SMBCフレンド証券

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SMBCフレンド証券株式会社
SMBC Friend Securities Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8623 1989年4月 - 2006年8月28日
大証1部(廃止) 8623 1989年4月 - 2006年8月28日
名証1部 8623 1999年4月 - 2006年8月28日
本社所在地 日本の旗 日本
103-8221
東京都中央区日本橋兜町7-12
設立 1948年3月2日
業種 証券、商品先物取引業
金融機関コード 9538
SWIFTコード YAMTJPJT
事業内容 投資・金融サービス業
代表者 代表取締役社長 團野耕一
資本金 272億7,000万円
売上高 674億7,800万円(平成22年3月期決算)
従業員数 2,104名(平成22年3月末現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 株式会社三井住友フィナンシャルグループ 100%
主要子会社 株式会社SMBCフレンド調査センター
外部リンク http://www.smbc-friend.co.jp/
特記事項:登録番号 関東財務局長(証)第146号
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SMBCフレンド証券株式会社(エスエムビーシーフレンドしょうけん、英称SMBC Friend Securities Co.,Ltd.)は、三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)傘下の日本の準大手証券会社である。

2006年(平成18年)9月1日株式交換によりSMFGの完全子会社となっている。

概要[編集]

さくら銀行系のさくらフレンド証券住友グループ及び松下(現パナソニック)グループの証券会社である明光ナショナル証券合併して誕生した。ただ、三井系企業の多くは業界最大手の野村證券(戦前は野村財閥傘下だったが、戦後独立系となった)や極東証券とも親密で、SMBCフレンド証券は住友色が強い。

近年では映画ファンド(北斗の拳)、高齢化社会関連ファンドなどをつくる等先進的な経営を行っている。その一方で、各種オンラインシステム運営などに関しては、野村證券や大和証券からは10年は遅れていると言われている[誰によって?]

2007年(平成19年)より一任勘定取引であるラップ口座(ファンドラップ)の取り扱いを開始した。また、三井住友銀行との提携も強化している。

2009年(平成21年)6月26日、代表取締役社長に三井住友銀行副頭取であった遠藤修が就任した。新社長就任と合わせて、三井住友銀行などで行われている労働時間管理と生活バランスの見直しが行われることとなった。

これまで、三井住友フィナンシャルグループにおける証券事業は、ホールセール業務は大和証券グループ本社との提携によって生まれた大和証券SMBCが手がけ、リテール(小口)業務も大和証券と競合していたため、同社よりも相対的に零細な個人などを主体として営業する位置づけにとどまっている(それが「フレンド」を冠する社名にも表れている)。

しかし、2008年(平成20年)の金融危機を受けて業績が悪化したシティグループが再建の一環で手放した日興コーディアル証券を三井住友フィナンシャルグループが傘下に収め、SMBC日興証券としたことに伴い大和証券グループとの提携を解消した(大和証券SMBCは大和証券グループ本社が完全子会社化し、大和証券キャピタル・マーケッツに変更)。そのため、今後は事業統合などを通じてSMBC日興証券との連携も強化されることになる[1]

沿革[編集]

旧住友銀行系列[編集]

明光証券[編集]

  • 1948年(昭和23年) 2月 - 関西の財界有志が中心となって「明光証券株式会社」を設立。
  • 1955年(昭和30年)12月 - 朝田証券と合併。
  • 1964年(昭和39年) 4月 - 丸ヤ証券株式会社と合併し、「明光丸ヤ証券株式会社」に商号を変更。
  • 1974年(昭和49年) 3月 - 「明光証券株式会社」に商号を戻す。
  • 1985年(昭和60年)12月 - 総合証券会社に移行・昇格。

ナショナル証券[編集]

  • 1948年(昭和23年) 5月 - 坂口保雄が「ナショナル証券株式会社」を設立。
  • 1978年(昭和53年)10月 - 田林証券株式会社と合併し、「ナショナル田林証券株式会社」に商号を変更。
  • 1983年(昭和58年) 1月 - 「ナショナル証券株式会社」に商号を変更。
  • 1985年(昭和60年) 4月 - 総合証券会社に移行・昇格。

明光ナショナル証券[編集]

  • 1999年(平成11年)4月 - 明光証券株式会社を存続会社として、ナショナル証券株式会社を吸収合併して、「明光ナショナル証券株式会社」に商号変更する形で発足。

泉証券[編集]

  • 1894年(明治27年) 4月 - 山内卯之助商店(後に山卯証券株式会社)を創業。
  • 1910年(明治43年) 9月 - 田口重一商店(後に田口証券株式会社)を創業。
  • 1966年(昭和41年) 3月 - 山卯証券が、近畿証券を吸収合併。
  • 1967年(昭和42年) 7月 - 田口証券が、岳麗証券から営業譲受
  • 1974年(昭和49年) 4月 - 山卯証券が、「泉証券株式会社」に商号(社名)を変更。
  • 1982年(昭和57年)10月 - 田口証券を存続会社として、泉証券を吸収合併し、(新)「泉証券株式会社」に商号変更。
  • 1987年(昭和62年) 8月 - 総合証券会社に移行・昇格。
  • 2004年(平成16年) - SMBCフレンド証券との合併合意に伴い、筆頭株主である住友生命保険が完全子会社化。

旧さくら銀行(三井銀行、太陽神戸銀行含む)系列[編集]

山種証券[編集]

  • 1933年(昭和8年) 8月 - 伝説の相場師・山崎種二が「山崎種二商店」の証券部門として創業。
  • 1944年(昭和19年) 4月 - 山崎証券に商号変更。
  • 1965年(昭和40年) 1月 - 山崎証券株式会社が、山崎種二の名前から取った「山種証券株式会社」に商号(社名)変更。
  • 1973年(昭和48年) 6月 - 総合証券会社に移行・昇格。
    • 山種証券は、ヤマタネグループを形成する会社のひとつであった。同グループの会社は、現在でも米穀・倉庫事業のヤマタネ等がある。

神栄石野証券[編集]

  • 1933年(昭和8年)11月 - 石野貞雄が「石野貞雄商店」を創業。
  • 1937年(昭和12年)12月 - 石野貞雄商店が法人化し、「石野証券株式会社」設立。
  • 1938年(昭和13年) 4月 - 神栄証券株式会社設立。
  • 1945年(昭和20年)12月 - 東京神栄証券株式会社設立。
  • 1979年(昭和54年) 4月 - 神栄証券、東京神栄証券、石野証券の3社合併により、「神栄石野証券株式会社」に商号変更。
  • 1989年(平成元年) 5月 - 総合証券会社に移行・昇格。
    • 石野証券→神栄石野証券は、神戸本店の電話番号を英語で歌うCMをサンテレビジョンで放送していた。その電話番号は2014年現在もSMBCフレンド証券神戸支店の番号として残されている[2]。1990年代には東ちづるをCMに起用した。

さくらフレンド証券[編集]

  • 2000年(平成12年) 4月 - 山種証券を存続会社にして、神栄石野証券を吸収合併して、「さくらフレンド証券株式会社」に商号変更して発足。
    社章はさくら銀行と同じものの、下に「FRIEND」の添え字が付けられていた。さくら「フレンド」証券となったのは、当時既に「さくら証券」という証券会社[3]が存在していたため。

SMBCフレンド証券[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 個人のお客さまに対する三井住友銀行と日興コーディアル証券及びSMBCフレンド証券との銀証協働事業について(SMBCフレンド証券プレスリリース) (PDF)” (日本語). 2009年5月29日閲覧。
  2. ^ iタウンページ(2014年11月14日閲覧)の情報による。なおSMBCフレンド証券の公式サイトでは別の番号が案内されている。
  3. ^ さくら証券は、1994年さくら銀行のホールセール証券会社として設立、2001年大和証券SMBCに事業譲渡された後に清算されている。
  4. ^ SMBCフレンド証券における三井住友銀行とのリテール銀証協働事業の日興コーディアル証券への統合について(三井住友銀行プレスリリース) (html)” (日本語). 2010年11月14日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]