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真鍋勝

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真鍋勝

真鍋 勝(まなべ かつ、1881年明治14年〉12月24日[1] - 1963年昭和38年〉6月7日[2])は、日本の衆議院議員立憲民政党民主自由党自由党)、司法参与官弁護士

経歴

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徳島県美馬郡貞光村(現在のつるぎ町)に武田嘉六の子として生まれ、真鍋儀平の養子となった[3]第三高等学校を経て、1915年大正4年)に東京帝国大学文科大学英文科を卒業[1]1923年(大正11年)、京都帝国大学法学部を卒業し、弁護士を開業した[1]大倉喜八郎の顧問弁護士も務めた[3]

1928年(昭和3年)、第16回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第20回まで4回当選を果たした。その間、阿部内閣で司法参与官を務めた。

戦後は第24回衆議院議員総選挙に当選した。

脚注

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  1. ^ a b c 『人事興信録』マ六頁
  2. ^ 『新訂政治家人名事典』p.585
  3. ^ a b 『阿波人物鑑』p.490

参考文献

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  • 『御大典記念 阿波人物鑑』徳島日日新報社、1928年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版(下)』人事興信所、1943年。 
  • 『新訂 政治家人名事典 明治〜昭和』日外アソシエーツ、2003年。 


議会
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1951年 - 1952年
次代
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