セルモーター

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一般的な自動車用セルモーター
1920年代の"era self-starter"

セルモーター自動車オートバイ、非常用発電機などで使われているエンジンを始動させるためのモーター(電動機)である。セルモーターは和製英語で、その語源はバッテリー(電池)を意味するセル (cell) に由来するという説と、セルフスターターモーター (self starter motor) の略であるという説がある[要出典]。このほか、スターターモーター: starter motor)、あるいは単にスターターとも呼ばれ、英語圏ではこちらの方が一般的である。

概要

セルモーターはイグニッションキーやエンジンスターターボタンといったスイッチの操作により、バッテリーを電源として動作する。セルモーターの回転速度はおおむね50rpmから200rpm程度である。[要出典]エンジンの圧縮行程で発生する回転抵抗に打ち勝って十分な速度で回転させるだけの強力なトルクを発生する一方で、動作時間は短く、日本工業規格 (JIS) においても連続30秒間とされている[要出典]。セルモーターの主要部は直流電力によって動作する電磁石界磁形整流子電動機で、多くは直巻整流子電動機が採用され、少数ながら複巻整流子電動機が採用される。セルモーターのトルクギアで減速されてエンジンの出力軸に伝達され、これらのギアとギアの噛み合いを断接するクラッチ機構を含めてセルモーターASSYとされる場合が多い。

自動車の場合はエンジンの出力軸にはリングギアという大歯車があり、セルモーターの小歯車(ピニオン)を噛み合わせている。ピニオンはソレノイドアクチュエータによって軸方向にスライドし、モーターのスイッチが入れられた際にのみリングギアに噛み合うようになっている。オートバイの場合はトルク伝達経路にスタータークラッチと呼ばれるワンウェイクラッチを設けてエンジン運転中の回転がセルモーターに伝達しない機構となっている。

セルモーターはエンジンの始動時にのみ利用される装置であり、走行中は車体特性に不利な影響を及ぼす重量物としてフォーミュラカーオートバイ競技専用車などでは搭載されない場合が多い。フォーミュラカーなどでは車体外部からスターターモーターユニットを接続して始動する。競技用のオートバイやレーシングカートなどでは車体を人力や他の車両で押して、車輪からエンジンに伝わるトルクで始動させる押しがけと呼ばれる方法が用いられる。一般用途のオートバイや発電機などのうち、排気量が小さなエンジンでは人力でも始動が比較的容易であることから、セルモーターを採用せずにキックスターターリコイルスターターといった、より軽量で低コストな始動装置を採用している場合も多い。

起源

セルモーター実用化以前の20世紀初頭、車両前方でエンジンのクランクシャフトに接続させたクランク棒を、人力で回転させてエンジン始動をおこなっていた。自動車が普及した当初は、自動車を運転することは特殊技能に属し、クランク棒でエンジンを始動させることも重要な運転技術の一つであった。しかし、エンジンの圧縮状況に応じて、クランク棒に瞬間的に大きな力をかけて回転させる技術が必要で、成人男性にとっても大変な力仕事だった。キックバック(: kick back、日本では俗に「ケッチン」)と呼ばれる、反動的にクランクが逆転する現象により負傷する事例も多かった。自動車が早くから普及したアメリカでは、自ら保有する自動車を運転するオーナードライバーが早期から多く、また女性ドライバーも当初より存在した、エンジン始動の容易化は早くから希求されていた。

キャディラックによる実用化

最初の電気式セルフスターターは1903年の米国で、クライド・J・コールマンというニューヨーク市の発明家が自動車用電気式スターターとして米国特許(番号745,157)を取得したが、この時点では実用的な内容ではなかった。

本格的な実用化はキャディラック社の創業者であるヘンリー・リーランドの要望が元になったとするのが通説である。リーランドの自動車製造業界での友人であったバイロン・J・カーターは、路傍でキャディラック製自動車のエンジンを始動できずに困っていた女性ドライバーに代わってクランク棒の操作を行ったところキックバックを受けて重傷を負い、これが遠因となり1908年に亡くなった。リーランドは自社製品で友人を死なせた事態を哀しみ、クランク棒に代わるエンジン始動方式の開発を命じたがキャディラックの開発陣には実現できず、車両用電装品メーカーのデルコを創業していた技術者チャールズ・ケタリングの社外案が採用された。

ケタリングは1910年にコールマンによる電気式スターターの特許を買い取り、自身がNCRで電動キャッシュレジスターに用いたモーター技術を組み入れて改良した。レジスター用のモーターは瞬間的に大きな出力を発生しながら繰り返される負荷に耐える必要があり、その特性は自動車エンジン用のセルモーターとして応用できるものであったためである。1911年までにはキャディラックでのテストを繰り返して実用的なものに改良した。蓄電池を搭載し、イグニッションシステムとあわせて電気式ヘッドライトも組み込まれ、自動車における電装部品の機能を拡大した。ケタリングのシステムでは、セルモーターはエンジンを始動するだけでなく走行時にはバッテリー充電のための発電機となった(セルダイナモ)。これは後年でも一部の自動車では使用されたが、現在はセルモーターと発電機とは個別に独立した装置を搭載するのが一般的となっている。

ケタリングらによるセルモーターは1912年にキャディラックの市販車に搭載され、四輪自動車用として史上初の本格的な電気式スターターシステムとされている。当初は女性向けのオプション装備であったが、数年のうちに米国では代表的な大衆車であるフォード・モデルT(1917年からオプション装備)をはじめとして、ほとんどすべての自動車がセルモーターを装備するようになった。この動向は1920年代にはヨーロッパにも広まり、以降1950年代までの自動車にはセルモーターと非常用の手動クランクを共に搭載するのが一般化した。1960年代以降は電装品の信頼性が向上して手動クランクは併用されなくなった。

オートバイへの普及

オートバイにおいてはケタリングがセルモーターを発明する前の年である1910年に、en:Vincent Hugo Bendixワンウェイクラッチの一種であるBendix gearを開発し、スタータークラッチとしてセルモーターに組み合わせた。これにより、自動車におけるピニオンギア構造を採用することなく、補機を搭載するための空間的な余裕が少ないオートバイ用エンジンへのセルモーターの搭載が可能となった。もっともオートバイの場合は小排気量であればキックスターターなどでも実用上は大きな問題がなく、車両そのものを人力で押し出して駆動輪からの回転力でエンジンを起動させる押しがけも用いやすかったため、セルスターターの需要は大排気量車に限られた。小型オートバイに至るまでセルモーターが普及したのは、第二次世界大戦後のかなり遅れた時期であった。

トルクリダクション

クランクシャフトを回転させるのに必要なトルクが比較的小さい自動車やオートバイでは、モーターの回転を直接伝達するピニオンがリングギアやプライマリードリブンギアに噛み合わされるが、高いトルクを必要とするエンジンではトルクリダクション方式が用いられる場合がある。トルクリダクション方式はモーターの回転が遊星ギアによって減速され、トルクが増大されてピニオンに伝達されるタイプのものである。

トラックなどの大型車両やディーゼルエンジン車などといった、エンジンの回転抵抗が大きい車両だけでなく、普通乗用車のオートマチックトランスミッション搭載車のように、クランクシャフトに慣性モーメントが大きいトルクコンバーターが固定されている場合にも多く用いられる。純正でトルクリダクション方式のセルモーターを搭載していない車種でも、改造によって圧縮比を高くした場合や排気量を増加させた場合にはクランクシャフトの回転抵抗が増大するため、リダクション方式のセルモーターに交換する場合がある。

緊急発進

万一、踏切など速やかに通過しなければならない場面においてエンジンが停止し再始動できない場合、かつてのマニュアルトランスミッション車では、以下の手順でセルモーターを回転させることにより、自動車を発進・移動させる緊急用テクニックがあった。

  1. 前進する場合はロー(1速)もしくはセカンド(2速)、後退する場合はバック (R) にギアを入れる。
  2. クラッチペダルから足を離す。
  3. セルモーターを回転させる。
  4. これを間歇的に繰り返し、車両を移動させる。

セルモーターの瞬間的な大出力を車両起動に利用するものであるが、あくまでも緊急的措置であり、モーターに過度の負担が加わることになるので、故障や発火・火災の危険がある。実行に際しては注意を要する。

ただし、現在日本で製造されている全ての四輪マニュアルトランスミッション車には、クラッチスタートシステムという安全装置が装備されているため、この方法では自動車を発進させることはできず、過去のテクニックとなっている。しかし、自動車学校では教本に現在も方法が載っている。

関連項目

参考文献