ヴァルグ・ヴィーケネス
| ヴァルグ・ヴィーケネス Varg Vikernes |
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ヴァルグ・ヴィーケネス (2009年)
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| 基本情報 | |
| 出生名 | クリスティアン・ラーション・ヴィーケネス Kristian Larsson Vikernes |
| 別名 | カウント・グリシュナック Count Grishnackh Greven |
| 出生 | 1973年2月11日(40歳) |
| 出身地 | ホルダラン県 ベルゲン |
| ジャンル | ブラックメタル アンビエント |
| 職業 | ボーカリスト ギタリスト ベーシスト ドラマー キーボーディスト 作曲家 作詞家 作家 |
| 担当楽器 | 歌 ギター ベース キーボード ドラムス |
| 活動期間 | 1987年 - 2000年 2009年 - |
| 共同作業者 | バーズム メイヘム ダークスローン オールド・フューネラル URUK-HAI Satanel |
| 公式サイト | www.burzum.org |
| ヴァルグ・ヴィーケネス Varg Vikernes |
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|---|---|
| 誕生 | Kristian Larsson Vikernes 1973年2月11日(40歳) ホルダラン県 ベルゲン |
| 職業 | 思想作家 作詞家 |
| 言語 | ノルウェー語 英語 ロシア語[1] |
| 国籍 | |
| 活動期間 | 1997年 - |
| ジャンル | 思想 |
| 処女作 | Vargsmål |
| 公式サイト | www.burzum.org |
| ヴァルグ・ヴィーケネス Varg Vikernes |
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|---|---|
| 生誕 | 1973年2月11日(40歳) ホルダラン県 ベルゲン |
| 別名 | クリスティアン・ラーション・ヴィーケネス (Kristian Larsson Vikernes) カウント・グリシュナック (Count Grishnackh) |
| 動機 | 怨恨、思想 |
| 罪名 | 殺人罪など |
| 有罪判決 | 有罪確定 |
| 刑罰 | 懲役21年 |
| 現況 | 服役中 |
| 職業 | ミュージシャン、作家 |
ヴァルグ・ヴィーケネス (Varg Vikernes、1973年2月11日 - )は、ノルウェーのミュージシャン、作家、殺人犯、受刑者。出生名は、クリスティアン・ラーション・ヴィーケネス (Kristian Larsson Vikernes)であり、後にVargに改名している。音楽活動では、カウント・グリシュナック (Count Grishnackh)と名乗っている。日本では、カウント・グリシュナックか、英語読みのヴァーグ・ヴァイカーネスと書かれる事が多い。
ブラックメタルプロジェクトバンドバーズムの活動および、ノルウェーのブラックメタルバンド、メイヘムのギタリスト・ユーロニモスを殺害した殺人犯として有名。
目次 |
略歴 [編集]
ノルウェーのホルダラン県の中心都市ベルゲンの郊外出身。小学生時代には、父親の仕事の関係で、イラクに1年間在住していたことがある[1]。イラクでは、白人という理由で特別待遇を受けていたらしく、ヴァルグは人種意識が芽生えたのはこの時期であったかもしれないと後年述べている[1]。両親の離婚後、母親に引き取られ、母親からギターを買い与えられたことがきっかけで音楽家への道を歩みだす。1987年に、学校を中退しソロ・プロジェクト、URUK-HAIを立ち上げる。URUK-HAIというバンド名は、指輪物語の登場人物から採られている。1989年には、メイヘムのギタリスト、Øystein Aarseth(後にユーロニモスと名乗るようになる)と知り合う。この出会いがきっかけで、ノルウェーのアンダーグラウンドシーンに入っていくこととなる。1990年にオールド・フューネラルのOlve(イモータルのAbbath Doom Occulta)と元オールド・フューネラルのHarald(イモータルのDemonaz Doom Occulta)と共にSatanelを結成。Satanelは数週間で解散してしまったが、これをきっかけに、オールド・フューネラルにサポート・ギタリストを経て正式加入。1991年リリースの、7インチシングル『Devoured Carcass』に参加するが、その後脱退している。
オールド・フューネラル脱退後、前述のURUK-HAIをBurzumに改名する。その後、2枚のデモをリリース。1stデモ『Demo I』では当時本名だったKristian Vikernes、2ndデモでは、Christian Vikernesと名乗っていた。その後、ユーロニモスが立ち上げたデスライク・サイレンス・プロダクションと契約。これから、Burzumの活動においては、カウント・グリシュナック(Count Grishnackh)と名乗るようになる。プロモCD『Burzum』をリリースした後、1992年に1stアルバム『Burzum』をリリースしデビューする。翌1993年には、EP『Aske』をリリース。『Aske』には、エンペラーのギタリスト、サモスがベーシストとして参加している。しかし、これらの活動と並行して、インナーサークルに参加し、教会等への放火のような様々な事件を起こす。1992年6月6日、ノルウェーオップラン県リレハンメルの有名な礼拝堂を放火、全焼させるという事件を起こす。すぐに逮捕されるが、証拠不十分として、後に釈放される。この逮捕を皮肉ってか、オリジナルの『Aske』にはライターがおまけとして付けられた。また、スウェーデンのデスメタルバンド(当時)のセリオンの中心人物、クリストフェル・ユンソンの自宅に放火した疑いで逮捕もされている。こちらの事件では、関与を疑われたが、実行犯として当時18歳の少女が逮捕され、ヴァルグとの関係は立証されなかった。更には、別の事件の捜査の過程で自宅が捜索され、ダイナマイトが押収されたこともあった。
同年9月には、メイヘムにサポート・メンバーとして加入。1stアルバム『De Mysteriis Dom Sathanas』にベーシストとして参加した。しかし、この頃、既にユーロニモスとの人間関係は悪化していた。これは、ユーロニモスがヴァルグのバーズムの活動に難色を示していたことや、レコーディング費用の支払いの滞りなどの金銭問題が原因であった。そのため、『Aske』リリース後、デスライク・サイレンス・プロダクションを離脱。自主レーベルCymophane Productionsを設立し、2ndアルバム『Det Som Engang Var』を1993年にリリース。
そして、1993年8月10日、オスロのユーロニモスのアパートメントで、ユーロニモスを刺殺する。それからおよそ一週間が経過した8月19日にユーロニモス殺害容疑で逮捕される。その後、放火、窃盗、爆弾テロの容疑で追加起訴された。翌1994年5月に、裁判で、懲役21年の判決を受けた。ヴァルグが刑務所に収監された後も、イギリス人女性、Tiziana Stupiaがバーズムの作品をリリースするために立ち上げた、Misanthropy Recordsから3rdアルバム『Hvis Lyset Tar Oss』が1994年に、4thアルバム『Filosofem』が1996年にリリースされた。これは、1993年の逮捕前にレコーディングされていた音源をアルバムにしたものである。更に、1995年には1stアルバム『Burzum』とEP『Aske』をカップリングしたアルバム『Burzum/Aske』もリリースされている。また、ヴァルグが刑務所に収監されてからは、刑務所にギターの持込が許可されず、小型のシンセサイザーしか持込を許可されなかったため、その後リリースされた5thアルバム『Dauđi Baldrs』、6thアルバム『Hliđskjálf』の2枚のアルバムは完全なアンビエントアルバムとなっている。そして、2000年にオフィシャルサイトを通じてBurzumの活動停止を宣言。
2003年、仮釈放中に逃走を図り再逮捕される。その後はノルウェー国内で最も厳重なセキュリティーを誇るトロンハイム刑務所に移送される。2006年中に再度仮釈放される可能性があったが、ノルウェー当局は仮釈放を2008年4月まで延期するとの声明を発表。ヴァルグはこの処置を、ノルウェー憲法及びEUの人権条項に反するとして抗議したが、却下された。2008年6月、ノルウェー当局が仮釈放申請を再度拒否。これにより、出所時期はまったくの未定となったが、期限付きながら家族と自宅で過ごす権利を得ることには成功する(ただし、完全出所は2015年以降)。
2009年には、Burzumの活動が再開し、翌2010年に7thアルバム『Belus』をリリース。翌2011年には、8thアルバム『Fallen』をリリースした。
また、獄中で、作家としても活動を始め、1997年に『Vargsmål』でデビューしている。その後、合計4冊の本を出版している。これらの本の主な題材は、自身の思想についての本であり、ゲルマン民族選民思想や北欧神話信仰などが題材であるという。また、これらの思想を基に、ゲルマン民族至上主義団体も設立している。
思想 [編集]
ヴァルグの思想は、一般に民族主義やナチズムなどの極右思想に分類されることが多い。特に、1990年代前半には、インナーサークルなどでの活動において、悪魔主義の信奉も行っていたといわれる。また、1990年代後半はナチズムへの傾倒あり、一部極右ネオナチ団体との関係もあったという。このような人種差別主義的な視点から、ロックが黒人音楽にルーツを持つことから否定的な見解を示したこともある。しかし、本人も年々思想は変化しているといっているように、近年はナチズムからは距離を置いており、一部の思想においては、意見を異にしている。
しかし、思想には、一貫してペイガニズム(異教信仰)がベースにあるとされる。特に、キリスト教を侵略宗教として敵視しており、北欧古来の神話信仰、ヴァイキング文化に傾倒している[1]。また、キリスト教のみならずユダヤ人に対する嫌悪感も端々に示している[1]。
これらのヴァルグの思想は、両親のネオナチ的思想も影響しており、特に両親の離婚後、ヴァルグを引き取った母親はネオナチ団体への資金提供をしていたという[1]。
ディスコグラフィ [編集]
バーズム (Burzum) [編集]
- 1991年 Demo I (Demo)
- 1991年 Demo II (Demo)
- 1992年 Burzum (Promo)
- 1992年 Burzum (1st Album)
- 1993年 Aske (Mini Album)
- 1993年 Det Som Engang Var (2nd Album) 〔トイズファクトリー盤:『涅槃宮』、輸入盤日本国内仕様:『無常の門』〕
- 1994年 Hvis Lyset Tar Oss (3rd Album) 〔トイズファクトリー盤:『白昼夢』、輸入盤日本国内仕様:『虚無光』〕
- 1995年 Burzum/Aske (Re-issued、1st Album/Mini Album) 〔輸入盤日本国内仕様:『欝なる黎明』〕
- 1996年 Filosofem (4th Album) 〔輸入盤日本国内仕様:『絶望論』〕
- 1997年 Dauđi Baldrs (5th Album)
- 1999年 Hliđskjálf (6th Album)
- 2010年 Belus (7th Album)〔輸入盤日本国内仕様:『ベリウス』〕
- 2011年 Fallen (8th Album)〔輸入盤日本国内仕様:『フォールン』〕
- 2011年 From the Depths Of Darkness (Self-cover Album)〔輸入盤日本国内仕様:『フロム・ザ・ディプスズ・オブ・ダークネス』〕
- 2012年 Umskiptar (9th Album)〔輸入盤日本国内仕様:『北欧神の化身』〕
- 2013年 Sôl austan, Mâni vestan (10th Album)
メイヘム (Mayhem) [編集]
- 1994年 De Mysteriis Dom Sathanas (ベーシストとしてサポート参加)
オールド・フューネラル (Old Funeral) [編集]
- 1991年 Devoured Carcass
ダークスローン (Darkthrone) [編集]
ビブリオグラフィ [編集]
- 1997年 – Vargsmål
- 2000年 – Germansk Mytologi og Verdensanskuelse
- 2001年 – Guide to the Norse Gods and Their Names
- 2002年 – Irminsûl
- 2006年 – Речи Варга II (ロシア語のみ、題意は"Vargsmål II")
- 2011年 – Sorcery And Religion In Ancient Scandinavia
脚注 [編集]
参考文献 [編集]
- 東條雅人 (1993年). "涅槃宮" [CDライナー]. バーズム
『Det Som Engang Var』のアルバム・ノーツ 日本東京都渋谷区: トイズファクトリー (TFCK 88746).
- 北井康仁 (1994年). "白昼夢" [CDライナー]. バーズム
『Hvis Lyset Tar Oss』のアルバム・ノーツ 日本東京都渋谷区: トイズファクトリー (TFCK 88745).
- 渡辺清之 (2010年). "ベリウス" [CDライナー]. バーズム
『Belus』のアルバム・ノーツ 日本東京都千代田区: ディスクユニオン (BYE001CD-OBI).
- 田村直昭 (2011年). "フォールン" [CDライナー]. バーズム
『Fallen』のアルバム・ノーツ 日本東京都千代田区: ディスクユニオン (BYE008CDOBI).
外部リンク [編集]
- Burzum公式サイト(英語)(ロシア語)