田中彰治

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田中 彰治(たなか しょうじ、1903年6月18日 - 1975年11月28日)は日本の政治家。元衆議院議員自由民主党・7期)。

[編集] 人物

新潟県新井市(現妙高市)出身。岩倉鉄道学校卒。戦前は樺太で農業を営んだり、九州で炭鉱を経営したりするなど職を転々としていた。1949年第24回衆議院議員総選挙新潟4区から民主自由党公認で立候補し初当選。その後、所属政党が自由党鳩山自由党→自由党→日本民主党と変わり、1955年の自由民主党結党に参加、河野派に所属する。政界のマッチポンプの異名をとる権謀術数で知られ、決算委員長、自由民主党新潟県支部連合会会長などを歴任したが、1966年いわゆる黒い霧事件で失脚、自民党を離党し、9月には議員を辞職。1974年、東京地裁で有罪判決を受け、控訴中の1975年に肝硬変にて死去。

[編集] 田中彰治関連の映画・オリジナルビデオ

[編集] 関連項目

議会
先代:
坂本泰良
日本の旗 衆議院決算委員長
1958年 - 1959年
次代:
鈴木正吾
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