露口茂

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つゆぐち しげる
露口 茂
本名 露口 茂
生年月日 (1932-04-08) 1932年4月8日(85歳)
出生地 日本の旗 日本東京府東京市
身長 175cm
血液型 B型
職業 俳優
ジャンル 映画・テレビドラマ
活動期間 1955年 - 1995年
配偶者 あり
主な作品

テレビドラマ
太陽にほえろ!
繭子ひとり
阿修羅のごとくPART2」
風と雲と虹と
編笠十兵衛
終着駅シリーズ」「江戸シリーズ」
水戸黄門映画
赤い殺意
人間蒸発
ええじゃないか
霧の旗
女のみづうみ
ジブリ映画「耳をすませば

1966年吉田喜重監督の「女のみづうみ」と成沢昌茂監督の「四畳半物語・娼 婦しの」の演技により、第12回ホワイト・ブロンズ賞助演男優賞を受賞

露口 茂(つゆぐち しげる、1932年(昭和7年)4月8日 - )は、東京府生まれ、愛媛県松山市育ちの俳優。現在は事実上俳優業から引退。

来歴[編集]

身長175cm。血液型B型。愛称は露さん、露口ちゃん。[1][2] 東京府(現在の東京都)で生まれるが、太平洋戦争の影響で両親の故郷である愛媛県松山市に疎開し、同所で育つ。愛媛県立松山東高等学校卒業、一学年下には俳優伊丹十三、作家大江健三郎。高校時代はバスケットボール部で国体代表候補になる程の腕前であった。[3]愛媛大学文理学部人文学科甲(文学課程英語・英文学専攻)に通いながら[4]NHK松山の劇団員(主にラジオドラマ(オーディオドラマ))として活動する。愛媛大学を2年で中退後、1955年劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所に第7期生として入所、同期の田中邦衛とポスター張りなどのアルバイトをする。
田中邦衛は週刊文春2001年5月31日の阿川佐和子との対談の中で、露口について、「露さんは俳優座養成所の女子生徒みんなに『露口さん、おリンゴ食べる?』なんて言われて、俺たちは『なぁ〜にが、おリンゴだよ』なんて言って(笑)」とエピソードを語っている[4]1957年にNHKのテレビドラマでデビュー。1958年劇団俳優座養成所を卒業講演での演技を称賛されたが、俳優座所属にはならず、「劇団新人会」に入団。1959年映画デビューした。その後、劇団新人会を退団して1960年小沢昭一らと共に「劇団俳優小劇場[5]の旗揚げの参加を経て、1971年に解散。 後に田村企画所属(太陽にほえろ!でボンを演じた宮内淳と同事務所)[6][7]となり、その後露口茂事務所を創立したが閉鎖。

舞台を中心に活動する一方、山田洋次監督の「霧の旗」、 今村昌平監督作品、日活映画などやテレビドラマで、悪役、犯人役、好青年まで幅広く演じる、個性派のバイプレイヤーとして活躍。当初はテレビ番組の刑事、悪役、敵役、ゲストとしての役、単発作品の主役などが多かった。

1959年 映画「女子大学生 私は勝負する(1959年、東宝 / 監督:板谷紀之)」に出演するが、映画は水着のシーンに問題があるとして、たった一日で上映が打ち切られる。日本のヌーベルバーグ的作品として考えられていた作品であった。[8]

1964年 今村昌平監督「赤い殺意」に出演し、主演の春川ますみ演じる女を強姦する準主役を演じ好評を得る。[9]

1966年 吉田喜重監督の「女のみづうみ」と成沢昌茂監督の「四畳半物語娼婦しの」の演技により、第12回ホワイト・ブロンズ賞助演男優賞を受賞する。

1967年 今村昌平監督ドキュメンタリー映画「人間蒸発」に事件を追うレポーター役で出演、蒸発した男の行方を追う内容であり、蒸発した男の妻で出演者である一般人の女性と男の行方を追ったが、その女性が次第に露口に思いを寄せる様になるというハプニングが起こった。[10][11]

1969年 TBS時代劇「水戸黄門」第一部 出演、東野英治郎演じる水戸黄門の命を狙う刺客、古川兵庫を演じる。[12]

1972年 7月には露口の代名詞ともなり1986年4月まで14年にも及び出演する事となる刑事ドラマ「太陽にほえろ!」に出演。山村精一(落としの山さん)を演じて、更に知名度を高めた。以降しばらく「太陽にほえろ!」のスケジュールの為映画から遠ざかり、テレビのみの活躍となる。

1973年 大河ドラマ「国盗り物語」出演、小説、映画梟の城の主人公であり織田信長の命を狙う忍者、葛籠重蔵を演じる。

1974年 必殺シリーズ暗闇仕留人」の石屋の大吉役[13]のオファーを受けるが最終的には断る。当時多くの新聞、雑誌などには露口の名前が有り、露口版の設定は妻が居る設定であった。[14]

1976年 大河ドラマ「風と雲と虹と」では最終回で主役の加藤剛演じる平将門を弓矢で射殺す重要な役、田原(俵)藤太を演じた。[15]

1980年 今村昌平監督「ええじゃないか[16] で約10年ぶりとなる映画出演を果たし、キネマ旬報助演男優賞の候補者の一人にもなる。 向田邦子原作のNHKドラマ阿修羅のごとくPART2」で緒形拳の演じた里見鷹男の役を引き継ぐ。

1981年 TBSドラマ「父母の誤算」では自身初の連続ドラマでの主役を務めた。[17]

1983年 TBSドラマ「誰かが私を愛してる」に出演。1当時の週刊テレビ番組のインタビューで「初のシティドラマに大変気持ちが乗っている」と語る。

1984年 五社英雄監督「北の螢」出演の為、髪を延ばしていた為太陽にほえろ!の劇中でも長髪になっている。

1986年4月 長年出演した「太陽にほえろ!」をスペシャル放送の「さらば山村刑事」の回にて降板。ワイドショールックルックこんにちは のインタビューに答え、山さんが好きであった事、山さんを降りる寂しさ、そして山さんが重荷であった事を語る。最後のシーンの撮影には降板した渡辺徹地井武男も花を持って駆け付けた。

「太陽にほえろ!」のエピソード等[編集]

  • 太陽にほえろ!で自身最後の出演となった「さらば山村刑事」の回では、監督を務めた高瀬昌弘に「太陽にほえろ!」の最後のカットは通常ボスのカットで終わるが、自身の番組からの卒業でもあるので、どうしても自分のカットで終わって欲しいと求め、妥協案が採用された。[18]
  • 関根恵子(現 高橋恵子)は当初太陽の現場で、最も話をしたのは露口で、露口はいろいろなエピソードを交えて、いろいろな話をしてくれたと高橋が語っていた。[19]
  • 当初山村刑事は髪型も短髪でアウトローの刑事であったが、露口が「刑事コロンボのキャラクターを山さんの中に取り入れた。」[20]と語っていた様に、次第に落としの山さんといういぶし銀のキャラクターとして変化していった。太陽にほえろ!で露口の主演もしくは主演と同等の扱いなのは87話分あり、竜雷太に次いで多い。
  • 勝野洋はインタビューで露口の芝居の間の取り方が上手いので、間の取り方を真似ていたと語っている。[21]
    またストイックに役に臨む露口を見て、俳優とはこういうものなのか、と思ったと語っている。また木之元亮も同様に語っている。[22]
  • 渡辺徹が演じるラガー刑事が降板の際、渡辺に、そろそろ自分も降板したいと語っていた。[23]
  • 自信初の写真集である「露口茂IN太陽にほえろ!」の出版にあたっても露口が完全主義者であり、相当のこだわりを見せた為発売が遅れたが、完成度が高くなった事を太陽にほえろ!プロデューサーの岡田晋吉が同写真集の中で語っている。この写真集は「太陽にほえろ!」の沖雅也など他の俳優の写真集の様に過去の名場面のスチールで構成された物ではなく、撮り下ろしである。

露口は「太陽にほえろ!」について、太陽は第二の青春であったとインタビューで答えている。[24]

声優として[編集]

ラジオドラマや海外作品の吹き替え劇場アニメーションなど、声優としての実績も豊富。コロンボの日本語版演出担当者によると当初 刑事コロンボの声の吹き替えは、[25]露口が第一候補とされていた。[26]NHK放映の「シャーロック・ホームズの冒険」ではシャーロック・ホームズ(ジェレミー・ブレット)役を吹き替え、当たり役となった。

またジブリ映画「耳をすませば」のバロンの声を務めた。COMIC BOX 1995年9月号のインタビューでは露口自身が「宮崎さんから依頼されたんですが、何しろアニメで、しかもネコの声をやるだけなんて初めてですし、こういうのはむしろ専門の方がいらっしゃるでしょうと、まずはお断りしたんですよ…宮崎さんと話しているうちにその魅力に引かれ、やはりこの宮崎さんとの貴重な出会いを大切にしたいなと思い、引き受けることにしました。」「なかなか自分で納得がいかないものですから、何度も自分からお願いして取り直させてもらったんです。何しろ猫である上に、全体のドラマの中でも核というか重要な役ですからね。台詞はほんの何行かですけどすごく重い。」と語っている。

太陽にほえろ! 卒業後[編集]

太陽にほえろ!卒業以降はかなりの2時間ドラマの主演やスペシャルドラマなどに出演した、また久しぶりに舞台にも出演している。

1989年 フジテレビで放送された大地真央主演「女ねずみ小僧」に出演、現在までに、連続ドラマへの出演は最後という事になる。また番宣を兼ねて、フジテレビの「なるほどザワールド」に大地真央らと出演した。[27]

1990年 土曜ワイド劇場森村誠一.終着駅シリーズ出演開始。[28]

1992年 露口主演の土曜ワイド劇場森村誠一・終着駅シリーズ第2作 信濃大町発7時53分“あずさ8号”殺意のめぐり逢い ホテル逆密室の謎 出演 [29]

1994年 土曜ワイド劇場 森村誠一・終着駅シリーズ 第4作となる 「蒼の十字架」 に主演、現在までに俳優として、最後の主演作で出演作である。

1995年 ジブリ映画「耳をすませば」公開。バロンの声の吹き替えを務めた。これが俳優/声優として、現在まで最後の仕事である。以降は公の場に現れる事は無くなった。

1990年代中期以降は終着駅シリーズを降板したり、 2001年の今村昌平監督の映画「赤い橋の下のぬるい水」で北村和夫の演じた役などのオファーを受けたが断るなど表舞台からは遠ざかる。

1996年 太陽にほえろ!露口の主演作からセレクトされたレーザーディスク プロデューサーセレクション山村刑事BOXが販売された。

人物[編集]

趣味はクラッシック音楽鑑賞、ゴルフ。「太陽にほえろ!」共演の小野寺昭、プロデューサーの岡田晋吉、江戸シリーズで共演の小林桂樹近藤洋介などとは共にゴルフをプレイした。 自身のプライベートをとても大切にしている為、プライベートな事は余り語らず、太陽にほえろ!のスタッフや関係者でも既婚で有ると知る者は少なかった。[30]

シャイな部分がありマスコミがあまり好きではなく、インタビューや写真もあまり好きではなかった(インタビューの際に、収録のためテープレコーダーを取り出した記者に対して「機械に喋り掛けているみたいで苦手だから」と使用しないよう願い出たというエピソードもある)。
一方では真面目で誠実な人物であり、「太陽」の撮影現場を見学に訪れたファンに対しては気さくに応対して記念撮影なども快く応じていた。

仕事に対しストイックで、自身がする仕事にはこだわり、仕事のオファーを受けた際には台本を十分吟味してから、受けるかどうか決める事でも知られる。殺陣も得意で、江戸シリーズの江戸の激斗などの時代劇では激しい立ち回りも見せている。また80年代以降現場の変化や俳優という物の変化を危惧する様な発言をしていた。[31] ,

NHKの朝のドラマ「おはなはん」「繭子ひとり」や「太陽にほえろ!」などで特に主婦層に多大な人気を得て、婦人週刊誌やTV情報誌などでは、よくナイスミドルと評された。また80年代にはTVガイドにて中年御三家の一人と呼ばれていた事もあった。「太陽にほえろ!」当時ファンレターもメインの新人刑事に次ぐ多さだった。[32]当時のNHKによると「繭子ひとり」で露口演じる北川編集長は死ぬ役柄であったが、人気から視聴者からの延命嘆願がNHKに多数寄せられた。[33]

1975年より1986年まで毎年販売された太陽にほえろ!カレンダーには出演者のサインがプリントされていたが、露口のサインだけは毎年少しずつだが形が異なる。また普段のサインされたサインも同様にいつも少しずつ異なっていた。

極度の高所恐怖症で、飛行機が苦手。そのため、地方など遠方へのロケの場合、他の出演者が飛行機で移動する一方で露口だけは列車で移動するという手段をとるかそのまま東京に残るというケースが多かった[4]。また『太陽にほえろ!』の海外ロケにも、こういった理由で不参加となっている[34]
なお『太陽』で露口演じる山村が単独出張を申し出る場合は、ほとんどと言っていいほど移動中のシーンが盛り込まれない。

仕事に対しては準備稿の段階から台本を受け取り役に臨んだり監督とディスカッションするなど、妥協を許さず、ストィックだが、普段はひょうきんで、冗談を言ったり、鼻歌を歌うこともある、また演技に行きずまる若手にはさりげなくアドバイスをする事もあった。[35]

『週刊文春』2001年5月3・10日GW特大号の企画「あの人は同級生」で『太陽にほえろ!』についてインタビューに応じており、石原裕次郎成城の自宅やハワイの別荘に誘われたが一度も行かなかった事を後悔している事、一度だけ飲みに行った事、石原のレコードを貰った事などを語った。

2009年8月13・20日夏の特大号のインタビューでは、元気であることや、良いオファーがあればまた出演を考える旨などを述べ,俳優復帰を期待させた。

『週刊女性』2013年5月14・21日合併号の企画「GW総力取材 '80年代に輝いていたあの芸能人の今でしょ!!」のインタビューでは、以前と変わらず、元気で普通の生活を送っているが、「役者として復帰は特に考えていません」と述べ、事実上俳優業から引退を宣言している。また露口家に近い者の話として、オファーは多数有ったが、復帰をしてまで演じたい役が無かった事、今の時代に自分が演じたい役はないだろうと語っていた、とも記されてた。

出演作品(俳優)[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティー・情報[編集]

出演作品(声優)[編集]

ラジオドラマ[編集]

吹き替え[編集]

劇画・アニメ[編集]

教育・教養[編集]

舞台[編集]

劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所時代
  • アルトナの監禁された人たち
  • 野に下る右近
  • パラジ-神々と豚々
  • カーヴ
  • 真夏の夜の夢

その他太陽にほえろ!卒業後も舞台出演がある。

レコード[編集]

写真集など[編集]

  • 露口茂in太陽にほえろ!
  • 太陽にほえろ!小説24巻(単独表紙)
  • 太陽にほえろ!山村刑事プロデューサー・セレクションLDBOX

脚注[編集]

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  1. ^ 石原裕次郎等、最も多い
  2. ^ 終着駅シリーズ監督の池広一夫などが
  3. ^ 太陽にほえろ!10周年記念号
  4. ^ a b c スタア(平凡出版)1975年7月号 p.81 - 83「露口茂という男」
  5. ^ 新人会劇団新人会…1954年に結成された劇団。劇団仲間、劇団青年座、劇団三期会(現・東京演劇アンサンブル)と並ぶ俳優座スタジオ劇団の一つ。1954年に劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所二期生・三期生の卒業生が結成。1960年に小沢昭一劇団俳優小劇場に分裂。再建するが、1969年6月下旬に看板女優団員の渡辺美佐子をはじめ中堅・若手団員10人が突如一斉に退団した為、翌7月上旬に劇団新人会は解散。翌1970年3月に長山藍子山本學前田昌明ら“第二次「劇団新人会」”を結成。1994年に「劇団朋友」に変更。
  6. ^ 日本タレント名鑑
  7. ^ 露口茂in太陽にほえろ!
  8. ^  悪代官 川合伸旺 http://www.geocities.jp/iom1960hn/dousoukai/tokisankai/akuyaku-kawai.html
  9. ^ 「太陽にほえろ!」の放送当時深夜の時間帯にテレビで赤い殺意の放送があったが、太陽にほえろ!当時の露口の印象と違う役柄にショックを受けたという人が多かった。
  10. ^ 本編でも露口が女性に、どうして自分を好きになったのか聞いている。
  11. ^ 今村昌平監督 人間蒸発 http://www.cinemanest.com/imamura/flabo1/zyouhatu_12.html
  12. ^ 第1話〜8話、10話〜13話。
  13. ^ 近藤洋介が演じた)
  14. ^ 暗闇仕留人 DVD-BOX解説書など
  15. ^ 一話以降は終盤まで出演は無い。
  16. ^ 今村監督の唯一の失敗作 https://www.cinemanest.com/imamura/flabo1/eezyanaika_1.html
  17. ^ 事実上は江戸の激斗も主演である
  18. ^ 高瀬昌弘 昭和千本のドラマたち
  19. ^ 太陽にほえろ! ジーパン刑事DVD-BOX
  20. ^ 太陽にほえろ!10周年記念号
  21. ^ NEWSポストセブン 2015、4、19
  22. ^ 露口茂in太陽にほえろ!
  23. ^ 露口茂in太陽にほえろ!
  24. ^  太陽にほえろ!10周年記念号、露口茂in太陽にほえろ!
  25. ^ 小池朝雄が担当
  26. ^ 同人誌コロンボコロンボ
  27. ^ 伊武なども出演
  28. ^ 第一作のタイトルは終着駅ではなく、終着列車
  29. ^ 23%の高視聴率で、翌年再度放送された。
  30. ^ 太陽にほえろ!10周年記念号等
  31. ^ 露口茂in太陽にほえろ!
  32. ^ 太陽にほえろ!10周年記念号
  33. ^ NHKグラフ
  34. ^ 週刊テレビ番組(東京ポスト)1977年8月12日号 p.49(同ドラマの第266話「逃亡者」、第267話「追跡者」(いずれもオーストラリアロケ作品)のロケ不参加について掲載)
  35. ^ 露口茂in太陽にほえろ!
  36. ^ テレビ指定席 はらから - NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス
  37. ^ 高瀬昌弘著 昭和千本のドラマたち 2007
  38. ^ 耳をすませば”. 金曜ロードシネマクラブ. 日本テレビ. 2017年1月12日閲覧。

関連項目[編集]

劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所 第7期生
劇団俳優小劇場 創立メンバー

外部リンク[編集]