水天宮 (東京都中央区)

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水天宮
Tokyo Suitengu 201604a.jpg
本殿
所在地 東京都中央区日本橋蛎殻町二丁目4番1号
位置 北緯35度41分1秒
東経139度47分6秒
座標: 北緯35度41分1秒 東経139度47分6秒
主祭神 天御中主神
安徳天皇
高倉平中宮
二位の尼
社格 無格社
創建 文政元年(1818年
札所等 日本橋七福神弁財天
例祭 5月5日
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旧社殿 (2005年11月撮影)
仮宮 (2014年7月撮影)

水天宮(すいてんぐう)は、東京都中央区日本橋蛎殻町にある神社福岡県久留米市にある久留米水天宮の分社である。

概要[編集]

通常の神社仏閣とは外観の様式が大きく異なり、周囲が建物と一体化した外壁で覆われているため、厳かなデザインをしたビルのようにしか見えない造りになっている。正門には階段が在り、階段の脇に左右一対で提灯が供えられてある。階段を上ることで境内に入ることが出来るが、周囲がビル様の構造をしている関係から、著名な神社にしては敷地が狭い。

祭神[編集]

天御中主神安徳天皇・高倉平中宮(建礼門院、平徳子)・二位の尼(平時子)。

神徳・御利益・信仰[編集]

江戸時代より安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集める。妊婦や子供を授かりたい夫婦あるいは無事出産できた夫婦などが、安産や子授かりの願掛けお礼参りなどで人並みが途絶えることがない。

歴史[編集]

久留米の水天宮は久留米藩歴代藩主(有馬家)により崇敬されていたが、文政元年(1818年)9月、9代藩主有馬頼徳が江戸・三田の久留米藩江戸上屋敷に分霊を勧請した。これが江戸の水天宮の始まりである。藩邸内にあったため一般人の参拝が難しかったが、江戸でも信仰者の多い水天宮への一般参拝の許可を求める伺書を幕府へ提出、幕府のこうした事例は関与しないとの見解を得た上で、同年から毎月5の日に一般開放された。その人気ぶりは「情け有馬の水天宮」という地口も生まれたほどであった。有馬家の会計記録には「水天宮金」という賽銭や奉納物、お札などの販売物の売上項目があり、その金額は安政年間の記録で年間2000に上り、財政難であえぐ久留米藩にとって貴重な副収入だった。

明治4年(1871年)、有馬家屋敷が移転することになり、それとともに赤坂に遷座したが、翌明治5年(1872年)、有馬家中屋敷(近隣の有馬小学校に名前と痕跡が残る)のあった現在の日本橋蛎殻町二丁目に移転した。

江戸鎮座200年記念事業として社殿の建て替えを行った。それに伴い、平成25年(2013年3月1日から平成28年(2016年4月7日までの間は、日本橋浜町明治座そばに仮宮(位置)が設けられていた[1]。これは少なくとも、昭和40年代初期に嵩(かさ)上げ工事をして二階建てとなって以来、ほぼ半世紀ぶりの遷座である。平成28年4月8日より新社殿への参拝者の受け入れを開始した。新築された社殿だけでなく参道回廊など境内全体に免震構造が採用されている[2]

有馬家との縁は続いており、2016年現在の宮司有馬頼央は、有馬家の当主である。

水天宮

水天宮は文政元年(1818)、久留米藩主の有馬頼徳(1797 - 1844)が、三田赤羽の藩邸内に久留米水天宮を勧請したのが始まり。明治5年(1872)に、現在の日本橋蠣殻町に移った。安産、水難除けの神として知られ、毎月5日には、縁日が開かれ多くの参詣者で賑わった。縁日の際に参道では鏡餅が売られ、購入した参詣者には、厄除けのため火打石で切り火が切られた。半紙に包まれた鏡餅と、「吉井女作」と書かれた紙を添付した火打金(火打鎌)と、火打石の絵あり。

— 清水晴風著『東京名物百人一首』明治40年8月「水天宮」より抜粋[3]

境内外社[編集]

祭事[編集]

水天宮の例大祭は5月5日であり、縁日は毎月5日である。これについて当社では毎月の5日が縁日であることから例大祭が5月5日となったとしているが、総本宮の久留米水天宮では、逆に例大祭が5月5日であることから毎月の5日が縁日となったとしている。[要出典]

所在地・交通アクセス[編集]

所在地
  • 東京都中央区日本橋蛎殻町2-4-1
交通アクセス
鉄道
路線バス

開門時間[編集]

  • 午前7時から午後5時まで(祈願受付は午前8時から午後3時、戌の日は午後3時半まで)

周辺情報[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 仮宮遷座期間中は水天宮近隣のロイヤルパークホテルから無料シャトルバス「子宝丸」が土曜日曜祝日および大安の日に運行されていた。
  2. ^ “安産祈願を安全に。水天宮、新社殿が完成 境内全体に免震構造採用”. ニュースイッチ(日刊工業新聞). (2016年3月18日). http://newswitch.jp/p/3992 2017年9月5日閲覧。 
  3. ^ 清水晴風著『東京名物百人一首』明治40年8月「水天宮」国立国会図書館蔵書、2018年2月10日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]