リーガ・エスパニョーラ
| リーガ・エスパニョーラ | |
|---|---|
| 分類 | サッカー |
| 開始年 | 1929年 |
| 参加チーム | 20 |
| 加盟国 | |
| 前回優勝チーム | FCバルセロナ |
リーガ・エスパニョーラ (Liga Española) は、プリメーラ・ディビシオン、セグンダ・ディビシオンからなるスペインのプロサッカーリーグである。スペインではラ・リーガ (La Liga) と呼ばれる。2008年6月5日ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行 (Banco Bilbao Vizcaya Argentaria, BBVA) と2008-09シーズンから3年6千万ユーロでスポンサー契約を結び、プリメーラ・ディビシオン(プリメーラ)をリーガ BBVA (Liga BBVA) 、セグンダ・ディビシオン(セグンダ)をリーガ・アデランテ (Liga Adelante) と呼称する。2010年10月7日、2013年まで契約を更新した。
セグンダ・ディビシオンまではプロリーグ (LFP) が統括し、その下にセグンダ・ディビシオンB(セグンダB)、テルセーラ・ディビシオン(テルセーラ)というアマチュアリーグが位置する。
一般にリーガ・エスパニョーラと言うとプリメーラ・ディビシオンのことを指すことが多い。
目次 |
[編集] 歴史
1872年にイベリア半島南西部にある地中海岸の町、ウエルバにフットボールが伝えられ、それから17年を経た1889年、国内初のサッカークラブレクレアティーボ・ウエルバが誕生。これを機にマドリード、バルセロナなどの大都市にも次々にクラブが生まれ、スペインサッカーの礎を築くことになった。
1920年のアントワープオリンピックをきっかけに国内に一大ブームが巻き起こったのを受けてプロリーグが誕生したのが1928年。
その後、内戦により1936-37シーズンから1938-39シーズンの3シーズンは中断した。更にフランコ独裁政治への世界中からの批判のあおりを受け、長い間、孤立を余儀なくされたが、1960年代頃から欧州において目覚しい実績を挙げ、現在では UEFAランキングで2位であり、世界最高峰のリーグとして存在している。
1976-77シーズンまではプリメーラ、セグンダ、テルセーラ、レヒオナルの構成だったが、1977-78シーズンからテルセーラとレヒオナルが改編され、新たにセグンダB、テルセーラ、レヒオナルになった。
[編集] 特徴
- スペインのサッカーは、イングランドの「キック・アンド・ラッシュ」、イタリアの「カテナッチョ」のようにこれといったスタイルは持っていない。サッカースタイルが地域間で異なるのが要因であるが、全般的にはフィジカルよりもテクニック、守備よりも攻撃を重視する傾向にある。
- FCバルセロナを筆頭に他国リーグと比べ、単に勝つだけでなく観ていて面白い内容のサッカーをすることを求められる傾向が強い(クライフ監督時代のドリームチームの影響が強いと思われる)。このため、レアル・マドリードのファビオ・カペッロ監督は、2回(異なる時期)のリーグ優勝を果たしたにもかかわらずその試合内容があまりにもつまらないとされ、サポーターから激しい批判を浴び、2度解任されるという事態が起こった。同様にバルセロナでも、ルイス・ファン・ハール監督は優勝したにもかかわらず、カタルーニャ人を使わずオランダ人を多く使い、サッカーも単調な内容だったことで地元ファンからは嫌われていた。
- 各クラブが地域と非常に密着している。その最たるものはバスク地方の名門アスレティック・ビルバオで、このクラブは地元バスク人のみで構成されている。また、自然と各試合は街を挙げた対抗戦となるので、ワールドカップ並の注目を集めるエル・クラシコや世界一激しいことで有名なアンダルシアダービー(レアル・ベティス対セビージャFC)など大きなダービーマッチも多い。またバスク地方の人々の結束力の強さ故に、バスクダービー(アスレティック・ビルバオ対レアル・ソシエダ)の試合は互いのサポーターが肩を組んで応援するという珍しい光景を見ることが出来る。
- 前述のように各クラブと地域が密着していることにも起因して、カンテラと呼ばれる下部組織のユースチームが非常に発達しており、ここから数多くの名選手が輩出されている。代表的なクラブはレアル・マドリード、FCバルセロナ、セビージャFC、アスレティック・ビルバオ、CAオサスナなど。
- スペイン経済の不況が進み、金銭面のチーム格差が顕著になってきたことでレアル・マドリードとバルセロナの2強化が目立っている。
[編集] 構造
- プリメーラ・ディビシオン (1部リーグ)
- 20チーム
- 下位3チームは自動的にセグンダ・ディビシオンへ降格
- セグンダ・ディビシオン (2部リーグ)
- 22チーム
- 上位3チームは自動的にプリメーラ・ディビシオンへ昇格だったが、2010-11シーズンから上位2チームが自動昇格で3~6位チームがホームアンドアウェイのトーナメント方式によるプレーオフを行い勝ったチームが昇格に変更された。なお、同組織の下部クラブは上位クラブと同じディビシオンに属せないため昇格できない。また、3~6位に位置してもプレーオフに参加できない。2010-11シーズンはFCバルセロナBが3位でシーズンを終えたが、これにより4~7位のチームでプレーオフが行われた。
- 下位4チームは自動的にセグンダ・ディビシオンBへ降格
- セグンダ・ディビシオンB (2部リーグB)
- 4グループで各20チーム
- 各グループの上位4チームで新たに4チーム4グループでのプレーオフを行い、各グループで1位になった4チームがセグンダ・ディビシオンへ昇格
- 各グループ下位4チームの計16チームが自動的にテルセーラ・ディビシオンへ降格
- 各グループ16位の4チームが降格プレーオフを行い2チームが降格
- テルセーラ・ディビシオン (3部リーグ)
- 18グループで各20 - 22チーム
- 各グループの上位4チームがプレイオフへ進出、新たに18グループに振り分け、それぞれを勝ち抜いた18チームがセグンダ・ディビシオンBへ昇格
- 各グループの下位3チームにディビシオネス・レヒオナレス(地域ディビション)への降格の可能性がある。しかし、その数は年によって変わる。
[編集] 備考
- 1999 - 2000シーズンから現行のルールに移行した。
- 同一クラブの下部チーム(Bチーム、Cチーム)もリーグに参加できるが、上部チームより下位のリーグにしか所属できない。
- プリメーラ・ディビシオンではEU外枠の選手は3人までしか登録できない。
[編集] 国内カップ戦
- コパ・デル・レイ
- スーペルコパ・デ・エスパーニャ - 前シーズンの国内リーグ戦優勝チーム対国内カップ戦優勝チームで行われるカップ戦。次シーズンの開幕前に行われる。
- コパ・フェデラシオン - コパ・デル・レイの参加資格がないセグンダB・テルセーラ所属のチーム、またはコパ・デル・レイ1回戦で敗退したセグンダB、テルセーラ、地域リーグ所属チームで争うカップ戦。
- コパ・デ・ラ・リーガ - 1982年から開催され、1986年に終了した。
[編集] 国際大会での主要な戦績
※2010-2011シーズン終了現在
- UEFAチャンピオンズリーグ優勝 13回
- UEFAチャンピオンズリーグ準優勝 9回
- FCバルセロナ (3回,1961,1986,1994)
- レアル・マドリード (3回,1962,1964,1981)
- バレンシアCF (2回,2000,2001)
- アトレティコ・マドリード (1回1974)
- UEFAヨーロッパリーグ優勝(注 : UEFAカップ、フェアーズカップ優勝を含む) 11回
- UEFAヨーロッパリーグ準優勝(注 : UEFAカップ、フェアーズカップ準優勝を含む) 7回
- UEFAカップウィナーズカップ優勝(注 : UEFAカップに統合) 7回
- FCバルセロナ (4回,1979,1982,1989,1997)
- レアル・サラゴサ (1回,1955)
- アトレティコ・マドリード (1回,1962)
- バレンシアCF (1回,1980)
- UEFAカップウィナーズカップ準優勝(注 : UEFAカップに統合) 7回
- アトレティコ・マドリード (2回,1963,1986)
- FCバルセロナ (2回,1969,1991)
- レアル・マドリード (2回,1971,1983)
- RCDマヨルカ (1回,1999)
- UEFAスーパーカップ優勝 7回
- FIFAクラブワールドカップ/インターコンチネンタルカップ優勝 5回
- レアル・マドリード (3回,1960,1998,2002)
- アトレティコ・マドリード (1回,1974)
- FCバルセロナ (1回,2009)
[編集] プリメーラ・ディビシオンでプレーした日本人選手
- 財前宣之 1996.7-1997-6. (CDログロニェス) ※実際には番号を与えられなかったのでプレーすることは不可能だった。またセグンダBに属したBチームでの出場もなかった
- 城彰二 2000.1-2000.7 (レアル・バリャドリード)
- 西澤明訓 2000.12-2001.6 (RCDエスパニョール)
- 大久保嘉人 2005.1-2006.7 (RCDマヨルカ)
- 中村俊輔 2009.6-2010.2 (RCDエスパニョール)
- 家長昭博 2010.12- (RCDマヨルカ)
[編集] セグンダ・ディビシオンでプレーした日本人選手
- 安永聡太郎 1997.7-1998.6 (UEリェイダ、2002.7-2003.6 (ラシン・デ・フェロル)
- 福田健二 2005.12-2008.8 (CDカステリョン、CDヌマンシア、UDラス・パルマス)
- 指宿洋史 2009.1- (ジローナFC)