サウンド・オブ・サイレンス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
サウンド・オブ・サイレンス
サイモン&ガーファンクルシングル
収録アルバム サウンド・オブ・サイレンス
B面 はりきってゆこう
ミセス・ロビンソン(日本盤、1968年)
リリース 1965年9月アメリカ合衆国の旗
1966年6月15日(日本コロムビア)
1968年8月21日(CBS・ソニーレコード)
録音 1964年3月10日
1965年6月15日(オーバーダビング)
レーベル コロムビア・レコード
CBS/日本コロムビア
(1966年日本盤)
CBS・ソニー
(1968年日本盤)
作詞・作曲 ポール・サイモン
プロデュース トム・ウィルソン
チャート最高順位
サイモン&ガーファンクル シングル 年表
サウンド・オブ・サイレンス
(1965年)
早く家へ帰りたい
(1966年)
テンプレートを表示

サウンド・オブ・サイレンス」(The Sound of Silence)は1965年に発売されたサイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)のシングルである。ビルボード(Billboard)誌では、1966年1月1日に週間ランキング第1位を獲得。ビルボード誌1966年年間ランキングは第25位。アメリカ映画卒業』の挿入曲として知られる。2004年に『ローリング・ストーン(Rolling Stone)』誌が選んだ「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500」では156位となった。

解説[編集]

元々は1964年のサイモン&ガーファンクルのデビュー・アルバム『水曜の朝、午前3時』に収録されていた一曲で、伴奏はアコースティック・ギターのみだった。1965年6月、同アルバムを手掛けたコロムビア・レコードのプロデューサー、トム・ウィルソンが、その時に着手していたボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」のレコーディングのために集合していたミュージシャンを使い、エレクトリック・セクションを録音。サイモンとガーファンクルに何の断りも無く新たにオーヴァーダブを施した上でこの曲をシングルとして発売し、翌年初頭に全米ヒットチャートの1位に輝いた。その後、一度はビートルズ恋を抱きしめよう」に首位を奪われるが、3週間後には再び1位に達した。

本作の成功を受けて、ポール・サイモンは滞在先のロンドンからアメリカに戻り、サイモン&ガーファンクルとしての活動を再開させて、本シングル・ヴァージョンを含むアルバム『サウンド・オブ・サイレンス』(1966年)を発表。その後、映画『卒業』のサウンドトラック・アルバム『卒業-オリジナル・サウンドトラック』(1968年)にも再収録された。

日本では、1966年6月に日本コロムビアCBSレーベル)から発売されたのが最初。「孤独な世界」という日本語タイトルも検討され、『ミュージック・ライフ』誌の1966年3月号でも同タイトルで紹介されたが、最終的に原題の片仮名表記で発売された[1]。『卒業』公開に際し、1968年の6月に日本コロムビアから再発売されたが、B面は、当時本国アメリカでシングル・ヒットしていた「ミセス・ロビンソン」に差し替えられた。間もなく、サイモン&ガーファンクルの作品の日本での発売権が、新しく設立されたCBS・ソニーレコード(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ))に移り、同社の第1回新譜(レコード番号SONG 80002。ちなみにSONG 80001はアンディ・ウィリアムスの『スカボロー・フェア』である)として8月に再々発売された。オリコン・シングルチャートでは1位~10位のすべてにランクされるという記録を達成した。なお、1975年には細川たかし心のこり」も記録している。

記録達成への道[編集]

  • シングルチャートの6位に初登場。8位→5位→4位→2位にランクされ、9週目に1位を獲得する。その後は3位→7位→10位→9位にもランクされ、1位~10位のすべてにランクされるというオリコン初の記録が生まれた。

カバー[編集]

  • 山口勝平 (1998. アルバム「サウンド・オブ・サイレンス」収録。日本語カバー)
  • クミコ (2012. アルバム「アロング・ザ・ソングス〜この歌と歩いてきた〜」収録。日本語カバー)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『文藝別冊 [総特集] サイモン&ガーファンクル』(河出書房新社、2003年、ISBN 4-309-97650-6)p.83-84
先代:
デイヴ・クラーク・ファイヴ「オーバー・アンド・オーバー」
Billboard Hot 100 ナンバーワンシングル
1966年1月1日
1966年1月22日
次代:
ビートルズ恋を抱きしめよう