戦略国際問題研究所

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戦略国際問題研究所(戦略・国際問題研究センター) (Center for Strategic and International Studies, CSIS ) は、1962年に設立された保守シンクタンクである。アメリカ合衆国ワシントンD.C.に位置する。

組織[編集]

元々はイエズス会神父、エドマンド・アロイシウス・ウォルシュ(Edmund Aloysius Walsh、1885年10月10日~1956年10月31日)によって、1919年にジョージタウン大学内に、「エドマンド A. ウォルシュ外交学院」(Edmund A. Walsh School of Foreign Service、略称SFS)として創設された組織が改組されたものである。エドマンド・ウォルシュは地政学カール・ハウスホーファーの弟子であり、その学問をアメリカに移植することを目的とした組織であった。

CSISは1962年にアーレイ・バークおよびデイビッド・マンカー・アブシャイア(David Manker Abshire)[1]の主導によって、ジョージタウン大学の付属研究機関として設立された。1987年、同大学から独立した研究機関となった。現在、CSISは、アメリカ陸軍・海軍直系の軍事戦略研究所でもある。

理事長には、1999年より、元アメリカ合衆国上院議員でアメリカ合衆国上院軍事委員会民主党の重鎮、サム・ナンが、同研究所所長最高経営責任者には、2000年4月より、元アメリカ合衆国国防副長官ジョン・J・ヘイムリ (John Hamre) が務めている。また、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官やカーラ・ヒルズ元通商代表、リチャード・アーミテージ元国務副長官、ズビグニュー・ブレジンスキーが理事を務め、顧問には、同ヘンリー・キッシンジャー、その弟子のブレント・スコウクロフトがいる。これらの人物の多くはアメリカ国家安全保障会議国家安全保障問題担当大統領補佐官でもあった。

イラク復興において、リポート「より賢い平和 (A Wiser Peace) 」を作成し、時のアメリカ合衆国国防長官ドナルド・ラムズフェルドに提出した。

日本人では小泉進次郎や、浜田和幸渡部恒雄などが一時籍を置いた。現在では日本から多くの将来有望な若手官僚や政治家(候補含む)がCSISに出向して学んでくる慣習が確立している。CSISの日本部には、防衛省公安調査庁内閣官房内閣情報調査室の職員の他、ジェトロや損保会社、NTTの職員も、客員研究員として名を連ねている。また、日本の現役政治家とも縁が深く、麻生太郎安倍晋三なども度々CSISを訪れ、講演でスピーチを行っている。

CSISは東京財団日本財団の下部組織)と協力関係にある。

稲盛財団理事長の稲盛和夫はCSISの国際評議員を務めている。2002年4月1日に、稲盛財団は、政界、経済界等の若いリーダーを養成するため、稲盛財団から寄付した500万ドルを設立基金として、「アブシャイア・イナモリ リーダーシップアカデミー」(Abshire-Inamori Leadership Academy:略称AILA)を、CSISと共同でCSIS内に設立した。

2011年には日本経済新聞社と共同で「日経・CSISバーチャル・シンクタンク」の創設を発表し、2012年に立ち上げた。

脚注[編集]

  1. ^ デイビッド・マンカー・アブシャイア(David Manker Abshire) 1926年テネシー州生まれ。大統領学研究センター(CSP)代表。戦略国際問題研究所(CSIS)共同創設者で副理事長。1951年ウエスト・ポイント陸軍士官学校卒業。1959年ジョージタウン大学にて歴史学博士号取得。同大学にて長年助教授を務める。1980年の政権移行期にロナルド・レーガン大統領により国務省、国防総省、米軍情報庁およびCIAを含む国家安全保障グループの統括役に任命。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯38度54分7.4秒 西経77度2分31.4秒 / 北緯38.902056度 西経77.042056度 / 38.902056; -77.042056