃子 - (1994年 - 1998年)[107]※アシスタントを離れた後も、「満点ゲットシリーズ」の表紙・総扉イラストを手掛けているほか、同シリーズの初期タイトルでは本文中の漫画も手掛けている。
  • 小萩ぼたん - 「さくらプロダクション」スタッフで、アシスタント経験者[108]。さくらももこの没後、『りぼん』2019年11月号に掲載の『ちびまる子ちゃん』「その133」より[109]作画を担当している[注 13]。藤谷香の別名義か否かについては公式には発表されていないが、さくらプロダクション入社のきっかけ[109][110]および同社での勤続年数[106]は、藤谷香の経歴とは合致している。

さくらももこを演じた人物[編集]

1992年NHKドラマ『さくら家の人びと』ももこ役

『ちびまる子ちゃん』関連作品で演じた人物。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 具体的には、新潮社『そういうふうにできている』ハードカバー版での「ちびまる子ちゃんが妊娠!?」、『もものかんづめ』の集英社文庫ふゆイチ2020 - 2021での「「まる子」が綴る若かりし日の愉快な体験」、など。
  2. ^ 新潮文庫『憧れのまほうつかい』巻末インタビューによると、漫画の連載が決まっていたという裏事情もあった。
  3. ^ 集英社『ももこのまんねん日記 2012』には、時期は不明ながら両親とは再度別居したと思しき記述がある。
  4. ^ 2021年8月号に掲載された「その138」までの作画担当は「さくらプロダクション」とのみ表記されていたが、2022年1月号に掲載の「その139」では具体的な作者名が掲載され、「原作・脚本:さくらももこ 作画:さくらプロダクション 小萩(こはぎ)ぼたん」となっている。
  5. ^ 受賞決定の発表は、2020年12月9日。[32]
  6. ^ エッセイには、ももこだけでなく、他のさくら家の面々や友人たちの台詞もあるが、それらもTARAKO1人で声を当てている。
  7. ^ 例を挙げると、『ちびまる子ちゃん』では藤木が「卑怯」呼ばわりされるようになる、永沢が意地悪な性格に変わっていく、など。
  8. ^ 例を挙げると、『もものかんづめ』「メルヘン翁」で、台所で笑い転げている姉を「死にぞこないのゴキブリのような姉」と表現、同著「スズムシ算」で、産卵期を迎えたメスのスズムシに食われるオスを「単なる栄養補給のリポビタンD」と表現する、など。
  9. ^ 高校時代の米虫の一件は、さくら自身は自著『もものかんづめ』「無意味な合宿」で触れている。
  10. ^ 連載当時のタイトルは『4コマ!!永沢君』『永沢君の詳細』。単行本化は2013年に行われた。
  11. ^ 生前に作詞されたもので、楽曲そのものは2019年10月6日にリリース。
  12. ^ さくらがたまの大ファンであり石川の妻とも交流があり『富士山』にも登場しているほか、共に温泉へ行ったり石川の店「ニヒル牛」にも参加したりしている。また、「あっけにとられた時のうた」のテレビ版のレコーディングにも立ち会っている。
  13. ^ 小萩ぼたんを名乗ったのは『りぼん』2022年1月号に掲載された「その139」が初で、それ以前の「その133」-「その138」では、「さくらプロダクション」とのみ記載されていた。

出典[編集]

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関連項目[編集]

  • エスパルスドリームプラザ - 同施設内の「ちびまる子ちゃんランド」内に、さくらももこの漫画・エッセイ等を収蔵した図書室が設けられている。

外部リンク[編集]