北紋バス

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北紋バス 株式会社
Hokumon Bus
Hokumon bus Ki200F 0315.JPG
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
094-0023
北海道紋別市元紋別678番地
北緯44度19分20.399秒
東経143度22分38.806秒
設立 1949年(昭和24年)3月[1]
業種 陸運業
事業内容 一般旅客自動車運送事業(乗合、貸切)、他
代表者 神 良雄  
従業員数 51名(2009年10月1日現在)
外部リンク http://www6.ocn.ne.jp/~hokumon/
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北紋バス(ほくもんバス)は、北海道紋別市に本社を置きバス事業を行う企業である。オホーツク管内北部を中心に路線バス貸切バスを運行する。

概要[編集]

鴻紋軌道廃止後の鴻之舞地区は交通機関が無い状態となった。これを解消するために紋別町(現在の紋別市)が中心となって1949年(昭和24年)に設立された会社である。社名は紋別を「日高門別」や各地に所在する「紋別」と区別する際に使われることがある「」から名付けられている。同年9月27日に紋別 - 鴻之舞、鴻之舞 - 丸瀬布の認可を取得し、10月より運行を開始した。

路線網は1952年(昭和27年)までに立牛、滝上、中湧別、興部、鴻之舞 - 遠軽[2]と拡大。1950年(昭和25年)には貸切バス事業を、1953年(昭和28年)にはハイヤー事業を開始するなど事業拡大したものの業績は伸びず、札幌陸運局の指導によりタクシー事業の分離や不採算路線の廃止を行った結果、湧別町営バス宗谷バスの路線を引き継ぎ湧別町南部や佐呂間町西興部村まで路線拡大を図るなど、業績が回復している。1960年(昭和35年)には定山渓鉄道(現、じょうてつ)と資本提携を行っている。

その後は紋別市内線の開設などを行い市民の利便性向上を図るなど拡大傾向が続いたものの、昭和40年代に入り過疎化、モータリゼーション化の進行により利用客が年々減少していた。1970年(昭和45年)にはワンマン運転化の前提として、遠軽線を除いた全路線に整理券方式を採用し車掌の業務を削減。その2年後からのワンマン運転開始、不採算路線の廃止、鴻之舞営業所と(旧)紋別営業所の閉鎖など合理化策を講じた。紋別市内線においては、市街地の拡大や団地造成、道都大学の開学などによって拡大傾向が続いた。

2001年(平成13年)にはじょうてつとの資本提携を解消し、東急グループから離脱した。現在は社員持株制で運営される。脱退の際には当時の労組委員長が社長に就任するなど話題となった。

年表[編集]

 
2013年4月より導入された「見て楽しいバス」 山バージョン
 
同 海バージョン
  • 1949年(昭和24年)
    • 3月 北紋バス株式会社設立[1]
    • 9月27日 紋別 - 鴻之舞 - 丸瀬布間認可。同年10月3日より運行開始。
  • 1950年(昭和25年)
    • 3月 一般貸切旅客自動車運送事業認可取得。
    • 4月 紋別 - 上渚滑 - 滝上 - 滝西間運行開始。
    • 7月 滝西 - 滝奥間、滝上 - 奥札久留運行開始。
  • 1952年(昭和27年)
    • 5月27日 紋別 - 興部間運行開始。
    • 北見バスの鴻之舞 - 遠軽間を引き継ぎ運行開始。
  • 1953年(昭和28年) 一般乗用旅客自動車運送事業免許を取得しハイヤー事業を開始。翌年「紋別ハイヤー」に分離。
  • 1956年(昭和31年)10月15日 興部 - 朝日間運行開始。
  • 1957年(昭和32年) 湧別町営バスの中湧別 - 若佐・東芭露間を引き継ぎ運行開始。
  • 1960年(昭和35年)
    • 3月 紋別市内線運行開始。
    • 6月10日 定山渓鉄道(現、じょうてつ)と資本提携、東急グループに加盟。
  • 1962年(昭和37年)
    • 1月1日 宗谷バスの西興部 - 滝上間を引き継ぎ運行開始。
    • 9月1日 紋別 - 雄武間運行開始。
    • 中湧別 - 若佐・東芭露間を北見バスへ譲渡。
  • 1963年(昭和38年)4月16日 興部 - 西興部間運行開始。
  • 1967年(昭和42年)
  • 1970年(昭和45年)4月1日 ひがし北海道貸切手配センター発足、加盟。
  • 1973年(昭和48年)7月1日 宗谷バスの興部 - 雄武間を引き継ぎ紋別 - 雄武間と統合。
  • 1974年(昭和49年)12月5日 全路線ワンマン運転化完了。
  • 1985年(昭和60年)
  • 1989年(平成元年)
  • 1996年(平成8年)
  • 1999年(平成11年)7月1日 日曜・祝日に紋別市内線で「100円バス」を開始。2002年(平成14年)12月をもって中止。
  • 2001年(平成13年) じょうてつとの資本提携を解消し、東急グループから離脱。
  • 2010年(平成22年)3月15日 本社内に「元紋別簡易郵便局」を開設。
  • 2011年(平成23年)4月1日 紋別市が運行主体の紋別市内循環バス実証実験を自主運行に切り替え本運行開始。

事業所[編集]

本社・紋別営業所 滝上営業所
本社・紋別営業所
滝上営業所
本社・紋別営業所・整備工場
北海道紋別市元紋別678番地
  • 元紋別簡易郵便局を併設。停留所名は「元紋別」。
滝上営業所
北海道紋別郡滝上町幸町2334番地
  • 乗車券類販売は曜日と時間を限定して行われる。停留所名は「滝上営業所」。

路線バス[編集]

乗車券類は、都市間バスは紋別バスターミナル内の道北バス紋別案内所で、一般路線は紋別営業所、滝上営業所、紋別バスターミナル内の紋別観光協会、興部町商工会で取り扱う。

都市間バス[編集]

紋別にて
 
特急オホーツク号(1992年) 旭川駅付近にて

札幌線(高速流氷もんべつ号)と旭川線(特急オホーツク号)を、北海道中央バスジェイ・アール北海道バス道北バスとの共同運行で設定。当社は高速流氷もんべつ号直行便を担当する[6]

原則予約制で、直行便を含む旭川より先への乗車は2006年(平成18年)12月より座席指定となっている。旭川までの乗車は自由席、旭川 - 札幌間のみの乗車は高速あさひかわ号に準じて予約不要となる。直行便は比布大雪PAで、旭川経由便と旭川線は上川駅前で休憩時間を設定する。2005年(平成17年)度の乗車実績は49,647人、うち北紋バス担当便は7,491人[7]

1984年(昭和59年)6月27日に道北バスが特急オホーツク号を4往復新設し渚滑経由で運行。翌年には1往復増回し、1989年(平成元年)12月22日より当社が加わり6往復となり、南が丘3丁目(北海道道713号)経由を新設した。1996年(平成8年)には高速あさひかわ号と特急オホーツク号各4往復を振り替え高速流氷もんべつ号を新設。札幌線は渚滑経由で4往復、旭川線は南が丘3丁目経由で3往復とし、北海道中央バスとJR北海道バスも共同運行会社となった。

2001年(平成13年)より札幌線を直行便に順次切り替え、現在は直行便3往復と旭川経由便1往復で運行。2006年(平成18年)度より2月の流氷観光期限定で直行便が2往復増回される。直行便限定で「愛別東町」「上川ポンモシリ」停留所が設置されたが、旭川紋別自動車道の延伸により順次廃止され、現在は浮島ICを利用し、滝西から野幌まで停留所は設定されていない。また、全便が停車していた「浮島トンネル記念公園」停留所は2006年(平成18年)12月1日に廃止されている。

紋別市内線[編集]

 
紋別市内線の車両

2010年(平成22年)11月より「KURURI(くるり)」の愛称が付けられた。

北循環コース
サッポロドラッグストア前→落石町5丁目→モスバーガー前→潮見中学校→潮見小学校→市役所前→紋別→市役所前→潮見小学校→潮見中学校→落石町1丁目→サッポロドラッグストア前
南循環コース
紋別高校→養護学校→緑町5丁目→道立病院→紋別小学校前→紋別→市役所前→本町6丁目→紋別小学校前→道立病院→緑町5丁目→南が丘3丁目→紋別高校

紋別市内では、

  • 市内線 新生 - 本町5丁目 - 真砂町 - 渚滑5線
  • 元新団地線 南が丘4丁目 - 緑町3丁目 - 幸町5丁目 - 落石町1丁目 - 元新団地 - 渚滑5線
  • 旭団地線 旭団地 - 緑町3丁目 - 幸町5丁目 - 落石町1丁目 - ショッピングセンター前
  • 学園団地線 南が丘4丁目 - 花園町6丁目 - 幸町5丁目 - 落石町3丁目 - 高等養護学校前

の4路線が運行されていたが、運行ダイヤや経路の効率化などを目的として2008年(平成20年)9月1日より1箇月間、紋別市が主体となって循環バス実験が行われ北紋バスが運行を受託。市内線は乗り入れない紋別バスターミナル乗り入れや1日乗車券導入、乗継割引の適用などが行われた。2009年(平成21年)10月1日より再開された実証実験では終了予定を数度延長して継続的に運行され、民間で採算が採れる目処がついたことから2011年(平成23年)4月1日より自主運行に切り替えられた[8]

郊外線[編集]

興部・雄武、上渚滑・滝上方面[編集]

 
雄武発(左)・興部発(右)紋別高校行の行先表示比較

紋別高校・新生 - 紋別間と紋別 - 渚滑4丁目間は同方向へ向かう路線同士で経路が二分されており、興部線と上渚滑線は山手線(広域紋別病院 旧・道立病院)と山の上線(国道238号紋別バイパス)経由、雄武線と滝上線は北海道道305号(旧国道)を通る南が丘3丁目・北浜1丁目経由で運行される。

興部線
紋別高校 - 紋別 - 渚滑4丁目 - 沙留市街 - 沙留 - 興部高校前 - 興部名寄本線代替バス)
雄武線
紋別高校 - 紋別 - 渚滑4丁目 - 沙留市街 - 興部高校前 - 興部 - 沢木 - ホテル日の出岬 - 雄武 - 雄武高校入口(興浜南線代替バス)
上渚滑線
新生 - 紋別 - 渚滑4丁目 - 下渚滑 - 中渚滑 - 上渚滑渚滑線廃止代替)
上渚滑C線
紋別高校 - 新生 - 中渚滑 - 上渚滑
  • 紋別高校登校日のみ運行。紋別中心部を経由せず北海道道713号を直行する。
滝上線
紋別高校 - 紋別 - 渚滑4丁目 - 下渚滑 - 中渚滑 - 上渚滑 - 滝下 - 濁川 - 滝上 - 滝上営業所(渚滑線廃止代替)

滝上町内路線[編集]

滝上町内路線
滝上市内線
滝上営業所 - 滝上 - 旭町 - 滝上中学校 - 濁川 - 南町
本流線
滝上営業所 - 滝上中学校 - 滝上 - 滝西 - 29線
  • 29線 - 滝奥間は廃止されている。
札久留線
滝上中学校 - 滝上 - 滝上営業所 - 札久留学校前 - 札久留11号 - 奥札久留
  • 札久留 - 奥札久留間は水曜のみ運行。

上藻別、紋別空港・遠軽方面[編集]

上藻別線
紋別 - 南が丘3丁目 - 元紋別 - 元紋別市街 - 弥生橋 - 中藻別 - 上藻別 - 駅逓

 

紋別空港連絡バス
紋別・南が丘3丁目・元紋別・オホーツク流氷公園 - 紋別空港
  • 2012年(平成24年)4月1日より運賃無料となっている[9]
遠軽線
紋別 - 南が丘3丁目 - 元紋別 - オホーツク流氷公園 - オホーツク紋別空港 - 八十士 - 小向 - 湧別 - 中湧別文化センター - 上湧別 - 遠軽名寄本線代替バス 北海道北見バスと相互乗り入れ)
遠軽到着の様子
  • 名寄本線代替路線となって以降、元紋別 - 小向間は国道238号を通る新一本松(紋別空港入口、現・オホーツク紋別空港)・新八十士経由と、紋別 - 小向間の小向線を延長した北海道道873号を通る一本松・八十士経由が運行されていた。2005年(平成17年)10月1日に国道238号経由が廃止され北海道道873号経由に一本化されたが、2010年(平成22年)4月より元紋別 - 小向7線間をオホーツク紋別空港経由に変更。2011年(平成23年)5月1日より一部便がオホーツク流氷公園構内、紋別空港ターミナルビル前に乗り入れを開始した。
  • 遠軽より先、生田原留辺蘂を経由し北見まで急行バス北見線が運行されていた。1962年(昭和37年)に北見バスとの相互乗り入れで運行を開始したが、北見バス運行便は1990年代半ばに遠軽で系統を分割し普通便に振り替えとなった。北紋バス便は2001年(平成13年)に3往復に増便したが、2005年(平成17年)10月1日より再度1往復に減便となり、2009年(平成21年)3月31日限りで廃止され、遠軽線に振り替えられている。遠軽線は2005年(平成17年)10月1日より北海道道873号経由に一本化されたが、北見線は路線廃止まで国道238号経由で運行されていた。

定期観光バス[編集]

定期観光バスは冬期流氷観光期に運行される。

紋別市内を周遊する「ガリヤ号」を運行。紋別バスターミナルから流氷科学センターや海洋交流館(ガリンコ号乗り場)を経てオホーツク流氷公園とを結ぶ。

1988年(昭和63年)2月1日より網走バスと共同で「オホーツク流氷ロードバス・しんきろう号」(紋別 - 網走 - 女満別空港)を運行[10]。現在は「ひがし北海道エクスプレスバス」として他社便と一体に取り扱われ、北紋バスは紋別発着便を担当する。

宗谷バスと共同で「ポールスター号」(紋別 - 枝幸 - 稚内)の運行も行っていたが、2006年(平成18年)以降設定されていない。

主な休廃止路線[編集]

名寄線
(遠軽 - 紋別 - )興部 - 西興部 - 下川 - 名寄

名寄本線廃止後、全線直通する遠軽 - 名寄(南3条西6丁目から後に市立病院前へ延長)の快速便と、出入庫運用として紋別 - 名寄間の快速便、遠軽 - 湧別 - 興部間(前後の出入庫運用は紋別 - 遠軽線)の普通便を運行していたが、現在は廃止されて興部以西は名士バスが単独で運行。ただし、名寄本線バス代行引受事業者間共通乗車制度により興部 - 名寄間の名士バス便では、現在でも当社発行の回数乗車券が使用できる。

立牛線
(南高前 - )上渚滑 - 10線 - 中立牛
豊畑線
(興部 - )豊野 - 豊畑
朝日線
(興部 - )秋里 - 朝日会館
  • 興部町営バスが代替。
西滝線
  • 西興部 - 中藻 - 上藻 - 19号 - 奥札久留 - 札久留 - 滝上

宗谷バス引き継ぎ路線。1963年(昭和38年)に運行開始した興部 - 西興部間と合わせて、紋別 - 興部 - 西興部 - 滝上 - 紋別間の循環線も運行した。循環線は興部 - 西興部間廃止により1970年(昭和45年)5月14日、西滝線は1971年(昭和46年)4月12日に廃止され、西興部 - 19号を西興部村営バスが代替、滝上町域の一部は札久留線で代替。

拓雄線
滝上営業所 - 滝上 - 濁川 - 12線 - 25線
若佐線
中湧別 - 芭露 - 計呂地駅前 - 19号線 - 若佐

湧別町から1957年(昭和32年)に引き継いだ路線。北見バスへ譲渡後1969年(昭和44年)に廃止となり、湧別町域内のみ町営バスが代替する。

東芭露線
中湧別 - 芭露 - 上芭露 - 東芭露

湧別町から1957年(昭和32年)に引き継いだ路線。北見バスへ譲渡後1970年(昭和45年)に廃止、湧別町営バスが代替する。

貸切バス[編集]

貸切バス事業は北見釧路帯広の各運輸支局管内および札幌市千歳市での発着が認められており[11]道東地区事業者10社で組織する東北海道貸切バス事業協同組合 (BUS CENTER)に加盟する。

車両[編集]

試験導入されたノンステップバス

三菱ふそう製が多い。紋別市内循環バスには実証実験時に紋別市がいすゞジャーニーJを導入。自社導入車両の一部も塗装が合わせられている。

一般路線バスは自社カラーで東急マークは外されている。都市間バスは東急マーキュリーカラーで運行されていたが、現在は主に青色ベースの独自カラー車で運行され、オホーツクタワーとガリンコ号ラッピングバスや北海道北見バスから中古導入した3列シート車がある。車両は27台保有し、このうちノンステップバスワンステップバスといった国土交通省基準適合車両数は15台、率にして55.56 %となる[12]2005年(平成17年)に試験的にノンステップバス3台を導入したが、車内に段差が多く使い勝手が良くないとの判断から、以後の車両更新ではワンステップバスを導入している[13]

貸切バスは14台保有[11]。スーパーハイデッカー車は都市間バス車両と同じ青色独自カラーと前事業者のカラーをそのまま流用した車両、ハイデッカー車両はBUS CENTERカラー、青色独自カラー、東急マーキュリーカラーとなる。紋別市が保有するバスの運行管理を受託している。

その他の事業[編集]

2010年(平成22年)3月15日より元紋別簡易郵便局の営業を行う。郵便窓口業務再委託業者、加えて同年4月1日よりゆうちょ銀行代理業者を受託し、2007年(平成19年)4月より閉鎖されていた簡易郵便局を本社内に移転させた上で再開している[14]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 北紋バス公式ホームページでは、路線認可を受けた9月27日を設立日としている。
  2. ^ 北見バス(現在の北海道北見バス)より営業権譲渡を受ける。
  3. ^ a b 既存路線の拡充。
  4. ^ 既存路線の拡充と興部 - 名寄間の新設。
  5. ^ 札幌線運行開始時は、バス事業をジェイ・アール北海道バスに分社する前のJR北海道直営。
  6. ^ 高速流氷もんべつ号は各社1往復担当。特急オホーツク号は全便道北バスが担当。
  7. ^ 紋別市史編纂委員会編『新修紋別市史』 p777
  8. ^ 循環バス4月から本格運行へ〜収支黒字化で決定”. 北海民友新聞 (2011年3月5日). 2012年9月8日閲覧。
  9. ^ 空港連絡バス運行表及び料金表”. 紋別市 (2011年4月27日). 2012年9月8日閲覧。
  10. ^ 網走バス50周年記念誌実行委員会『網走バス50周年記念誌』 p20
  11. ^ a b 貸切バス会社一覧 (PDF)”. 北海道バス協会. 2012年9月8日閲覧。
  12. ^ 全国乗合バス事業者の基準適合車両導入状況 (PDF)”. 国土交通省. 2012年9月8日閲覧。
  13. ^ 北海道新聞 2010年11月18日朝刊オホーツク版 p23オホーツク面「ノンステップバス VS ワンステップバス 快適さどちらに?」
  14. ^ 落石と元紋別、簡易郵便局2局が再開”. 北海民友新聞 (2010年4月3日). 2012年9月8日閲覧。

参考文献[編集]

  • 西興部村史編纂委員会『西興部村史』(1977年)
  • 湧別町史編纂委員会『湧別町百年史』(1982年)
  • 紋別市史編纂委員会『新紋別市史』(1983年)
  • 興部町史編纂委員会『興部町百年史』(1993年)
  • 芭露開基100年記念誌編集委員会『芭露百年のあゆみ』(1997年)
  • 紋別市史編纂委員会『新修紋別市史』(2008年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]