谷川秀善
| 生年月日 | 1934年2月3日(78歳) |
|---|---|
| 出身地 | 兵庫県 |
| 出身校 | 大阪大学 |
| 学位・資格 | 法学士 |
| 前職 | 大阪府副知事 |
| 所属委員会 | 憲法調査会 |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | 大阪府選挙区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 所属党派 | 自由民主党(町村派) |
| 党役職 | 大阪府支部連合会長 |
| 会館部屋番号 | 参議院議員会館440号室 |
| ウェブサイト | 谷川秀善ウェブサイト |
谷川 秀善(たにがわ しゅうぜん、1934年2月3日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(3期)。
外務副大臣、大阪府副知事、自由民主党参議院幹事長を歴任した。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 略歴
兵庫県尼崎市生まれ。兵庫県立尼崎高等学校、大阪大学法学部卒業。1957年、大阪府庁に入庁した。赤間文三大阪府知事秘書、大阪府理事、生活文化部長、企画調整部長を経て、1992年に中川和雄知事の下、大阪府副知事に就任する。府庁内では強面で知られ、辣腕をふるった。
1995年、大阪府庁を退職。第17回参議院議員通常選挙に大阪府選挙区から自由民主党公認で出馬し、初当選を果たした。2001年の第19回参議院議員通常選挙では、定数3の大阪府選挙区でトップ当選。2004年、第2次小泉改造内閣で外務副大臣に任命された。外務副大臣在任中、イラクで邦人誘拐事件が発生し、アンマンに設置された対策本部で陣頭指揮を執る。
2007年の第21回参議院議員通常選挙では、安倍内閣や自民党への逆風が影響し、3位で当選した。同年8月、自民党両院議員総会長に就任。10月、福田康夫内閣で町村派会長の町村信孝が内閣官房長官に就任し、閥務に時間を割けなくなったため、町村、中川秀直、谷川の3人が町村派代表世話人に就任する。2009年3月、体調不良により辞任した山崎正昭に代わり、自由民主党参議院幹事長に就任。
2010年7月の第22回参議院議員通常選挙では自民党が改選第1党になり、与党が参議院で過半数を割り込む。参議院議員会長の尾辻秀久が参議院副議長に就任し、また鈴木政二参議院国会対策委員長が参院議院運営委員長に就任したため、参院幹事長の谷川が事実上、後任の参院議員会長が決まるまで暫定的に参院執行部の大部分を1人で取り仕切った。
8月、自民党参議院議員会長選挙への出馬を表明。参院議員会長は事前に立候補者1名が内定し、無投票で選出されるのが慣例であったが、超党派で中堅・若手から推された中曽根弘文元外務大臣も立候補を表明したため、史上初の投票が行われる。谷川は町村・額賀・古賀3派の推薦を得たが、谷川も所属する町村派から造反者が現れ、谷川、中曽根が獲得した票数が共に40票であったためクジ引きが行われ、その結果中曽根に敗れた。
[編集] 人物
- 生家は浄土真宗本願寺派萬徳寺で、かつては住職も務めていた。
- 長男の谷川正秀は、1991年に尼崎市議会議員選挙に出馬し、初当選。1992年には生家の住職を継いだ。2006年、4期目の途中で市議を辞職し尼崎市長選挙に立候補したが、白井文市長に大差で敗れた。その後は父である谷川の公設第一秘書を務める。
[編集] 主な所属議員連盟
[編集] 発言
- 「事務所費問題は終わったこと」
- (日本郵政社長人事問題で揺れる麻生太郎首相に)「尻に火が付いているのに消さないと言っている。かちかち山のタヌキじゃあるまいし、大ごとになってしまうと言いたい」
- 「選挙にマイナスになるようなことは、本当に空気が読めないんちゃうかと、麻生内閣は」
- 「各団体やいろいろなところでお願いしている。無党派からも、われという人は出てきてほしい。妙案があれば教えてもらいたい」(参院選に向け候補者を集める方策について記者会見で)
- 「もう呆れてますよ。ようこんな人たちを国民が選んだなと思います。国民自身がよく反省してもらわないかんなと思いますよ」
- 「聴取を受けるのは当たり前で、出ないなんてとんでもないことや。率先して行くべきですよ。こんなの何様やと思ってはるんですか。ホンマならブタ箱行きですよ」(小沢氏の事情聴取について記者会見で)
- 「鳩山さんは渡り鳥みたいなもんですから。ちょっと季節外れに飛び立ったと思っている」(2010年に離党した鳩山邦夫について)。
- 「「たちあがれ日本」と言うが、立ち上がるには、ギプスと杖2、3本いるのとちゃいますか」(自民党から離党した4人の新党結成について読売テレビの番組で)
- 「これは面白い。自民党時代にやるべきだった」(民主党政権になり民主党の事業仕分けが国民的な人気でテレビやインターネットで注目されたのを見て)
[編集] 脚注
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: 田浦直 |
2003年 - 2004年 |
次代: 佐藤昭郎 |
| 先代: 鎌田要人 |
2000年 - 2001年 |
次代: 岩井國臣 |
| 官職 | ||
| 先代: 逢沢一郎 阿部正俊 |
逢沢一郎と共同 2004年 - 2005年 |
次代: 塩崎恭久 金田勝年 |
| 党職 | ||
| 先代: 山崎正昭 |
自由民主党参議院幹事長 2009年 - 2010年 |
次代: 小坂憲次 |
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