白馬村
| はくばむら 白馬村 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
|
北城から見た白馬連峰 | |||||
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| 国 |
| ||||
| 地方 | 中部地方、甲信越地方、信越地方 | ||||
| 都道府県 | 長野県 | ||||
| 郡 | 北安曇郡 | ||||
| 団体コード | 20485-4 | ||||
| 法人番号 | 7000020204854 | ||||
| 面積 |
189.36km2 (境界未定部分あり) | ||||
| 総人口 |
8,724人 (推計人口、2018年10月1日) | ||||
| 人口密度 | 46.1人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
小谷村、長野市、大町市、 上水内郡小川村 富山県:黒部市、下新川郡朝日町 新潟県:糸魚川市 | ||||
| 村の木 |
オオヤマザクラ コブシ | ||||
| 村の花 | カタクリ | ||||
| 白馬村役場 | |||||
| 村長 | 下川正剛 | ||||
| 所在地 |
〒399-9393 長野県北安曇郡白馬村大字北城7025 北緯36度41分53秒東経137度51分42.9秒 | ||||
| 外部リンク | 白馬村 | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
白馬村(はくばむら)は、長野県の北西部に位置する北安曇郡の村である。北アルプスの麓にあり、冬はスキー、夏は登山の観光客が訪れ、避暑地として知られる。単体のスキー場としては国内最大規模の八方尾根スキー場があり、長野オリンピックの会場にもなった。
複数のスキー場を含むリゾート地としての「ハクババレー」は小谷村、大町市を含めた総称である[1]。
目次
名称[編集]
村名は富山県と接する白馬連峰の白馬岳(しろうまだけ)に由来する。
かつては白馬岳を含む連峰に名前はなく、「岳」「西山」等々ひとまとめに呼ばれていたが、連峰の万年雪が季節ごとに変化する過程で、山肌の雪形の模様が変化し、代掻き(しろかき)[注 1]を行う時期に現れる形の一つが、村から見ると馬の形をしていたことから、いつしか「代馬岳(しろうまだけ)」と称された。それがやがて「白馬岳(しろうまだけ)」に変化し、「はくばたけ」と音読されるようになり、麓の村や鉄道駅の名称ともなった[2]。
今日の白馬村の中心地である白馬町の一帯は、糸魚川街道の開通に伴い、集落が築かれた明治時代には固有の名称がなく、地籍名の「平川」、あるいは現在の八方口のかつての呼称・四ツ屋[注 2]に由来する「四ツ谷」と呼ばれた[3]。明治から大正時代にかけて平川や松川の氾濫が相次いだことから、平川という名が水害を招く要因ではないかと忌避され、四ツ谷の呼び名が年を追って盛んになった[4]。四ツ谷の名称は、昭和以降も使われたが、太平洋戦争によって中断していた国鉄大糸線の中土駅~小滝駅間の開通工事再開によって、新潟県側の平岩に新設される駅の名に白馬の名が推されると、平岩に白馬の名を取られては困ると考えた四ツ谷住民は、区総会によって1954年(昭和29年)6月1日、区名を「白馬町」に変更。町内の駅を「白馬駅」と改称するように国鉄当局に陳情した。1957年(昭和32年)8月15日に大糸線は開通したが、白馬駅の名称はいずれの駅でも使用されず、1968年(昭和43年)になって「信濃四ツ谷駅」が「白馬駅」に改称され、今日に至る。
地理[編集]
村の西側には標高2,900メートル (m) 前後の山々が連なる後立山連峰、東側には1,500 m前後の小谷山地があり、山塊に挟まれた白馬盆地は南北に細長い形をとっている。
盆地内を姫川がほぼ南北に縦断している。村内で松川、平川などの大きな支流が姫川に合流し、複合扇状地を形成している。
長野市、小谷村、大町市、小川村、富山県黒部市、朝日町と隣接するほか、隣接区間はわずか200 mほどではあるが、新潟県糸魚川市とも接している(道路はないため、登山以外で新潟県との県境を通過することは不可能。また富山県との県境は地形が険しく道路がなく、車両による往来は不可能で、最短ルートは糸魚川経由となる)。
夏は冷涼。冬は寒冷で大量の降雪がある「特別豪雪地帯」であるため、スキーを軸とした観光業が盛ん。ある。
気候[編集]
前述の通り特別豪雪地帯に指定されている。また、ケッペンの気候区分において亜寒帯湿潤気候となっている。
- 気温 - 最高36.2℃(1994年(平成6年)8月16日)、最低-18.7℃(1981年(昭和56年)1月31日)
- 最大降水量 - 188ミリ(1995年(平成7年)7月11日)
- 最大瞬間風速 - 25.0メートル(2010年(平成22年)3月21日)
- 最深積雪 - 187センチ(1980年(昭和55年)12月28日)
- 夏日最多日数 - 100日(2013年(平成25年))
- 真夏日最多日数 - 41日(2010年(平成22年))
- 酷暑日最多日数 - 1日(1994年(平成6年))
- 熱帯夜最多日数 - 0日(1978年(昭和53年) - )
- 冬日最多日数 - 149日(1995年(平成7年))
| 白馬の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 12.4 (54.3) |
16.9 (62.4) |
22.8 (73) |
28.5 (83.3) |
31.3 (88.3) |
32.6 (90.7) |
33.5 (92.3) |
36.2 (97.2) |
33.8 (92.8) |
27.6 (81.7) |
22.8 (73) |
18.3 (64.9) |
36.2 (97.2) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 1.4 (34.5) |
2.2 (36) |
6.3 (43.3) |
14.5 (58.1) |
20.3 (68.5) |
23.4 (74.1) |
26.7 (80.1) |
28.6 (83.5) |
23.4 (74.1) |
17.5 (63.5) |
11.2 (52.2) |
4.8 (40.6) |
15.0 (59) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −7.5 (18.5) |
−7.5 (18.5) |
−4.0 (24.8) |
1.7 (35.1) |
7.5 (45.5) |
12.9 (55.2) |
17.3 (63.1) |
18.4 (65.1) |
14.2 (57.6) |
6.8 (44.2) |
0.6 (33.1) |
−4.3 (24.3) |
4.7 (40.5) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −18.7 (−1.7) |
−18.6 (−1.5) |
−15.9 (3.4) |
−12.4 (9.7) |
−1.0 (30.2) |
4.1 (39.4) |
10.1 (50.2) |
10.5 (50.9) |
2.7 (36.9) |
−3.5 (25.7) |
−11.2 (11.8) |
−16.4 (2.5) |
−18.7 (−1.7) |
| 降水量 mm (inch) | 144.9 (5.705) |
134.9 (5.311) |
143.5 (5.65) |
118.3 (4.657) |
144.6 (5.693) |
214.9 (8.461) |
289.4 (11.394) |
170.0 (6.693) |
184.3 (7.256) |
121.5 (4.783) |
109.8 (4.323) |
128.7 (5.067) |
1,904.7 (74.988) |
| 降雪量 cm (inch) | 220 (86.6) |
180 (70.9) |
111 (43.7) |
8 (3.1) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
1 (0.4) |
21 (8.3) |
132 (52) |
673 (265) |
| 平均月間日照時間 | 79.7 | 102.1 | 142.0 | 178.1 | 178.4 | 137.7 | 138.0 | 165.1 | 113.7 | 127.0 | 110.8 | 84.6 | 1,557.2 |
| 出典: 気象庁 | |||||||||||||
歴史[編集]
室町時代には沢渡、佐野、飯田、飯森からなる四ヶ庄と呼ばれる六条院領の荘園が存在した。
今日の白馬村一帯は1882年(明治15年)頃までは田畑や原生林であり、塩の道沿いの平川神社の付近に数戸の家屋のみ知られていた[5]。糸魚川街道の開通が契機となり、街道に沿った新たな宿場町の設立を希望する有志が集まり、1888年(明治21年)末には31戸を数えた[6]。
- 1956年(昭和31年)9月30日 、北城村・神城村が合併して、今日の白馬村が発足する[7]。
- 1958年(昭和33年)12月、白馬ケーブルが八方屋根に架設され、白馬村でテレビが映るようになる[7]。
- 1961年(昭和36年)12月、全村に有線放送電話が設置される[7]。
- 1963年(昭和38年)8月、『白馬小唄』が製作される[7]。
- 1966年(昭和41年)10月に村内の国道148号の舗装が全線で完了し、12月には白馬長野線(現在の国道406号)が全線で開通した[7]。
- 1967年(昭和42年)
- 9月、村章が制定される。
- 11月、白馬村合併10周年記念式典を挙行[7]。
- 1979年(昭和54年)11月、村民憲章を制定する[7]。
- 1982年(昭和57年)
- 1984年(昭和59年)7月、白馬東部で、集中豪雨により6億6千万円相当の被害が出る[7]。
- 1985年(昭和60年)3月、姫川源流が「名水100選」に選出される[7]。
- 1987年(昭和62年)
- 1992年(平成2年)12月、白馬ジャンプ競技場が完成する[7]。
- 1993年(平成3年)11月、白馬村保健福祉ふれあいセンターが完成する[7]。
- 1994年(平成4年)2月、エコーランド地区が村内初の「景観形成住民協定地」に認定される[7]。
- 1996年(平成6年)8月、道の駅白馬が完成する[7]。
- 1998年(平成10年)2月、長野オリンピック開催。翌3月にはパラリンピックが開催された[7]。
- 1999年(平成11年)10月、大出吊橋、青鬼地区が信州の「サンセットポイント100選」に認定される[7]。
- 2009年(平成21年)8月、「ふるさと白馬応援し隊」が発足する[7]。
- 2013年(平成25年)2月、白馬村キャラクター「ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男Ⅲ世」がデビューを飾る[7]。
- 2016年(平成28年)
人口[編集]
1975年までは6千人台で推移していた人口は、1980年代前半から増加に転じ、2000年代には、1万人台に迫る勢いであった。2010年代後半では減少に転じている[8]。ただし、2010年代前半より定住外国人の増加が進んでおり、2012年末では総人口に対する割合が3.1パーセントであったのに対し、2017年末時点で7.39パーセントと増加している[9]。
| 白馬村と全国の年齢別人口分布(2005年) | 白馬村の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 白馬村
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
白馬村(に相当する地域)の人口の推移![]() ► | |
| 総務省統計局 国勢調査より | |
行政[編集]
村長[編集]
- 太田新助 - 1956年 - 1966年 (3期)
- 松沢安蔵 - 1966年 - 1974年 (2期)
- 横沢裕 - 1974年 - 1990年 (4期)
- 西沢泰 - 1990年 - 1994年 (1期)
- 福島信行 - 1994年 - 2006年 (3期)
- 太田紘熙 - 2006年 - 2014年 (2期)
- 下川正剛 - 2014年8月7日就任(2期目[10])
所轄広域連合[編集]
所轄警察署[編集]
所轄消防署[編集]
- 北アルプス広域消防本部北部消防署
経済[編集]
産業[編集]
- 観光業
- 1990年代以降、スキー低迷で長らく閑散とした状態が続いていたが、2005年頃から、韓国やオーストラリアなど海外からの観光客が増えた。年間宿泊者数は従前の3倍強の3万人前後に膨らみ、地元ではスキー客の減少対策として、和田野を中心に約10軒の宿泊施設が「ハクバ・ツーリズム」を結成し観光誘客に取り組んだ。海外での知名度があがるにつれて、廃業や経営難から売りに出されたペンションの買収が進み、白馬食品衛生協会の調査では2007年には外国人がオーナーの施設は30軒にのぼった。なかにはスキー場を買収するオーストラリアの投資ファンドもあった。「ハクババレー」全体としての2017年~2018年スキーシーズンの外国人来場者数は33万人。日米両国企業による高級ホテル開設、同じく外国人スキー客の人気が高い北海道ニセコ地域の企業による村内ホテルの買収など滞在型国際スキーリゾートとしての整備が進んでいる[11]。
- 登山事故が非常に多く2005年からの約10年間で56名の死亡事故が起こっている。しかしながら基礎自治体レベルで講じられた対策は特になく、県により長野県白馬山岳遭難救助対策センターが設置されているが、無雪期においても死亡事故が相次いでいる。
- 2007年12月1日の「世界エイズデー」では、長野県がエイズ患者・HIV感染者の報告数が全国で2番目に多いと指摘され、白馬村などの外国人観光誘客に深刻な影響を与えうるものとして県レベルでの対策が急務とされた。その後は減少に転じ、公表されている限り2014年以降全国的にも低い報告数となっている。厚生労働省の「重点的に連絡調整すべき都道府県等」として2006年2月に含まれたが、2009年10月以降は入っていない。[12]
姉妹・友好都市[編集]
河津町(静岡県):姉妹都市
太地町(和歌山県):姉妹都市
オーバーヴィーゼンタール市(ドイツ ザクセン州):友好都市
レッヒ(オーストリア):友好都市
アヌシー市(フランス ローヌ=アルプ地域圏 オート=サヴォワ県):友好都市交流ではないが、 国際文化交流を重ねている[13]。
地域[編集]
教育[編集]
交通[編集]
鉄道路線[編集]
バス路線[編集]
- 高速バス バスタ新宿・中央道八王子 - 白馬五竜・白馬町・白馬八方(京王バス東と共同運行)
- 高速バス 成田空港・横浜駅(YCAT) - 白馬さのさか・白馬五竜・白馬八方・白馬岩岳・栂池高原・白馬乗鞍・白馬コルチナ ※冬季のみ
- 高速バス 東京駅 - 白馬さのさか・白馬五竜・白馬八方・白馬岩岳・栂池高原・白馬乗鞍・白馬コルチナ ※冬季のみ
- 特急バス 長野駅東口 - サンサンパーク白馬 - 白馬五竜 - 白馬駅 - 白馬八方 - 白馬乗鞍
- 特急バス 松本バスターミナル・松本インター前 - 白馬さのさか・白馬五竜・白馬町・白馬駅・白馬八方 ※冬季のみ
- 路線バス栂池線 白馬駅 - 白馬八方 - 岩岳新田 - 栂池高原 - 白馬乗鞍
- 路線バス猿倉線 白馬駅 - 白馬八方 - 猿倉
道路[編集]
村内に高速道路は通っていない。関東方面からは、上信越自動車道長野IC、中京方面からは、長野自動車道安曇野IC、北陸・関西方面からは北陸自動車道糸魚川ICからのアクセスが便利。
一般国道
都道府県道 主要地方道
一般県道
村道
- 村道0105号線(白馬山麓線)
- 白馬村の基幹道路として第一期事業で2.6 km、第二期事業で4.5 kmが整備された八方 - 新田を結ぶ道路。1998年(平成10年)2月に開催された長野冬季オリンピック・パラリンピックの時に、アルペン・クロス・ジャンプ競技会場を結ぶ道路として利用された[14]。現在は観光道路として利用され、3000 m級の白馬連峰を一望にできる[14]。沿道にはスキー場や白馬岳高山植物帯があるほか、白馬八方温泉や白馬塩の道温泉などの温泉も数多くある。1987年(昭和62年)8月10日に美観性と機動性を基準に、「『白馬連峰』の山岳美を望む道」として旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された「日本の道100選」に選ばれている[15]。
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]
- 塩の道(千国街道)
- 塩の道祭り(5月)
- ラフォーレ白馬美術館
- 白馬村オリンピック記念館
- 白馬大雪渓
- 親海湿原・姫川源流湧水(名水百選)
- 落倉自然園
- 青鬼(あおに) - (重要伝統的建造物群保存地区、日本の棚田百選)
- 観音原石仏群
スキー関連[編集]
- 白馬ジャンプ競技場
- 白馬クロスカントリー競技場
- Hakuba47ウィンタースポーツパーク - 夏期はHakuba47マウンテンスポーツパークとなる
- サンアルピナ白馬さのさかスキー場
- 白馬岩岳スキー場
- 白馬五竜スキー場
- 白馬ハイランドスノーパーク
- 白馬八方尾根スキー場
- 白馬みねかたスキー場
温泉[編集]
スノーハープ (2018年7月14日撮影)
民話・伝承[編集]
- おかるの穴
楠川のほとりに「おかるの穴」と呼ばれる洞穴がある。昔、姑ととても仲の悪かったおかるという嫁が、氏神様の般若の面を盗み姑を脅したところ、氏神様の祟りで般若の面が取れなくなってしまった。恥ずかしくなり逃げ出したおかるは、洞穴に隠れそのまま亡くなった。その後その洞穴は、「おかるの穴」と呼ばれるようになったといわれている[16]。
出身人物[編集]
- 上村愛子(兵庫県生まれ、フリースタイルスキー選手)
- 梅崎慶大(スキージャンプ選手)
- 太田順也(ゲームクリエイター、同人音楽家、上海アリス幻樂団)
- 郷津雅夫(写真家)
- 仙名秀雄(画家)
- 田中登(映画監督)
- 福島のり子(スキークロス選手)
- 松本勲人(アルペンスキー選手)
- 山岸慎英(登山家)
- 渡部暁斗(ノルディック複合選手)
- 渡部善斗(ノルディック複合選手)
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ ハクババレー(2018年12月9日閲覧)。
- ^ あづみ野児童文学会『白馬の民話』信濃教育会出版部、1995年、8-9頁。
- ^ 白馬村白馬町区『白馬村百年誌』1992年、18頁。
- ^ 白馬村白馬町区『白馬村百年誌』1992年、20頁。
- ^ 白馬村白馬町区『白馬村百年誌』1992年、11頁。
- ^ 白馬村白馬町区『白馬村百年誌』1992年、16頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 『白馬村村勢要覧統計資料2016』白馬村、3-11頁。
- ^ 白馬村第5次総合計画(概要版) p.2
- ^ “長野県の外国人住民統計(平成29年12月末現在)”. 2018年7月14日閲覧。
- ^ 【速報】白馬村長に下川氏再選 泰阜村長に横前氏初当選2018年8月5日 信毎Web
- ^ 長野・白馬村、スキー客向けホテル 整備加速『日本経済新聞』朝刊2018年11月17日(長野経済面)2018年12月9日閲覧。
- ^ “HIV/エイズの現状”. 長野県. 2018年7月14日閲覧。
- ^ “Jumelages, pactes d'amitie et partenariats”. 2011年9月9日閲覧。
- ^ a b 「日本の道100選」研究会 2002, pp. 90?91.
- ^ 「日本の道100選」研究会 2002, p. 9.
- ^ あづみ野児童文学会『白馬の民話』信濃教育会出版部、1995年、134-139頁。
参考文献[編集]
- 「日本の道100選」研究会 『日本の道100選〈新版〉』 国土交通省道路局(監修)、ぎょうせい、2002年6月20日。ISBN 4-324-06810-0。
- あづみ野児童文学会『白馬の民話』信濃教育会出版部、1995年
- 白馬村白馬町区『白馬村百年誌』1992年
- 『白馬村村勢要覧統計資料2016』白馬村
外部リンク[編集]
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