高橋名人

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高橋 利幸
たかはし としゆき
生誕 1959年5月23日(50歳)
日本 北海道札幌市
職業 株式会社ハドソン社員
ゲーム名人
  

高橋名人(たかはしめいじん、本名:高橋利幸〔たかはし としゆき〕、1959年5月23日 - )は、 日本国内で一世を風靡したファミコン名人の先駆けとして1985年 - 1990年頃にかけて活躍。現在もハドソン社員であり、「名人」としての役職で様々な活動を行っている。北海道札幌市出身。

目次

[編集] 人物・来歴

[編集] 名人以前

札幌市立琴似小学校(この小学校は高橋をモデルにしたマンガにもよく登場した)出身。琴似中学校を経て、高校時代に陸上部に入部したが、トレーニングのジョギング中に山で野生化してしまい、一日で退部となったらしい。北海道自動車短期大学中退後、スーパーマーケット札幌フードセンター)勤務を経て、有限会社ハドソン(当時)に入社。

[編集] 名人時代

名人に抜擢された理由は、社長曰く「ハドソンの広告塔として」「名人ってというのは、ほら、将棋の名人みたいなやつだから」「一番スター的な顔の高橋君にやってもらう」との事だったが、高橋自身は初めてステージに出てくるまでは「そんなの出来ないっすよ」と、泣いていたという。

特技としてゲーム機のコントローラのボタンを1秒間に16回押すという16連射があり、日本で初めて『チャンピオンシップロードランナー』を全面クリアした実績を持つ。当時のファミリーコンピュータに夢中になっていた子供たちからの人気は高く、1986年にはライバルである毛利名人との対決を描いた映画『GAME KING 高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』に主演。「月刊コロコロコミック」には『高橋名人物語』という漫画河合一慶作)も連載された。主人公キャラとなった『高橋名人の冒険島』というゲームも発売された(ゲームキャラクターとしての高橋名人を参照)。

歌が上手いことで知られ、1986年に「Runner」で歌手デビューも果たしている。2002年以降、高橋名人が出演するライブイベント「高橋名人のBugってナイト」が何度か開催されている。また、2005年10月14日にはNHKテレビポップジャム』に「project430 meets 高橋名人」として出演した。

ほか、1986年11月1日にはTBSテレビクイズ番組クイズダービー』にも5枠でゲスト出演した。

[編集] 高橋名人物語

河合一慶による、高橋名人の半生を描いた漫画。「月刊コロコロコミック」に連載された。彼の家族・兄弟や、母校である札幌市の母校の小学校での伝説や、少年時代の高橋の武勇伝などがギャグを交えて描かれている。

  • 名人がタイムスリップして戦国時代にワープ、服部半蔵に忍術や「サッポロ取り」(大便をぶつけて対象を捕獲)を教えた。
  • 小学校時代の校長が『水戸黄門』のごとく印籠ならぬ手帳を手に「わしが校長であーる!!」とやっている。
  • 高橋の通っていた小学校で起きた「UFO事件」(その後、高橋らの卒業の年に学校に記念として鳥小屋を贈った)。
  • 中学校時代では陸上部に入部したものの、砲丸投で力が入りすぎて校舎に命中してしまい、校舎が全壊、野外授業になった。
  • 不死鳥の血をめぐって悪党と対決する。
  • にらめっこの時、目と鼻を口に吸い込む「顔面ケツの穴」を披露した。
  • 幽霊を北海道から追い出し、その後、幽霊たちは恐山に住むようになった。
  • 生まれて来る時、へその緒で首が絞まって呼吸困難に陥ったが、自力で引きちぎって産声を上げた。
  • トカゲソ(トカゲのしっぽ)を食べると筋肉隆々になり一時的にパワーアップする。
  • ゴキブリと意思疎通ができ、幻の料理「ブリバーグ」を伝授される。

本作品はあくまで高橋名人をモデルにして面白おかしく話を膨らませたフィクションであるが、本気にする子供も多かった。特に「サッポロ取り」は後の著書『ファミコン戦士に告ぐ 名人はキミだ!』(祥伝社)にて「オレの名誉のために、ここで訂正しておく」と、フィクションであることを記している。へその緒を引きちぎったのはフィクションだが、首に巻きついていたのは実話。

なお、同時期に同誌に連載された『熱血!ファミコン少年団』ではこのマンガとは対照的に至って真面目なキャラクターとして描かれている。

[編集] 16連打

16連打とは、毎秒16回の速さでボタンなどを押すこと。高橋名人の特技として、1980年代半ばにファミコン少年の間で話題となった。

ハドソン(高橋名人は同社の社員)が連射速度測定玩具『シュウォッチ』を発売したり、同社のゲーム『迷宮組曲』に連射速度測定機能が搭載されるなど、一種の連打ブームが起こった。夏休みのイベントとして行われたシューティングキャラバンでは、『スターソルジャー』を基に連打回数の測定のみを目的としたソフトも登場した(但し展示のみであり、市販はされていない)。

高橋名人が登場する映画『GAME KING 高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』では、16連打でスイカを割るシーンが登場するが、製作側が試行錯誤をこらしてやったトリック(『16SHOT RADIO』での名人本人の言葉)であるとのこと。

本人によると現在は体力の衰えもあり、13連打が限度との事である。また、全盛期でも短い時間だけ16連打ができただけであり、プレイ中常に16連打を継続していたわけではない。なお、全盛期に『シュウォッチ』でスコア170以上(17連打/秒以上)の記録を出した事がある。当初から瞬間速度では16連打以上も可能だったが、語呂の良さや仕事柄16進数に親しみがあったなどの理由から16連打ということにした、と後に語っている。

2005年12月8日テレビ朝日の深夜番組『やぐちひとり』に出演した際に、連打の速度を計ってみたところ12連打/秒であった。その後「あぁ…全然駄目だ恥ずかしい」との発言を残している。のちの2006年8月Podcastによるインターネットラジオ内で行った10秒間の連打数計測では、1回目が127回、2回目は125回(12.5 - 12.7連打/秒)の記録であった。また、2008年3月28日Wiiウェアで配信された『スターソルジャーR』の記念イベントで連打に挑戦し、12.3連打/秒を記録している。

尚、現在メディアに露出する際に「16連射」と紹介されるが、これは現在は「連射」と言う呼び名が一般的なためだと推測される。

[編集] 「ゲームは1日1時間」

ファミコンブームの1985年 - 1987年頃、勉強でも何でもやりすぎは良くない、ゲームにだけ夢中にならず、いろいろなことを経験しようという意味を込めて高橋名人が放っていたメッセージ。このメッセージが最初に放たれたのは1985年7月26日、福岡のダイエー香椎店にて行われたゲーム大会「ゲームキャラバン」で、高橋名人がアドリブで放った言葉である。

その直後、「ゲーム会社の人間がゲームをするなとは何事か」とハドソンで役員会が開かれるほどの物議を醸したが、下記のように会社の標語として推進していくことで解決している[1]

それ以後、ハドソン製ゲームソフトのマニュアルや、「コロコロコミック」などでもこのメッセージが掲載されていたが、ロールプレイングゲームなどプレイ時間が長時間になるゲームが流行してきたこともあり、次第に使われなくなった。

なお、メッセージはテレビゲーム文化がすぐに飽きられ一時的な流行で終わってしまうこと(当時のゲーム機の記憶容量の関係上、1日に何時間も遊ばれるとすぐに終わってしまうゲームが多かった為)への危惧から出たものだったことを、ハドソンデジタルエクスプレスのインタビューで明かしている。 また、近年、名人主催のトークイベントにおいて「子供って長時間ゲームやるべ? そうすると親が怒って次のゲームを買って貰えなくなるべ? だけど1時間とか時間を決めてプレイすれば親も怒らないっしょ?(笑)」と、ゲームメーカー側としての戦略でもあったかのような事を話す姿が見受けられる。

他に以下のようなメッセージを発表している。

  • ゲームは1日1時間
  • 外で遊ぼう元気良く
  • 僕らの仕事はもちろん勉強
  • 成績上がればゲームも楽しい
  • 僕らは未来の社会人!

あくまで子供向けの標語であり、自己管理の出来る大人に関しては何時間ゲームしていても自己責任であるという見解である。

[編集] 高橋名人逮捕説

高橋名人の人気絶頂期であった1986年から1987年頃、子供達を中心に「高橋名人がゲームのコントローラーのボタンにバネを仕込んで連射速度をごまかし、警察に逮捕された」といった類の都市伝説)が流れた。

当時高橋名人は警視庁の依頼を受けて牛込警察署一日署長を務めたことがあった。それが子供達を中心に誤った内容で伝聞され(「警察署長をした」→「警察に行った」→「捕まった」)、「高橋名人逮捕」という情報になり、日本の広範囲に広まったといわれている。他にも「捕まった理由は脱税」、「非合法なクスリで手首を痙攣させていたのが逮捕の理由」、「そのクスリのせいで死んだ」などのバリエーションもあったといわれる。「月刊コロコロコミック」連載の『ファミコン少年団』(さいとうはるお)では、この伝説をモチーフとした話も描かれた。 尚、この噂は21日で日本中に広まった、とラジオにて語っている。

この噂が巡り巡って名人本人の耳に入った時、「そりゃいいや」と思って実際にコントローラのボタンにバネを仕込んでみたが、バネの厚みでボタンが押せなくなった、と後に述懐している。

[編集] ファミコンブーム後

ファミコンブームの終焉に伴い、全盛期に比べるとメディアへの露出は減ったが、高橋名人は現在もハドソンの社員である。

1998年夏から2000年頃まではハドソンの100%子会社「未来蜂歌留多商会」へ部長として出向しトレーディングカード制作に従事。その後ハドソン大阪営業所に勤務するが、ハドソンがコナミの子会社になって自社流通事業から撤退したのを機に東京へと舞い戻った。2007年8月現在の所属部署はコンシューマコンテンツ事業本部宣伝部である。同部の部長だったが、2006年11月1日付けの人事発令により、社内での正式な役職名も「名人」となった[1]

東京ゲームショウのハドソンブースにプレゼンターとして毎年出演しているなど、各種のプロモーション活動を行っている。また、ゲーム関係の雑誌などには頻繁にメッセージやコラム、インタビューが掲載されている。

全盛期のモサッとした髪型から総髪を後ろで束ねた髪型を経て、スキンヘッドの姿となっている。

ファミコン生誕20周年などでレトロゲームが注目されるようになった2003年ごろから、『ゲームセンターCX』へのゲスト出演など、メディアで再び取りざたされるようになった。地上波TV番組復帰は2003年の12月24日であった。なお、その際上記の髪型変化を見たパーソナリティの有野晋哉は「名人だったのが仙人みたいになってる」とコメントしている。

その他のファンとの交流として、mixiSNS)の活動が挙げられ、

  • 日記を登録者以外が読めるように別の場所にもアップロードしている。
  • マイミクシィ(相互リンクのようなもの)が1,000人しか設定出来ないので、順番待ち専用のコミュニティ(BBS)を設定している(2008年9月、mixi公認となり1000人以上も可能となった[2])。
  • 仕事で地方に行く時は場所と日時を公表し、ファンと直接会える時間を作っている。

など、現在も当時のファンへの対応を非常に大事にしている。

[編集] 街頭インタビュー

2006年9月6日朝、銀座数寄屋橋付近(出勤のため、有楽町駅から築地のハドソンへ向かう途中であった)の街頭で、秋篠宮妃紀子の出産についてテレビ東京から街頭インタビューを受け、11時6分頃、その模様が同局の番組『NEWS MARKET 11』内で放映された。これは「喜びに沸く街の声」としての扱いであり、全くの偶然の出来事であった。かつてテレビ東京に多く出演していたのにも関わらず、テレビ東京のスタッフは全く気づいていなかった様子である。また同日の『速ホゥ!』でもこの映像は使用された。

放映前の時点で、既に本人のブログにインタビューを受けたことが書かれており、「そっくりさん」ではなかったことが初めから証明されていたため、このインタビューの放映直後から、2ちゃんねるやブログなどのインターネットコミュニティ上では爆発的な話題となった。また、放送されていたインタビュー画面を取り込んだ画像や動画が第三者により公開され、そこから飛び火してハドソン本社に問い合わせや「インタビューを受けたことに関しての取材」の申し込みが殺到したり、「東京スポーツ」の記事として取り上げられたりするほどであった。

なお、この日は大阪で商談があったため、私服である普段とは違い、偶然にもスーツ姿で出勤していた。私服ではインタビューされなかった可能性もあるため、いくつかの偶然が重なった結果の出来事といえよう。

[編集] その他

かつては『ズームイン!!朝!』の放送中、日本テレビマイスタジオにいつも並んでいたという。

好物は激辛料理。普通の人では食べられないほどの激辛カレーも平気で食べることができる。

が大好き。しかし居住するマンションはペット禁止のため、飼えずにいる。

オーディオが趣味。オートバイのツーリングも趣味の一つであるが、一時期会社から乗らない様に言われていた事があったと、ミスターバイク誌のインタビューで答えている。現在の愛車はホンダゴールドウイング1800。かつては、オーディオを装着した逆輸入車のパンヨーロピアンに乗っていたが、ゴールドウィングには純正のオーディオが付いているため乗り換えた。

高橋名人の冒険島シリーズ』でも出てくるくらいなすは苦手だが、正確にはなすの触感が苦手なだけであって、食べることはできる。ゲーム中でキャラがなすをとるとダメージを受ける場面が出てくるが、当時ゲームをしている子供の親から「子供がナスを食べなくなった」と苦情が来た事がある。

[編集] 音楽作品

[編集] シングル(メジャー)

RUNNER B面:FIGHTER
1986年4月18日に発売されたデビュー曲。アニメ映画『RUNNING BOY-スターソルジャーの秘密-』主題歌と挿入歌。
スターソルジャーのテーマ B面:青春惑星
1986年7月発売。『RUNNING BOY-スターソルジャーの秘密-』挿入歌とエンディング。
ホの字のゲーム B面:高橋名人のシンクロナイズド冒険島
Fun Houseに移籍。それに伴いアーティスト表記を「高橋名人」から「高橋利幸(高橋名人)」に変更。
1986年9月発売。『高橋名人の冒険島』主題歌。
愛はメリーゴーランド B面:Bugってハニー
1986年11月発売。アニメ『Bugってハニー』の初代エンディングとオープニング。
A面は「高橋利幸&はるな友香」名義。A面・B面共に小林亜星作曲。
友だちよ B面:青春惑星
1987年発売。映画『はっちゃき先生の東京ゲーム』主題歌。
グレートキャラバン'87
1987年9月5日発売。ゲーム『ヘクター'87』のキャンペーンソング。
B面は荘真由美歌唱の「私と踊ってくれませんか」(アニメ『Bugってハニー』の2代目エンディング)。

[編集] アルバム

RUNNING BOY スターソルジャーの秘密
1986年7月発売。
Bugってハニー
1986年12月発売。
高橋名人ソングコレクション〜16連射 20TH ANNIVERSARY〜
初のベストアルバム。2005年10月5日発売。

[編集] 他アーチストとのコラボ

ハートに16連射
高橋名人としては13年ぶりに発表された新曲。2001年発表。「宇宙ヤングwith高橋名人」名義。
ファミってオールナイト!〜黄金の指伝説〜
2003年発表。ファミコン生誕20周年記念公式ソング。「宇宙ヤングwith高橋名人」名義。
ロッケンロール・ランデブー featuring 高橋名人
2005年発売のYMCKのセカンドアルバム『ファミリーレーシング』収録曲へのゲスト参加

[編集] 出演

[編集] テレビ番組

[編集] レギュラー出演

[編集] ゲスト出演

[編集] 写真のみ出演他

  • 速ホゥ!(テレビ東京、2006年9月6日)-前述したように、テレビ東京の取材スタッフに一般人と間違えられる。
  • ラジかるッ(日本テレビ、2006年9月7日)-上記のテレビ東京の映像写真を、翌日になって「高橋名人が一般人としてインタビューされた」というニュースとして放送。
  • やりすぎコージー(テレビ東京、2007年10月20日(21日))-Wiiソフトの『めざせ釣りマスター』の告知でケンドーコバヤシが「高橋名人は宇宙人である」という都市伝説を言っていた際、本人の写真を使う。

[編集] 映画

GAME KING 高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦
毛利名人と対決。「東京国際ファンタスティック映画祭2003」でも上映。高橋名人の舞台挨拶、トークショーも開催された。会場は「万雷の拍手」であったと言われている。
はっちゃき先生の東京ゲーム
内容は北海道ニセコの分校を舞台にした心温まるストーリーである。ヒロインはデビューして間もない、まだ無名の女優であった鈴木保奈美であったことはあまり知られていない。

[編集] CM

[編集] 書籍

[編集] ゲームキャラクターとしての高橋名人

ゲーム『高橋名人の冒険島』シリーズでは、彼をモデルにした同名の原人姿のキャラクターが登場する。果物で体力回復し、ミルクで体力全回復する。しかし、本人も果物は好きであるが、ミルクはお腹を壊してしまうため飲めないそうである。ちなみに、パワーダウンアイテムに設定されているナスは平気で食べられるとのこと(「こすり合わせたときの音が嫌い」と言われる)。この原人姿の高橋名人が、テレビアニメBugってハニー』登場の高橋原人のモデルにもなった。後に、『サターンボンバーマン』や『ドリームミックスTV ワールドファイターズ』(声は高橋本人である)など、ハドソンの他のゲームへも登場した。また、『デゼニワールド』の主人公・デゼニマンも高橋名人がモデルである。

なお、『高橋名人の冒険島』はもともと別キャラクターが主人公となる予定だった(もともとはセガアーケードゲームワンダーボーイ』をそのまま移植していた)が、ハドソン副社長の「名人を主人公にしたほうが面白い」という一言で開発中のゲームの主人公キャラクターを高橋名人にすりかえられることになったため、本人の特徴とは必ずしも一致しない設定となった。アメリカでは、キャラクターの高橋名人(原人)は「Master Higgins」(マスター・ヒギンズ)という名前に変更されている。

[編集] 関係する人物

  • はるな友香 - 1986年に行われた「高橋名人の妹コンテスト」でグランプリに輝き、芸能界デビュー。高橋とともにレコーディングやテレビ番組出演、イベント出演を精力的にこなした。現在、うちやえゆか名義で歌手として活動中。
  • 桜田名人 - 1986年『高橋塾』の第1期生から合格、新たに誕生したファミコン名人
  • 川田名人 - 桜田と同様に、高橋塾第1期生から誕生した名人。『Bugってハニー』のカワダチューのモデルにもなった。
  • 毛利名人 - 高橋名人と同時期に活躍、ライバルとして映画『GAME KING』でも対決した。
  • 橋本名人 - 高橋名人と同時期に活躍。赤い縁のメガネが特徴的。現在はスクウェア・エニックス所属。
  • 井上明子 - テレビ『高橋名人の面白ランド』でパートナーを務めた。
  • 田中秀幸 - アニメ映画『RUNNING BOY』(「GAME KING〜」と同時上映)で高橋名人の声を務めた声優
  • 悠仁親王 - 誕生したときにテレビ東京より街頭インタビューを受けた。ネット上で話題になり、「東京スポーツでも記事になる。
  • 遠藤雅伸 - 同い年ということもあって親交が深い。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ハドソンの高橋名人、役職も正式に“名人”に就任(IT media) - 名刺の画像が見られる。
  2. ^高橋名人公式ブログ」 2008年9月2日。
  3. ^ 番組のマスコットキャラクター「わくちん」(の着ぐるみ、中の人はアナウンサー横井健一)とWiiで対決し、名人は2連敗してしまった。その後札幌のスタジオに登場しFC「忍者ハットリくん」の裏技を披露した。
  4. ^ 「アグレッシブであいましょう」という憧れの人と対面する企画で小坊師秀暁あかぼし☆こぼし)が会いに行った。

[編集] 外部リンク

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