南三陸町

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みなみさんりくちょう
南三陸町
Daiyuji sanmon1, Minamisanriku.jpg
南三陸町旗 南三陸町章
南三陸町旗 南三陸町章
2006年4月3日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
本吉郡
市町村コード 04606-0
法人番号 4000020046060 ウィキデータを編集
面積 163.40km2
総人口 10,802[編集]
推計人口、2021年5月1日)
人口密度 66.1人/km2
隣接自治体 石巻市登米市気仙沼市
町の木 タブノキ
町の花 ツツジ
他のシンボル 町鳥:イヌワシ
海の生物:マダコ
町の色:スカイブルー
南三陸町役場
町長 佐藤仁
所在地 986-0725
宮城県宮城県本吉郡南三陸町志津川沼田101番地
外部リンク 公式ウェブサイト

南三陸町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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南三陸町役場庁舎

南三陸町(みなみさんりくちょう)は、宮城県北東部に位置し、本吉郡に属する唯一の三陸海岸南部に位置する[1]

藤原秀衡、秀衡の四男高衡にゆかりのある地。江戸時代には仙台藩の直轄地として番所が置かれた。

地理[編集]

宮城県の北東部、本吉郡の南部に位置し、志津川湾、伊里前湾に面する。湾内には椿島竹島、船形島、野島などの島があり、リアス式海岸特有の優れた景観を持つ。沿岸部一帯は三陸復興国立公園の指定を受けている[1]

西・北・南西は北上山地の支脈に連なっており、町土の70%以上は森林である。

リアス式海岸の地形的な特性から津波の影響を受けやすく、近世以前においては平安前期の貞観地震869年)にともなう大津波など、近代以降では、1896年明治29年)の明治三陸大津波1933年昭和8年)の昭和三陸大津波1960年(昭和35年)のチリ地震津波によって大きな被害を受けている。そのため、沿岸部には、防波堤防潮堤水門などが設置されている。しかし2011年平成23年)、東北地方太平洋沖地震によって被災し(東日本大震災)、特に大津波による被害は甚大となった。この地殻変動は先の貞観地震以来1,141年余りを経て繰り返された現象と見なされている[2]。また、この地殻変動によって当地域内の志津川地区地盤は、水平方向に442 cm、垂直方向にマイナス75.27 cm移動したことが、GPS(全地球測位システム)を用いた国土地理院測地観測センターによる分析で明らかとなった[3]cf. 隆起と沈降)。

主要な地形[編集]

山地[編集]

南三陸町を代表するである田束山は、霊峰として古くから仏教徒修行の場となっており、頂上からは360度のパノラマ的景観が見下ろせる。

  • 田束山(たつがねさん。標高512.4 m
  • 満海山(まんかいさん。標高403 m)
  • 幌羽山(ほろわさん。標高312 m)
  • 貞任山(さだりやま。標高360.3 m)
  • 惣内山(そうないさん。標高379.6 m)
  • 保呂羽山(ほろわさん。標高329.4 m)
  • 釣瓶山(つるべやま。標高472 m)
  • 大盤平(おおばんだいら。標高368 m)
  • 神行堂山(しんぎょうどうさん。標高461 m)
  • 童子山(どうじさん。標高320.5 m)

河川系[編集]

町内の全てのは町内に水源を持ち、また、その河口も全て町内にある。数字は、川の最長距離(長さ)を示す。

  • 伊里前川(いさとまえがわ。約7,800 m)
  • 港川(みなとがわ。約6,300 m)
  • 八幡川(はちまんがわ。約5,500 m)
  • 水尻川(みずしりがわ。約3,400 m)
  • 水戸辺川(みとべがわ。約3,124 m)
  • 折立川(おりたてがわ。約2,800 m)
  • 新井田川(にいだがわ。約2,100 m)
  • 桜川(さくらがわ。約1,500 m)

近海・沿岸地形[編集]

  • 志津川湾(しづがわわん。湾口幅6.6 km。面積46.8 km2。閉鎖度指標1.04)[4]
  • 伊里前湾(いさとまえわん)

広域地域区分[編集]

宮城県内の「三陸・県北・仙台・県南」の地勢的地方区分のうち、三陸地方に属し、その南部に位置する[5]。また、同県の「北部・中部・南部」の地勢的地方区分では、中部地方に属し、その北東部に位置する[6]

県の広域行政区分上、気仙沼市と本吉郡(現在は南三陸町のみ)とで「広域気仙沼・本吉圏」を形成する[7]

隣接する自治体[編集]

cf. 宮城県の市町村全図[8]
  • 気仙沼市:北部で隣接。
  • 登米市:西部で幅広く隣接。
  • 石巻市:南部で隣接。

町内の地域[編集]

cf. 南三陸町の地名[9]
cf. [10]
  • 中心地の地名:南三陸町志津川字塩入(町役場所在地域)。
  • 歌津地区:旧・歌津町域にある地域名は、大字名「歌津」の後に小字名が続く形の地名となっている。例として、歌津伊里前。
  • 志津川地区:旧・志津川町域(昭和の合併前の志津川町域)にある地域名は、大字名「志津川」の後に小字名が続く形の地名となっている。例として、志津川字塩入、志津川字本浜町、志津川字清水浜。
  • 入谷地区:旧・入谷村域にある地域名は、大字名「入谷」の後に小字名が続く形の地名となっている。例として、入谷字鏡石、入谷字入大船沢。
  • 戸倉地区:旧・戸倉村域にある地域名は、大字名「戸倉」の後に小字名が続く形の地名となっている。例として、戸倉字寺浜、戸倉字水戸辺、戸倉字波伝谷[11]
    •  なお、日本郵便の郵便番号一覧等では大字と小字の間の「字」が省略される場合があるが、「字」が入るのが正式な表記である[12]

歴史[編集]

年表[編集]

新暦導入以前(1872年以前)の日付は和暦による旧暦。丸括弧内は西暦で、1581年以前はユリウス暦1582年以降はグレゴリオ暦

近世以前[編集]

近代以降[編集]

行政区域の変遷(市町村制施行以後)[編集]

東日本大震災[編集]

2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、南三陸町は震度6弱(観測地点:歌津地区、志津川地区)を記録した[28]。さらにこの地震が引き起こした大津波は町内の3つの川を逆流し、1960年(昭和35年)のチリ地震による津波の到達地点を越えて内陸深く進入した[29][30]町役場庁舎もこの津波に巻き込まれた[31][32][注釈 1][注釈 2]

この地震による地殻変動に伴い、志津川地区の地盤は大きくずれた(「地理」節で詳述)。

町内にある5つの鉄道駅は、周辺地域の駅同様、その全てが甚大な被害を受けた[33][34]陸前戸倉駅は駅と周辺施設の全てが跡形もなく流失し、志津川駅陸前港駅駅舎などが流失し、線路も大きな被害を受けた[33][34]。高台よりにあった歌津駅清水浜駅は辛うじてプラットホームが残ったものの、歌津駅の駅舎は全壊、周辺の線路は大きくねじ曲がった[34]。気仙沼線は至る所で線路が寸断し、鉄橋も崩落、トンネル内にも瓦礫や漁船等の津波漂流物が入り込んだ[34]

町庁舎と仙台法務局(気仙沼支局)は共に被災し、保管していた電子化済みの戸籍データが完全消滅したと懸念された[35]が、同法務支局の上層階で約1年前の戸籍データ副本が発見された(3月22日発表)[36]

2011年6月22日時点で判明した人的被害は死者542人・行方不明者664人・町内の避難者2,697人・町外および県外への避難者1,832人、建物被害は全壊3,166棟・大規模半壊91棟・半壊54棟で、被災率61.1%[37][出典無効]仮設住宅は申し込み数2,045戸に対して1,233戸が完成し、併せて、民有地35箇所が活用されている[37]

行政[編集]

歴代町長[編集]

歴代 氏名 就任年月日 退任年月日 備考
初代
佐藤仁 2005年(平成17年)11月6日
(現職)
2期目在任中に東日本大震災が発生(cf. 1)。
  1. 2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災で庁舎ごと津波に呑み込まれるも、奇跡的に生還を果たした。

名誉町民[編集]

旧志津川町名誉町民

  • 第一号 - 田中完義 昭和44年11月3日推戴(宮城県町村会会長)
  • 第二号 - 阿部権治郎 昭和44年11月3日推戴(宮城県議会副議長)
  • 第三号 - 勝倉三九郎 平成3年2月3日推戴(宮城県町村会会長)

旧歌津町名誉町民

  • 第一号 - 阿部権之亟 昭和46年11月推載
  • 第二号 - 梶原良雄 昭和54年11月推載
  • 第三号 - 畠山郁朗 平成11年4月推載
  • 第四号 - 佐藤榮太郎 平成11年4月推載

姉妹都市・提携都市[編集]

日本国内
  • 日本の旗 庄内町(山形県東田川郡[38][39]
    • 1999年(平成11年)10月13日 旧歌津町と旧立川町が友好町提携
    • 2006年(平成18年)5月17日 友好町盟約・災害時における相互援助協定締結
    1993年(平成5年) 歌津町の小学生が立川町(現・庄内町の狩川、清川、立谷沢)を訪問して砂金採り体験を行ったことから交流がはじまった。歌津町の町制40周年を記念して友好町盟約を締結。その後、市町村合併により2005年(平成17年)に立川町が庄内町に、歌津町が南三陸町になっており、2006年(平成18年)に南三陸町と庄内町の間で改めて友好町盟約を締結。同時に災害時における相互援助協定が結ばれている。
日本国外
  • イタリアの旗 ベザーノイタリアロンバルディア州[40][41]
    • 1999年(平成11年)11月7日 旧歌津町と国際友好都市提携
    歌津町では魚竜の一種であるウタツサウルス化石が発見されており、同じく魚竜ベサノサウルス英語版の化石が発見されているベザーノ町とは、そのことをもって縁があった。1995年以降中学生の相互ホームステイなど国際交流などが行われており、歌津町で開催された「国際魚竜化石サミット」に際して国際友好都市提携盟約書が結ばれた[41](歌津町町長・牧野駿とベザーノ町長・コロンボが締結)。歌津中学校の生徒がベザーノに赴いてホームステイする交流は、現在は行われていない。ベザーノは市内に「ウタツ公園」を造り、歌津町側は町内の総合施設「平成の森」内にレストラン「ベザーノ」を設置した。

警察・郵便・金融機関[編集]

医療[編集]

南三陸病院

かつては公立志津川病院が町内にあり、町の中核病院として機能していたが、東日本大震災で被災。隣接する登米市の登米市立よねやま診療所の空き病棟を借り受けて入院患者を受け入れ、通院患者は町内の仮設診療所で対応していた。2015年12月14日、町内に南三陸病院が開業し、公立志津川病院の機能を引き継いだ[42]

経済[編集]

南三陸ハマーレ歌津

産業[編集]

江戸時代以降、入谷地区を中心に養蚕業が盛んに行われるようになり、仙台藩における養蚕・生糸生産の中心地となったが、生糸生産は現在ではほとんど行われていない。

志津川湾では、ギンザケカキ(牡蠣)ホタテガイホヤワカメなどの海面養殖業が盛んに行われてきている[43]。東日本大震災までは、農漁業体験を含む滞在・体験型の観光にも力を入れていた。

産業別就業者数2005年国勢調査

水産業[編集]

地域[編集]

人口[編集]

Population distribution of Minamisanriku, Miyagi, Japan.svg
南三陸町と全国の年齢別人口分布(2005年) 南三陸町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 南三陸町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

南三陸町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


2020年における各種人口統計は以下の通りである。なお、一部の数字は四捨五入されている。

  • 人口増減率(3年前比):5.93%減
  • 世帯増減率(3年前比):0.50%減
  • 老年人口比率:35.29%
  • 後期高齢者比率:19.40%
  • 外国人人口:180人
  • 平均年齢:51.7歳
  • 可住地人口密度:346.8人/km2
  • 第一次産業就業人口比率:21.1%
  • 第二次産業就業人口比率:31.3%
  • 第三次産業就業人口比率:43.6%

面積[編集]

2020年における各種面積統計は以下の通りである。なお、一部の数字は四捨五入されている。

  • 総面積:163.40 km2
  • 可住地面積:37.45 km2

経済[編集]

2020年における各種経済統計は以下の通りである。なお、一部の数字は四捨五入されている。

  • 歳出総額:285.8億円
  • 財政力指数:0.30
  • 財政健全度:54.64
  • 自主財源比率:58.8%
  • 事業所数(民営):492
  • 従業者数(民営):4,338人
  • 納税義務者1人あたりの所得:261.2万円
  • 持家世帯比率:66.3%
  • 住宅地平均地価:1.04万円/m2
  • 世帯あたり乗用車保有台数:1.77台

教育[編集]

旧歌津町(現・歌津地区)では伊里前小学校、名足小学校の児童による創作ミュージカルが年に一回行われていた。これはプロの脚本・指導によるもので、ストーリーは昔から伝わる民話を基にしたものが多く、ミュージカル作品を通じて郷土に対する理解を深めることと、レッスンを通して情操教育を行う狙いもあった。このユニークな取り組みが評価され、第2回ふるさとイベント大賞(自治大臣表彰)を受賞した。

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

交通[編集]

志津川駅
陸前戸倉駅

鉄道[編集]

かつてはJR東日本気仙沼線が町内を通っていたが、2011年東日本大震災の影響で、柳津駅 - 気仙沼駅間が休止。BRT(バス高速輸送システム)で復旧し、鉄道としては休止のまま2020年に廃止された[46]。以来、町内には鉄道路線が通っていない。鉄道を利用する場合の最寄り駅は柳津駅。

バス[編集]

バス高速輸送システム[編集]

路線バス[編集]

道路[編集]

高速道路[編集]

  • E45 三陸自動車道

一般国道[編集]

都道府県道[編集]

  • 宮城県道172号志津川登米線
  • 宮城県道206号馬籠志津川線
  • 宮城県道221号清水浜志津川港線
  • 宮城県道225号泊崎半島線
  • 宮城県道236号払川町向線

道の駅[編集]

町内に道の駅は存在しないが、道の駅さんさん南三陸が2022年(令和3年)度に開業予定である[47]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

田束山
南三陸町総合体育館「ベイサイドアリーナ」
  • 田束山cf. a, 田束山信仰
  • 神割崎
  • 椿島:国の天然記念物「椿島暖地性植物群落」(1966年[48]がある。
  • 入谷八幡神社(いりやはちまんじんじゃ):天武天皇元年 - 14年(672年 - 685年)の創建。入谷水口沢に所在[49]
  • 樋の口不動尊(ひのくちふどうそん):田束山麓の樋の口地区にある荒澤不動尊で、円仁(慈覚大師)の作と伝えられる不動明王像を祀る。創建年代は平安時代以後。「つつじまつり」が5月下旬に開催される[50]
  • 荒澤神社:別名「滝不動」[13]貞観年間(859年 - 877年)に大和国(現・奈良県)にある龍田神社分霊を祀り創建された[51]。志津川袖浜に所在[13]
    • 太郎坊杉(太郎坊の杉):境内にある、推定樹齢約800年、樹高約42 m、根周り11.7 mの杉の巨木[13][14]1955年(昭和30年)宮城県指定天然記念物[14]。なお同神社には、かつて「次郎坊杉(次郎坊の杉)」と呼ばれる巨木もあったが、1958年(昭和33年)の狩野川台風で倒壊し失われた[14]cf. 1609.
  • 須賀神社
  • 春日神社
  • 戸倉神社
  • 全慶寺
  • 金秀寺
  • 大雄寺
  • 行者の道遊歩道
  • 坊ァ墓
  • 志津川のモアイ
    共にチリ地震津波の被災地であるということでチリと縁を持つ志津川町では、友好のシンボルとして、チリで作られたモアイレプリカを輸入し、1991年(平成3年)7月、志津川湾に面する公園(チリプラザ)に設置した。これは東日本大震災で損壊したが、その後新たなモアイ像がチリより寄贈された。
  • ひころの里:志津川町の入谷地区(現・南三陸町志津川入谷)に造られた観光施設。cf. 1995.
  • 長須賀(ながすか)海水浴場
  • 袖浜海水浴場(サンオーレそではま)
  • 長清水海水浴場
  • 志津川海洋青年の家
  • 水郷生活センター
  • 平成の森

その他の施設[編集]

ゆかりのある著名人[編集]

出身著名人[編集]

その他のゆかりある著名人[編集]

その他の関連事象[編集]

  • ウタツサウルス - 世界最古級の魚竜の一つ[52]。歌津町館崎で最初の化石が発見された。化石を所蔵する施設として町内に魚竜館があったが、東日本大震災で被災し解体された。
  • クチバシカジカ - 条鰭綱-カサゴ目-クチバシカジカ科 (Rhamphocottidae) に分類される魚[53]学名Rhamphocottus richardsonii、英語名:Grunt sculpin、別名:グラント・スカルピン)。この魚をモチーフにした「クチ坊」という名のマスコットキャラクターが考案され、のちに町名産のウニをモチーフにした「ウニ坊」、同じくタコをモチーフにした「タコ坊」も登場した。三陸沿岸の群生地の一つとして、福島県水族館で紹介されたことがある。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ “宮城県南三陸町の空撮 3月18日”. asahi.com (朝日新聞社). (2011年3月18日). http://www.youtube.com/watch?v=rvQYgjspyqo&NR=1 2011年6月16日閲覧。 YouTubeを用いたasahi.comのニュース動画。3月18日撮影。内容抜粋:空撮、津波、南三陸町、捜索救難、消防隊、自衛隊。
  2. ^ “NHKニュース 一夜明けた朝の様子 宮城県南三陸町”. ANNニュース (ANN). (2011年3月11日). http://www.youtube.com/watch?v=IlwetVea250&feature=related 2011年6月16日閲覧。 :YouTubeを用いたANNのニュース動画。内容抜粋:空撮、津波、南三陸町(志津川町)、公立志津川病院、SOS。[リンク切れ]

出典[編集]

  1. ^ a b 歴史・文化・祭り 南三陸町移住・定住支援センター(2020年10月23日閲覧)
  2. ^ “【東日本大震災】「研究成果を生かせなかった…」貞観地震の研究者”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2011年3月28日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110328/dst11032819290055-n1.htm 2011年3月28日閲覧。 
  3. ^ “【東日本大震災】宮城・南三陸町で75センチ地盤沈下 国土地理院「過去最大の沈下」”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2011年3月14日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110314/dst11031413450074-n1.htm 2011年3月14日閲覧。 
  4. ^ 日本の閉鎖性海域”. 国際エメックスセンター (2009年3月25日). 2011年9月1日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年6月15日閲覧。
  5. ^ エリア別観光情報 - みやぎ観光NAVI”. 宮城県. 2011年6月25日閲覧。
  6. ^ 地震情報で発表する東北地方の震度の地域名称”. 仙台管区気象台. 2011年6月25日閲覧。
  7. ^ 宮城県地域区分図”. 宮城県. 2011年6月25日閲覧。
  8. ^ 宮城県地域マップ”. 宮城県. 2011年4月18日閲覧。
  9. ^ 南三陸町(本吉郡)(宮城県)の住所・地名の読み仮名”. 市町村.com. 2011年4月20日閲覧。
  10. ^ 本吉郡南三陸町”. 日本郵便. 2011年6月25日閲覧。[リンク切れ]
  11. ^ 志津川町誌編さん室編『生活の歓 志津川町誌II』志津川町、1989年11月
  12. ^ 合併協定書22”. 南三陸町. 2014年9月16日閲覧。
  13. ^ a b c d e 太郎坊杉”. 南三陸町観光協会 (2006年). 2011年6月17日閲覧。
  14. ^ a b c d e 荒沢神社 太郎坊杉”. 日本観光協会 (2006年). 2011年6月17日閲覧。
  15. ^ 大石、難波(編)(2003)
  16. ^ a b 浜の情報”. 宮城県漁業協同組合志津川支所 (2009年1月16日). 2011年6月16日閲覧。
  17. ^ a b c d e f 旧志津川町の年表【昭和】(昭和31年〜)”. 南三陸町 (2008年2月19日). 2011年6月17日閲覧。
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  20. ^ ひころの里”. ひころの里. 2011年6月25日閲覧。
  21. ^ 志津川町漁協閉所式”. 南三陸町 (2007年2月4日). 2011年6月16日閲覧。
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  25. ^ [1]
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参考文献[編集]

  • 志津川町誌編さん室(編)『生活の歓 志津川町誌II』志津川町、1989年11月。
  • 大石直正、難波信雄(編)『街道の日本史7 平泉と奥州道中』吉川弘文館、2003年。
  • 週刊東洋経済『都市データパック 2020年版』東洋経済新報社、2020年。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]