南沙諸島

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南沙諸島(スプラトリー諸島)
地理
場所 南シナ海
座標 北緯8度38分 東経111度55分 / 北緯8.633度 東経111.917度 / 8.633; 111.917座標: 北緯8度38分 東経111度55分 / 北緯8.633度 東経111.917度 / 8.633; 111.917 (南威島)
島数 750 以上
主要な島 太平島
鴻庥島
北子島
景宏島
南子島
南威島
弾丸礁
中業島
西月島
面積 5km2 (1.9 sq mi) 以下
海岸線長 926 km
最高標高 4メートル (13 ft)
最高峰 南子島
サバ州
パラワン州
海南省
直轄市 高雄市
カインホア省
住民
人口 原住民なし
南沙諸島
中国語
繁体字 南沙群島
簡体字 南沙群岛
英語
英語: Spratly Islands
ベトナム語
クオック・グー Quần Đảo Trường Sa
チュニョ 群島長沙
マレー語
マレー語 Kepulauan Spratly
フィリピン語
タガログ語 Kapuluan ng Kalayaan

南沙諸島(なんさしょとう)、スプラトリー諸島(Spratly Islands)とは、南シナ海に浮かぶ約100の小さな島々。諸島全体は大変小さな島々で構成され、互いの距離は十数キロメートルから数十キロメートル程度で位置している。

一般の人が普通に居住できる環境ではなく、島そのものにはほとんど価値が無いが、海洋・海底資源が見込める。そのためベトナムフィリピンマレーシアブルネイ中華民国台湾)、中華人民共和国が領有権を主張している。現在、島を実効支配しているのは中華民国(台湾)、中華人民共和国、フィリピン、ベトナム、マレーシアである。

目次

[編集] 歴史

インドシナ半島を植民地としていたフランスが1930年からいくつかの島々を実効支配し、ベトナム南部の総督M. J. Krautheimerは昭和8年12月21日、4702-CP号の政府決定により同国のバーリア省の一部としていた。1938年に日本が領有を宣言し、新南群島と命名。以降太平洋戦争終結まで支配していた[1]

行政区分は昭和13年12月23日外甲第116号閣議決定により台湾の高雄市の一部としていた。リン鉱石の採取が主な産業で従事者が住んでいたが戦火の拡大により撤退した。その後1949年にフィリピンが一部の領有を宣言した。1951年のサンフランシスコ講和条約で領有権を放棄した後、1956年10月22日に143/NV号南ベトナムの大統領決定により同国のバーリアの一部からフォクトイ省の一部に編入した。南ベトナム政府が1973年9月にふたたび同国フォクトイ省への編入を宣言したことに対し、中華人民共和国も翌年1月に抗議声明を出して領有権主張を本格化させていった。

1970年代後半に海底油田の存在が確認され、広大な排他的経済水域内の海底資源や漁業権の獲得のため、各国が相次いで領有を宣言している。また広大な地域に広がる島々は軍事的にも価値がある。中華人民共和国を含めたASEANでの会議で軍事介入はせず現状維持の取り決めが結ばれたが最近中華人民共和国の人民解放軍が建物を勝手に建設しマレーシアなどから非難を浴びている。

1983年にはドイツ人のアマチュア無線家のグループがキャンプを張っての移動運用(DXペディション)を試み、ベトナム軍の守備隊に銃撃されて死傷者が出る騒ぎになった。

1988年3月南沙諸島における領有権をめぐり中華人民共和国とベトナム両海軍が衝突(赤瓜礁海戦)し、中華人民共和国が勝利支配する。

1992年11月スービック海軍基地クラーク空軍基地を返還し全ての米軍がフィリピンから撤退。

1995年、中華人民共和国軍の活動が活発化し、ミスチーフ礁等フィリピン主張の島を占領して建造物を構築した。この機会主義的行動が周辺諸国に中国の軍事的膨張に対する警戒心を呼び起こしたとされる。

2004年9月に、フィリピンと中華人民共和国が海底資源の共同探査で2国間合意成立。

2005年3月には、フィリピンと中華人民共和国の2ヶ国に続きベトナムも加わり、探査が行われている。

2007年11月、中華人民共和国の中国人民解放軍西沙諸島の海域で軍事演習を行ったことや、同月中旬に中華人民共和国が中沙諸島だけでなく、南沙、西沙の両諸島にまで行政区「三沙市」を海南省の中に指定したことをきっかけとして、同年12月にベトナムで「中華人民共和国の覇権主義反対」などと唱える反中国デモが行われた[2][3]

2008年1月に中華民国(台湾)が実効支配する南沙諸島最大の島である太平島に軍用空港を建設完成させる。滑走路は全長1150メートル、幅30メートル。その後、中華民国総統が視察に訪れ、フィリピン政府の抗議を受けた。

2010年3月にアメリカからスタインバーグ国務副長官とベイダー国家安保会議アジア上級部長が中国を訪れた際に、中国政府は南シナ海を『自国の主権および領土保全と関連した「核心的利害」地域と見なしている』との立場を、公式に通知したことが報じられた[4]

[編集] 主な島など

南沙諸島の島々における各国軍領有状況


[編集] 脚注

  1. ^ 昭和14年3月30日付の台湾総督府令第31号により、新南群島が大日本帝国の領土として、台湾高雄市に編入した。昭和14年台湾総督府告示第122号により、新南群島中に於ける主なる島嶼は北二子島、南二子島、西青島、三角島、中小島、亀甲島、南洋島、長島、北小島、南小島、飛鳥島、西鳥島、丸島である。
  2. ^ 防衛省 平成21年版 防衛白書
  3. ^ ベトナムで異例の反中国デモ 南沙、西沙諸島領有権を主張 - MSN産経ニュース
  4. ^ 熱くなるアジアの海…中国が海洋権益宣言” (日本語). 中央日報 (2010年7月5日). 2010年11月6日閲覧。

[編集] 関連項目

 

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

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