シナ・チベット語族

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シナ・チベット語族
話される地域: 東アジア
言語系統: 世界でも主要な語族の一つ。
下位言語:
ISO 639-2639-5: sit
Lenguas sino-tibetanas.png

シナ・チベット語族の分布図(赤はシナ語派、緑はチベット・ビルマ語派

中国語方言の分布

シナ・チベット語族(シナ・チベットごぞく)は、言語言語学上の分類単位の一種で、主に中国台湾東南アジアなどアジア民族によって話される250余の諸言語のことである。

代表的な言語として、中国語ビルマ語チベット語がある。シナ・チベット諸語[1][2]支那・蔵語族漢蔵語系漢・チベット語系中国・チベット語系ともいう。

概要[編集]

シナ・チベット語族に属する言語は、多くが声調言語、孤立語である。ただし、これは言語系統上と言うより地域特性であるとも言われている。

7世紀のチベット語の発音を反映していると考えられるチベット文字の綴りは、この時代のチベット語に子音クラスターがあり、一方でトーン型の声調は有していなかったことを示している。また、詩の押韻や漢字の音符から研究が進んでいる中国語の上古音も、古代中国語における子音クラスターの存在やトーン型声調の不在を示唆している。

ミャオ・ヤオ語族タイ・カダイ語族は、声調言語であり孤立語であること、現在シナ・チベット語族とされている言語と共通する語彙が多く見られることから、かつてはシナ・チベット語族に含まれると考えられていた。しかし、研究の進展によって語彙の共通性は主に借用によるものであることが明らかになり、借用語を除いた語彙の共通性が乏しいことから、現在では別の語族と考えられている。

歴史[編集]

中国語・チベット語・ビルマ語ほかの言語に親縁関係があるという説は19世紀はじめに提出され、現在では広く認められている。当初は古くからの文献をもった文明語を対象にしていたが、のちにはあまり知られていない、書記体系がごく最近に発達したか、あるいはまったく存在しない言語にまで対象が広げられた。しかし、インド・ヨーロッパ語族オーストロネシア語族に比べると、シナ・チベット祖語の再構は十分確立しているとは言えない。その原因は、各言語の違いがきわめて大きいこと、大部分の言語が屈折を行わないこと、言語接触の影響が強いことにある。それに加えて、山奥で話される小規模な言語の多くは調査が困難で、しかも国境の紛争地域にあることが多い[3]

初期の研究[編集]

18世紀に何人かの学者が、2つの古い文献を持つ言語であるチベット語とビルマ語の間に平行関係があることに注目した。 19世紀はじめに、ブライアン・ホートン・ホジソン英語版らは北東インドの高地と東南アジアの文字を持たない言語も、チベット語やビルマ語と関係があることに注目した。 「チベット・ビルマ語族」という語は、1856年にジェームズ・リチャードソン・ローガン英語版が使用した。ローガンは1958年にカレン語をこの語族に追加した[4][5]ステン・コノウが編集したインド言語調査英語版の第3巻はイギリス領インド帝国で話されるチベット・ビルマ語族の諸言語を含んでいる[6]

19世紀中頃から、「インドシナ」(Indo-Chinese)すなわち東南アジアの言語が4種類の語族からなることがローガンらによって明らかにされた。すなわち、チベット・ビルマ語族、タイ語族モン・クメール語族マライ・ポリネシア語族である。 1823年にユリウス・ハインリヒ・クラプロートは、ビルマ語・チベット語・中国語の3つは基礎語彙が一致するが、タイ語モン語ベトナム語はこれらとは大きく異なることに注目している[7][8]。 エルンスト・クーンはこれらの言語を「中国・シャム語」と「チベット・ビルマ語」の2つの語派に分けた[注釈 1]アウグスト・コンラーディは1896年の有名な分類においてこのグループをインドシナ語族と呼んだが、コンラーディはカレン語を除外した。インドシナ語族の名称は広く使われたが、コンラーディがベトナム語を除いたことは議論を呼んだ。フランツ・ニコラウス・フィンク英語版は1909年にカレン語を中国・シャム語の第3の語派に含めた[9]

ジャン・プシルスキは、アントワーヌ・メイエマルセル・コーアン英語版による『世界の言語』(Les langues du monde, 1924)の章題として「シナ・チベット語族」の名を初めて使用した[10]。 プシルスキはコンラーディの2つの語派の区別を保ち(チベット・ビルマ語派とシナ・ダイ語派)、ミャオ・ヤオ語族をダイ語派(タイ・カダイ語族)に含めた。

シェーファーとベネディクト[編集]

公共事業促進局の助成を受け、1935年に人類学者アルフレッド・L・クローバーカリフォルニア大学バークレイ校においてシナ・チベット語文献学プロジェクトを立ちあげた。 このプロジェクトは1938年までロバート・シェーファーが、それ以降はポール・K・ベネディクトが監督した。 シェーファーとベネディクトの指導の下、言語学を専門としない30人のメンバーが入手できるかぎりのシナ・チベット語の文献を収集した。 その結果は15巻からなるタイプ原稿の「シナ・チベット語言語学」にまとめられ、8部が作られた[6][注釈 2]。 この書物が出版されることはなかったが、その後のシェーファーの論文、シェーファーによる5巻の『シナ・チベット語入門』、およびベネディクトの『シナ・チベット語概要』を書くためのデータとして使われた[12]

ベネディクトは『シナ・チベット語概要』の原稿を1941年には書きあげていたが、出版されたのは1972年だった[13]。ベネディクトはシナ・チベット語族の完全な系統図を描くかわりに、5つの主要な言語の比較によってチベット・ビルマ祖語を構築した(ときに別の言語の比較も使用した)[14]。ベネディクトは音節頭子音として有声と無声の2つの系列を認めた。無気音と帯気音の区別はチベット語には残っているが他の大半の言語で失われた子音連結から発生したと考えた[15]。しがって、ベネディクトによる音節頭子音の再構は以下のようになる[16]

TB チベット語 チンポー語 ビルマ語 ガロ語 ミゾ語 スゴ・カレン語 上古中国語[注釈 3]
*k k(h) k(h) ~ g k(h) k(h) ~ g k(h) k(h) ~ h *k(h)
*g g g ~ k(h) k g ~ k(h) k k(h) ~ h *gh
ŋ ŋ ŋ ŋ ŋ y
*t t(h) t(h) ~ d t(h) t(h) ~ d t(h) t(h) *t(h)
*d d d ~ t(h) t d ~ t(h) t d *dh
*n n n n n n n *n ~ *ń
*p p(h) p(h) ~ b p(h) p(h) ~ b p(h) p(h) *p(h)
*b b b ~ p(h) p b ~ p(h) p b *bh
*m m m m m m m *m
*ts ts(h) ts ~ dz ts(h) s ~ tś(h) s s(h) *ts(h)
*dz dz dz ~ ts ~ ś ts tś(h) f s(h)  ?
*s s s s th th θ *s
*z z z ~ ś s s f θ  ?
*r r r r r r γ *l
*l l l l l l l *l
*h h h h h *x
*w w w w w w *gjw
*y y y y tś ~ dź z y *dj ~ *zj

同系語の音節頭子音は同一の調音位置調音方法を持つ傾向があるが、無声・有声および無気・帯気の別はしばしば予想できない[17]。 この不規則性はロイ・アンドリュー・ミラーの攻撃するところになった[18]。一方ベネディクト説の支持者はこの問題を接頭辞が脱落したことに求めた[19]。 この問題は現在にいたるも解決していない[17]。 現在もシナ・チベット語族の存在を認めない数少ない学者のひとりであるクリストファー・ベックウィズ英語版は、この問題と、共通シナ・チベット語の形態論が再構できないこと、多くの共通語彙が中国語からチベット・ビルマ語族への借用語であることを論拠としてあげている[20][21]

文献の研究[編集]

竹簡に書かれた古代中国語の文書

古代中国語はシナ・チベット語の中でとびぬけて古い記録を持つ言語である。甲骨文は紀元前1200年にさかのぼり、紀元前1千年紀に書かれた大量の文献が残っているが、漢字は音素文字ではない。学者は中古音や漢字の声符、詩の押韻などから上古音を再構しようとしている。ベネディクトとシェーファーは最初期の再構であるベルンハルド・カールグレンの『Grammata Serica Recensa』の音を使用している。 しかしカールグレンの上古音は多くの音が不揃いな分布をなしており、扱いづらい[22]。最近の学者は他の根拠を利用してカールグレンの上古音を改訂している。それらの提案のいくつかはシナ・チベット語族の同系語にもとづいているが、あるものは中国語内部に支持する根拠が存在する[23] 。 たとえば最近の上古音の再構ではカールグレンの15の母音から6母音体系に変更している。この体系ははじめニコラス・ボドマンがチベット語との比較をもとに考案したものである[24]。同様に、カールグレンの *l は *r に変更され、別な子音が *l と解釈されるようになった。これはチベット・ビルマ語との同系語のほかに外国語の借音表記からも支持される[25]。中国語が本来非声調言語であり、中古音の声調は音節末子音から発達したという考えを支持する学者が増えつつある。そのような音節末子音のうち、*-s は他のシナ・チベット語族に同系語をもつ接尾辞であると考えられている[26]

トゥルファン出土の古代チベット語文書

チベット語は、7世紀なかばの吐蕃時代以来広く文字に書かれている。ビルマ語の初期の記録(12世紀のミャゼディ碑文英語版など)はより限定的であるが、後には広く文献が発達した。チベット語とビルマ語はともに古代インドのブラーフミー文字に由来する音素文字で記録されている。比較の作業はこれらの言語の保守的な文語を利用して行われる。チベット語についてはハインリヒ・アウグスト・イェシュケの辞書、ビルマ語についてはアドニラム・ジャドソンの辞書が使われる。ただしどちらの辞書も異なる時代の語彙を含む[27]

西夏(1038-1227)の言語である西夏語も多くの文献が残っている。西夏語は漢字に着想を得た表語文字で記されており、多言語辞書が存在するものの、その解釈にはさまざまな困難がある[28]

龔煌城は古代中国語、チベット語、ビルマ語、西夏語を比較してその音対応規則を確立しようとした[14][29]。龔はチベット語やビルマ語の /a/ が古代中国語の *a と *ə の2つの母音に対応することを見出した[30]。このことは中国語がチベッコ・ビルマ語とは異なる語派に属する証拠と考えられてきたが、ヒル(2014)ではビルマ語でも *-aj (> -ay) と *-əj (> -i) が区別されることを発見し、したがって *ə > *a の変化はチベット語とビルマ語で独立に起きたと考えるべきだと主張した[31]

フィールドワーク[編集]

シェーファーとベネディクトが使用した無文字言語の記述は、多くが宣教師や植民地政府の統治者によって記録されたものであり、言語学的にみた正確さに問題がある[32][33]。 小さなシナ・チベット語族の言語の大部分は近づきがたい山間地で話されており、その多くは政治的・軍事的に敏感な地域であって、調査が禁じられている。 1980年代まで、もっともよく調査されていた地域はネパールと北部タイであった[34]。 1980年代から1990年代にかけて、ヒマラヤと中国南西部の新しい調査が公刊された。中でも特に興味ぶかいのは、新しい語派である四川省およびその隣接地域で話されるチャン語英語版の発見である[35][36]

系統[編集]

シナ・チベット語族とされる言語グループの系統は、諸説あるが、下記の通り列挙する。

シナ語派[編集]

チベット・ビルマ語派[編集]

話者の遺伝子[編集]

シナ・チベット語族の話者はY染色体ハプログループO3、特にO3a2c-P164と関連している[37]。ただしチベット人には東アジア最古層のD系統が最大49%の高頻度でみられる。

所属未定の言語[編集]

インドアルナーチャル・プラデーシュ州の言語en:Hruso language, en:Miji languages, en:Puroik languageなどは元来シナ・チベット語族の一言語とされてきたが、最近になって、孤立した言語ではないかとの見方が出てきている[38]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

  • タイ・カダイ語族・・・従来はシナ・チベット語族の一部とされた[1][2]が、現在では独立の語族とするのが普通である。
  • ミャオ・ヤオ語族・・・従来はシナ・チベット語族の一部とされた[1][2]が、現在では独立の語族とするのが普通である。

脚注[編集]

  1. ^ Kuhn (1889), p. 189: "wir das Tibetisch-Barmanische einerseits, das Chinesisch-Siamesische anderseits als deutlich geschiedene und doch wieder verwandte Gruppen einer einheitlichen Sprachfamilie anzuerkennen haben." (van Driem (2001), p. 264 にも引用)
  2. ^ The volumes were: 1. Introduction and bibliography, 2. Bhotish, 3. West Himalayish, 4. West central Himalayish, 5. East Himalayish, 6–7. Digarish–Nungish, 8. Dzorgaish, 9. Hruso, 10. Dhimalish, 11. Baric, 12. Burmish–Lolish, 13. Kachinish, 14. Kukish, 15. Mruish.[11]
  3. ^ カールグレンによる。ただし帯気音は h、 i̯ は j に直す

出典[編集]

  1. ^ a b c 『講座 言語 第6巻 世界の言語』北村甫編、橋本萬太郎ら共著(大修館書店)
  2. ^ a b c 『世界の言語と国のハンドブック』下宮忠雄(大学書林)
  3. ^ Handel (2008), pp. 422, 434–436.
  4. ^ Logan (1856), p. 31.
  5. ^ Logan (1858).
  6. ^ a b Hale (1982), p. 4.
  7. ^ van Driem (2001), p. 334.
  8. ^ Klaproth (1823), pp. 346, 363–365.
  9. ^ van Driem (2001), p. 344.
  10. ^ Sapir (1925), p. 373.
  11. ^ Miller (1974), p. 195.
  12. ^ Miller (1974), pp. 195–196.
  13. ^ Matisoff (1991), p. 473.
  14. ^ a b Handel (2008), p. 434.
  15. ^ Benedict (1972), pp. 20–21.
  16. ^ Benedict (1972), pp. 17–18, 133–139, 164–171.
  17. ^ a b Handel (2008), pp. 425–426.
  18. ^ Miller (1974), p. 197.
  19. ^ Matisoff (2003), p. 16.
  20. ^ Beckwith (1996).
  21. ^ Beckwith (2002b).
  22. ^ Matisoff (1991), pp. 471–472.
  23. ^ Baxter (1992), pp. 25–26.
  24. ^ Bodman (1980), p. 47.
  25. ^ Baxter (1992), pp. 197, 199–202.
  26. ^ Baxter (1992), pp. 315–317.
  27. ^ Beckwith (2002a), pp. xiii–xiv.
  28. ^ Thurgood (2003), p. 17.
  29. ^ Gong (1980).
  30. ^ Handel (2008), p. 431.
  31. ^ Hill (2014), pp. 97–104.
  32. ^ Matisoff (1991), pp. 472–473.
  33. ^ Hale (1982), pp. 4–5.
  34. ^ Matisoff (1991), pp. 470, 476–478.
  35. ^ Handel (2008), p. 435.
  36. ^ Matisoff (1991), p. 482.
  37. ^ 崎谷満『DNA・考古・言語の学際研究が示す新・日本列島史』(勉誠出版 2009年) 
  38. ^ Blench, Roger; Post, Mark (2011), (De)classifying Arunachal languages: Reconstructing the evidence (PDF)