デイヴ・クラーク・ファイヴ
| デイヴ・クラーク・ファイヴ Dave Clark Five |
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ポップ・ロック、ビート・ミュージック |
| 活動期間 | 1959年 - 1970年 |
| 旧メンバー | |
| デイヴ・クラーク マイク・スミス レニー・デビッドソン リック・ハクスリー デニス・ペイトン |
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デイヴ・クラーク・ファイヴ(The Dave Clark Five)は、イギリスのバンド。1960年代にブリティッシュ・インヴェイジョン勢力のバンドとして活躍した。DC5と略される。
[編集] 略歴
ドラマーのデイヴ・クラークを中心にロンドン北部の下町トッテナムで1962年に結成し、1963年デビュー。「グラッド・オール・オーバー」のナンバーワンヒットで脚光を浴び、ビートルズの好敵手と目されるようになる。その後も代表曲となる「ビコーズ」などがヒット。同年のアメリカ進出も大成功し、一躍スターとなった。1964年から1967年夏までは本国よりもアメリカでの人気が高く「オーバー・アンド・オーバー」が1965年に全米ナンバーワンとなる(唯一の全米ナンバーワン)。1966年、ビートルズ来日以前に日本公演の話が出るも、デイヴ・クラーク側がアメリカ並のギャラを提示したため、日本側は収益が見込めない事を理由に決裂している。1967年夏、アメリカで「青空の恋」がトップ10に入っている頃に最後の全米ツアーを行い大盛況を博す。なお英本国では「エブリバディ・ノウズ」(邦題:青空が知っている、1965年のEverybody Knowsとは同名異曲)が全英2位を記録しており、活動の中心がアメリカから本国へ移っていることがわかる、以後は1970年夏の解散まで英本国のみのTOP10ヒットを放ち続けた。また、前半はオリジナル曲中心だったが、後半は他人の曲を多くヒットさせている。 ビートルズに続いてカーネギーホールでの公演を大成功させる(後にローリング・ストーンズが公演を行うも、あまりのステージマナーの悪さにより、以後ポピュラー音楽の使用はシャットアウトされるに至った)。 バンドはテナーサックス、オルガンをフィーチャーした肉厚なサウンドスタイル(当時の日本では、ビートルズでさえ騒々しい音楽と揶揄されていた、重厚なサウンドであるDC5に対しては理解が乏し過ぎ高い支持が得られず終いだった)で他のバンドとの差別化を図り、観客の度肝を抜かせたその音はリバプールサウンドに対抗してトッテナム・サウンドとも呼ばれた。(テナーサックス兼リズムギター担当のデニス・ペイトンは2006年12月17日に逝去、リードボーカル/オルガン/ピアノ担当のマイク・スミスは2008年2月29日に64歳で亡くなる)