ジンポー語

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ジンポー語
カチン語、景颇语、シンポー語
Jinghpaw /jìŋphòʔ/ [d͡ʒiŋ˧˩pʰɔʔ˧˩]
Kachin women in traditional dress.jpg
ジンポー族の伝統衣装
話される国 ミャンマーの旗 ミャンマー
中華人民共和国の旗 中国
インドの旗 インド
地域 カチン州シャン州雲南省アッサム州アルナーチャル・プラデーシュ州
話者数 900,000人 [1]
言語系統
表記体系 ラテン文字
言語コード
ISO 639-2 kac
ISO 639-3 kac
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ジンポー語 (ジンポーご、英語: Jinghpaw, Jingpho) はミャンマー有数の民族の1つであるカチン族によって話される言語の1つである。この言語はカチン族の共通語として機能していることから、カチン語 (Kachin) という名称でも知られる[1]。話者の大部分はミャンマー北部に位置するカチン州およびシャン州北部に居住する。また、話者の一部は中華人民共和国雲南省徳宏タイ族チンポー族自治州およびインドアッサム州アルナーチャル・プラデーシュ州にも居住する。特に中国の方言は景颇语 (チンポー語)、インドの方言はシンポー語 (Singpho) という名称で知られる。エスノローグによるとジンポー人の人口はおよそ90万人である。

カチン族とジンポー語[編集]

ジンポー語はカチン族 (Kachin) の主要言語である。カチン族はミャンマーのカチン州 を中心に居住するミャンマー有数の民族の1つである。カチン族が用いる言語は多様であり、ジンポー語の他に、ザイワ語 (Zaiwa)、ロンウォー語 (Lhaovo)、ラワン語 (Rawang)、リス語 (Lisu) などがある[2]。この、民族と言語の一対多対応を示すカチンにおいては多言語使用は珍しくない。カチン族の共通語としてのジンポー語は、カチンの人々を結びつける1つの役割を担っている。

系統[編集]

ジンポー語は系統的にシナ・チベット語族 (Sino-Tibetan) チベット・ビルマ語派 (Tibeto-Burman) に属する言語であり、中国語ビルマ語チベット語などの言語と親縁性を示す[3][4]

方言[編集]

ジンポー語は地理的に広い分布を示すため、多くの方言を持つ。比較言語学的証拠はジンポー語方言が大きく南部方言群と北部方言群に分かれることを示している[5]。ミャンマーのカチン州の州都ミッチーナーで話されるジンポー語と中国の景颇语は前者に属し、比較的近い関係にある。後者はインドのシンポー語とミャンマーのプータオ (Putao) 近郊に分布するドゥレン方言を含む。

文字[編集]

ジンポー語はラテン文字による正書法を持つ。同正書法は米国バプテスト教会の宣教師オーラ・ハンソン (Ola Hanson) により1890年代に考案された。ジンポー語は東南アジア山岳部の民族のうち最も早くに文字を手に入れた言語の1つであり、また、同正書法は現在もカチン族の間で広く普及している[6]。20世紀以降、カチン族の他の言語の正書法の多くもジンポー語正書法に基づいて考案された。

音韻論[編集]

最大の音節構造はCCVCである。頭子音が両唇音または軟口蓋音のとき、介子音として /r/ および /y/ が後続しうる。末子音には /p, t, k, ʔ, m, n, ŋ, w, y/ が現れうる。5つの基本母音と31の子音音素を持ち、4つの声調を持つ音節声調言語である[7]

形態論[編集]

主要な語形成手段として、複合、重複、接辞付加、ゼロ派生などが認められる。

  • 複合:shata「月」+pan「花」->「ひまわり」
  • 重複:jau「早い」-> jau jau「早く」
  • 接辞:sha「食べる」-> shat「ご飯」
  • ゼロ派生:tsip「巣」->tsip「巣を作る」

統語論[編集]

動詞末尾型言語である。文中における名詞句の役割は格助詞により示される。主語と目的語の相対的有生性に従って目的語の格標示が決まる。他の東南アジア大陸部諸語同様、動詞連続を発達させている。

語彙[編集]

  • 人称代名詞:ngai「私」、nang「あなた」、shi「彼・彼女」、anhte「私たち」、nanhte「あなたたち」、shanhte「彼ら」
  • 指示詞:ndai「これ」、dai「それ」、wora「あれ」(話者と同じ位置を指して)、htora「あれ」(話者より高い位置)、lera「あれ」(話者より低い位置)
  • 疑問語:hpa「何」、kadai「誰」、gara「どこ」、galoi「いつ」、gade「どれくらい」、ganing「どのように」
  • 数詞:langai「1」、lahkawng「2」、masum「3」、mali「4」、manga「5」、kru「6」、sanit「7」、matsat「8」、jahku「9」、shi「10」、hkun「20」
  • 身体部位:baw「頭」、myi「目」、na「耳」、n-gup「口」、kara「髪」、du「首」、lata「手」、lagaw「足」、lamyin「爪」、hkum「体」
  • 親族名称:nu「母」、wa「父」、hpu「兄」、na「姉」、nau「弟、妹」、sha「子供」、ji「祖父」、dwi「祖母」、shu「孫」
  • 格助詞:hpe「を」、kaw「で」、hta「で」、de「へ」、kaw na「から」、hte「と」、a「の」、na「の」
  • 色彩:hpraw「白い」、chyang「黒い」、hkyeng「赤い」、tsit「緑の」、mut「青い」

借用語[編集]

カチン族はタイ族と長い間共生関係にあった。カチン族の一部がタイ族になる事例は当該地域の民族流動性の事例の1つとしてよく知られる[8]。カチン族とタイ族の緊密な関係は借用語として言語にも反映されている。ミャンマーの現代の公用語であるビルマ語の多くも本来はシャン語を介してカチン諸語に借用されたと考えられる[9]

あいさつ[編集]

  • kaja ai i「元気ですか」
  • chyeju kaba sai「ありがとう」
  • shat sha ngut sai i「ご飯を食べましたか」
  • wa sana yaw「またね」

民話・神話[編集]

  • マナウ祭りの起源:最初太陽の精霊しかマナウ踊りを知らなかった。鳥たちが太陽の国に行きマナウを知った。次いで、人間が鳥たちからマナウを学んだ[10]
  • 太陽を買った話:昔、人間と動物が天の君主から太陽を買ったとき、費用としてそれぞれの身体部位を差し出した。しかし、コウモリとムササビは参加しなかった。だから、彼らは日中姿を現さないし、鳥のような翼とネズミのような姿を併せ持つ[11]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ Hanson, Ola (1896) A Grammar of the Kachin Language. Rangoon: American Baptist Mission Press.
  2. ^ Kurabe, Keita (2015) Jinghpaw and related languages. In Kenneth VanBik (ed.) Continuum of the Richness of Languages and Dialects in Myanmar, 71-101, 143-168. Yangon: Chin Human Rights Organization.
  3. ^ Benedict, Paul K. (1972) Sino-Tibetan: A Conspectus. Cambridge: Cambridge University Press. ISBN 978-0521118071
  4. ^ Matisoff, James A. (2003) Handbook of Proto-Tibeto-Burman: System and Philosophy of Sino-Tibeto-Burman Reconstruction. Berkeley: University of California Press. ISBN 978-0520098435
  5. ^ Kurabe, Keita (2014) The reflexes of the Proto-Jingpho glides in modern Jingpho dialects.Linguistics of the Tibeto-Burman Area 37(2): 181-197. E-ISSN 2214-5907
  6. ^ Kurabe, Keita and Masao Imamura (2015) Orthography and vernacular media: The case of Jinghpaw-Kachin. IIAS Newsletter (Leiden) 75: 36-37.
  7. ^ Kurabe, Keita (2017) Jinghpaw. In Graham Thurgood and Randy J. LaPolla (eds.) The Sino-Tibetan Languages, 993-1010. London & New York: Routledge. ISBN 978-1138783324
  8. ^ Leach, Edmund R. (1954) Political Systems of Highland Burma: A Study of Kachin Social Structure. London: G. Bell and Sons.
  9. ^ Kurabe, Keita (2017) A classified lexicon of Shan loanwords in Jinghpaw. Asian and African Languages and Linguistics 11: 129-166. http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/89212/2/aall011011-final.pdf PDFへのリンク] (PDF, 169Kb)
  10. ^ Hanson, Ola (1913) The Kachins: Their Customs and Traditions. Rangoon: American Baptist Mission Press.
  11. ^ 倉部慶太 (2016)「ジンポー語の2 つの民話資料と文法注釈」『言語記述論集』8: 1-20.

参考文献[編集]

  • 戴庆夏・徐悉艰 (1992)《景颇语语法》北京:中央民族学院出版社.
  • Hanson, Ola (1896) A Grammar of the Kachin Language. Rangoon: American Baptist Mission Press.
  • Hanson, Ola (1906) A Dictionary of the Kachin Language. Rangoon: American Baptist Mission Press.
  • Hanson, Ola (1913) The Kachins: Their Customs and Traditions. Rangoon: American Baptist Mission Press.
  • Hertz, Henry F. (1895) A Practical Handbook of the Kachin or Chingpaw Language. Rangoon: Superintendent Printing Burma.
  • Kurabe, Keita (2016) A grammar of Jinghpaw, from northern Burma. Ph.D. dissertation, Kyoto University.
  • Kurabe, Keita (2017) Jinghpaw. In Graham Thurgood and Randy J. LaPolla (eds.) The Sino-Tibetan Languages, 993-1010. London & New York: Routledge. ISBN 978-1138783324
  • Kurabe, Keita. 2013. Kachin folktales told in Jinghpaw. Collection KK1 at catalog.paradisec.org.au [Open Access]. https://dx.doi.org/10.4225/72/59888e8ab2122
  • Kurabe, Keita. 2017. Kachin culture and history told in Jinghpaw. Collection KK2 at catalog.paradisec.org.au [Open Access]. https://dx.doi.org/10.26278/5fa1707c5e77c
  • Leach, Edmund R. (1954) Political Systems of Highland Burma: A Study of Kachin Social Structure. London: G. Bell and Sons. ISBN 978-1597406031
  • 徐悉艰等(编) (1983)《景汉辞典》云南:云南民族出版社.

外部リンク[編集]

  • Glottolog | Jingpho[2]
  • Ethnologue | Jingpho[3]
  • OLAC resources | Kachin[4]
  • PARADISEC | Kachin folktales told in Jinghpaw[5]
  • PARADISEC | Kachin culture and history told in Jinghpaw[6]