佐々木剛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ささき たけし
佐々木 剛
本名 ふくい のりお
福井 憲雄
別名義 八代 悠(旧芸名)
生年月日 1947年5月7日(69歳)
出生地 日本の旗 日本新潟県新発田市
民族 日本人
身長 172cm
血液型 A
職業 俳優
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1968年 -
活動内容 1968年:デビュー
1970年:『柔道一直線
1971年:『仮面ライダー
1973年:『素浪人 天下太平
2008年:『改造人間哀歌』
主な作品

映画
女王蜂』『餌食』


テレビドラマ
柔道一直線』『お荷物小荷物
仮面ライダー』『素浪人 天下太平
風と雲と虹と』『虹を織る


舞台
『雲の如く』『忠治』
『乱 天草・島原1637』
『改造人間哀歌』
『改造人間哀歌2〜星空の約束〜』

佐々木 剛(ささき たけし、1947年5月7日[1] - )は、日本の俳優。本名:福井 憲雄(ふくい のりお)[2]、旧芸名:八代 悠(やしろ ゆう)。

新潟県新発田市出身[2]。身長172cm、体重75kg[3]血液型はA型。新潟県立新発田高等学校卒業[2]

略歴[編集]

1965年、新潟県立新発田高等学校卒業後、日活のスターだった赤木圭一郎に憧れ、俳優を目指して上京。東宝芸能学校に入るが、『セールスマンの死』の滝沢修の演技に影響され、新劇に転向[1]劇団NLT俳優教室1期生、劇団俳優小劇場付属養成所を経て[1]高垣葵の紹介により[1]新国劇の研究生となる。同期には石橋正次がいる。

1968年、養成所時代に八代 悠(やしろ ゆう)の芸名で『開化探偵帳』(NHK)で俳優デビュー[1]

1969年、『柔道一直線』(東映TBS)出演を機に芸名を「佐々木 剛」に改める[1]

1970年、7月から『お荷物小荷物』(朝日放送)に出演。この番組で、一躍人気俳優としての地位を決定的なものとする。

1971年NHK連続テレビ小説繭子ひとり』に出演。

同年7月より『仮面ライダー』(東映毎日放送)に出演。撮影中のバイク転倒事故により重傷を負った藤岡弘演じる本郷猛 / 仮面ライダー1号に代わって、新たな主人公の一文字隼人 / 仮面ライダー2号役を演じる[4][5]。こうして一文字 / 2号が活躍する通称「2号編」は、佐々木が劇中でとる「変身ポーズ」が「真似ない子どもはいない」とまで言われるほどの爆発的なブームとなり、「変身ブーム」と呼ばれる社会現象を引き起こした。

1972年、24歳。当初の約束を守り3月をもって『仮面ライダー』を降板し、4月開始の『黒帯風雲録 柔』(日本テレビ)で主人公・矢野浩を演じた。その後、『仮面ライダー』ではゲストとしてダブルライダー編に出演し、後番組『仮面ライダーV3』以降の仮面ライダーシリーズへも多く客演している[5]

1973年近衛十四郎主演『素浪人 天下太平』(NET)で「うづ巻の勘太」役を演じる。以後、時代劇刑事ドラマへのゲスト出演を多数こなし、善悪問わず様々な役柄で俳優として活躍。

1982年2月15日早朝、34歳。当時の妻と泥酔して自宅アパートに帰宅し、ガスストーブをつけっぱなしで寝入ってしまう。その上にバスタオルが落ちて燃え広がり、自宅アパートだけでなく隣家も全焼する大火災となる。この火災で顔を含む全身の7割に及ぶ大火傷を負い、5度に及ぶ皮膚移植手術で一命は取り留めたものの、顔には俳優として致命的な傷跡を負うこととなった。妻も軽い火傷を負ったもの[6]の、3人の子どもは妻の実家に行っていたため、被害を免れている。回復後、仕事を声優活動に切り替え、「新人と同じ扱いでどんな仕事でもこなしていきたい」と望んだが、「ベテランゆえに使いにくい」との理由で仕事は激減。新国劇の師匠からも「役者は諦めろ」と宣告され、長らく俳優業を離れることとなる。治療・入院のための借金返済と生活の維持のため、警備員、チリ紙交換、焼き芋屋、竿竹屋と職を転々とする。

1984年、『10号誕生!仮面ライダー全員集合!!』(毎日放送)で仮面ライダー2号を演じるが、顔の火傷のために声のみの出演だった[5]1985年には『仮面ライダー大全集』(講談社刊)収録の座談会に参加し、モノクロ写真ながら久々にその姿を披露した[7]

その後、離婚やホームレス生活を経験し、酒を飲んで暴れたり、一日中パチンコ屋に入り浸るなど、稼いだ金をその日のうちに使い切るような荒んだ生活を送るようになる。

1991年、44歳。新国劇時代からの親友・石橋正次をはじめ俳優仲間の支援で、舞台『会津士魂外伝・山本覚馬』にて俳優業への復帰を果たす。この際、長年のブランクのプレッシャーから、「舞台直前に逃げ出したこともあった」と後年告白しているが、これに対して石橋は「怖いと思うのが普通だ」と励まし、無事に務め上げたという。1995年ごろには日光江戸村に所属俳優の演技師範代として在籍し、常設舞台での芝居と並行して若手の指導にあたった。

近年は年齢を重ねた押し出しの強い風貌を武器に舞台を中心に俳優活動を展開し、好評を博している。

2011年、『オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー』で仮面ライダー2号の声を担当。映像作品で2号を演じるのは、『10号誕生!仮面ライダー全員集合!!』以来となった。

2012年、「自分を支えてくれたファンや芝居仲間のため」として、東京都板橋区大山東町に居酒屋「バッタもん」を開業。実質名義貸しのようなタレント不在の店ではなく佐々木が主宰であり、常駐して自ら酒肴を調理し、接客にあたっている。

人物[編集]

最初の芸名「八代悠」は、師匠の高垣葵から命名されたもの。その後のNHK番組への出演は、高垣の紹介によるものだった。「佐々木剛」の芸名は、『柔道一直線』の出演が決まった際に、「名前だけは強そうにしよう」と、「桜木健一のライバル」ということで、東映の企画部長だった渡邊亮徳が宮本武蔵のライバルである「佐々木小次郎」から「佐々木」の姓を採ってつけてくれた。名前の読みは「剛(ごう)」にしようとしたが、「同じ事務所に若林豪がいたため紛らわしい」との理由から「たけし」の読みに決めた[1]

柔道初段、空手初段。左利き。 小さい頃は身体が弱く、学生時代には空手柔道キックボクシングなどに励んでいたが、左利きであることを負い目に感じていたという。ちなみに剣戟による殺陣は右利きのみで、左利きは通常ない。

1982年の自宅火事で重傷を負った際、当時の新聞記事には「仮面ライダー、脱出不能!!」などと面白おかしく見出しをつけられた。入院費は友人達が工面してくれたが、手術費の返済、火元であったため自宅アパートの修理費、妻や3人の子供たち[注 1]の生活費のために警備員ちり紙交換、竿竹売り、石焼き芋屋などを掛け持ちし、1日16時間も働く毎日だったと語っている[注 2]。しかし結局、妻子とは別れることとなり、世の中のすべてから見放された気持だったという[注 3]

この間、親族や関係者とも連絡を断っていたため、父親の葬儀にも参列できなかった。

「佐々木とは家族ぐるみで30年来の親友」という石橋正次の呼びかけで、1991年に舞台復帰した。その出番は10分程度だったが、「芝居が出来る」という喜びに打ち震え、「俺はもう芝居さえしていればいいんだ」との心境に至ったと、復帰の際の思いを振り返っている。[要出典]また、子供時代に『仮面ライダー』を観ていたファンと接するようになり、その熱い視線に対し「このまま役者を辞めるのはファンに対して失礼だ」と考えるようになり、ファンを裏切らない生き方をしようと決意したことも復帰の原動力であったと語っている[4]

10号誕生!仮面ライダー全員集合!!』に出演した際は旧知の平山亨らに佐々木だと気づかれないほどの火傷であったが[5]、長年の皮膚移植治療で顔の傷もかなり回復している。佐々木は「おかげで本当に改造人間になってしまった気分」と語る一方で「火傷による挫折と復帰で、それまでの自分を大いに反省した」と述懐している。

歌手としてシングル盤2枚をリリースしている。またCD「石ノ森章太郎・男も泣けるTV主題歌集」(1998年)には佐々木の歌う『仮面ライダー』主題歌「レッツゴー!!ライダーキック」が収録されている。「好きな言葉」として、「我が幸福は今…夢の途上」と書き記している。

仮面ライダーシリーズのエピソード[編集]

『仮面ライダー』でのエピソード[編集]

佐々木は番組途中からの参加であるが、これは主演の藤岡弘が放送開始前の撮影中の事故で出演不可能となったための緊急登板による主役交代だった。藤岡と佐々木は劇団NLT時代の同期で、友人の間柄だったため、当初出演依頼を「彼の役を取りたくない」との理由から一度断っている[4][5]

しかし『柔道一直線』に出演させてもらった恩を返そうを思い直し、東映プロデューサーの平山亨と「藤岡が帰って来るまで」との約束を交わした上で『仮面ライダー』出演を承諾した佐々木だが、当時はそれ以外にも2本のドラマのレギュラー(内1本は大阪での撮影)を務めていたため、佐々木が『仮面ライダー』のために割ける時間は少なかった[4][5]。そのプレッシャーから一時期円形脱毛を発症し、それをカムフラージュするためカツラを被って殺陣に臨んだが[5]、ジャンプ等でカツラがずれてしまうため、やがてカツラの上にヘルメットを被るようになった。一文字隼人にヘルメットや帽子着用のシーンが多かったのはこれが理由である。

『仮面ライダー』が人気番組となり、『お荷物小荷物』でも劇中で「変身ポーズ」をとるシーンが挿入されたが、佐々木はのちに「他の番組で変身ポーズをとるのは照れくさくて嫌だった」と語っている[4]

多忙な当時は、一文字のカットを先に撮って変身後は後まわしにしたり、「変身ポーズをとってジャンプ後に、『お疲れさま』と言って別作品のロケ地に行った」こともあったそうである。

デビュー間もなくしてスターダムにのし上がった佐々木は、『仮面ライダー』の現場に入って間もない頃に「若い頃の苦労は買ってでもしろって言いますけどね、あんなのムダですよ」などの発言をして、当初は一部の先輩や同輩の役者から反感を買っていた。またそれが態度にも表れ、「初期の撮影は遅刻が日常茶飯事、撮影もよく二日酔いで来ていた」などの逸話も残っている[注 4]。そんな佐々木を温かく見守り、態度を改めさせたのが立花藤兵衛役の小林昭二だったという。小林の指導で考え方も変わり、遅刻や思いあがった発言は一切しなくなった佐々木だが、後述するように二日酔いするまで酒を飲む習慣だけはなかなか直らなかった。[要出典]

その後、藤岡が主役復帰した際にスタッフから「是非ダブルライダーで引き続き主演を」と依頼されるも、「藤岡君がカムバックするまでという約束で引き受けたのだから、当然、藤岡君に返すべきだ。自分がいたままでは、彼が付録のようになってしまう」と、これを固辞し、当初の約束を守り3月をもって主役を降板した[5]

撮影開始当時、自動二輪の免許を持っていなかったため、本郷猛と同じようにバイクに乗ってベルトに風を受けて変身するシーンの撮影ができない問題があった[4]。佐々木が撮影中にスタッフにその事を話すと、「なんでそんなこと隠してたんだね、酷いじゃないか」と詰め寄ったスタッフに対し佐々木は「いえ、別に隠してた訳じゃ…誰にもそんなこと聞かれなかったんで」と困惑しながら返答したという。もし、無免許の問題で警察に聞かれたら「仮面ライダーだから、国際免許だ」と言おうかと考えていたと言っていた。

バイクに乗るシーンは苦肉の策としてトラックの荷台に固定してそれに跨っての撮影となったが[5]、『仮面ライダー』の撮影中に免許を取得し、バイクの上にうつ伏せになって運転する「飛行機乗り」を披露している。また、先述の円形脱毛症の為、鬘やヘルメット着用での撮影となったが、ヘルメットを被ったまま電話に出るシーンについては、後のインタビュー[要文献特定詳細情報]で「普通なら聞こえるわけないけど、改造人間だからちゃんと聞こえるんだよ」と子どもたちの夢を壊さないように笑い話として語っている。

仮面ライダー2号から取り入れられた変身ポーズは、佐々木が自動二輪免許を持っていないことが理由の1つとして挙げられているが[7]、プロデューサーの平山亨はそれだけが理由ではないと述べており[7]、佐々木自身もそれが理由であるという説明は受けていないと述べている[5]。「変身ポーズ」が、結果として『仮面ライダー』を爆発的な人気作品にすることとなった。

第14話で初めて一文字が「変身ポーズ」をとるシーンでは、佐々木が照れてしまってなかなかOKが出ず、最後にはスタッフも一緒になって変身ポーズをとったという(折田至監督の談話による)。本編に使われたOKテイクの変身ポーズも、本来なら上着からベルトを出して変身ポーズを取るところを変身ポーズの途中にベルトを出すという不自然なものになっている。この事について佐々木は「お見せしよう!と言ってもベルトが見えていないんだから(笑)。今なら絶対NGになるはずですけど、当時は予算がなくてフィルム代がもったいないからOKになったんでしょうね(苦笑)。」と語っている。[10]また、当初「変身」の掛け声は正式決定ではなく、折田監督が「アフレコで変更できるから」と現場で叫ばせたものだった。

初期の仮面ライダー1号は藤岡弘がスーツアクターも務めていたが、藤岡の負傷降板により2号からは大野剣友会がスーツアクターを担当している。しかし佐々木は『柔道一直線』で撮影を共にした剣友会の苦労を知るためとして、初期数話で2号のスーツアクターを務めている[5]。この時の演技では『素浪人 天下太平』でも用いた左手での剣技を披露している[5]。佐々木は自身でも大変さを実感したことによって剣友会のメンバーに対して感謝の気持ちで後を託すことができるようになったという[5]。『仮面ライダー』でスーツアクターや擬斗を担当した岡田勝は、『仮面ライダーZX』までの主演俳優の中では佐々木の立ち回りが一番上手かったと評価しており、仮面ライダーの立ち回りもやらせたかったと述べている[11]

後年の活動[編集]

その後も「仮面ライダーシリーズ」に一文字隼人役で多く出演している。仮面ライダーのオファーは断ったことがなく、「仮面ライダーは人生の一部」[要出典]「『仮面ライダー』は心の故郷」と語っている[4]

仮面ライダーシリーズの映像作品への出演は1984年のTVSP以降途絶えていたが、2005年にはゲーム『仮面ライダー 正義の系譜』で十数年ぶりに仮面ライダー2号並びに一文字隼人の声を務めた。

近年では、仮面ライダー関係のイベントに出演する機会も増えてきており、2009年の『劇場版 仮面ライダーディケイド オールライダー対大ショッカー』製作発表時にはビデオメッセージを送っている。

2010年4月4日に行われたイベント『大野剣友会 in 永田町 仮面ライブ:昭和』では、当時の剣友会の面々や速水亮荒木しげる高杉俊介と共に出演。舞台上で短い殺陣や「変身」を披露した。

2011年1月9日に行われたイベント『SUPER FESTIVAL 55』では、『仮面ライダー THE FIRST』でリメイク版・一文字隼人を演じた高野八誠と共演。さらに、仮面ライダー40周年記念映画『オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー』で再び仮面ライダー2号の声を担当すると発表した。丸の内TOEIで行われた舞台挨拶では「生身で出られなくて寂しいので、ここで変身ポーズを見せる」として、仮面ライダーV3 / 風見志郎役の宮内洋と共に自ら観客の前で変身ポーズを披露した。

交友関係[編集]

『柔道一直線』『仮面ライダー(初代)』『宇宙鉄人キョーダイン』と、長きにわたって仕事をともにした大野剣友会とは旧知の仲で殺陣師岡田勝は佐々木と同じ左利きで親交も深い。『仮面ライダー(新)』でゲスト出演した時は、あまりの懐かしさにロケ前日に飲みあかし、撮影時は泥酔状態だった。翌日の本番では殺陣担当の岡田に「剛、酔い過ぎだよ。駄目だ、海に入れよう!」と言われたそうで、本番では一文字が海に入って変身している。

仮面ライダーストロンガー』に岬ユリ子/電波人間タックル役で出演していた岡田京子と親交があった。1986年8月12日、持病の喘息の発作のため27歳の若さで死去の報を受けた際には、大きな衝撃を受けたという。

出演[編集]

映画[編集]

タイトル 公開年 役名 配給 備考
なにがなんでも為五郎 1970年 信一 松竹
海兵四号生徒 1971年 押川義郎 大映
仮面ライダー対ショッカー 1972年 一文字隼人 / 仮面ライダー2号(声) 東映 主演
仮面ライダーV3対デストロン怪人 1973年 声の出演
五人ライダー対キングダーク 1974年
ムツゴロウの結婚記 松竹
女王蜂 1978年 駒井泰次郎 東宝
餌食 1979年 森谷 東映
John and Jane Doe 2004年 パル企画
オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー 2011年 仮面ライダー2号(声) 東映
改造人間哀歌THE MOVIE 〜曼寿沙華の詩〜 改造人間 シノハラ藝能事務所 主演、インディーズムービー

テレビドラマ[編集]

※話数 / サブタイトルはゲスト出演のみ

タイトル 話数 / サブタイトル 放映年 役名 放映局 備考
柔道一直線 1970年 - 1971年 風祭右京 TBS
お荷物小荷物 滝沢信 朝日放送
連続テレビ小説 / 繭子ひとり 1971年 NHK
冠婚葬祭入門 速水八郎 TBS
天皇の世紀 第7話「黒い風」
第11話「決起」
伊藤俊輔 朝日放送
仮面ライダー 1971年 - 1973年 一文字隼人 / 仮面ライダー2号(声) 毎日放送 主演
お荷物小荷物・カムイ編 1971年 - 1972年 滝沢信 朝日放送
黒帯風雲録 柔 1972年 嘉納治五郎 日本テレビ 主演
君たちは魚だ 朝日放送
青春をつっ走れ 第14話「男の誓い命がけ」 野村信二 フジテレビ
火曜日の女シリーズ / いとこ同志 高杉次郎 日本テレビ
忍法かげろう斬り 第18話「掠奪された姫君」 陣内主馬 関西テレビ
銀河テレビ小説 / 女であること NHK
長谷川伸シリーズ / 江戸の巾着切 三吉 NET
東芝日曜劇場 / 北の都に秋たけて 朝日放送
隼人が来る 第10話「姫君の脱出」 戸田新一郎 フジテレビ
仮面ライダーV3 1973年 一文字隼人 / 仮面ライダー2号(声) 毎日放送
素浪人 天下太平 うづ巻の勘太 NET
GO!GOスカイヤー 酒巻史郎 フジテレビ
銭形平次 第360話「十手を捨てるとき」 小三郎
非情のライセンス 第1シリーズ 第22話「兇悪の芽」 清水信治 NET
戦国ロック はぐれ牙 第9話「般若面の憎しみを断て」 不動丸 フジテレビ
アイフル大作戦 第37話「乾杯! 恋人に捧げる死体」 プロボクサー・立花秀一 TBS
赤ひげ 第49話「一年」 村井 NHK
どっこい大作 1973年 - 1974年 鳴門源次 NET
わが家の灯 1974年 NHK
太陽にほえろ! 第92話「シンデレラ刑事」 高畠信一 日本テレビ
荒野の素浪人 第2シリーズ 第6話「影を斬る」 小谷要 NET
ほうねんまんさく フジテレビ
たけくらべ NET
東海道姉ちゃん仁義 フジテレビ
大盗賊 第3話「あぶく銭をさらえ!」 徳三郎
右門捕物帖 第16話「張り込み」 NET
事件狩り 第11話「ひと夏の経験」 TBS
幡随院長兵衛お待ちなせえ 第10話「男一匹心で勝負」 千吉 NET
仮面ライダーX 第33話「恐怖! キングダークの復しゅう!!」
第34話「恐怖の武器が三人ライダーを狙う!!」
一文字隼人 / 仮面ライダー2号(声) 毎日放送
おしどり右京捕物車 第25話「櫛」 千吉 朝日放送
非情のライセンス 第2シリーズ 第10話「兇悪の星」 育野久雄 NET
'夜明けの刑事 第11話「それでも私は結婚したい」 TBS
編笠十兵衛 1974年 - 1975年 礒貝十郎左衛門 フジテレビ
銭形平次 第452話「晴姿女岡っ引き」 1975年 安吉
第502話「償いの道」 浦辺孫四郎
遥かなる母 中部日本放送
ふりむくな鶴吉 第37話「隣人」 NHK
愛のサスペンス劇場 / 炎の記憶 日本テレビ
非情のライセンス 第2シリーズ 第50話「兇悪の金」 佐川鉄男 NET
必殺仕置屋稼業 第14話「一筆啓上不義が見えた」 浅吉 朝日放送
影同心II 第4話「風にりんどう小紫」 甚助 毎日放送
十手無用 九丁堀事件帖 第11話「目刺し十匹恨み武士」 日本テレビ
仮面ライダーストロンガー 第38話「出現! ライダー1号 2号!!」
第39話「さようなら! 栄光の七人ライダー!」
一文字隼人 / 仮面ライダー2号(声) 毎日放送
全員集合!7人の仮面ライダー!! 1976年
大河ドラマ / 風と雲と虹と 平繁盛 NHK
宮本武蔵 第15話「ふたり武蔵」 宮本源内 フジテレビ
遠山の金さん 第19話「渡る世間の鬼を斬れ!!」 捨吉  NET
必殺仕業人 第5話「あんたこの身代りどう思う」 清太郎 朝日放送
第17話「あんたこの掠奪をどう思う」 巳之吉
伝七捕物帳 第100話「花のお江戸の喧嘩鳶」 伊太郎 日本テレビ
非情のライセンス 第2シリーズ 第71話「兇悪の情熱」 高野邦明 NET
宇宙鉄人キョーダイン 1976年 - 1977年 葉山竜治 / グランゼル(声) 毎日放送
連続テレビ小説 / いちばん星 1977年 佐藤亮吉 NHK
遠山の金さん 第78話「怨念の刃がとんだ」 総吉 テレビ朝日
桃太郎侍 第47話「昌平坂に消えた夢」 北村小太郎 日本テレビ
砂の器 三木彰吉 フジテレビ
ご存知 女ねずみ小僧 第23話「皿屋敷異聞」 源太
銭形平次 第599話「冨くじ騒動」 新介
特捜最前線 第48話「惜別・指のない焼死体!」
第50話「兇弾・神代夏子死す!」
1978年 村西守 テレビ朝日
江戸プロフェッショナル 必殺商売人 第13話「裏の稼業にまた裏稼業」 粂吉 朝日放送
吉宗評判記 暴れん坊将軍 第15話「春を呼ぶ藪医者」 卯助 テレビ朝日
大江戸捜査網 第352話「怪談 涙の燈籠流し」 清吉 東京12チャンネル
太陽にほえろ! 第325話「波止場」 杉原 日本テレビ
水戸黄門 第9部 第4話「芝居になった悪い奴 -福島-」 宗吉 TBS
新五捕物帳 第45話「殺しのかんざし」 相模屋 栄吉 日本テレビ
若さま侍捕物帳 第17話「参上!! 子ども鼠」 壷井平七郎 テレビ朝日
破れ新九郎 第16話「流浪の女おゆう」 1979年 精二郎
翔べ! 必殺うらごろし 第14話「額の傷が見た! 恐怖のあしたを」 清助 朝日放送
同心部屋御用帳・江戸の旋風IV 第25話「愛と復讐の罠」 不動丸 フジテレビ
高木彬光シリーズ / 白昼の死角 刑事 毎日放送
吉宗評判記 暴れん坊将軍 第79話「天下御免! おふくろの味」 島屋長吉 テレビ朝日
江戸の激斗 第16話「雪の名なし橋」 佐吉 フジテレビ
長七郎天下ご免! 第3話「激突! 燃えろ江戸っ子」 清次 テレビ朝日
土曜ワイド劇場 / ブルートレイン・寝台特急殺人事件
そば屋梅吉捕物帳 第11話「血を誘う能面の女」 信次郎 東京12チャンネル
時よ炎のごとく! 1980年 フジテレビ
江戸を斬るV 第1話 与吉 TBS
吉宗評判記 暴れん坊将軍 第133話「聞いてちょ! 爺ちゃん若様評判記」 和田大介 テレビ朝日
雪姫隠密道中記 第7話「悪代官は瓜二つ -柳井-」 清七 毎日放送
桃太郎侍 第189話「走れ! お江戸の一番纒」 日本テレビ
仮面ライダー(新) 一文字隼人 / 仮面ライダー2号(声) 毎日放送
必殺仕事人 第58話「暴れ技 田楽垂直刺し」 定七 朝日放送
新五捕物帳 第113話「鈴哀し夢の故郷」 宇之吉 日本テレビ
連続テレビ小説 / 虹を織る 1980年 - 1981年 望月 NHK
新五捕物帳 第134話「あしたの詩」 1981年 伊兵衛 日本テレビ
吉宗評判記 暴れん坊将軍 第151話「山吹色の佐渡おけさ」 向坂右京 テレビ朝日
斬り捨て御免! II 第20話「情け深川恨み節」 小沢兵吾 東京12チャンネル
私はタフな女 第18話「怪談! 怪談! また怪談!」 日本テレビ
新五捕物帳 第165話「逃亡の果て」 弥平
北の国から 第16話「転校」 1982年 フジテレビ
10号誕生!仮面ライダー全員集合!! 1984年 仮面ライダー2号(声) 毎日放送
仮面天使ロゼッタ 1998年 大文字課長 テレビ東京
ボイスラッガー 第7話「危うしスーパーヒーロー! 吠える大捜査線」 1999年 警察署長
侵略美少女ミリ 2000年 居酒屋のおやじ テレビ埼玉
絶対泣かないと決めた日〜緊急スペシャル〜 2010年 株主 フジテレビ
まっつぐ〜鎌倉河岸捕物控〜 第1話「カタキ討ち」 根島伝兵衛 NHK
武蔵忍法伝 忍者烈風 2015年 山風剛十郎 TOKYO MX

オリジナルビデオ[編集]

タイトル リリース年 役名 メーカー 備考
仮面ライダー メモリアル 1997年 ナレーター(一文字隼人 東映ビデオ
恋身女子校生パティ 2000年 ソフト・オン・デマンド
異次元戦士リリン&エリン 2005年 ZENピクチャーズ

舞台[編集]

タイトル 上演年 役名 制作 / 会場 備考
会津士魂 1991年 オフィス企画舎
雲の如く 1992年
ホスピス 1993年 劇団ノルテ
カフェの実は赤くなりましたか
あした天気になあれ 多摩メディカル・ドラマ実行委員会 他
鴉が翔んだ オフィス企画舎
すみれの詩 1994年 劇団ノルテ
シベリアの夕やけ
掟・新宿心中 1995年
本当の修羅は俺なのだ 1996年
雪にもめげず咲く梅の
先生サマ 2000年
貸席の女郎 劇団テークハートカンパニー = 吾一座
ケプラー・あこがれの星海航路 タケスタジオ
泣きべそ黒頭巾 劇団ノルテ
闇の狼たち ロストキッズ
仮面ライダー 戦闘員日記 2001年 一文字隼人 劇団メガバックスコレクション
ミュージカル 魔法使いサリー 〜美しき星地球を守れ〜 劇団スターキャスト
元禄武士道 ロストキッズ
赤報隊 2002年
返り花 エリーコーポレーション
忠治 2003年 ロストキッズ
銀座ロマン 2004年 千波プロ企画
乱 天草・島原1637 ロストキッズ
銀座ロマン PartII 柳青める日 2005年 千波プロ企画
あ、のんきだね 2006年 遊人塾・劇舎
孫文の女 西木正明プロデュース
武士道無残 ドラマバンク
川中島 ロストキッズ
返り花 2007年 三越劇場
忠治 ロストキッズ
お江戸は何時も大騒ぎ 2008年
改造人間哀歌 〜お見せしよう! 還暦を超えたヒーローの願い〜 年老いた改造人間 シノハラステージング DVD化
お江戸は何時も大騒ぎ〜弐〜 ロストキッズ
お江戸は何時も大騒ぎ〜参〜 2009年
改造人間哀歌2 〜星空の約束〜 年老いた改造人間 シノハラステージング DVD化
改造人間哀歌3 〜時空を超えろ! 最終決戦〜 2010年
酒呑童子 2010ver ロストキッズ
改造人間哀歌ZERO 2011年 シノハラステージング

ゲーム[編集]

タイトル 役名 備考
仮面ライダー 正義の系譜 一文字隼人 / 仮面ライダー2号

CM[編集]

企業名 商品名 備考
テクモ ギャロップレーサー3

音楽[編集]

シングル[編集]

題名 B/W・C/W 発売年 レーベル 備考
あの手この手 1971年 テイチク
争いのない世界 俺は改造人間 / 夕焼けの時 2008年 シノハラステージング 『改造人間哀歌』挿入歌・本人作詞

アルバム[編集]

題名 発売年 レーベル 備考
石ノ森章太郎 男も泣けるTV主題歌集 1998年 テイチク 「レッツゴー!! ライダーキック」を歌唱

著書[編集]

一部を執筆した文献[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ お笑いオンステージ』のコーナー「減点ファミリー」で子供達と共演したことがある[8]
  2. ^ 客の中には「『仮面ライダー』に出ていた佐々木さんですよね?」と尋ねてくる者もいたが、そんな時は決まって「よく似ていると言われる。佐々木剛は死んだ」と自分の存在自体を亡くすように答えたという[9]
  3. ^ 現在は「妻と別れても子供たちとは親子ですから」と子供と交流がある様子が自伝『一文字隼人』の中に書かれている[要ページ番号]
  4. ^ 第22話の伊豆ロケで遅刻した際は、普段は温厚な監督の山田稔に首を絞められたという[4]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g 「東映ヒーローミュージアム 第1回 宇宙鉄人キョーダイン」、『東映ヒーローMAX』Vol.1、辰巳出版2002年、 88 - 89頁、 ISBN 978-4886417312
  2. ^ a b c 『日本映画俳優全集 男優編』 キネマ旬報社1980年、240頁。
  3. ^ 『日本タレント名鑑2004』 VIPタイムズ社、2004年、167頁。ISBN 978-4990124229
  4. ^ a b c d e f g h OFM仮面ライダー2 2004, p. 26, 「主演俳優の素顔5 佐々木剛」
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m 仮面ライダー1971-1984 2014, pp. 94-97, 「INTERVIEW 佐々木剛」
  6. ^ 「一文字隼人」p175。
  7. ^ a b c 大全集 1986, pp. 226-231, 「スペシャルSTAFF CAST座談会 仮面ライダーを語る」
  8. ^ 『お笑いオンステージ』1981年10月11日放送回「Uターンおやじの今川焼」 2014年8月現在NHKアーカイブスの「番組公開ライブラリー」で視聴可能。
  9. ^ テレビ東京系『ありえへん∞世界』(2012年11月13日放送分) (cache)舞台「会津士魂」- ありえへん∞世界”. TVでた蔵(ウェブ魚拓によるキャッシュ). 2013年11月2日閲覧。
  10. ^ NHKBS日めくりタイムトラベル1971年)編&KKベストセラーズ刊「語れ!仮面ライダー」内のインタビューより[要ページ番号]。第15・17話の変身ポーズは、ベルトを出してから変身ポーズを取っている。
  11. ^ OFM仮面ライダー9 2004, p. 29, 「岡田勝」.

参考文献[編集]

  • 『一文字隼人 - 仮面ライダー2号伝説』(1998年、白夜書房
  • 『創刊15周年記念 テレビマガジン特別編集 仮面ライダー大全集』 講談社1986年5月3日ISBN 4-06-178401-3
  • 『キャラ通』・「平山亨ヒーロー列伝」(1998年3月1日号、文化産業新聞社)
  • 『KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー』(講談社
  • 『語れ! 仮面ライダー』(2013年4月23日発行、KKベストセラーズ
  • 『仮面ライダー1971-1984 秘蔵写真と初公開資料で蘇る昭和ライダー10人』 講談社 編、講談社、2014年11月20日ISBN 978-4-06-218566-0

外部リンク[編集]