ミゾラム州
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| ミゾラム州 Mizoram मिज़ोरम | ||
|---|---|---|
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| 基礎情報 | ||
| 国 | ||
| 行政区 | ミゾラム州 | |
| 州都 | アイザウル(Aizawl) | |
| 面積 | 21,081 km² | |
| 人口 | (2001年) | |
| - 合計 | 888,573 人 | |
| - 人口密度 | 42 人/km2 | |
| 時間帯 | インド標準時(IST)UTC+5:30 | |
| 公用語 | ミゾ語、英語、ヒンディー語 | |
| 創立 | 1987年2月20日 | |
| 知事 | クマナム・ライアセカラン(Kummanam Rajasekharan) | |
| 首相 | ゾラムタンガ(代行、Zoramthanga) | |
| 立法機関(議席数) | 一院制(40) | |
| 略称(ISO) | IN-MZ | |
| 州公式ウェブサイト | http://mizoram.gov.in | |
ミゾラム州(Mizoram、मिज़ोरम)は、インドの東部にある州の一つ。その多くは丘陵地帯であり、ミゾ族を多数とするチベット・ビルマ系の諸族が住んでいる。
歴史[編集]
詳細は「ミゾラムの歴史」を参照
「7姉妹州」も参照
1877年に英領インド帝国が成立した段階では、まだミゾラムはインド帝国に併合されていなかった。
イギリスがビルマのコンバウン朝(アラウンパヤー朝)を倒した際、この地域にもイギリスが進出し、19世紀末、アッサム州の一部に組み込まれる。
第二次世界大戦後[編集]
1966年、ミゾ国民戦線(MNF)によるミゾ独立運動が起こったが鎮圧され、組織は東パキスタン(現バングラデシュ)のチッタゴン丘陵地帯に脱出した(en:March 1966 Mizo National Front uprising)。同地では後に、シャンティ・バヒーニー(英語:Peace Force)によるチッタゴン丘陵地帯紛争(1977年 - 1997年)が発生した。
1987年、州の一つに昇格。
地理[編集]
マニプル州、トリプラ州、バングラデシュ(チッタゴン管区)、ミャンマー(チン州)と接している。
地方行政区分[編集]
詳細は「en:List of districts of Mizoram」を参照
- アイザウル県 (Aizawl district)
- チャンパイ県 (Champhai district)
- コロシップ県 (Kolasib district)
- ロントライ県 (Lawngtlai district)
- ルングレー県 (Lunglei district)
- マーミット県 (Mamit district)
- サイハ県 (Saiha district)
- サーチップ県 (Serchhip district)
主要都市[編集]
住民[編集]
ミゾ族が住民の多くを占め、言語も主にミゾ語が話される。ただし、ミゾラム州内のマー族もミゾ族として扱われるが、ミゾラム州外に住むマー族は決してミゾ族とは名乗らない。他のインドの州と異なり、イギリスによるキリスト教布教が成功したため、人口の9割を占めるミゾ族は100%がキリスト教徒である。南西部はチャクマ族のエリアで多くが仏教徒。インドの中でも識字率の高い州であり、9割近くの人々が文字を理解する。州都の表記はAizawl、多くの地図などで「アイザウル」の表記が見られるが、Aizawl自体はミゾ語表記であり、「アイゾール」と発音する。
人口動態[編集]
詳細は表中の数値を参照。
| 国勢調査 | 人口 | %± |
|---|---|---|
| 1951年 | 196,000人 | - |
| 1961年 | 266,000人 | 35.7% |
| 1971年 | 332,000人 | 24.8% |
| 1981年 | 494,000人 | 48.8% |
| 1991年 | 690,000人 | 39.7% |
| 2001年 | 889,000人 | 28.8% |
出典:Census of India[1]
参考文献[編集]
- ^ “Census Population (PDF)”. Census of India. Ministry of Finance India. 2008年12月18日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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