沢庵漬け

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沢庵漬けの薄切り(左)とぶつ切り

沢庵漬け(たくあんづけ)は、大根などで漬けた漬物。単に「たくあん」や、「たくわん」などとも呼ばれる。

目次

[編集] 製法

季節の風物詩でもある日干しされる大根

伝統的な製法では、手で簡単に曲げられるほどまでに日干しし、しなびた大根米糠で、あるいはさらに風味付けの昆布唐辛子の皮などを加えて漬ける。
従来の糠漬けでは、米糠の中に含まれる枯草菌の産出物によって、ダイコンは徐々に芯まで黄色から褐色に染まる。しかし、菌の作用は地域や環境によって異なるため、沢庵の色は統一されにくく、また、味などの商品の品質も不安定である。したがって、近年大量生産される商品では、糠漬けであってもウコンクチナシ色素を加える事で画一的に黄色く着色したものが主流になっている。
味は、大根を日干し、塩を加えて漬けて水分を減らす事によって大根本来の味が濃縮され、塩味が加わる一方、米糠の中に存在するデンプンを分解して生ずる糖分によって甘味が増す。
しかし、現在商品として流通している大多数の沢庵漬けは、日干し大根の代わりに塩や糖液に漬けて水分を除いた塩押し大根や糖絞り大根を使用することが多く、伝統的な沢庵とは食感や風味が異なる。また、甘味料うま味調味料などを配合した調味液で調味したり、人工着色料で色づけするなどして加工されることもある。これは時代が下るにつれて消費者の嗜好がより甘く低塩分な漬物を求めるようになった事、また大量生産、コスト削減の為に製造工程の短略化を図った事等の帰結である。その一方で、三浦半島三重県伊勢地方、徳島県などでは、伝統的製法による沢庵が今なお商品として生産されており、付加価値が付いた名物となるとともに一定の需要を得ている。

なお、梅干キュウリなどの糠漬とは異なり、数キログラム程度の少量で漬け込むことは困難であるため、自家消費のために沢庵を漬ける家庭は少ない。

[編集] 歴史

一説には沢庵宗彭が考案したものという言い伝えがあるが、確たる証拠はなく異説もある。元々「じゃくあん漬け」と呼ばれており「混じり気のないもの」という意味であったが、後に沢庵宗彭の存在が出てきたことにより、「じゃくあん」→「たくあん」→「沢庵和尚の考案したもの」という考え方が広まったという説もある。また、「たくわえづけ」が転じたものという説もある。

  • 沢庵宗彭が創建した東海寺では、「初めは名も無い漬物だったが、ある時徳川家光がここを訪れた際に供したところ、たいそう気に入り、『名前がないのであれば、沢庵漬けと呼ぶべし』と言った」と伝えられている。なお東海寺では禅師の名を呼び捨てにするのは非礼であるという考えから、「百本」という呼び名を用いている。

[編集] 利用

糠から取り出したダイコンを水洗いして、糠を落とし、薄切りにして食べるのが普通。ご飯のおかずとして食べたり、お茶請けとしても用いられる。

日干し大根を用いた伝統的な製法の沢庵では、古くなった場合、塩抜きして油いためにしたり、煮物などの料理に使用することがある。

[編集] いぶりがっこ

秋田県では、沢庵を燻製にして風味を付けたものをいぶりがっこと称し、伝統的に食べられている。

[編集] 遠州焼き

静岡県西部の浜松市を中心とする地域のお好み焼き小麦粉鶏卵の生地に、地元の三方原大根などで作った沢庵を刻んで加え、豚肉、イカなどとともに焼くもの。キャベツは必ずしも入らない。ソース風味のものと、醤油風味のものがある。ただし、遠州焼きという名称は、他地域の人によるもので、地元では単にお好み焼きと呼ばれている。

[編集] 文化

和食料理店などで、おかずの一品として沢庵が二切れ付いてくる事がよくあるが、この沢庵を二切れ出すという習慣は、江戸時代から始まったといわれている。侍が世の中の中心だった江戸時代、沢庵はおかずに欠かせない定番で、当時、侍に沢庵を一切れ、もしくは三切れだけ出すのはタブーだった。それは、一切れは「人斬れ」に通じ、また三切れは「身斬れ(腹を切れ)」に通じると言われていたためである。そこから、沢庵を二切れ出すという習慣が生まれたという。ただしこの理由は江戸を中心とした武家政権が確立された地区の習慣だとする説もある。関西では沢庵付けを三切れ出す事は縁起を担ぐ(三方)ものとされ、関西の丼専門店ではあえて三切れの沢庵付けを出す店もある。

[編集] 海外の沢庵

[編集] 台湾

日本の統治が長かった台湾にも沢庵漬けがあり、年配者は日本語のまま「たくあん」とも呼ぶが、一般的には台湾語で「鹹菜脯 キヤムツァイポー」と呼ばれ、現在も根付いている。「菜脯」は干し大根を指し、この漬物が「鹹菜脯」で、単なる塩漬けに近いものもあるが、黄色く染め、甘みを加えたものも作られている。薄切りにした「鹹菜脯」は、折り詰め弁当のおかずのひとつとして、また、刻んだ煮こみ豚ばら肉乗せご飯の「滷肉飯」や、嘉義市の「鶏肉飯」などのご飯料理の定番の付け合せとして親しまれている。さらに、刻んだ沢庵は、卵焼きに混ぜて「菜脯卵 ツァイポーヌン」(干し大根で作ることもある)としたり、春巻の具のひとつとするなど、料理の材料としても用いられている。日本が統治していた当時は、徳島県などから供給されていたというが、現在は台湾現地産や中国産が主となっている。

[編集] 韓国

韓国にも沢庵漬けがある。やはり、日本統治時代に持ち込まれたもので、日本語のたくあんが朝鮮語式発音に変わった「タカン」またはそれに相当する固有語の造語である「タンムジ」という。「タン」は甘い、「ム」は大根、「ジ」は漬けものの意味。味は甘酸っぱい傾向があるもののほぼ同じ。朝鮮固有のチャンジという漬物もあるが、これは名前通り(チャン:塩辛い)味が非常に塩辛い。また韓国では日本料理店のみならず、洋食を供するレストランでも沢庵漬けが出されることがあるが、これは洋食そのものが日本から伝わったものであるために定着した現象である。韓国の中華料理には欠かせない存在で、沢庵といえば中華料理の添え物というイメージが出来上がっている。[要出典]

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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