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ジェローム・ボアテング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジェローム・ボアテング
名前
本名 ジェローム・アギェニム・ボアテング
Jérôme Agyenim Boateng
ラテン文字 Jérôme Boateng
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
ガーナの旗 ガーナ
生年月日 (1988-09-03) 1988年9月3日(38歳)
出身地 西ベルリン
身長 190cm
体重 94kg
選手情報
ポジション DF (CB)
利き足 右足
ユース
1994-2002 ドイツの旗 テニス・ボルシア・ベルリン
2002-2006 ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2006-2007 ドイツの旗 ヘルタ・ベルリンII 24 (1)
2007 ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン 10 (0)
2007-2010 ドイツの旗 ハンブルガー 75 (0)
2010-2011 イングランドの旗 マンチェスター・シティ 16 (0)
2011-2021 ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン 229 (5)
2021-2023 フランスの旗 リヨン 32 (0)
2024 イタリアの旗 サレルニターナ 7 (0)
2024-2025 オーストリアの旗 LASK 10 (0)
通算 403 (6)
代表歴2
2004-2005  ドイツ U-17 4 (1)
2005-2007  ドイツ U-19 17 (2)
2007-2009  ドイツ U-21 15 (1)
2009-2019 ドイツの旗 ドイツ 76 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年7月6日現在。
2. 2018年7月11日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

ジェローム・ボアテング(Jérôme Agyenim Boateng, 1988年9月3日 - )は、西ベルリン(現在のドイツ・ベルリン)出身の元サッカー選手。元ドイツ代表。現役時代のポジションはディフェンダー。元ガーナ代表のケヴィン=プリンス・ボアテングは異母兄弟である。

クラブ経歴

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キャリア初期

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ヘルタ・ベルリンの下部組織出身。ヘルタで約5年間過ごし、2007年8月22日、ハンブルガーSVへ移籍。

2010年6月5日、マンチェスター・シティFCに移籍金1000万ユーロの5年契約で移籍した。即戦力として期待されたが、パブロ・サバレタ、アレクサンダル・コラロヴ等とのレギュラー争いで後れを取ってしまい、更にプレミアリーグのスタイルに馴染めず、16試合の出場に留まった。

バイエルン・ミュンヘン

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2011年7月14日、バイエルン・ミュンヘンへ移籍し1年でドイツ復帰を果たした。当初は本人の意に添わない右サイドバックとしての起用も見られたが、2012-13シーズンからはダンテと共にセンターバックのコンビを組んで強固な守備を形成し、3冠達成(UEFAチャンピオンズリーグ、ブンデスリーガ、DFBポカール)に貢献した。2015年12月18日、契約を2021年まで延長したことを発表した[1]。

2016-17シーズンは新加入のマッツ・フンメルスとともにセンターバックのコンビを組むが、怪我の影響もあって21試合の出場に終わる。その後は定位置を掴んだものの、2018-19シーズンから監督に就任したニコ・コヴァチの元ではフンメルスとニクラス・ズーレが主に起用されたため出番を失った。冬には今の立ち位置に不満があることを表し、会長からは移籍を促された。シーズン終了後にはパリ・サンジェルマンFCなどが獲得に興味を示していた[2]が結局残留した。

2019-20シーズン、UEFAチャンピオンズリーグ決勝のパリ・サンジェルマン戦では準決勝に続いて負傷欠場となったが、チームは優勝を果たした[3]。

2021年4月、2020-21シーズン終了後にバイエルン・ミュンヘンを退団する可能性が報じられた[4]。

キャリア晩年

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2021年8月31日、オリンピック・リヨンへの加入が発表された[5][6]。2023年6月9日、リヨンを退団することが発表された[7]。

2023年10月、古巣のバイエルン・ミュンヘンの練習に参加した。バイエルンは、主力センターバックがキム・ミンジェとダヨ・ウパメカノ、マタイス・デ・リフトの3人という状況で、キム・ミンジェが2024年1月にAFCアジアカップで離脱することも踏まえてボアテングと契約を結ぶことも検討されたが[8]、10月6日に契約を結ばないことが発表された[9]。

2024年2月2日、USサレルニターナ1919に2023-24シーズン終了までの契約で加入した[10]。サレルニターナでは終盤戦の負傷によりセリエAでわずか7試合の出場に終わり、チームもセリエBへと降格し、シーズン終了後に退団した[11]。

2024年5月31日、オーストリア・ブンデスリーガのLASKリンツへフリーで加入し、2年契約を結んだ[12]。

代表経歴

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ドイツ代表時代(2018年)

UEFA U-21欧州選手権2009ではメスト・エジル、マルコ・マリンらと共にドイツU-21代表の一員として優勝を果たした。

ドイツ代表のヨアヒム・レーヴ監督もボアテングの活躍に注目し、2009年10月10日のロシア戦でA代表デビュー。このデビュー戦で退場処分を受けてしまうが、レーヴ監督からの評価は落ちることはなく、11月18日のコートジボワール戦でもスタメンとして起用され、一躍サイドバックのレギュラー候補に名乗りを挙げた。南アフリカW杯では主に左サイドバックとして5試合に先発出場を果たした。準決勝でスペインに0-1で敗れたものの、3位決定戦ではウルグアイを3-2で下しドイツは2大会連続で3位に入った。

2016年6月26日のUEFA EURO 2016決勝トーナメント1回戦・スロバキア戦で代表初得点となる先制ゴールを挙げて勝利に貢献した[13]。

2018年9月、同胞のメスト・エジルが人種差別を受けて代表を引退することに対して、自身も同じ差別を受けている境遇に疑問を呈し彼を擁護した[14]。

2019年3月、チームの若返り化を図るレーヴは、ボアテング、フンメルス、そしてトーマス・ミュラーの3人を今後代表に招集しない意向を明らかにした[15]。この件に関してエジルはレーヴに否定的な見解を示している。

人物

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  • ガーナ人とドイツ人のミックスであり、兄弟もそれぞれサッカー選手である。ただし、父親は同じ(ガーナ人)だが、兄とジェロームは母親(それぞれドイツ人)が違う。
  • 長兄はアマチュア選手としてプレーしているジョージ・ボアテング。これはオランダのサッカー選手、ジョージ・ボアテングと同姓同名だが、全くの別人。
  • 次兄はジェローム同様ヘルタの下部組織出身のケヴィン=プリンス・ボアテング。2010 FIFAワールドカップを前に、ガーナサッカー協会から代表入りを求められ、それまでドイツ国内でU-21代表はあったがA代表に選ばれたことのなかったケヴィンはガーナ代表としての資格を有していたため、そのまま国籍をガーナに変更し、ガーナ代表となった。本大会では、ガーナとドイツがグループリーグで同組となり、両国の対戦時にジェロームとケヴィンはそれぞれメンバーに選ばれ、ワールドカップでは珍しい「兄弟での対戦」が実現した。
  • 母方の祖父は1954 FIFAワールドカップ優勝メンバーであるヘルムート・ラーンの従兄弟。

個人成績

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クラブ

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2023-24シーズン終了時点
クラブ シーズン リーグ リーグ戦 カップ戦 国際大会 その他 合計
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
ヘルタ・ベルリンII 2005–06 レギオナルリーガ 9 1 - - 0 0 9 1
2006–07 15 0 - - 0 0 15 0
通算241--00241
ヘルタ・ベルリン 2006–07 ブンデスリーガ 10 0 1 0 0 0 0 0 11 0
通算100100000110
ハンブルガーSV 2007–08 ブンデスリーガ 27 0 3 0 7 0 0 0 37 0
2008–09 21 0 5 0 9 0 0 0 35 0
2009–10 27 0 1 0 13 1 0 0 41 0
通算75090291001130
マンチェスター・シティ 2010–11 プレミアリーグ 16 0 3 0 5 0 0 0 24 0
通算160305000240
バイエルン・ミュンヘン 2011–12 ブンデスリーガ 27 0 6 0 15 0 0 0 48 0
2012–13 26 2 4 0 9 0 1 0 40 2
2013–14 25 1 5 0 9 0 4 0 43 1
2014–15 27 0 5 0 11 3 1 0 44 3
2015–16 19 0 4 0 7 0 1 0 31 0
2016–17 13 0 2 0 6 0 0 0 21 0
2017–18 19 1 3 1 9 0 0 0 31 2
2018-19 200305000280
2019-20 240409000380
2020-21 291107100392
通算22953718747036310
オリンピック・リヨン 2021-22 リーグ・アン 2400030-270
2022-23 8000--80
通算 3200030-350
サレルニターナ 2023-24 セリエA 70---70
キャリア通算 3936511123510057712

代表歴

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出場大会

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試合数

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  • 国際Aマッチ 76試合 1得点(2009年-2018年)[16]
ドイツ代表国際Aマッチ
年出場得点
200920
2010100
201170
201290
201380
2014140
201570
2016101
201710
201880
通算761

得点

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#開催日開催地対戦国スコア結果大会
1.2016年6月26日フランスの旗ヴィルヌーヴ=ダスク、スタッド・ピエール=モーロワスロバキアの旗 スロバキア1–03–0UEFA EURO 2016

タイトル

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クラブ

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マンチェスター・シティFC
バイエルン・ミュンヘン

代表

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個人

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脚注

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  1. ↑ 各国名門には落胆 バイエルン、ミュラーら主力4選手と契約延長 - Goal.com 2015年12月18日
  2. ↑ バイエルン、今夏にDFボアテングの売却を図る…要求額はわずか28億円かサッカーキング 2019年8月22日
  3. ↑ “CL決勝、ネイマールはなぜPSGを優勝に導けなかったのか? 成長の跡を見せたが、足りなかったのは”. www.footballchannel (2020年8月24日). 2020年8月24日閲覧。
  4. ↑ “一時代に終止符、ボアテングがバイエルン退団へ”. キッカー日本語版 (2021年4月6日). 2021年4月7日閲覧。
  5. ↑ “JÉRÔME BOATENG À L’OL JUSQU’AU 30 JUIN 2023”. Olympique Lyonnais (2021年9月1日). 2021年9月1日閲覧。
  6. ↑ “ジェローム・ボアテング、リヨンへ2年契約で加入”. キッカー日本語版 (2021年9月1日). 2021年9月2日閲覧。
  7. ↑ “ボアテングが在籍2年でリヨン退団…ポジション争い苦戦に物議醸す振る舞いも”. 超ワールドサッカー (2023年6月10日). 2023年10月16日閲覧。
  8. ↑ “CB不足のバイエルン、無所属ボアテングの復帰に本腰か… トレーニングに合流”. 超ワールドサッカー (2023年10月1日). 2023年10月16日閲覧。
  9. ↑ “バイエルン、練習参加していたフリーのボアテングと契約せず”. 超ワールドサッカー (2023年10月7日). 2023年10月16日閲覧。
  10. ↑ “Jerome Boateng è un nuovo giocatore della Salernitana”. US Salernitana 1919 (2024年2月2日). 2024年2月3日閲覧。
  11. ↑ “元独代表DFボアテングが2月加入のサレルニターナに別れ…「今後の成功を祈る!」”. 超ワールドサッカー (2024年5月31日). 2026年2月5日閲覧。
  12. ↑ “ボアテングの新天地はLASKに決定! 「クラブが次のステップに進むのを助けたい」”. 超ワールドサッカー (2024年5月31日). 2024年5月31日閲覧。
  13. ↑ “スロバキア戦MOMのドラクスラー、先発起用の監督に感謝「僕を信頼してくれている」”. 超ワールドサッカー (2016年6月27日). 2021年7月15日閲覧。
  14. ↑ 独代表引退のエジル、ボアテングの擁護コメントに感謝 「君は代表で苦しい時も…」フットボールゾーン 2018年9月23日
  15. ↑ 「怒りが湧いてくる」ドイツ代表引退通告を受けたミュラーが怒りの訴えフットボールチャンネル 2019年3月7日
  16. ↑ ジェローム・ボアテング - National-Football-Teams.com

外部リンク

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