一松定吉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
一松 定吉(ひとつまつ さだよし、1875年3月18日 - 1973年6月8日)は、明治、大正、昭和期の日本の政治家、弁護士。
来歴・人物
1875年、大分県西国東郡美和村(現・豊後高田市)に生まれる。明治法律学校(現・明治大学)を卒業し長崎、大分、横浜、大阪などでの検事を経て、大審院検事をつとめる。1920年、弁護士に転じる。
1928年、大阪1区から第16回衆議院議員総選挙に立憲民政党公認で出馬し初当選、1947年の第23回衆議院議員総選挙まで連続8回当選を果す。第1次吉田内閣の国務・逓信大臣、片山内閣の厚生大臣、芦田内閣の建設大臣、日本進歩党の幹事長等を歴任した。1949年の第24回衆議院議員総選挙には落選し、翌年の参議院議員選挙に国民民主党公認で出馬し当選、参院議員に転身して2期務めた。1962年落選し政界から引退。
1973年6月8日死去。享年98。
所属政党
立憲民政党→日本進歩党→民主党→国民民主党→改進党→日本民主党→自由民主党
外部リンク
議会 | ||
---|---|---|
先代 深川タマエ |
参議院懲罰委員長 1955年 |
次代 中川幸平 |
公職 | ||
先代 一松定吉 (建設院総裁) |
建設大臣 初代:1948年 |
次代 益谷秀次 |
先代 片山哲 (臨時代理) |
厚生大臣 第16代:1947年 - 1948年 |
次代 竹田儀一 |
先代 八田嘉明 |
逓信大臣 第50代:1946年 - 1947年 |
次代 片山哲 (臨時代理) |
党職 | ||
先代 犬養健 |
日本進歩党幹事長 第3代 |
次代 田中萬逸 |
帝国議会 |
|
---|---|
国会 |
|
|
再編前 |
| ||||
---|---|---|---|---|---|
厚生労働大臣 | |||||
2001年の省庁再編により厚生大臣と労働大臣は統合された。 Category:日本の厚生労働大臣・Category:日本の厚生大臣・Category:日本の労働大臣 |
この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。 |