南三陸町

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みなみさんりくちょう
南三陸町
南三陸町、志津川
南三陸町、志津川
Flag of Minamisanriku Miyagi.JPG
南三陸町旗
Minamisanriku Miyagi chapter.JPG
南三陸町章
2006年平成18年)4月3日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
本吉郡
団体コード 04606-0
面積 163.40 km²
総人口 13,620
推計人口、2015年5月1日)
人口密度 83.4人/km²
隣接自治体 石巻市登米市気仙沼市
町の木 タブノキ
町の花 ツツジ
他のシンボル 町鳥 :イヌワシ
海の生物 :マダコ
町の色 :スカイブルー
南三陸町役場
所在地 986-0792
宮城県本吉郡南三陸町志津川字塩入77
北緯38度40分45.6秒東経141度27分38.8秒
Minamisanriku town hall.JPG
外部リンク 南三陸町

南三陸町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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南三陸町(みなみさんりくちょう)は、日本宮城県北東部に位置し、太平洋に面するである。いわゆる「平成の大合併」における志津川町歌津町の合併によって2005年平成17年)に誕生、現在本吉郡に属する唯一の町となっている。

地理[編集]

宮城県の北東部、本吉郡の南部に位置し、志津川湾、伊里前湾に面する町。湾内には椿島竹島、船形島、野島などの島があり、リアス式海岸特有の優れた景観を持つ。沿岸部一帯は三陸復興国立公園の指定を受けている。

西・北・南西は北上山地の支脈に連なっており、町土の70%以上は森林である。

リアス式海岸の地形的な特性から津波の影響を受けやすく、近世以前においては平安前期の貞観地震869年)にともなう大津波など、近代以降では、1896年明治29年)の明治三陸大津波1933年昭和8年)の昭和三陸大津波1960年(昭和35年)のチリ地震津波によって大きな被害を受けている。そのため、沿岸部には、防波堤防潮堤水門などが設置されている。しかし2011年(平成23年)、東北地方太平洋沖地震によって被災し(東日本大震災)、特に大津波による被害は甚大となった。この地殻変動は先の貞観地震以来1141年余りを経て繰り返された現象と見なされている[1]。 また、この地殻変動によって当地域内の志津川地区地盤は、水平方向に442cm、垂直方向にマイナス75.27cm移動したことが、GPS(全地球測位システム)を用いた国土地理院測地観測センターによる分析の結果、明らかとなった[2]cf. 隆起と沈降)。

主要な地形[編集]

山地[編集]

南三陸町を代表するである田束山は、霊峰として古くから仏教徒修行の場として知られ、頂上から見下ろす360度のパノラマ的景観は絶景である。

  • 田束山(たつがねさん。標高512.4m
  • 満海山(まんかいさん。標高403m)
  • 幌羽山(ほろわさん。標高312m)
  • 貞任山(さだりやま。標高360.3m)
  • 惣内山(そうないさん。標高379.6m)
  • 保呂羽山(ほろわさん。標高329.4m)
  • 釣瓶山(つるべやま。標高472m)
  • 大盤平(おおばんだいら。標高368m)
  • 神行堂山(しんぎょうどうさん。標高461m)
  • 童子山(どうじさん。標高320.5m)


河川系[編集]

町内のすべての水源を町内に持ち、また、その河口もすべて町内にある。数字は、川の最長距離(長さ)を示す。

  • 伊里前川(いさとまえがわ。約7,800m)
  • 港川(みなとがわ。約6,300m)
  • 八幡川(はちまんがわ。約5,500m)
  • 水尻川(みずしりがわ。約3,400m)
  • 水戸辺川(みとべがわ。約3,124m)
  • 折立川(おりたてがわ。約2,800m)
  • 新井田川(にいだがわ。約2,100m)
  • 桜川(さくらがわ。約1,500m)


近海・沿岸地形[編集]

  • 志津川湾(しづがわわん。湾口幅6.6km。面積46.8km²。閉鎖度指標1.04)[3]
  • 伊里前湾(いさとまえわん)


広域地域区分[編集]

  • 東北地方三陸地方に含まれる。
  • 宮城県内の地勢的地方区分の一つである、三陸・県北・仙台・県南のうち、三陸地方に属し、その南部に位置する。
cf. 宮城県の地方区分図 :≪外部リンク≫ エリア別観光情報 - みやぎ観光NAVI”. (公式ウェブサイト). 宮城県. 2011年6月25日閲覧。
  • 宮城県内の地勢的地方区分の一つである、北部・中部・南部のうち、中部地方に属し、その北東部に位置する。
cf. 宮城県の地方区分図(参考):≪外部リンク≫ 地震情報で発表する東北地方の震度の地域名称”. (公式ウェブサイト). 仙台管区気象台. 2011年6月25日閲覧。
  • 宮城県の広域行政区分上、気仙沼市本吉郡(現在は南三陸町のみ)とで「広域気仙沼・本吉圏」を形成する。
cf. 宮城県の地域区分図 :≪外部リンク≫ 宮城県地域区分図”. (公式ウェブサイト). 宮城県. 2011年6月25日閲覧。

隣接する自治体[編集]

cf. 宮城県の市町村全図 :≪外部リンク≫ 宮城県地域マップ”. (公式ウェブサイト). 宮城県. 2011年4月18日閲覧。

町内の地域[編集]

cf. 南三陸町の地名 :≪外部リンク≫ 南三陸町(本吉郡)(宮城県)の住所・地名の読み仮名”. 市町村.com. 2011年4月20日閲覧。
cf. ≪外部リンク≫ 本吉郡南三陸町”. (公式ウェブサイト). 日本郵便. 2011年6月25日閲覧。
  • 中心地の地名:南三陸町志津川字塩入(町役場所在地域)。
  • 歌津地区:旧・歌津町域にある地域名は、大字名「歌津」の後に小字名が続く形の地名となっている。例として、歌津伊里前。
  • 志津川地区:旧・志津川町域(昭和の合併前の志津川町域)にある地域名は、大字名「志津川」の後に小字名が続く形の地名となっている。例として、志津川字塩入、志津川字本浜町。
  • 入谷地区:旧・入谷村域にある地域名は、大字名「入谷」の後に小字名が続く形の地名となっている。例として、入谷字鏡石、入谷字入大船沢。
  • 戸倉地区:旧・戸倉村域にある地域名は、大字名「戸倉」の後に小字名が続く形の地名となっている。例として、戸倉字寺浜、戸倉字水戸辺。
    •  なお、日本郵便の郵便番号一覧等では大字と小字の間の「字」が省略される場合があるが、「字」が入るのが正式な表記である(合併協定書22”. (公式ウェブサイト). 2014年9月16日閲覧。)。

歴史[編集]

年表[編集]

新暦導入以前(1872年以前)の日付は和暦による旧暦。丸括弧内は西暦で、1581年以前はユリウス暦1582年以降はグレゴリオ暦

近世以前[編集]

近代以降[編集]

  • 2012年(平成24年)2月4日:平成23年度地域づくり総務大臣表彰で、最高賞の「大賞」を受賞。

[1]

行政区域の変遷(市町村制施行以後)[編集]

行政[編集]

歴代町長[編集]

歴代 氏名 就任年月日 退任年月日 備考
初代
佐藤仁 2005年(平成17年)11月6日
(現職)
2期目在任中に東日本大震災が発生 (cf. 1)。
  1. 2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災で庁舎ごと津波に呑み込まれるも、奇跡的に生還を果たした。

名誉町民[編集]

旧志津川町名誉町民

  • 第一号 - 田中完義   昭和44.11.3推戴(宮城県町村会会長)
  • 第二号 - 阿部権治郎  昭和44.11.3推戴(宮城県議会副議長)
  • 第三号 - 勝倉三九郎  平成3.2.3推戴(宮城県町村会会長)

旧歌津町名誉町民

  • 第一号 - 阿部権之亟 〈昭和46年11月推載〉
  • 第二号 - 梶原良雄  〈昭和54年11月推載〉
  • 第三号 - 畠山郁朗  〈平成11年4月推載〉
  • 第四号 - 佐藤榮太郎 〈平成11年4月推載〉

姉妹都市・提携都市[編集]

日本国内
1993年(平成5年)、歌津町の小学生が立川町(現・庄内町の狩川、清川、立谷沢)を訪問して砂金採り体験を行ったことから交流がはじまった。歌津町の町制40周年を記念して友好町盟約を締結。その後、市町村合併により2005年(平成17年)に立川町が庄内町に、歌津町が南三陸町になっており、2006年(平成18年)に南三陸町と庄内町の間で改めて友好町盟約を締結。同時に災害時における相互援助協定が結ばれている。
日本国外
歌津町では魚竜の一種であるウタツサウルス化石が発見されており、同じく魚竜ベサノサウルス英語版の化石が発見されているベザーノ町とは、そのことをもって縁があった。1995年以降中学生の相互ホームステイなど国際交流などが行われており、歌津町で開催された「国際魚竜化石サミット」に際して国際友好都市提携盟約書が結ばれた[17](歌津町町長・牧野駿とベザーノ町長・コロンボが締結)。歌津中学校の生徒がベザーノに赴いてホームステイする交流は、現在は行われていない。ベザーノは市内に「ウタツ公園」を造り、歌津町側は町内の総合施設「平成の森」内にレストラン「ベザーノ」を設置した。

警察・郵便・金融機関[編集]

医療[編集]

経済[編集]

歌津町の伊里前福幸商店街。奥の校舎は伊里前小学校(2013年6月1日)
伊里前福幸商店街(2013年6月1日)

産業[編集]

江戸時代以降、入谷地区を中心に養蚕業が盛んに行われるようになり、仙台藩における養蚕・生糸生産の中心地となったが、生糸生産は現在ではほとんど行われていない。

志津川湾では、ギンザケカキ(牡蠣)ホタテガイホヤワカメなどの海面養殖業が盛んに行われてきている[18]。近年[いつ?]では、農漁業体験を含む滞在・体験型の観光にも力を入れていた。

産業別就業者数2005年国勢調査

  • 第一次産業 :2,303人
  • 第二次産業 :2,611人
  • 第三次産業 :3,937人

水産業[編集]

地域[編集]

人口[編集]

Demography04606.svg
南三陸町と全国の年齢別人口分布(2005年) 南三陸町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 南三陸町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
南三陸町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 22,943人
1975年 22,343人
1980年 22,243人
1985年 21,970人
1990年 21,401人
1995年 20,428人
2000年 19,860人
2005年 18,645人
2010年 17,431人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

旧・歌津町(現・歌津地区)では伊里前小学校、名足小学校の児童による創作ミュージカルが年に一回行われていた。これはプロの脚本指導によるもので、ストーリーは昔から伝わる民話を基にしたものが多く、ミュージカル作品を通じて郷土に対する理解を深めることと、レッスンを通して情操教育を行う狙いもあった。このユニークな取り組みが評価され、第2回ふるさとイベント大賞(自治大臣表彰)を受賞した。合併後は行われていないが、今度は旧・志津川町(現・志津川地区)の歴史も併せた作品が創れないかとの声も根強い[誰によって?]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

交通[編集]

陸前戸倉駅 (2009年)
志津川駅(BRT駅舎)

バス高速輸送システム[編集]

鉄道路線としては2011年3月11日以後、柳津 - 気仙沼間は東日本大震災津波による被害のため運行休止中。
2012年(平成24年)8月20日から、バス高速輸送システム(BRT)方式で仮復旧した[21]
  • 隣接市町村への連絡 :気仙沼線

路線バス[編集]

道路[編集]

一般国道[編集]

都道府県道[編集]

  • 宮城県道172号志津川登米線
  • 宮城県道206号馬籠志津川線
  • 宮城県道221号清水浜志津川港線
  • 宮城県道225号泊崎半島線
  • 宮城県道236号払川町向線

道の駅[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

南三陸町の成人式は毎年夏、それも基本的に終戦の日に行う。これは旧・歌津町志津川町時代からの名残である。過去に一度、他の多くの地方自治体と同じように1月に行う案も浮上したが、その年の新成人達から反対の声が挙がり、現在も夏のままである。戦没者への黙祷などをするためか、近年問題となっている新成人のモラルの低下による七五三現象などは見られない。
  • 志津川のモアイ
共にチリ地震津波1960年)の被災地であるということでチリと縁を持つ宮城県志津川町(現・南三陸町)では、友好のシンボルとして、チリで作られたモアイレプリカを輸入し、1991年(平成3年)7月、志津川湾に面する公園(チリプラザ)に設置した。詳しくは別項「モアイ#日本にあるモアイ」を参照のこと。※ただし、東日本大震災被災前。

その他の施設[編集]

ゆかりのある著名人[編集]

出身著名人[編集]

その他のゆかりある著名人[編集]

その他の関連事象[編集]

クチバシカジカ(学名Rhamphocottus richardsonii英語名:Grunt sculpin、別名:グラント・スカルピン)は、条鰭綱- カサゴ目- クチバシカジカ科 (Rhamphocottidae) に分類される魚[29]。数年前[いつ?]に、この魚をモチーフにした「クチ坊」という名のマスコットキャラクター(のちに町名産のウニをモチーフにした「ウニ坊」、同じく、タコをモチーフにした「タコ坊」が追加された)を考案・使用している。三陸沿岸の群生地の一つとして、北海道の道東・釧路周辺と共に福島県水族館で紹介されたことがある。

東日本大震災[編集]

2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、南三陸町は震度6弱(観測地点:歌津地区志津川地区)を記録した[30]。 さらにこの地震が引き起こした大津波は町内の3つの川を逆流し、1960年(昭和35年)のチリ地震による津波の到達地点を越えて内陸深く進入した[31][32]。 庁舎もこれに巻き込まれた[33][34]cf. 東日本大震災[注 1][注 2]

  • この地殻変動により、志津川地区の地盤は大きくずれた(「地理」節で詳述)。
  • 町内にある5つの鉄道駅(全てJR気仙沼線)は、周辺地域の駅同様、その全てが甚大な被害を受けた[35][36]陸前戸倉駅は駅と周辺施設の全てが跡形も無く流失し、志津川駅陸前港駅駅舎などが流失し、線路も大きな被害を受けた[35][36]。高台よりにあった歌津駅清水浜駅は辛うじてプラットホームが残り、駅舎は半壊にとどまったものの(歌津駅の駅舎は全壊)、周辺の線路は大きくねじ曲がった[36]。至る所で線路が寸断し、鉄橋も崩落、トンネル内にも瓦礫や漁船等の津波漂流物が入り込むなどした気仙沼線の復旧は、長い時間を要するものとなった[36]
  • 町庁舎と仙台法務局(気仙沼支局)は共に被災し、保管していた電子化済みの戸籍データが完全消滅したとの懸念が大いにあったが[37]、同法務支局の上層階で約1年前の戸籍データ副本が発見され、最悪の事態は免れた(3月22日発表)[38]
  • 町の中核病院である公立志津川病院も、5階建てビルの4階(高さ15- 16m[39])までが津波に呑み込まれて医療機器、ベッド、カルテなどが損壊あるいは流失し、看護婦ら病院スタッフ4人・入院患者67人が死亡あるいは行方不明となった[40][39]。※詳細は当該項目を参照のこと。
  • 3月23日:この時点で判明した人的被害は、安否不明者1,000人以上、避難住民約1万人[41]。物的被害は詳細不明。
  • 3月末日:イスラエル軍所属医療団約60人が、最大規模の避難所となっている町立総合体育館の横にプレハブ診療所を仮設し、避難住民の診察を開始[40]
  • 4月10日:イスラエル軍所属医療団が支援活動を終え、仮設診療所と支援用に持ち込んだ最新のエックス線検査機器等を町に寄贈[40]
  • 4月15日:先述の仮設診療所と医療機器を公立志津川病院が引き継ぎ、当病院の医療従事者と町内外の医師ら(町の開業医、他地域の医師、国境なき医師団、等)が合同で全9診療科を再開する[40][42]
  • 4月21日アメリカのニュース雑誌『タイム』(ニューヨーク・タイムズ)が、2011年版「タイム100(世界で最も影響力のある100人)」の一人に、患者の避難や治療に滅私の姿勢で尽力した人物として、公立志津川病院内科医である菅野武を挙げる(日本人としては他に、原子力事故における日本政府の対応を動画投稿サイト上で批判し、世界に広く支援を訴えた南相馬市長・桜井勝延を挙げている)[43][44]
  • 4月29日:この時点で判明した人的被害は、死者500人、避難住民7,090人(町人口の半数近く)[34]。行方不明者は当初1万人とされていたが、のちに修正された[45]
  • 5月19日:先の仮設診療所では手狭すぎて手厚い医療を提供できないとして近隣自治体への機能移転を検討していた公立志津川病院が、隣接する登米市にある登米市立よねやま診療所[46](所在地:登米市米山町桜岡大又3-1)の空き病棟を確保し、この日、町長が正式に協力を要請する[47]
  • 5月26日:この時点で判明した人的被害は死者514人・行方不明者664人・重軽傷者不明、建物被害は全壊3,877棟(半壊等は依然調査中)[48]
  • 6月1日公立志津川病院が登米市立よねやま診療所の空き病棟に機能を移転する[49]。被災地で公立病院が運営自治体の外に移転した例は過去に無く、これをもって町で唯一の病院が無くなった[49]。新しい「公立志津川病院」は、一般病床27床・療養病床12床を5年間無償で借り受け、医師3人・看護師30人らが診察にあたる[49]。一方、先の仮設診療所は「公立南三陸診療所」と改称し、規模を縮小しつつ診療を続ける[49]
  • 6月6日:この時点で判明した人的被害は死者535人・行方不明者664人[50]
  • 6月22日:この時点で判明した人的被害は死者542人・行方不明者664人・町内の避難者2,697人・町外および県外への避難者1,832人、建物被害は全壊3,166棟・大規模半壊91棟・半壊54棟で、被災率61.1%[51]仮設住宅は申し込み数2,045戸に対して1,233戸が完成し、併せて、民有地35箇所が活用されている[51]

脚注[編集]

  1. ^ “宮城県南三陸町の空撮 3月18日”. asahi.com(動画) (朝日新聞社). (2011年3月18日). http://www.youtube.com/watch?v=rvQYgjspyqo&NR=1 2011年6月16日閲覧。 YouTubeを用いたasahi.comのニュース動画。3月18日撮影。内容抜粋:空撮、津波、南三陸町、捜索救難、消防隊、自衛隊
  2. ^ “NHKニュース 一夜明けた朝の様子 宮城県南三陸町”. ANNニュース(ウェブサイト 動画) (ANN). (2011年3月11日). http://www.youtube.com/watch?v=IlwetVea250&feature=related 2011年6月16日閲覧。 :YouTubeを用いたANNのニュース動画。内容抜粋:空撮、津波、南三陸町(志津川町)、公立志津川病院SOS
  1. ^ “【東日本大震災】「研究成果を生かせなかった…」貞観地震の研究者”. MSN産経ニュース(ウェブサイト) (産業経済新聞社). (2011年3月28日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110328/dst11032819290055-n1.htm 2011年3月28日閲覧。 
  2. ^ “【東日本大震災】宮城・南三陸町で75センチ地盤沈下 国土地理院「過去最大の沈下」”. MSN産経ニュース(ウェブサイト) (産業経済新聞社). (2011年3月14日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110314/dst11031413450074-n1.htm 2011年3月14日閲覧。 
  3. ^ 日本の閉鎖性海域”. (公式ウェブサイト). 国際エメックスセンター (2009年3月25日). 2011年6月15日閲覧。
  4. ^ a b c d e 太郎坊杉”. (公式ウェブサイト). 南三陸町観光協会 (2006年). 2011年6月17日閲覧。
  5. ^ a b c d e f 荒沢神社 太郎坊杉”. (公式ウェブサイト). 日本観光協会 (2006年). 2011年6月17日閲覧。
  6. ^ a b 浜の情報”. (公式ウェブサイト). 宮城県漁業協同組合志津川支所 (2009年1月16日). 2011年6月16日閲覧。
  7. ^ a b c d e f 旧志津川町の年表【昭和】(昭和31年〜)”. (公式ウェブサイト?). 南三陸町 (2008年2月19日). 2011年6月17日閲覧。
  8. ^ 志津川町-ひころの里”. (公式ウェブサイト). (旧)志津川町ひころの里管理事務所. 2011年6月25日閲覧。
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  10. ^ 志津川町漁協閉所式”. (公式ウェブサイト). 南三陸町 (2007年2月4日). 2011年6月16日閲覧。
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  15. ^ 宮城県南三陸町と友好町・災害時における相互援助協定を締結 (PDF)”. 広報しょうない. 庄内町 (2006年6月5日). 2012年2月4日閲覧。
  16. ^ 日本・イタリア間で提携された姉妹都市(リスト)”. 在イタリア日本国大使館. 2012年2月4日閲覧。
  17. ^ a b 姉妹(友好)提携情報”. 自治体国際化協会. 2012年2月4日閲覧。
  18. ^ a b 志津川漁港”. (公式ウェブサイト). 宮城県 (2006年10月26日). 2011年6月17日閲覧。
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  20. ^ 伊里前漁港”. (公式ウェブサイト). 宮城県 (2006年10月26日). 2011年6月17日閲覧。
  21. ^ 気仙沼線における暫定的なサービス提供開始について (PDF) - 東日本旅客鉄道仙台支社プレスリリース(2012年7月18日)
  22. ^ 2 運行時刻 - 2011年11月28日改正版 (PDF)”. ミヤコーバス<気仙沼~本吉~志津川~柳津> 臨時ダイヤ(平日用)(公式ウェブサイト). ミヤコーバス (2011年11月28日). 2011年12月1日閲覧。
  23. ^ 2 運行時刻 - 2011年11月28日改正版 (PDF)”. ミヤコーバス<気仙沼~本吉~志津川~柳津> 臨時ダイヤ(土休日用)(公式ウェブサイト). ミヤコーバス (2011年11月28日). 2011年12月1日閲覧。
  24. ^ 運転を見合わせている線区-気仙沼線 (PDF)”. 【ミヤコーバス時刻表】 JR振替輸送に伴うバス停留所一覧 ○11月28日(月)から当分の間. 東日本旅客鉄道仙台支社 (2011年11月28日). 2011年12月1日閲覧。
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  28. ^ 国立科学博物館 日本列島の生い立ち
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  30. ^ 震度データベース検索”. (公式ウェブサイト). 気象庁 (2011年3月11日). 2011年4月16日閲覧。
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外部リンク[編集]