湧別町

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ゆうべつちょう
湧別町
Yubetsu Hokkaido chapter.JPG
湧別町章
Former Yubetsu Hokkido chapter.JPG
旧湧別町章
湧別町章は2009年平成21年)10月5日制定
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 オホーツク総合振興局
紋別郡
団体コード 01559-8
面積 505.74 km²
(境界未定部分あり)
総人口 9,608
住民基本台帳人口、2013年12月31日)
人口密度 19人/km²
隣接自治体 紋別市北見市遠軽町佐呂間町
町の木 オンコ
町の花 チューリップ
湧別町役場
町長 原田雅美
所在地 099-6592
北海道紋別郡湧別町上湧別屯田市街地318番地
外部リンク 湧別町

日本地域区画地図補助 01540.svg

湧別町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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湧別町(ゆうべつちょう)は、オホーツク総合振興局管内中部、オホーツク海沿岸に位置する町。2009年10月5日に隣接していた上湧別町と従来の湧別町が合併し、2005年の合併新法の下では道内で唯一成立した新設合併による自治体となった。

町名の由来は、アイヌ語の「ユペ」(鮫の意)から。

町の目標「人と自然が輝くオホーツクのまち」

地理[編集]

オホーツク海に面し、湧別川河口に位置する。町東部にはサロマ湖がある。

湧別技法[編集]

今から約1万2千年から2万年前の旧石器時代湧別川の源流に近い白滝村の露頭黒曜石から作られた石器、湧別技法[1]が発掘されている。湧別技法[2]の名前の由来はアイヌ語のユベ(鮫)からという説[3]

北海道日本ハムファイターズ[編集]

北海道日本ハムファイターズ増井浩俊選手(背番号19投手)と谷元圭介選手(背番号48投手)が2014年1月から12月までの1年間、「2014年湧別町応援大使」として任命している。

歴史[編集]

屯田兵の入植した地であり、現在も北兵村、南兵村の地名が町内に残る。

  • 1871年 ~ 1884年 - 藤野四郎兵衛が湧別で漁業開始(生産活動の始まり)。
  • 1885年 ~ 1889年 - 和田麟吉、徳弘正輝、長澤久助が移住。徳弘氏が牧牛開始。和田氏が函館で種子を購入し、入植者に配布。
開拓前
  • 1890年 - 湧別植民地決定、移住者合計9戸。
  • 1891年 - 湧別原野区画割完成(~学田)。
  • 1892年 - 屯田兵設置予定確定、紋別警察分署湧別駐在所設置(初行政警察)、湧別郵便局開設、道路開通、通信機関設置。
  • 1893年 - 移住者45戸、真言宗西本願寺説教所設置。
  • 1894年 - 湧別原野の貸付を受けて移住者増約73戸。上野徳三郎、礼文団体入植。
  • 1895年 - 4号線から川西に60人入植、四号線付近で医師高橋謙造診療開始。
  • 1896年 - 屯田兵兵屋工事始まる請負費約13万円、湧別神社建築、郵便為替電信業務開始、北海道同志小作人募集。
  • 1897年 - 紋別ほか9ヶ村戸長役場管轄より分離・独立し、湧別村戸長役場を設置する。屯田兵第一陣入植、浜市街地に屯田兵憲兵屯所設置、湧別尋常小学校開校、学田に入植42名。
  • 1898年 - 屯田兵第二陣到着、兵村工事完了。北湧尋常小学校新築落成、湧別小学校校舎新築落成式。
  • 1906年 - 2級町村制を施行し、戸長役場を廃止する。村名を(旧)湧別村とする。
  • 1910年 - (旧)湧別村を分割し、下湧別村・上湧別村を2級町村制にする。
  • 1919年 - 上湧別村から遠軽村(現・遠軽町)が分村・独立
  • 1940年 - 1級町村制を施行する。
  • 1942年 - 5月26日に湧別機雷事故が発生。
  • 1950年 - 一部を常呂郡佐呂間村(現・佐呂間町)に移管。
  • 1953年 - 町制施行により、それぞれ湧別町・上湧別町と改称する。
  • 1998年 - 隣村の漁師二人が東芭露の林道沿いの沢で奇妙な形の石を発見
  • 2009年 - 10月5日、分村から100年経ち、湧別町・上湧別町が新設合併、新町名は湧別町とする。

行政[編集]

町長[編集]

  • 2013年 - 石田昭廣(11月15日就任、現在)
  • 2009年 - 原田雅美(11月15日就任、旧上湧別町長、合併後初の町長)

財政[編集]

平成18年度[編集]

旧湧別町

  • 財政力指数 0.204 北海道市町村平均 0.28
  • 経常収支比率 77.9%
  • 標準財政規模 26億7717万円
  • 普通会計歳入 40億4038万円
    • 地方交付税 21億9157万円
    • 地方税 4億8612万円
  • 普通会計歳出 39億4330万円
    • 公債費 7億4942万円
  • 人口一人当たり人件費物件費等決算額 25万6874円 北海道市町村平均 13万6888円
  • 人口一人当たり地方債現在高 130万3789円 普通会計分のみ 北海道市町村平均 66万6050円
  • 実質公債費比率 14.4%
  • 職員1000人当たり職員数 17.81人 北海道市町村平均 8.70人 職員数が過剰である
    • 内訳 一般職員 87人(技能労務職 3人 ) 教育公務員 合計89人
  • 町職員一人当たり平均給料月額 28万2000円 すべての職員手当を含まない数字
  • 町職員一人当たり人件費概算値 810万8090円 (人件費/職員数)
  • ラスパイレス指数 95.5 全国町村平均 93.9

地方債等の残高

  • 1普通会計分の地方債 65億1500万円 (積立金合計 31億1400万円)
  • 2特別会計分の地方債 19億5300万円
  • 3関係する一部事務組合分の債務 7079万円 (負債x負担割合)
    • 遠軽地区広域組合、両湧別町学校給食組合、網走地方教育センター、網走管内交通災害共済組合
  • 4第三セクター等の債務保証等に係る債務 0円
    • 湧別振興公社

地方債等の残高合計 85億3879円 (連結会計)

  • 湧別町民一人当たり地方債残高 170万8783円

旧上湧別町

  • 財政力指数 0.227 北海道市町村平均 0.28
  • 経常収支比率 87.5%
  • 標準財政規模 24億6228万円
  • 普通会計歳出規模 35億5905万円
    • 地方交付税 19億5376万円
    • 地方税 4億3162万円
  • 普通会計歳出規模 34億6986万円
    • 人件費 6億6599万円
    • 公債費 7億8591万円
  • 人口一人当たり人件費物件費等決算額 20万3595円 北海道市町村平均 13万6888円
  • 人口一人当たり地方債現在高 101万4092円 普通会計分のみ 北海道市町村平均 66万6050円
  • 実質公債費比率 15.7%
  • 人口一人当たり職員数 12.70人 北海道市町村平均 8.70人
    • 内訳 一般職員 71人(うち技能労務職 3人) 教育公務員 2人 合計73人
  • 町職員一人当たり平均給料月額 32万4400円 すべての職員手当を含まない数字
  • 町職員一人当たりの人件費概算値 912万3273円
  • ラスパイレス指数 96.8 全国町村平均 93.9

地方債等の残高

  • 1普通会計分の地方債 58億3100万円
  • 2特別会計分の地方債 18億5500万円
  • 3関係する一部事務組合分の債務 9624万円
    • 両湧別町給食組合 債務1億3600万円 負担割合 59.4%
  • 4第三セクター等の債務保証等に係る債務 0円

地方債等の残高合計 77億8224万円 (連結会計)

  • 上湧別町民一人当たりの地方債等残高 135万3433円

経済[編集]

基幹産業は漁業、酪農、農業など。日本最北のリンゴの産地である。

立地企業[編集]

  • 北海道あけぼの食品株式会社湧別工場(株式会社マルハニチロ北日本十勝工場湧別事業所)

農協・漁協[編集]

  • 湧別町農業協同組合(JAゆうべつ町)
  • 湧別漁業協同組合
  • えんゆう農業協同組合(JAえんゆう)

金融機関[編集]

郵便局[編集]

  • 上湧別郵便局(集配局)
  • 中湧別郵便局(集配局)
  • 湧別郵便局(集配局)
  • 芭露郵便局(集配局)
  • 計呂地郵便局
  • 上芭露郵便局
  • 開盛郵便局
  • 登栄床簡易郵便局
  • 湧別錦町簡易郵便局
  • 富美簡易郵便局

医療機関[編集]

病院[編集]

  • 耕仁会
    • 曽我病院

公共機関[編集]

警察[編集]

消防署[編集]

  • 遠軽地区広域組合消防署
    • 湧別出張所
    • 上湧別出張所

体育館[編集]

  • 湧別総合体育館(プール、郷土館、武道館併設)
  • 中湧別総合体育館
  • 芭露ファミリースポーツセンター

図書館[編集]

  • 湧別図書館
  • 湧別町文化センターTOM内併設中湧別図書館

公民館[編集]

  • 湧別町総合支所宮の森センター

姉妹都市・提携都市[編集]

地域[編集]

人口[編集]

Demography01559.svg
湧別町と全国の年齢別人口分布(2005年) 湧別町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 湧別町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
湧別町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 16,919人
1975年 15,017人
1980年 14,326人
1985年 13,702人
1990年 12,692人
1995年 12,042人
2000年 11,423人
2005年 10,758人
2010年 10,044人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

北海道湧別高等学校は全国でも稀なアメリカコネチカット州で実施されているキャリア教育プログラム(STC)を導入している。また、上湧別中学校は全国でも珍しい教科教室型として2004年に新築され、地域交流の場として利用されている。

  • 道立高等学校
  • 中学校
    • 湧別中学校
    • 上湧別中学校
    • 湖陵中学校
  • 小学校
    • 湧別小学校
    • 中湧別小学校
    • 上湧別小学校
    • 開盛小学校
    • 富美小学校
    • 芭露小学校
  • 幼稚園
    • みのり幼稚園
  • 保育園
    • 湧別保育所
    • 中湧別保育所
    • 上湧別保育所
    • 開盛保育所
    • 芭露保育所

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

文化財[編集]

  • シブノツナイ竪穴住居跡(北海道指定史跡)
  • 佐呂間湖畔鶴沼のアッケシソウ群落(北海道指定天然記念物)

観光スポット[編集]

かみゆうべつチューリップフェア(2006年に撮影)
ファミリー愛ランドYOU

アミューズメントパーク[編集]

宿泊施設等[編集]

  • レイクパレス(公共の宿・保養所・山小屋)
  • 湧別町宿泊施設しらかば(旅館)
  • 都ホテル
  • 伊勢屋旅館
  • 松屋旅館
  • 民宿 しばや
  • 民宿 浜の家
  • 民宿 ふじ乃
  • 民宿 みさき三里荘
  • 五鹿山公園キャンプ場
  • 三里浜キャンプ場

祭事・イベント[編集]

特産品[編集]

湧別町イメージキャラクター[編集]

交通[編集]

空港[編集]

鉄道[編集]

かつては名寄本線湧網線が通っていたが、現在は廃止されている。

湧別バス停留所

バス[編集]

湧網線代替バスで網走バスが乗り入れていたが、現在は路線廃止されている。名寄本線代替バスで名士バスも乗り入れていたが、路線短縮により現在は2社のみ乗り入れる。

道路[編集]

その他[編集]

機雷事故[編集]

1942年昭和17年)5月、海岸に2個の機雷が漂着。公開爆破処理の作業中に1個が不意に爆発、死者106人、負傷者130人を出す。

出身の有名人[編集]

先駆者たち[編集]

  • 湧別の先駆者[5]
    • 徳弘正輝(土佐国出身(土佐武士)、湧別原野の先住民との和合の先駆者、開拓の先駆者)
    • 竹中弥三郎(岐阜県出身、細工技を発揮)
    • 加藤宇太郎(岐阜県出身、開拓農業に貢献)
      • 加藤藤蔵(長男、酪農経営の基盤を築く)
    • 庄司喜三郎(山形県天童出身、独自の商法で農家に貢献)
    • 萩原仁太郎
    • 平田友平(淡路島出身、地域農業の復興に貢献)
    • 藤田喜一郎(青森県出身、藤田ブリキ店開業)
    • 真鍋五郎(村議会議員二期、消防団組頭、開拓功労者表彰、真鍋薬局(後の真鍋薬品株式会社、全道各地に展開)創業者)
    • 池田駒三(池田商店開業、戦後池田マーケットと呼ばれ商店街を活気ずけた)
    • 奥山金次郎(スーパーおくやま開業、時代の商店舗方式に便乗)
    • 関口輝雄、宮崎勝夫(ダルマ屋酒店株式会社社長、飲食街の一角で繁栄をみせる)
    • 遠峰栄次郎(茨城県出身、湧別浜や漁業の幕明けを担う)
    • 遠峰進一(石川県出身、石川県立輪島中学校(旧制)卒、陸軍航空士官学校(終戦により退校)中退、勲四等瑞宝章を受章)
    • 宮崎簡亮(近江国の住人、藩校到道館卒、大学南校東京大学の前身)退学、岩倉具視の信任で側近の一人、大蔵省に奉職し大政官で退職、農商務省に奉職、開拓事業の北海道開進社副社長(後に岩橋開進社社長)、北海道庁長官・営繕課長を退官して発足村へ移住、下湧別村村長)
      • 宮崎宏(ひ孫、慶応義塾大学を卒業し戦後の農地解放・農業改革に生き、昭和32年に東京に転出し新天地を開拓した)
  • 五軒町
    • 佐々木末治(茨城県出身、宮崎家(大地主、宮崎簡亮)の所有地に入地し農業を始め宮崎家の事業(湧別川河口とサロマ湖を結ぶ運河構想)に協力、「宮崎運河」の開削で重要な役割を果たした)
    • 兼田金之助(宮崎家の小作として居住)
    • 有地護一(広島市出身、湧別原野に早々に入植し薄荷作付(湧別薄荷や北見薄荷)の先駆の役目を担う)

脚注[編集]

  1. ^ 明治大学博物館考古部門
  2. ^ p35~36(湧別町) (PDF)
  3. ^ 湧別川の歴史(国土交通省)
  4. ^ 高橋啓一「ナウマンゾウは津軽海峡を泳いで渡ったか」、化石研究会編『化石から生命の謎を解く - 恐竜から分子まで -』朝日新聞出版,2011年,136-138ページ
  5. ^ 著書 湧別郷土史研究会「龍宮街道」~湧別の歴史~,メンバー 鈴木栄吉・吉竹元司・金内康典・三澤敬一,2013年10月発行

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

過去にあった駅[編集]

中継局[編集]