ラ・マシア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ラ・マシア
La Masía de FC Barcelona.JPG
情報
旧用途 選手寮、住宅、クラブ事務所
管理運営 FCバルセロナ
竣工 1702年
改築 1966年
所在地 スペインの旗 スペイン, バルセロナ
位置 北緯41度22分59秒 東経2度7分23秒 / 北緯41.38306度 東経2.12306度 / 41.38306; 2.12306座標: 北緯41度22分59秒 東経2度7分23秒 / 北緯41.38306度 東経2.12306度 / 41.38306; 2.12306
テンプレートを表示

ラ・マシア・デ・カン・プラネス(La Masia de Can Planes カタルーニャ語発音:ラ・マジーア・ダ・カン・プラーナス)またはラ・マシア(La Masia、カタルーニャ語発音: [ɫə məˈziə] ラ・マジーア[1]は、スペインバルセロナのレス・コルツ地区にあるFCバルセロナの旧選手寮であり、FCバルセロナの下部組織の総称でもある[2][注 1]。La Masiaという言葉は「カタルーニャ地方の農家」を意味し[3]、練習場の名称としても使用される。この選手寮はFCバルセロナのホームスタジアムであるカンプ・ノウに隣接して建っている。この項では建物としてのラ・マシアをラ・マシア寮と呼び、下部組織としてのラ・マシアを単にラ・マシアと呼んで区別する。

概要[編集]

ラ・マシア寮の建物は田舎風の住宅として1702年に建てられたが、1957年のカンプ・ノウの落成式の際に建て替えられ、クラブの本部を置くために拡張された。クラブの規模が徐々に拡大されるにつれて、クラブの本部としては手狭になり、1979年10月20日に下部組織の若い選手が生活するための選手寮に変えられた。

開所から30年で500人以上の選手がラ・マシアに在籍したが、その半数はカタルーニャ州出身であり、残りの半数はスペインのその他の地域出身である。スペイン国外出身選手もおり、15人はカメルーン出身、7人はブラジル出身、5人はセネガル出身、3人はアルゼンチン出身である。在籍した500人のうち約10%がトップチームに昇格を果たしている[4]。世界で最も優れた下部組織のひとつとして称賛されており、2010年のFIFAバロンドール投票では最終候補の3人(MFシャビ、MFアンドレス・イニエスタ、FWリオネル・メッシ)をすべてラ・マシア出身選手で占めるという偉業を成し遂げた[5]

2011年6月30日をもって閉鎖され、32年間の歴史に幕を閉じた[6]

歴史[編集]

ラ・マシアの建築を提案したヨハン・クライフ

現在ラ・マシア寮として使われている建物は1702年に田舎風住宅として建てられ、1954年にFCバルセロナによって買い取られた。当初は作業場として使われていたが、カンプ・ノウが1957年9月24日に落成し、ラ・マシアは閉鎖された。FCバルセロナのエンリク・リャウデット会長時代に拡張改築され、1966年9月26日にクラブ事務所として使用が再開された。クラブの規模が大きくなるにつれて増えた職員を抱えきれなくなり、1979年にホセ・ルイス・ヌニェス会長によってバルセロナ市外出身選手のための選手寮に建て替えられ[7][8]、オリオル・トルトが管理人に任命された[9]。下部組織寮を建築するというアイデアはAFCアヤックスの下部組織を理想とするヨハン・クライフによってもたらされたものだった。

ラ・マシア寮の最初の卒業生には1988年にトップチームデビューしたMFギジェルモ・アモールなどがおり、彼はトップチームでリーグ戦311試合に出場した。2年後にはGKカルレス・ブスケやMFジョゼップ・グアルディオラがトップチームに昇格した[10]。この3名はトータル・フットボールの哲学を持っていたクライフ監督の下でトップチームデビューした[11][12][13]。グアルディオラはクライフのチームの中で重要な役割を果たし、ラ・マシアに在籍していたMFシャビ、MFアンドレス・イニエスタ、MFセスク・ファブレガスなどに大きな影響を与えた[14]。3シーズンの間グアルディオラの代役を務めたシャビは「彼の代役としての強い期待とプレッシャーを感じ、他クラブへの移籍を考えたこともあった」と述べた[15]。2007年5月にFCバルセロナBテルセーラ・ディビシオン(4部)に降格したため、FCバルセロナCは消滅している。混乱のさなかにあったFCバルセロナBの監督にグアルディオラが就任すると、彼はチームの改革に着手し、チーム強化のために21歳を超える選手のFCバルセロナB在籍も可能にした。選手たちを若手で構成されるpearls(真珠)とより成熟した選手で構成されるbackbone(背骨)に分け、21歳から26歳の選手で構成されるbackboneの選手たちには最大で2年間の猶予を与えて成長を見守った[9]。チーム改革後、グアルディオラはより良い練習施設の必要性をジョアン・ラポルタ会長に訴え、下部組織の練習は広大な敷地を持つシウター・エスポルティーバ・ジョアン・ガンペールに移った。FCバルセロナBは2007-08シーズン終了時にセグンダ・ディビシオンB(3部)昇格を果たし、2009-10シーズン終了時にセグンダ・ディビシオン(2部)昇格を果たした。2010-11シーズンにセグンダ・ディビシオンに在籍したリザーブチームはビジャレアルCF B(ビジャレアルCFのBチーム)とFCバルセロナBだけであった[9]。下部組織出身者を多数擁してのFCバルセロナBの躍進はラ・マシアの名声をさらに高め、デイリー・テレグラフ紙は「ラ・マシアは優れた下部組織として名高いAFCアヤックスの下部組織に取って代わる存在である」と伝えた[16]

才能の宝庫としてのラ・マシアの成功と名声は、セスク・ファブレガス、FWリオネル・メッシ、DFジェラール・ピケ、FWペドロ・ロドリゲスらの1987年生組に象徴される[17]。2000年にはトップチームのルイス・ファン・ハール監督が11人ものラ・マシア出身選手をトップチームに加え、スター性に欠けるチームだとして人々に嘲笑されたが、2008-09シーズンには8人のラ・マシア出身選手を擁してUEFAチャンピオンズリーグ優勝を果たした。2009年にはメッシがラ・マシア出身選手として初めてバロンドールFIFA最優秀選手賞を受賞し[18]、同じくラ・マシアの卒業生であるシャビとイニエスタがトップ5にランクインした[19]

新しい選手寮のオリオル・トルト育成センター

2010年にはスペイン代表2010 FIFAワールドカップで優勝を果たしたが、このうちの8人はFCバルセロナ出身であり、7人がラ・マシア出身選手であった。スペイン代表のスタメンにはピケ、カルレス・プジョル、イニエスタ、シャビ、セルヒオ・ブスケ、ペドロの6人が名を連ね、FIFAワールドカップ決勝における単一クラブからの最多人数記録を更新した[20]ロイターはスペイン代表のFIFAワールドカップでの成功にラ・マシアの存在が大きく影響しており、その他の要因としては経済の発展と幸運が挙げられることを示した[21]ドイツ代表ヨアヒム・レーヴ監督はFIFAワールドカップ決勝後に「スペイン代表のパスを中心としたプレースタイルはFCバルセロナのそれとそっくりだ。どうやっても彼らには勝てない。ボール回しの際には強い自信と冷静さを兼ね備えている」と述べ、両者に通じる部分があることを指し示した[22]。2010年のFIFAバロンドール投票の最終候補3人(シャビ、イニエスタ、メッシ)はすべてラ・マシア出身者で占められたが、同賞の最終候補3人が同一チームの選手で占められた例は過去に2度しかなく、3人すべてが同一チームの下部組織出身者なのは史上初の快挙だった[5]

2011年6月30日にラ・マシアは閉鎖され、選手寮としての役割を終えた。ラ・マシアに代わり、オリオル・トルト育成センターが新たな選手寮となった[6]

組織[編集]

ラ・マシア寮は70人以上を収容することができ[23]、約60人の選手が暮らしている。そのうちの50人ほどはスタジアムに隣接した主棟で暮らしており、残りの10人ほどはカンプ・ノウの中にある別棟で暮らしている。13歳以上の選手のうち、ラ・マシア寮で生活する選手は40%ほどであり、それ以外の選手は自宅などで暮らしている[7][24]。ラ・マシア寮に入ることができるのは13歳以上と定められており、ラ・マシアの12歳以下の選手はカタルーニャ州出身者であるか[25]、家族とともに移住してきたスペイン国外出身選手である[26]。ラ・マシアはヨーロッパでもっとも贅沢な下部組織のひとつであり、ラ・マシア寮の運営などに年間500万ユーロの費用がかけられている[24]。下部組織の最年少者は6歳であり、毎年1000人以上の6歳から8歳の選手が入学試験を受け、そのうちの上位約200人の選手が入学を許される[27]。トレーニングウェア、スパイク、タオルなどはクラブから支給され、私立学校の学費もクラブが負担する[28]

多くのスカウトが有望株の発掘に努めており、カタルーニャ州に15人、残りのスペイン全土に15人、海外に10人のスカウトが配置されている。スカウティングにかかる費用を軽減するために地元の15クラブと契約しており、有望選手を定期的に下部組織の練習に呼び寄せている。その見返りとして地元クラブに金銭的な援助をし、指導法や技術アドバイスなども与えている[29]。海外の有望選手を発掘するために、メキシコとエジプトに計6つのサッカースクールを設立し、専用の学校も建設して学校教育と練習を行っている[30]

ラ・マシアのFCバルセロナB以下の12のカテゴリーには300人以上の選手が在籍しており、20人以上のコーチ(いずれも元プロサッカー選手[31])が指導に当たっている。コーチ以外にも医師、カウンセラー、栄養士、料理人、理学療法士など50人以上の専門職員が働いている[24]。FCバルセロナBはトップチームと同じ4-3-3フォーメーションを採用している[32]。プロチームであるFCバルセロナBは午前と午後に練習し、フベニールA以下のカテゴリーは学校での勉強を終えた夕方以降に練習する[33]。基本的にはカデッテAまでは飛び級でプレーすることはなく、同年齢の選手たちとプレーする[34]

卒業生のひとりであるセルヒオ・ブスケ
ラ・マシアのカテゴリー[注 2]
カテゴリー[35] 年齢 最大人数 監督
FCバルセロナB[注 3] 26 エウセビオ
フベニールA 16–18 オスカル・ガルシア
フベニールB 16–18 ハビエル・ガルシア・ピミエンタ
カデッテA 14–15 キケ・アルバレス
カデッテB 14–15
インファンティールA 13–14
インファンティールB 13–14
アレビンA 11–12
アレビンB 11–12
アレビンC 11–12
アレビンD 11–12
ベンハミンA[注 4] 9–10
ベンハミンB 9–10
ベンハミンC 9–10
ベンハミンD 9–10
プレベンハミン 7–8

哲学[編集]

ラ・マシアを出た選手は、他の選手とは違うものを持っている。それは子供のころからバルセロナのユニフォームを着て競ってきたことでのみ得られるものだ。

ジョゼップ・グアルディオラ監督[2]

かつてテクニカル・ディレクターを務めていたペップ・セグーラは成功の秘訣を「プレーの哲学」だと表現し、「クラブの頂点から底辺までひとつの哲学だけがあり、ひとつのメンタリティだけがある」と述べた。この哲学はヨハン・クライフを擁したオランダ代表が具現化させたトータル・フットボールとスペインの伝統的なプレースタイルであるワンタッチプレー(ティキ・タカ)を組み合わせて形成されている[16]。ラ・マシアでは選手のテクニックに焦点が当てられ、細かなパス交換能力が必要不可欠とされている[37][16][38]。しばしば持ち出されるFCバルセロナの成功理由のひとつに、パス&ムーブの哲学の継続と傾倒がある。グアルディオラは中盤の深い位置からゲームメイクを行う選手(いわゆる「4番」の選手)の先駆けであり、シャビやイニエスタがその後継者である[39]。トップチームでは中盤の前目の位置で起用されるシャビやイニエスタであっても、ラ・マシアでは中盤の底の位置で起用されることが多かった[40]。またボールだけでなく選手たち自身も流動的に動きまわることで、ポジションに縛られない自由なプレーが心がけられている[41]欧州サッカー連盟ミシェル・プラティニ会長は「FCバルセロナは、試合に勝ちさえすればよいわけではないという私の哲学を象徴している」と述べてFCバルセロナのスタイルを称賛した[42]。また2010年のFIFAバロンドールでは受賞したリオネル・メッシをはじめシャビ、イニエスタと最終候補3人をラ・マシア出身者で独占したが、シャビはこのことを「カンテラと、クラブの哲学の勝利」と表現した[43]

出身者[編集]

FCバルセロナのトップチームを含む各国トップリーグでリーグ戦50試合以上に出場したラ・マシア出身選手のリストである。すべての選手の情報はリーガ・エスパニョーラの公式ウェブサイトによる[44]

名前 国籍[注 5] ポジション 生年 経歴[注 6] 出場 得点 クラブ[注 7]
キケ・アルバレス[注 8] スペインの旗 スペイン DF 1975 1995–2009 200 5 スペインの旗 ビジャレアルCF
ギジェルモ・アモール スペインの旗 スペイン MF 1967 1988–2002 311 48 スペインの旗 FCバルセロナ
ミケル・アルテタ スペインの旗 スペイン MF 1982 2000– ¤ 241 39 イングランドの旗 エヴァートンFC
セルジ・バルフアン スペインの旗 スペイン DF 1971 1993–2002 267 6 スペインの旗 FCバルセロナ
カルレス・ブスケ[注 9] スペインの旗 スペイン GK 1967 1990–1999 79 0 スペインの旗 FCバルセロナ
セルヒオ・ブスケ[注 10] スペインの旗 スペイン DF 1988 2008– ¤ 57 1 スペインの旗 FCバルセロナ
ジョルディ・クライフ オランダの旗 オランダ MF 1974 1994–2010 256 42 スペインの旗 デポルティーボ・アラベス
セスク・ファブレガス スペインの旗 スペイン MF 1987 2004– ¤ 187 32 イングランドの旗 アーセナルFC
アルベルト・フェレール スペインの旗 スペイン DF 1970 1990–2003 297 1 スペインの旗 FCバルセロナ
ルイス・ガルシア スペインの旗 スペイン MF 1978 1999– ¤ 225 40 ギリシャの旗 パナシナイコスFC[47]
ジョゼップ・グアルディオラ スペインの旗 スペイン MF 1971 1990–2006 291 9 スペインの旗 FCバルセロナ
シャビ スペインの旗 スペイン MF 1980 1998– ¤ 364 35 スペインの旗 FCバルセロナ
アンドレス・イニエスタ スペインの旗 スペイン MF 1984 2002– ¤ 210 17 スペインの旗 FCバルセロナ
ボージャン・クルキッチ スペインの旗 スペイン FW 1990 2007– ¤ 77 20 イタリアの旗 ASローマ
リオネル・メッシ アルゼンチンの旗 アルゼンチン FW 1987 2004– ¤ 155 101 スペインの旗 FCバルセロナ
ティアゴ・モッタ ブラジルの旗 ブラジル MF 1982 2001– ¤ 152 20 イタリアの旗 インテル・ミラノ[48]
フェルナンド・ナバーロ スペインの旗 スペイン DF 1982 2001– ¤ 194 3 スペインの旗 セビージャFC
ジェラール・ピケ スペインの旗 スペイン DF 1987 2005– ¤ 89 3 スペインの旗 FCバルセロナ[49]
イバン・デ・ラ・ペーニャ スペインの旗 スペイン MF 1976 1995– ¤ 255 20 スペインの旗 RCDエスパニョール
オレゲール・プレサス スペインの旗 スペイン DF 1980 2002– ¤ 146 2 オランダの旗 AFCアヤックス[50]
カルレス・プジョル スペインの旗 スペイン DF 1978 1999– ¤ 331 6 スペインの旗 FCバルセロナ
ホセ・マヌエル・レイナ スペインの旗 スペイン GK 1982 2002– ¤ 317 0 イングランドの旗 リヴァプールFC
ペドロ・ロドリゲス スペインの旗 スペイン FW 1987 2007– ¤ 42 12 スペインの旗 FCバルセロナ
ビクトル・バルデス スペインの旗 スペイン GK 1982 2002– ¤ 277 0 スペインの旗 FCバルセロナ
アルベルト・セラーデス スペインの旗 スペイン MF 1975 1995–2009 267 12 アメリカ合衆国の旗 レッドブル・ニューヨーク
フランシスコ・ルフェテ スペインの旗 スペイン MF 1976 1996– ¤ 269 23 スペインの旗 エルクレスCF
アルベルト・ルケ スペインの旗 スペイン FW 1978 1998–2011 285 66 スペインの旗 マラガCF
ジェラール・ロペス スペインの旗 スペイン MF 1979 1997–2011 196 17 スペインの旗 ジローナFC
ガブリ スペインの旗 スペイン MF 1979 1999– ¤ 227 18 スイスの旗 FCシオン

交通[編集]

  • バルセロナ地下鉄 – マリア・クリスティーナ駅(L3)、バダル駅またはコルブランク駅(L5)

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 当初は建物のみを指していたが、やがて下部組織の総称としてラ・マシアという言葉が使われるようになった
  2. ^ 年齢は1年刻みで各カテゴリーに分けられており、例えばアレビンA所属の選手の場合はシーズン開始時に11歳であり、シーズン途中に12歳になる
  3. ^ FCバルセロナCの解散以前は21歳以下に制限されていたが、現在は年齢制限はなく、すべての選手がプロ契約をしている[36]
  4. ^ ベンハミンA以下は11人制ではなく7人制である
  5. ^ 複数の国籍を所持している選手もいるが、ここではFIFAルールに基づくひとつの国籍を記している
  6. ^ トップリーグのチームに所属した初年度と最終年度を記している
  7. ^ 引退選手の場合は最も多くの試合に出場したクラブを記しており、現役選手の場合は現所属クラブを記している
  8. ^ 2009年から2010年までフベニ―ルAの監督であった[45]
  9. ^ セルヒオ・ブスケの父親であり、2010年にFCバルセロナのゴールキーパーコーチに就任した[46]
  10. ^ カルレス・ブスケの息子である

出典[編集]

  1. ^ Price, Sean (2010年7月6日). “School of Soccer Champions”. Scholastic. 2011年1月10日閲覧。
  2. ^ a b バルサを支える「ラ・マシア」”. UEFA.com (2009年1月5日). 2011年1月10日閲覧。
  3. ^ バルセロナ、数多くの名選手を輩出した選手寮“ラ・マシア”に別れ”. WOWOWリーガニュース (2011年7月1日). 2011年8月19日閲覧。
  4. ^ Rogers, Iain (2009年5月25日). “INTERVIEW-Soccer-La Masia a fertile breeding ground for Barca”. Reuters. 2011年1月10日閲覧。
  5. ^ a b It’s an all Barça affair at FIFA Ballon d’Or”. totalbarca.com (2010年12月6日). 2011年1月10日閲覧。
  6. ^ a b メッシやシャビら名選手を輩出したバルセロナのラ・マシアが閉鎖SOCCER KING 2011年7月1日
  7. ^ a b Rogers, Iain (2009年10月22日). “Barca talent farm marks 30 years of success”. Reuters. 2011年1月10日閲覧。
  8. ^ La Masia”. FCバルセロナ公式サイト. 2011年1月10日閲覧。
  9. ^ a b c Perarnau, Martí (2010年8月18日). “La Masia, como un laboratorio” (Spanish). SPORT.es. 2011年1月10日閲覧。
  10. ^ Rijkaard until 30 June; Guardiola to take over”. FC Barcelona (2010年1月10日). 2009年5月8日閲覧。
  11. ^ Comment: Don't write the Gunners off”. ESPN (2009年8月15日). 2011年1月10日閲覧。
  12. ^ Chadband, Ian (2009年4月27日). “Barcelona's Pep Guardiola prepares to unveil his vision of total football at Nou Camp”. Telegraph. 2011年1月10日閲覧。
  13. ^ Leong, KS (2009年11月25日). “El Clasico Inquisition: Barcelona’s Ideologies vs Real Madrid’s Philosophies”. Goal.com. 2011年1月10日閲覧。
  14. ^ Hawkey, Ian (2009年3月22日). “Novelty factor adds spice to clash of giants”. The Times. http://www.timesonline.co.uk/tol/sport/football/european_football/article5950195.ece 2011年1月10日閲覧。 
  15. ^ Informe Robinson: Xavi & Iniesta”. Plus.es (2010年2月22日). 2011年1月10日閲覧。
  16. ^ a b c Smith, Rory (2010年7月17日). “World Cup 2010: Spain's battle won on the playing fields of Barcelona”. Telegraph. 2011年1月10日閲覧。
  17. ^ Hawkey, Ian (2010年3月28日). “Friends reunited: Cesc Fabregas and the class of 1987”. The Times. http://www.timesonline.co.uk/tol/sport/football/european_football/article7078610.ece 2011年1月10日閲覧。 
  18. ^ Pellicer, Miquel (2009年12月1日). “Messi, primer Balón de Oro de la Masia del Barça”. El Mundo Deportivo. 2011年1月10日閲覧。
  19. ^ Moore, Rob (2009年12月11日). “European Footballer of the Year ("Ballon d'Or")”. Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. 2011年1月10日閲覧。
  20. ^ Fitzpatrick. Furthermore, both Cesc Fabregas and Pepe Reina also hail from the Masía bringing the total number of players in the team to nine, Richard (2010年7月9日). “Spain's heart not winning over minds of Catalans”. The Irish Times. 2011年1月10日閲覧。
  21. ^ Reuters (2010年7月29日). “ANALYSIS-Sport-Spain's sporting boom shines amid economic gloom”. Eurosport. 2010年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年1月10日閲覧。
  22. ^ Hughes, Rob (2010年7月9日). “Talent to Spare, but There’s Only One Trophy”. New York Times. http://www.nytimes.com/2010/07/10/sports/soccer/10iht-WCSOCCER.html 2011年1月10日閲覧。 
  23. ^ サルバンス2009、69頁
  24. ^ a b c Kay, Alex (2010年3月27日). “Lionel Messi, Cesc Fabregas, Gerard Pique... all forged in Barcelona's hothouse of champions”. Daily Mail. 2011年1月10日閲覧。
  25. ^ サルバンス2009、65頁
  26. ^ サルバンス2009、69頁
  27. ^ McShane, Kevin. p. 39
  28. ^ サルバンス2009、66頁
  29. ^ McShane, Kevin. p. 53
  30. ^ FCBEscola”. FCバルセロナ公式サイト. 2011年1月10日閲覧。
  31. ^ McShane, Kevin. p. 105
  32. ^ McShane, Kevin. p. 77
  33. ^ McShane, Kevin. p. 74-79
  34. ^ サルバンス2009、67頁
  35. ^ Youth squads 2010–2011 season”. FCバルセロナ公式サイト. 2011年1月10日閲覧。
  36. ^ McShane, Kevin. p. 79
  37. ^ McShane, Kevin. p. 74
  38. ^ Wilson, Richard (2010年7月9日). “Iberian total football is good copy of a Dutch master”. Herald Scotland. 2011年1月10日閲覧。
  39. ^ Lowe, Sid (2009年5月24日). “Andrés Iniesta graduates from cameo role to take centre stage at Barcelona”. Guardian. 2011年1月10日閲覧。
  40. ^ サルバンス2009、36頁
  41. ^ メッシ「バルサのスタイルは、まるで僕のために作られたかのよう」Livedoorスポーツ 2011年4月4日
  42. ^ Platini still upset by Arsenal signings”. 24hoursport.co.uk (2009年5月20日). 2011年1月10日閲覧。
  43. ^ シャビ:「バルセロナの哲学の勝利」”. Goal.com (2011年1月11日). 2011年1月12日閲覧。
  44. ^ LFP – Barcelona Seasons”. リーガ・エスパニョーラ公式サイト. 2011年1月10日閲覧。
  45. ^ Domènech, O; Artús, J. L. (2010年7月27日). “Òscar entrenará al Juvenil A | Barça”. Mundodeportivo.es. 2011年1月10日閲覧。
  46. ^ 2010–11 Squad”. FCバルセロナ公式サイト. 2011年1月10日閲覧。
  47. ^ Luis Javier García Sanz Profile”. Soccernet.espn.go.com. 2011年1月10日閲覧。
  48. ^ Thiago Motta Profilet”. Soccernet.espn.go.com. 2011年1月10日閲覧。
  49. ^ Gerard Pique Profile”. Soccernet.espn.go.com. 2011年1月10日閲覧。
  50. ^ Oleguer Presas Renom Profile”. Soccernet.espn.go.com. 2011年1月10日閲覧。

参考文献[編集]

  • McShane, Kevin (2002). Coaching youth soccer: the European model. McFarland.
  • ジョアン・サルバンス『史上最強バルセロナ 世界最高の育成メソッド』、小学館、2009年

外部リンク[編集]