常呂郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Chaosmandarakarma (会話 | 投稿記録) による 2022年9月11日 (日) 06:12個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

北海道常呂郡の位置(1.訓子府町 2.置戸町 3.佐呂間町 黄:明治期)

常呂郡(ところぐん)は、北海道北見国オホーツク総合振興局

人口11,690人、面積1,123.16km²、人口密度10.4人/km²。(2024年4月30日、住民基本台帳人口)

以下の3町を含む。

郡域

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、概ね上記3町に北見市を加えた区域にあたる。後に紋別郡との間で境界変更が行われている。

歴史

郡発足までの沿革

江戸時代の常呂郡域は西蝦夷地に属し、当初は松前藩によって開かれたソウヤ場所に含まれたが、その後分立したモンベツ場所に属した。

江戸時代後期になると、南下政策を強力に進めるロシアの脅威に備え文化4年常呂郡域は天領とされた。文政4年には一旦松前藩領に復したものの、安政2年再び天領となり会津藩が警固をおこない、同6年の6藩分領にともない会津藩領となった。戊辰戦争箱館戦争)終結直後の1869年8月15日大宝律令国郡里制を踏襲して常呂郡が置かれた。

また、常呂郡では北見温泉温根湯温泉などが古くから知られている。

郡発足以降の沿革

北海道一・二級町村制施行時の常呂郡の町村(6.野付牛村 7.常呂村 8.鐺沸村 桃:北見市 青:区域が発足時と同じ町村 水色:分立して現存する町村 25.訓子府村 26.置戸村)
明治9年の大区小区
  • 第27大区
    • 3小区 : 常呂村、少牛村、鐺沸村、生顔常村、太茶苗村、野付牛村、手師学村

参考文献

関連項目