ミヤシタパーク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
宮下公園から転送)
ナビゲーションに移動 検索に移動
屋上庭園、後方にホテルが見える(2020年8月2日撮影)

ミヤシタパーク(Miyashita Park)は、東京都渋谷区神宮前六丁目にある複合施設である。商業施設「Rayard Miyashita Park」と公園「渋谷区立宮下公園」、ホテル「sequence Miyashita Park」で構成されている[1]

概要[編集]

渋谷駅周辺整備[2]と連動して、新宮下公園等整備事業として、公園の区域変更ならびに立体化が行われる[3]

  • 2014年8月、公募型プロポーザルにより三井不動産株式会社を事業者に決定[4]
  • 2015年12月、基本協定を締結[4]
  • 2017年1月20日 - 2月3日、縦覧および意見書の提出[3]
  • 2017年3月27日から工事のため既存公園「みやしたこうえん」の使用を停止[5]
  • 2019年1月20日、渋谷区、三井不動産は「Miyashita Park」を2020年6月にグランドオープンすることを発表[6]
  • 2020年2月27日、三井不動産は、「Miyashita Park」を6月18日開業すると発表した[7][8]が、新型コロナウイルス感染症の流行の影響で延期された。
  • 2020年7月28日、開園した[9]。商業施設、ホテルも段階的に開業する[10]

Rayard Miyashita Park[編集]

美竹通りを境に北街区と南街区で分かれており、それぞれ北街区は明治通りの賑わいと繋がるアウトモールを、南街区は「多種多様なブランドが集まったマーケット」をイメージしたインモールを採用している[11]

施設の4階部にスケートボルダリングなどのスポーツアクティビティが出来る宮下公園があるため、公園と親和性の高い店舗が出店している[11]

宮下公園[編集]

概要[編集]

「ミヤシタパーク」の4階に位置する公園。元々はJR山手線渋谷 - 原宿間の線路と明治通りに囲まれた細長い形状の土地にあった公園であり、公園は近接する鉄道の築堤とほぼ同じ高さに持ち上げられた人工地盤上に整備されていた。下層の一階部分は駐車場となっていた。

初めは1930年昭和5年)頃、東京市都市計画による公園として現在地に開設されたが、現在北側に隣接する「神宮通り公園」と同様に線路の築堤の元にあり、道路と同じ高さに設置されていた。それが東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)頃に、近接する渋谷川穏田川)の暗渠[12][13]とともに公園を高架の人工地盤とされ、その下の地上部分に駐車場が設置された。この際には、「東京初の空中公園」として話題になったという[14]

2006年平成18年)にはフットサルコート新設開設、2010年(平成22年)9月から再整備のために一時閉鎖の後、翌年4月に再開した。再整備によりエレベーターが設置されるなどバリアフリー化され、有料のクライミング用ウォールやスケート場が新設されるとともに、人工芝2面のフットサル場も改修された。また、開園時間を毎日正午から午後10時半とし、深夜から午前中にかけては閉鎖される形態となった[15][16]

再整備(2011年)[編集]

フットサルコート

宮下公園は再整備を経て、2011年(平成23年)に新装開園したが、ここに至る経緯には紆余曲折があった。

公園は近隣地区において貴重な緑地となっていたものの、1990年代以降には多数のホームレスが住んでいた[17]。また、各所の老朽化もあることから再整備が計画された。渋谷区2009年(平成21年)6月、公園の命名権ナイキ・ジャパンに売却するとともに公園の改修費用の全額を同社の負担とし、有料公園として改修する方針を公表した[18][19]。10年間の契約で命名権を取得したナイキ・ジャパンは、公園を「宮下ナイキパーク」と命名、さらにスケートボード場やクライミング施設、エレベーターなどの整備費として年間1,700万円を支払うこととなった。一方、渋谷区はそれまで公園に住んでいたホームレスのシェルターへの入所支援や、立ち退きの手伝いを行った[17]

これらの渋谷区の方針に対して、「説明が不十分である」「公共の場である公園を私企業たるナイキのための閉鎖空間化・宣伝媒体として使用している」[20]「ホームレスの強制排除をおこなった」と主張して[19]これらを問題視するアーティスト[17]市民団体2010年(平成22年)4月ごろから反対運動を行っている[20][18]。反対派はホームレス立ち退き後の公園を占拠し、カフェと称してコーヒーなどを振舞っていたほか[21]、破れた傘や壊れた自転車などをオブジェと称して公園内に設置していた[17][20]。反対派による動画共有サイトなどでの宣伝を通して海外の一部反グローバリゼーション運動団体がこの動きを支持し、各国の日本大使館前やナイキ店舗前でデモを行った[17]

これらの反対運動により改修工事は延期され、渋谷区は反対派の公園占拠により区民が公園を利用できなくなっていると反対派を批判した[17]。区は2010年(平成22年)9月15日に公園の出入り口9箇所のうち7箇所を閉鎖し、同月24日に行政代執行を実施してテントなどを撤去し[22]改修工事を開始した。10月14日になり、ナイキは命名権料を支払った上で宮下NIKEパークの名称を使用せず、改修後も宮下公園の名称を存続させることを表明した[23]

2011年(平成23年)4月21日に反対派の3団体とホームレス1名が渋谷区を相手取り、路上生活者の生活とアーティストの表現活動の場を奪った行政代執行は違法であり、また精神的苦痛を受けたとして、600万円の賠償を求めて東京地方裁判所に提訴した[24]。2015年3月13日、東京地裁は「代執行による撤去前に男性を担ぎ上げて退去させた」点を執行の許容範囲を超えて違法と認めこの男性に11万円の損害賠償を命じ、また区がナイキ社との間で改修費負担を対価として命名権を与える契約を結んだ点を「一般競争入札を実施していない上、必要な議会の議決を得ておらず、地方自治法違反」としたが、行政代執行自体は適法とした[25][26]

改修工事が終わり、2011年(平成23年)4月30日に公園はリニューアルオープンした。再オープン当日は多くの利用者でにぎわったが、改修反対派が公園前でデモを行い、警察が出動する騒ぎになった[27]

なお、下記新宮下公園等整備事業による公園閉鎖に伴い、ナイキは2017年3月31日をもって命名権協定を途中解約している[28]

宮下町[編集]

この公園のある一帯はかつて宮下町と呼ばれ、公園の名称もこの地名に因んでいる。宮下町は1932年(昭和7年)の渋谷区成立時に定められた町域で、渋谷川(現在の旧渋谷川遊歩道路、通称キャットストリート)に沿った南北に細長い低地部が相当し、その東側の高台である美竹町には当時、広大な梨本宮邸があったことから「宮下」の名が付いた。

「梨本宮邸の下の区域[14]」を意味したこの町名は1966年(昭和41年)の住居表示の実施とともに消滅、現在は渋谷区神宮前六丁目と渋谷一丁目のそれぞれ一部となっている。

その他[編集]

アクセス[編集]

渋谷駅より徒歩5分(東口方面)

利用時間[編集]

  • 公園:8時 - 23時
  • スポーツ施設:9時 - 22時

施設利用料金[編集]

ボルダリングウォール[編集]

  • 一般:500円(2時間)
  • 小中学生:240円(2時間)

スケート場[編集]

  • 一般:500円(2時間)
  • 小中学生:240円(2時間)

多目的運動施設(サンドコート)[編集]

  • 6,500 - 10,000円(1時間)
  • 夜間照明使用料:30分300円

脚注[編集]

  1. ^ “公園と商業施設一体型の新商業施設ブランド「RAYARD(レイヤード)」誕生 第1号物件「RAYARD MIYASHITA PARK」が渋谷の新たなランドマーク「MIYASHITA PARK」内に7月28日(火)から段階的にオープン ライフスタイルブランド「KITH」の日本初上陸も決定!” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 三井不動産, (2020年7月2日), オリジナルの2020年7月19日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20200719023510/https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2020/0702/download/20200702.pdf 2020年8月13日閲覧。 
  2. ^ http://www.city.shibuya.tokyo.jp/kurashi/seibi/index.html
  3. ^ a b https://www.city.shibuya.tokyo.jp/news/oshirase/20161006miyashita.html
  4. ^ a b http://www.city.shibuya.tokyo.jp/news/oshirase/miyasita_prop2.html
  5. ^ http://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/park_miyashita_teishi.html
  6. ^ 『公園・商業・ホテルが一体となった新しいミクストユース型プロジェクト「MIYASHITA PARK」2020年6月グランドオープン 立体都市公園として渋谷周辺エリアをつなぐ全長約330mの低層複合施設が誕生』”. 三井不動産 (2020年1月20日). 2020年3月10日閲覧。
  7. ^ 「MIYASHITA PARK」グランドオープン(2020年6月18日)”. 三井不動産 (2020年2月27日). 2020年5月15日閲覧。
  8. ^ “宮下パーク/6月18日開業、渋谷のファッション・グルメ体現90店”. 流通ニュース. https://www.ryutsuu.biz/store/m022718.html 2020年9月5日閲覧。 
  9. ^ 渋谷区立宮下公園開園日のお知らせ”. 渋谷区立宮下公園. 宮下公園パートナーズ (2020年7月16日). 2020年7月19日閲覧。
  10. ^ 公園と商業施設一体型の新商業施設ブランド「RAYARD(レイヤード)」誕生”. 三井不動産 (2020年7月2日). 2020年7月19日閲覧。
  11. ^ a b “ヒト・モノ・コトとの新たな出会い、コミュニケーションが生まれる 渋谷の新たなランドマーク「MIYASHITA PARK」2020年6月18日(木)グランドオープン 公園と街を遊びつくす個性豊かな約90店舗の出店が決定!” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 三井不動産, (2020年2月27日), オリジナルの2020年8月13日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20200813054034/https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2020/0227_03/download/20200227_03.pdf 2020年8月13日閲覧。 
  12. ^ 「春の小川」の流れた街渋谷 pp. 83 - 86
  13. ^ このときに暗渠化、下水道化されたのは、明治通りの宮下公園と反対側の地点までで、その地点から明治通り下に建設された下水道に流路が変更された。公園脇から宮益橋(東急百貨店前)までは、そのまま雨水渠とされ、1970年(昭和45年)になって暗渠化された。
  14. ^ a b 今尾恵介 「失われた地名を手がかりに東京町歩き」 特集・東京の地名 町それぞれの物語 『東京人』(都市出版株式会社) 第20巻第5号 平成17年5月3日発行
  15. ^ 再開直前の2011年(平成23年)3月に発生した東日本大震災にともなう節電の必要性から、当初は午後6時半までに制限されていた
  16. ^ 渋谷・宮下公園が30日改修オープン、産経新聞、2011.4.28
  17. ^ a b c d e f “渋谷ナイキパーク計画、反対運動で立ち往生 東京”. AFP. (2010年5月15日). http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2726421/5752416 2020年9月5日閲覧。 
  18. ^ a b 「宮下公園」の命名権をナイキに譲渡計画 渋谷区 産経新聞、2009年6月11日、[リンク切れ]
  19. ^ a b 渋谷区立宮下公園のネーミングライツをナイキジャパンが獲得 - 日経BP[リンク切れ]
  20. ^ a b c “ナイキ公園化”で反対派が宮下公園占拠 渋谷区が出入り口部分閉鎖
  21. ^ 小川てつオ著 「このようなやり方で300年の人生を生きていく - あたいのルンルン沖縄 一人旅」”. 2020年9月5日閲覧。
  22. ^ “行政代執行:宮下公園のテント撤去 東京・渋谷”. 毎日新聞. (2010年9月24日). http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100924k0000e040022000c.html 2010年9月24日閲覧。 
  23. ^ “使用料払っても…ナイキ、宮下公園命名権使わず” (日本語). 読売新聞. (2010年10月15日). http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101014-OYT1T01383.htm 2010年10月15日閲覧。 
  24. ^ 渋谷区行政代執行は違法と提訴 ナイキによる宮下公園整備で共同通信2011年04月21日[リンク切れ]
  25. ^ 公園生活者のテント強制撤去「一部違法」 東京地裁判決 - 朝日新聞デジタル2015年3月14日
  26. ^ 東京・渋谷区に賠償命令 公園退去強行は「やり過ぎ」 東京地裁 - 産経ニュース2015年3月13日
  27. ^ スケート場やクライミングウォールも完備 渋谷・宮下公園が改修オープン、オリコン、2011年04月30日
  28. ^ 「宮下公園」 渋谷区とナイキ、命名権協定途中解約 名称変更実現せず 公園は閉鎖、産経新聞、2017年4月1日

参考文献[編集]

  • 渋谷区郷土博物館・文学館編『「春の小川」の流れた街・渋谷-川が映し出す地域史』渋谷区郷土博物館・文学館、2008年9月。

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度39分40秒 東経139度42分06秒 / 北緯35.6612度 東経139.7017度 / 35.6612; 139.7017