桃屋

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株式会社 桃屋
Momoya Company, Limited
Momoya (headquarters).jpg
本社
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
〒103-8522
東京都中央区日本橋蛎殻町2-16-2
設立 1920年大正9年)
業種 食料品
事業内容 佃煮、海苔などの製造・販売
代表者 小出 孝之
資本金 19億円
決算期 9月
外部リンク http://www.momoya.co.jp/
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株式会社 桃屋(ももや)は、「ごはんですよ!」に代表される海苔製品や、その他漬物等を製造する食品メーカーである。本社は東京都中央区日本橋蛎殻町1920年(大正9年)創業。

三木のり平主人公としたアニメCM1958年(昭和33年)に開始され、以来桃屋の顔になっている。のり平の死後は息子の小林のり一が継いで、引き続きCMは製作されている。登場するキャラクターすべてが鼻先まで下げた丸い眼鏡をかけているのが特徴(人間だけでなく動物や商品の具材までもかけている)。

目次

[編集] 社名の由来・歴史等

会社のマークには桃とその下に左向きの矢が描かれている。この矢は、桃を吉兆にたとえてこれを射る、または桃を消費者にみたててその心を捉えるという意味がこめられている。また、「桃屋」の名は「桃矢」をかけているともいわれる。 創業者の小出孝男は中国の上海の商学校出身だったが、そこで学んでいた時にが古来中国では吉兆や長寿のシンボルであることを知った。そこで、社名を「桃屋商店」にした。創業当時からラッキョウや野菜のみりん漬けのビン詰めを販売し、日本国内はもとより中国やアメリカへも輸出していた。

  • 1920年(大正9年) - ビン詰・缶詰を製造販売する企業として「桃屋商店」を創業。
  • 1943年(昭和18年) - 太平洋戦争時に国からの命令(企業合同の政令)で他の同業企業と合併、社名は「東興食品」となり軍隊向けの缶詰などを製造。
  • 1945年(昭和20年) - 東京大空襲で工場を焼失。
  • 1946年(昭和21年) - この頃、戦後になり「東興食品」から分離独立し再び「桃屋食品工業」として事業を再開。
  • 1950年(昭和25年) - のり佃煮の「江戸むらさき」を発売。
  • 1951年(昭和26年) - 現在の社名である「株式会社桃屋」に社名を改名。
  • 1958年(昭和33年) - 三木のり平のキャラクターを使用したアニメのテレビCMを放送開始。
  • 1963年(昭和38年) - 消費者の高級品嗜好に応え「江戸むらさき特級」を発売。
  • 1968年(昭和43年) - 「桃屋のメンマ」「桃屋のザーサイ」を発売。
  • 1973年(昭和48年) - 当社の基幹商品となる「ごはんですよ!」を発売。
  • 1976年(昭和51年) - 「桃屋のつゆ」を発売。
  • 1996年(平成8年) - 中国の食品メーカー・珠江食品工業有限公司を買収。

[編集] 主な製品

  • 江戸むらさきシリーズ - 海苔の佃煮
    • 江戸むらさき(オリジナル) - ロングセラー製品。
    • 江戸むらさき 特級
    • ごはんですよ! - 基幹製品。
    • 江戸むらさき 生のり
    • 梅ぼしのり
    • 唐がらしのり
    • 青じそのり
    • 角切りのり(ごまラー油味・甘辛かつお醤油味)
    • 幼なじみ(販売終了)
    • お父さんがんばって!(販売終了)
  • 花らっきょう
  • メンマ
  • 穂先メンマやわらぎ - その名が示すとおり、筍の先端の柔らかい部分のみを用いて作られたメンマ
  • いかの塩辛
  • キムチの素 - これまで「朝鮮漬」とよばれていた韓国の旗 韓国漬物「キムチ」の名を日本に広めるきっかけを作った。
  • キムチ鍋の素
  • 五目寿司のたね
  • 桃屋のつゆ
  • 塩だしつゆ
  • 辛そうで辛くない少し辛いラー油
    2009年(平成21年)8月発売。通称:「桃ラー」。2000年代後半より流行し始めた「具材を食べることの出来るラー油」の一種で、内容もラー油そのものに比べて固形物が相当多めになっている[1]。商品名が示すとおり辛味は控えめ。「調理経験の余りない人を対象にした何にでも使える汎用性の高い調味料」という商品コンセプトで開発された[2]
    新発売以降、少しずつ売上を伸ばしていたが、2009年(平成21年)秋にロックバンドの怒髪天の増子直純を起用したテレビCMを放送したところ売上が急上昇して品薄状態となり、ラー油分野のシェア(日経POS情報サービス調べ)が、CM放送前の十数%からCM放送後の数週間で60%近くまで高まり、状況を考慮してCMを一時的に自粛したがそれでも生産が追いつかないほど、同社の予想を遥かに上回る売上記録と購入者からの好評を得た[2][3]。その後、増産体制で対応しているが、2010年(平成22年)前半においても解消の目処が立っていないため、品薄状態が一部で継続している[1][2]2010年(平成22年)3月24日情報ライブ ミヤネ屋でも取り上げられた。日経トレンディの「2010年ヒット商品ベスト30」では「食べるラー油」が1位となり、また2010年(平成22年)ユーキャン新語・流行語大賞受賞においてもトップテンに「食べるラー油」が選ばれ、受賞者として桃屋社長が出席している。
  • ザーサイ
    「辛そうで辛くない 少し辛いラー油」のTV CMに引き続き、2010年(平成22年)秋頃から怒髪天が出演するTV CMがスタート。なお、ザーサイはラー油のCMとは異なり、新商品ではなく昔から存在する商品のCMである。CMにはメンバー全員が出演しており、楽曲はCMのための書き下ろし楽曲「キタカラキタオトコ」が採用されている。

[編集] 過去に販売していた製品

[編集] 提供番組

[編集] 現在の提供番組

2011年(平成23年)5月現在)

など また、信越放送テレビ新広島秋田朝日放送福井放送四国放送でもスポットCMが流れる。(前者は土日に多く、後者はやや少なめ)。

[編集] 過去の提供番組

生コマーシャルも含む)

2009年(平成21年)9月28日・30日は「総力報道-」の放送開始時間短縮に伴い「イブニングワイド」内にて放送(9月28日から番組改編に伴い。29日は休止。)

など多数

[編集] CM

もともとは三木のり平独演によるアニメCMだった。いくつかの例を紹介する。

  • のり平が国定忠治に扮したCMは「昭和のCM100選」に選ばれている。
  • のり平の蝶々夫人が歌う。「いかないで、ピンカートン」するといかの塩辛の壜が飛んでくる。「イカあった、いかった」とのことで一人で酒盛りを始めるのり平夫人。
  • のり平の仙人が「根菜」(現在は製造中止)の壜を杖で引き寄せる。「根菜こんさい、こっちへ来んさい」
  • 「うらら~うらら~♪」と歌い踊るのり平の山本リンダ。そこへ現われた出前持ちののり平が「表から、ごはんですよ」と見得を切る。

[編集] コラボCM

ゲゲゲの鬼太郎とコラボレーションしたCMが3つある。2つは鬼太郎目玉おやじ猫娘がどんどんのり平になっていくもの、もう1つはねずみ男一反木綿、その他の妖怪が加わり、人間社会に必要な物の会議をしていると、のり平になった鬼太郎が「やっぱり『ごはんですよ!』ですよね」といって瓶を取り出し、やがて皆がのり平になっていくというもの。(ちなみに、映画版でも1シーンのみだが台詞有りで登場している)。また、番組本編でも鬼太郎たちが『ごはんですよ!』を食べる(或いはこれから食べようと発言する)場面が何回か見られた。

後番組のドラゴンボール改でもコラボレーションが行われている。1つは孫悟空がのり平になった息子の孫悟飯を紹介したら(「ぼく、孫、ごはんですよ」)、それに驚いたブルマクリリン亀仙人までのり平に変わるもの。もう1つは悟空、悟飯、クリリン、ピッコロ神龍を呼び出し、願いを言おうとしたところにチチが「みんなー、ごはんですよ」と叫び、のり平に変わった神龍が4人に「ごはんですよ!」の乗ったごはんをプレゼントするというもの。ちなみに、悟空、クリリンの亀仙流の胴着の「亀」のマークが桃屋のマークになっている。

どちらも、登場キャラの声優はオリジナル版(鬼太郎=高山みなみ、目玉おやじ=田の中勇、孫悟空&孫悟飯=野沢雅子等)を使用。小林のり一はラストの「桃屋のごはんですよ」のナレーションのみ担当している。

なおこれ以前にもコラボCMは存在しており、1969年(昭和44年)に放送された「コンピューター編」は、当時スポンサーの一つだった夜のヒットスタジオの当時のワンコーナー「相性診断」のパロディであり、コンピュータールームの担当者はのり平顔ではなく、当時コンピューター担当だった小林大輔(当時局アナ)のあだ名「モグラのお兄さん」に因んで、モグラの顔をしていた。

またCMではないが、ユニクロとのコラボレーションで2009年(平成21年)夏の限定商品として伝統企業コラボTシャツがユニクロから販売された。キャラクターはイラストの三木のり平。

更に1971年(昭和46年)に放送された一社提供ドラマ1・2・3と4・5・ロクでは、犬のロクの声(モノローグ)を三木のり平が担当していた。

[編集] 脚注

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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