エリザヴェータ・トゥクタムィシェワ
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| 2010/2011 ISUジュニアグランプリファイナルにて | |||||
| 基本情報 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 代表国: | |||||
| 生年月日: | 1996年12月17日(16歳) | ||||
| 出生地: | グラソフ | ||||
| 身長: | 159 cm | ||||
| コーチ: | スヴェトラーナ・ヴェレテンニコワ アレクセイ・ミーシン |
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| 振付師: | デヴィッド・ウィルソン ステファン・ランビエール |
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| 元振付師: | ゲオルギ・コフトゥン | ||||
| 所属クラブ: | Yubileniy Ice Arena | ||||
| ISU パーソナルベストスコア | |||||
| トータルスコア: | 188.85 | 2013 欧州選手権 | |||
| ショートプログラム: | 62.04 | 2011 GPエリック杯 | |||
| フリースケーティング: | 131.67 | 2013 欧州選手権 | |||
エリザヴェータ・セルゲーエヴナ・トゥクタムィシェワ(ロシア語: Елизавета Сергеевна Туктамышева, ラテン文字転写例:Elizaveta Tuktamysheva, 1996年12月17日 - )は、ロシアのフィギュアスケート選手(女子シングル)愛称Liza(リーザ)。
2013年欧州選手権3位、2012年ロシア選手権優勝、2011年GPファイナル4位、2011年世界ジュニア選手権2位、2010年JGPファイナル2位。
メディアではトゥクタミシェワ、タクタミシェワ、トクタムショワなどと表記されることがある。ラテン文字への転写は以前は「Elizaveta Tuktamisheva」が使われていたが、パスポートの更新をした2012年以降は「Elizaveta Tuktamysheva」が使われている.これはキリル文字からラテン文字に変換するのに特定のルールがなく、数パターンの表記方法があることによる。帝政ロシア、ソ連時代を通じてオフィシャルなローマ字表記はフランス式の綴りが採用されていたが、2000年代後半あたりからロシア外務省のパスポート発行システムの名前を管理するソフトがフランス語ベースから英語ベースに変更からである。このため、彼女に限らずロシア人のローマ字表記の綴りはパスポート更新を行ったものから順次フランス式から英語式に切りかわっている人が多い。
目次 |
人物 [編集]
ロシア連邦ウドムルト共和国のグラゾフで、元スキー選手でサッカーコーチの父と代数学と幾何学の教師の母のもと生まれる。7歳下に同じくフィギュアスケートをしている妹エフゲーニャがいる。
2011年4月上旬に父親が若くして死去。8月からはコーチのアレクセイ・ミーシンの尽力とM・クズネツォフ記念オリンピック基金の支援で教師の母親と小学生の妹をサンクトペテルブルクに呼び寄せ共に暮らすようになった[1]。この移住に伴って課題の提出と検定試験を受けることで進級できる形態の学校に転校[2]。
最も尊敬する選手は三度の五輪メダリストで兄弟子のエフゲニー・プルシェンコ[3]。好きな選手や演技にキム・ヨナと浅田真央[3]、安藤美姫[4]、ジョアニー・ロシェットなどを挙げているが、憧れの選手はいない[5]。
経歴 [編集]
4歳半頃スケートを始め[6]、地元グラソフでスヴェトラーナ・ヴェレテンニコワの指導を受けていた。
9歳のときベルゴロドで開催された競技会で優勝すると世界的に著名なコーチのアレクセイ・ミーシンに見出され[7][8]、指導を受けるため2週間ごとに片道27時間をかけ故郷からヴェレテンニコワコーチと共にサンクトペテルブルクへ通うことになった[9]。ミーシンの元ではまずすべての基礎技術を矯正された[8]。
2008年ロシアフィギュアスケート選手権と2008年ロシアジュニアフィギュアスケート選手権で共に2位。
2009年ロシアフィギュアスケート選手権ではショートプログラム10位からフリースケーティングで124.57の高得点を得て3位となっている[10]。
2010-2011シーズンからISUジュニアグランプリシリーズ(JGP)の出場可能年齢に達し参戦。初戦のJGPブラショフ杯およびJGPブラオエン・シュベルター杯で連続優勝を果たし、ジュニアグランプリファイナルへの出場を決める。ファイナルでは同じくロシア代表のアデリナ・ソトニコワに次ぐ2位に入る。初出場となった2011年世界ジュニア選手権でもソトニコワに次ぐ2位となった。
2011年夏にステファン・ランビエールの指導で表現と身体の動きを学ぶ[11]。
2011-2012シーズン、シニアデビュー戦のスケートカナダで初優勝、ISUグランプリシリーズ史上で初めてデビュー戦で優勝した女子選手となった。続くエリック杯でも優勝し、ポイントランキング1位の成績でグランプリファイナル進出を決めた。しかし表彰台が期待されたファイナルではショートプログラムでの出遅れが響き、4位に終わった。続くロシア選手権でも、グランプリファイナル同様にショートプログラムで出遅れ、最終結果は6位となってしまうが、翌月のインスブルックユースオリンピックでは立て直し、アデリナ・ソトニコワを破って優勝した。2012世界ジュニア選手権への出場は、新たなプログラムの作成に専念するとして辞退した。
2012-2013シーズン、2シーズン連続でグランプリファイナルに出場し、4位。ロシア選手権ではショートプログラムを首位で折り返したものの風邪を引いて棄権も考えたが出場し、初優勝を飾った。[12] シニアISUチャンピオンシップス初出場となるヨーロッパ選手権ではSP4位と出遅れたが、フリーで1位と巻き返し、トータルで3位となった。
技術 [編集]
3回転アクセルを除く5種類の3回転ジャンプを競技会で用いている。また3回転ルッツ-3回転トウループのほか3回転サルコウ-3回転トウループ、3回転トウループ-3回転トウループの、三種類の3回転3回転のコンビネーションジャンプをプログラムに入れることが出来る。ジュニア時代にはフリップジャンプが踏み切りでアウトサイドになる癖もあったが、シニアデビュー以降誤ったエッジでの踏み切りと判定されたことは一度もない。
なお2010年夏の合宿中の練習では3回転アクセルを少なくとも一度は成功させている[3]が、2010年ロステレコム杯エキシビションのオープニングで数回、2011年7月8日に行われたミーシン一門のエキシビションショーで2011-2012のフリープログラムの冒頭で3Aに挑戦するが、全て転倒か不発に終わっており、公式認定や観客の前でのお披露目はまだである。
軽快なジャンプが評価される一方で、リンクの使い方が小さいといった弱点も指摘されており[13]、2012年5月にはカナダへ渡りデイヴィッド・ウィルソンにフリープログラムの作成と指導を依頼[14]。
主な戦績 [編集]
| 大会/年 | 2007-08 | 2008-09 | 2009-10 | 2010-11 | 2011-12 | 2012-13 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 世界選手権 | 10 | |||||
| 欧州選手権 | 3 | |||||
| 世界国別対抗戦 | 10 | |||||
| ロシア選手権 | 10 | 2 | 3 | 3 | 6 | 1 |
| GPファイナル | 4 | 5 | ||||
| GPスケートカナダ | 1 | 4 | ||||
| GPエリック杯 | 1 | 2 | ||||
| ユースオリンピック | 1 | |||||
| 世界Jr.選手権 | 2 | |||||
| ロシアJr.選手権 | 9 | 2 | 4 | 1 | ||
| JGPファイナル | 2 | |||||
| JGP B.シュベルター杯 | 1 | |||||
| JGPブラショフ杯 | 1 | |||||
| ニース杯 | 1 N | 1 N | 1 J |
- N - ノービスクラス
詳細 [編集]
| 2012-2013 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2013年4月11日-14日 | 2013年世界フィギュアスケート国別対抗戦(東京) | 10 49.94 |
8 102.22 |
10 152.16 |
| 2013年3月10日-17日 | 2013年世界フィギュアスケート選手権(ロンドン) | 14 54.72 |
8 119.52 |
10 174.24 |
| 2013年1月23日-27日 | 2013年ヨーロッパフィギュアスケート選手権(ザグレブ) | 4 57.18 |
1 131.67 |
3 188.85 |
| 2012年12月24日-28日 | ロシアフィギュアスケート選手権(ソチ) | 1 69.50 |
1 127.07 |
1 196.57 |
| 2012年12月6日-9日 | 2012/2013 ISUグランプリファイナル(ソチ) | 5 56.61 |
2 117.14 |
5 173.75 |
| 2012年11月16日-18日 | ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) | 3 58.26 |
2 121.36 |
2 179.62 |
| 2012年10月26日-28日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ウィンザー) | 6 55.10 |
3 112.90 |
4 168.00 |
| 2011-2012 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2012年1月13日-22日 | インスブルックユースオリンピック(インスブルック) | 1 61.83 |
1 111.27 |
1 173.10 |
| 2011年12月24日-28日 | ロシアフィギュアスケート選手権(サランスク) | 7 58.32 |
4 116.08 |
6 174.40 |
| 2011年12月8日-11日 | 2011/2012 ISUグランプリファイナル(ケベック・シティー) | 5 54.99 |
2 119.52 |
4 174.51 |
| 2011年11月18日-20日 | ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) | 1 62.04 |
2 120.85 |
1 182.89 |
| 2011年10月27日-30日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ミシサガ) | 1 59.57 |
2 117.81 |
1 177.38 |
| 2010-2011 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2011年2月28日-3月6日 | 2011年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(江陵) | 2 58.60 |
2 110.51 |
2 169.11 |
| 2011年2月2日-4日 | ロシアジュニアフィギュアスケート選手権(カザン) | 1 60.96 |
1 132.60 |
1 193.56 |
| 2010年12月25日-29日 | ロシアフィギュアスケート選手権(サランスク) | 7 56.30 |
3 124.41 |
3 180.71 |
| 2010年12月9日-12日 | 2010/2011 ISUジュニアグランプリファイナル(北京) | 2 53.76 |
2 107.11 |
2 160.87 |
| 2010年10月13日-17日 | 2010年ニース杯 ジュニアクラス(ニース) | 1 50.52 |
1 104.51 |
1 155.03 |
| 2010年10月7日-8日 | ISUジュニアグランプリ ブラオエン・シュベルター杯(ドレスデン) | 1 57.35 |
1 115.43 |
1 172.78 |
| 2010年9月9日-10日 | ISUジュニアグランプリ ブラショフ杯(ブラショフ) | 4 46.11 |
1 86.21 |
1 132.32 |
| 2009-2010 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2010年2月3日-6日 | ロシアジュニアフィギュアスケート選手権(サランスク) | 9 54.12 |
4 104.89 |
4 159.01 |
| 2009年12月24日-25日 | ロシアフィギュアスケート選手権(サンクトペテルブルク) | 10 48.96 |
1 124.57 |
3 173.53 |
| 2008-2009 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2009年1月28日-31日 | ロシアジュニアフィギュアスケート選手権(サランスク) | 4 53.26 |
2 101.88 |
2 155.14 |
| 2008年12月24日-28日 | ロシアフィギュアスケート選手権(カザン) | 5 49.82 |
1 110.06 |
2 159.88 |
| 2008年10月15日-19日 | 2008年ニース杯 ノービスクラス(ニース) | 1 45.38 |
1 81.77 |
1 127.15 |
| 2007-2008 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2008年1月30日-2月2日 | ロシアジュニアフィギュアスケート選手権(ロストフ・ナ・ドヌ) | 15 | 6 | 9 118.16 |
| 2008年1月3日-7日 | ロシアフィギュアスケート選手権(サンクトペテルブルク) | 14 35.28 |
8 84.37 |
10 119.65 |
| 2007年10月18日-21日 | 2007年ニース杯 ノービスクラス(ニース) | 2 36.06 |
1 75.28 |
1 111.34 |
プログラム [編集]
| シーズン | SP | FS | EX |
|---|---|---|---|
| 2012-13 | 映画『ある愛の詩』サウンドトラックより 作曲:フランシス・レイ 振付:デヴィッド・ウィルソン アディオス・ノニーノ 作曲:アストル・ピアソラ |
黒い瞳 振付:デヴィッド・ウィルソン |
アディオス・ノニーノ 作曲:アストル・ピアソラ ベサメ・ムーチョ 作曲:コンスエロ・ベラスケス キャラバン 演奏:ジャックコスタンゾ ベサメ・ムーチョ 演奏:ミシェル・ペトルチアーニ |
| 2011-12[15] | アディオス・ノニーノ 作曲:アストル・ピアソラ |
ベサメ・ムーチョ 作曲:コンスエロ・ベラスケス キャラバン 演奏:ジャックコスタンゾ ベサメ・ムーチョ 演奏:ミシェル・ペトルチアーニ |
ハーレム by R.E.G Project |
| 2010-11 | オリエンタル・セレクション ハーレム by R.E.G. Project |
アストゥリアス 作曲:イサーク・アルベニス |
イン・ザ・クローゼット 曲:マイケル・ジャクソン |
| 2009-10 | ソルヴェイグの歌 『ペール・ギュント』組曲より 作曲:エドヴァルド・グリーグ |
||
| 2008-09 | ジプシーダンス バレエ音楽『ドン・キホーテ』より 作曲:レオン・ミンクス |
映画『SAYURI』より 作曲:ジョン・ウィリアムズ |
|
| 2007-08 | 白鳥の湖 作曲:ピョートル・チャイコフスキー |
脚注 [編集]
- ^ ソヴィエト・ロシア功労コーチ、アレクセイ・ミーシン:リーザが敵わないスケーターを知らない - Советский спорт (2011年10月31日 No.169-M(18552)
- ^ <"ふるえ"はなかった>エリザヴェータ・トゥクタミシェワ - ロシア語自習室 (2011年11月1日)
原文Елизавета Туктамышева: "Трясучки не было" - ^ a b c Golden Skate "Tuktamisheva ready to make an impact" (August 29, 2010) - by Tatjana Flade
- ^ <日本では羽が生えたようだった>エリザヴェータ・トゥクタミシェワ - ロシア語自習室 (2011年10月22日)
- ^ Елизавета Туктамышева: "Прежняя Лиза никуда не делась" - Спорт-Экспресс
- ^ “Елизавета Туктамышева: в фигурном катании я оказалась ≪по дружбе≫” (Russian). allsportinfo.ru (2008年1月6日). 2009年10月25日閲覧。
- ^ “Interview with Elizaveta Tuktamysheva at 2008 Russian Figure Skating Championships” (Russian). FSNews.ru (2008年1月5日). 2009年10月25日閲覧。
- ^ a b <ミーシンコーチはおもしろい人>トゥクタミシェワ - ロシア語自習室
- ^ スヴェトラーナ・ヴェレテンニコワ:トゥクタミシェワの練習条件は普通ではない - Весь Спорт Webサイト
- ^ “クセニヤ・マカロワ、ロシア選手権優勝” (ロシア語). Pravda Online (2009年12月25日). 2010年2月9日閲覧。
- ^ http://www.sport-weekend.com/index.php?option=com_content&view=article&id=1532:2011-10-23-00-04-32&catid=100:2011-07-06-19-38-53
- ^ http://www.goldenskate.com/2012/12/tuktamysheva-captures-gold-at-russian-nationals/ Tuktamysheva captures gold at Russian Nationals
- ^ 田村明子 (2011年11月22日). “フィギュアスケート、氷上の華”. 女子の熾烈な戦いで勝利を得た14歳、女王の中の女王、トゥクタミシェワ。. 2011年12月14日閲覧。
- ^ David Wilson begins cooperation with Russian skaters - World Figure Skating
- ^ icenetwork.com
外部リンク [編集]
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