祥鳳 (空母)

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祥鳳
艦歴
起工 1934年12月3日
進水 1935年6月1日
就役 1939年1月15日竣工(潜水母艦)
1942年1月26日就役(航空母艦)
喪失 1942年5月7日
除籍 1942年5月20日
性能諸元 (航空母艦改装時)
排水量 基準:11,200トン
公試:13,100トン
全長 205.50m
全幅 水線幅:18.0m
吃水 6.64m
飛行甲板 長さ:180.0m x 幅:23.0m
エレベーター2基
機関 主缶:ロ号艦本式重油専焼水管缶4基
補助缶:ロ号艦本式重油専焼缶2基
艦本式オール・ギヤード・タービン2基
2軸、52,000馬力
速力 28 ノット(計画)
航続距離 18ノットで7,800カイリ
燃料 重油2,320トン
乗員 785名
兵装 40口径12.7cm連装高角砲4基
25mm機銃 三連装4基
搭載機 艦上戦闘機18機、艦上攻撃機9機
補用3機(艦戦)
祥鳳艦形図

祥鳳(しょうほう)は、日本海軍祥鳳型航空母艦1番艦。元は剣埼型潜水母艦剣埼(つるぎざき)であった。

ロンドン海軍軍縮条約により航空母艦の保有量を制限されていた日本海軍は、後に航空母艦に改造できる艦船を建造することで条約の制限を乗り切ろうとした。そのような意図で建造されたのが祥鳳の前身である「剣埼」であり、当初は高速給油艦として設計されたが、建造中に潜水母艦に変更され、1939年(昭和14年)1月15日横須賀海軍工廠で竣工。1940年(昭和15年)11月から計画通りに航空母艦へ改装されたが、不調のディーゼル機関タービンと交換したため工事に約1年掛かった。

1942年5月7日珊瑚海海戦で撃沈され、太平洋戦争において戦闘で最初に失われた日本海軍の空母となった。

艦歴[編集]

潜水母艦「剣埼」

1934年(昭和9年)12月3日、高速給油艦「剣埼」として横須賀海軍工廠にて起工。1935年(昭和10年)6月1日進水1938年(昭和13年)9月15日、潜水母艦への改装に着手。1939年(昭和14年)1月15日 に潜水母艦として竣工し、横須賀鎮守府籍となった。2月5日に第2艦隊第2潜水戦隊に編入、北支や南洋方面で活動。11月15日第1艦隊第2潜水戦隊に編入、翌年に掛けて南支や南洋方面で活動。

1940年(昭和15年)11月15日に予備艦となり航空母艦への改造工事着手。1941年(昭和16年)12月22日、「祥鳳」と改名、航空母艦に類別変更。

珊瑚海海戦にて魚雷攻撃を受ける祥鳳

1942年(昭和17年)1月26日、第4航空戦隊所属となる。2月4日横須賀港出港し、トラックへの航空機輸送任務につく。3月7日、ラバウル方面への航空機輸送任務のためトラック出港。

4月18日、敵機動部隊迎撃のため横須賀出港。4月30日、モレスビー攻略部隊に所属しトラック出港。

5月7日、珊瑚海海戦に参加。この日、偵察機からの空母2、重巡2隻発見との報告を受け、アメリカの空母レキシントンヨークタウンから攻撃隊が発進した[1]。だがその偵察機は空母は発見しておらず、報告の際重巡とするところを誤って空母としてしまったものであった[2]。だが、アメリカ軍は攻撃隊をそのまま攻撃に向かわせた[3]。そして攻撃隊は祥鳳を発見し攻撃に移った。11時20分(現地時間)に最初の爆弾が命中し、また魚雷の命中によって操舵装置が作動しなくなり直進しかできなくなった[4]。最終的に祥鳳には爆弾13発、魚雷7本が命中し[5]、11時35分に沈没した[6]。乗員839名中生存者は203名であり、艦長伊沢石之助大佐も生還した[7]

5月20日除籍。

撃沈に伴う影響[編集]

真珠湾空襲以降、日本軍の攻勢に押されていた連合国軍にとって、航空母艦である祥鳳の撃沈は日本海軍主力艦艇の初の撃沈であり、その戦果は戦意高揚のため大いに宣伝された。

歴代艦長[編集]

※『艦長たちの軍艦史』65-66頁、『官報』に基づく。

「剣埼」[編集]

艤装員長[編集]

  1. 山下知彦 大佐:期間不明
  2. 大塚幹 大佐:1935年10月7日 -
  3. 樋口曠 大佐:1936年12月1日 -
  4. 柿本権一郎 大佐:1937年6月15日 -
  5. 橋本愛次 大佐:1937年12月1日 -

艦長[編集]

  1. 橋本愛次 大佐:1938年9月20日 -
  2. 福沢常吉 大佐:1938年12月15日 -
  3. 伊藤尉太郎 大佐:1939年11月15日 -

航空母艦「祥鳳」[編集]

艤装員長[編集]

  1. (兼)城島高次 大佐:1940年11月15日 -
  2. (兼)小畑長左衛門 大佐:1941年8月8日 -
  3. 伊沢石之助 大佐:1941年10月1日 -

艦長[編集]

  1. 伊沢石之助 大佐:1941年12月22日 -

同型艦[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 暁の珊瑚海、115、120ページ
  2. ^ 暁の珊瑚海、161ページ
  3. ^ 暁の珊瑚海、162-163ページ
  4. ^ 暁の珊瑚海、171ページ
  5. ^ 暁の珊瑚海、173ページ
  6. ^ 暁の珊瑚海、175ページ
  7. ^ 暁の珊瑚海、175-176ページ

参考文献[編集]

  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第4巻 空母II』(光人社、1989年) ISBN 4-7698-0454-7
  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』(光人社、1990年) ISBN 4-7698-0463-6
  • 外山操『艦長たちの軍艦史』(光人社、2005年) ISBN 4-7698-1246-9
  • 長谷川藤一『軍艦メカニズム図鑑-日本の航空母艦』(グランプリ出版、1997年) ISBN 4-87687-184-1
  • 福井静夫『海軍艦艇史 3 航空母艦、水上機母艦、水雷・潜水母艦』(KKベストセラーズ、1982年) ISBN 4-584-17023-1
  • 森史郎、『暁の珊瑚海』、光人社、2005年、ISBN 4-7698-1228-0
  • 官報

関連項目[編集]

外部リンク[編集]