珊瑚海海戦
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| 珊瑚海海戦 | |
|---|---|
日本軍の攻撃を受け炎上するアメリカ海軍空母レキシントン |
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| 戦争:大東亜戦争 / 太平洋戦争 | |
| 年月日:1942年5月8日 | |
| 場所:珊瑚海 | |
| 結果:日本軍の戦術的勝利・アメリカ軍の戦略的勝利 | |
| 交戦勢力 | |
| 指揮官 | |
| 井上成美中将 | F.J.フレッチャー少将 |
| 戦力 | |
| 空母3 重巡7 軽巡2 駆逐艦12 |
空母2 重巡7 軽巡1 駆逐艦13 |
| 損害 | |
| 空母1沈没 空母1中破 |
空母1沈没 駆逐艦1他1沈没 空母1中破 |
珊瑚海海戦(さんごかいかいせん, Battle of the Coral Sea)は、 太平洋戦争(大東亜戦争)で大日本帝国海軍(以下日本海軍)と連合軍のあいだで戦われた主な海戦のひとつ。
1942年5月8日、 珊瑚海で日本海軍の空母機動部隊とアメリカ海軍を主力とする連合軍の空母部隊が激突し、歴史上初めて航空母艦同士が主力として戦った海戦である。連合軍の損害が正規空母1隻なのに対し日本海軍の損害は軽空母1隻であり、戦術的には日本海軍の勝利であった。しかし、日本海軍の機動部隊も航空機や優秀な搭乗員を多数消耗し、連合軍はポートモレスビー攻略という当初の日本海軍の作戦目標を放棄させることができた。さらに、珊瑚海海戦で損傷した米空母の戦線復帰が、この直後のミッドウェー海戦の勝敗をわけた一因となったという分析もある。
目次 |
[編集] 背景
1942年、日本海軍は、オーストラリアをアメリカから遮断し、孤立させる戦略構想(「米豪遮断作戦」)の一環として、ニューギニア島南東岸にあるポートモレスビーを攻略することを決定した(「MO作戦」あるいは「モ号作戦」)。ニューギニア島は中央部を山脈が走っているため、北岸からの陸路での攻略には困難が予想され、海路から攻略を行う方針が決まる。同時にソロモン諸島のツラギ島を占領して水上機基地を設営し、珊瑚海の警戒を行うことが決定された。日本海軍の作戦指揮官は井上成美中将であった。
一方、暗号解読により日本海軍の動きを察知したアメリカ海軍は、第11任務部隊(空母レキシントン基幹)と第17任務部隊(ヨークタウン基幹)を派遣し、日本海軍の作戦を阻止することとした。
[編集] 経過
[編集] 戦闘前
1942年4月30日、ツラギ攻略部隊の第19戦隊(司令官志摩清英少将)がラバウルを出発した。5月3日、第19戦隊はツラギ島、ガブツ島、タナンボコ島へ上陸して占領し、水上機基地の設営を開始、同日夕方までに設営は完了した。日本海軍のツラギ上陸を察知したフランク・J・フレッチャー少将は艦隊を北上させ、4日朝、空母ヨークタウンからツラギに向け攻撃隊が発進した。この日ヨークタウンからは4波による攻撃がなされ、駆逐艦「菊月」および掃海艇3隻を撃沈した。
MO機動部隊は5月1日、トラック諸島を出航しており、4日午後に、MO攻略部隊もラバウルを出航した。6日、ツラギを発進した偵察機が第17任務部隊を発見した。しかし、この日は戦闘は起こらなかった。
[編集] 5月7日
5月7日、MO主隊の重巡洋艦「衣笠」、「古鷹」から、次いで空母「翔鶴」から偵察機が発進し、「翔鶴」の偵察機がアメリカ空母の発見を報告した。6時に攻撃隊が発進したが、偵察機の報告は誤報であり、実際にいたのは空母ではなく駆逐艦「シムス」と給油艦「ネオショー」であった。この攻撃でシムスは沈没、ネオショーは大破(後日沈没)した。
アメリカ海軍も4時30分に索敵機を発進させた。輸送船団を発見した第17任務部隊は7時26分に攻撃隊を発進させ、第11任務部隊と合流した。攻撃隊は9時よりMO主隊を攻撃した。輸送船団の直衛任務の為、危険を冒して船団の近くを航行していた空母「祥鳳」は集中攻撃を受け、沈没した。
日本軍は薄暮攻撃を実施すべく第2次攻撃隊を発進させるが、天候不良でアメリカ艦隊を発見できず、さらにこの攻撃隊をレーダーで探知したヨークタウンからの戦闘機の迎撃を受け、多数の損害を出し攻撃を断念した。なお、高橋赫一少佐の率いる第2次攻撃隊が、帰還の際にレキシントンを母艦の翔鶴と誤認している。
この日は基地航空部隊も攻撃に参加している。山田定義少将の指揮する第25航空戦隊は7日の未明にラバウルから九六陸攻6機、ツラギから九七式大艇4機を策敵に出し、巡洋艦と駆逐艦からなるクレース隊を発見して攻撃を行った。ラバウルから雷装の九六陸攻12機、爆装の九六陸攻26機、ラエからの零戦12機が攻撃を行ったが命中弾を得なかった。攻撃隊の陸攻隊も4機が未帰還となった他、多数の損傷を出した。
[編集] 5月8日
翌8日朝、両軍とも偵察機を発進させ、共に敵空母を発見した。7時10分にMO機動部隊から、7時15分には第17任務部隊から攻撃部隊が発進した。この時、米空母を発見した翔鶴隊の偵察機(機長:菅野兼蔵飛曹長)は、帰還の燃料が足りなくなるのを覚悟の上で攻撃隊を米空母まで誘導している。この機は戦闘中に対空砲火で損傷し、最後は敵艦に体当たりを行った。
8時57分からMO機動部隊への攻撃が開始され、空母「瑞鶴」がスコールの中へ入った為、攻撃は「翔鶴」に集中した。「翔鶴」は450キロ爆弾3発を受け艦載機の運用が不可能となった。
9時10分、第17任務部隊への攻撃が開始され、レキシントンに魚雷2本、250キロ爆弾2発が、ヨークタウンに250キロ爆弾1発が命中した。レキシントンは浸水を食い止め、火災も鎮圧したが、被雷によって漏れだしたガソリンが気化して引火、大爆発を起こして消火不能となったため、駆逐艦フェルプスの雷撃により処分された。ヨークタウンの命中弾は1発だけであったが、至近弾が船体の接合部を緩めてしまい、燃料が漏れ出していた。応急処置で燃料漏れはおさえたものの、給油艦ネオショーを失ったヨークタウンは、途中で商船から燃料を補給してもらうことでなんとか真珠湾にたどり着くことができた。
9日、フレッチャー少将は戦場を離脱した。同日、井上中将は艦載機の損害が甚大であることを確認し、MO作戦を中止した。10日、連合艦隊司令部はMO作戦の無期延期を決定した。
[編集] 結果と影響
日本海軍はこの戦いで海からのポートモレスビー攻略を断念した。これは、残った瑞鶴一隻の航空兵力だけでは、上陸作戦を援護するには、不十分であると判断したからである。しかしこの判断は、戦略的大失敗であったとされる。アメリカ海軍の機動部隊は戦力を喪失して戦場を去っており、攻略部隊のポートモレスビー上陸を防ぐことができなかったからである。ポートモレスビーが連合国の手に残ったことで、日本海軍の根拠地・ラバウルは連合軍爆撃機の航続距離圏内に残り、常に連合軍の空襲にさらされることになった。この結果、ラバウル航空隊が後方で編成および補給を行う際などにはトラック諸島まで戻らなくてはならず、日本海軍にとって作戦遂行上の大きなハンデとなった。
そして、損傷した翔鶴は修理のためドック入りし、無傷であった瑞鶴も航空隊の再編成に日を費やす事になり、乾坤一擲のミッドウェー作戦には参加できなかった。また海上からのルートが閉ざされ、機動部隊の支援が得られなくなったにもかかわらず、日本陸軍は困難が予想されていた陸路からのポートモレスビー作戦を強行し、投入された南海支隊は補給の途絶する中、連合軍の大規模な反撃により、事実上壊滅することとなった。
一方でアメリカ海軍にとってもこの海戦の損害は甚大であった。すでにこの年のはじめには空母「サラトガ」が日本海軍潜水艦の攻撃で損傷し、この海戦でレキシントンを失ったため、次のミッドウェー海戦で戦力を100パーセント発揮できるのは「エンタープライズ」と「ホーネット」だけという苦境に立たされた。しかし、損傷した「ヨークタウン」は真珠湾に帰港し、復旧には3か月かかるであろうと診断された損傷を不眠不休の突貫工事で応急修理、数日で戦闘可能な状態に復帰すると、アメリカ本土へ後退した「サラトガ」の艦載機を載せてミッドウェー沖に出撃した。 一方、日本側は攻撃隊の「空母二隻撃沈」の報を十分に確認することなく、井上中将は第四艦隊司令長官名で正式に連合艦隊司令部に報告してしまい、のちに軍令部と南雲機動部隊はこれを判断基準にミッドウェーを戦った(つまり米空母は現れても二隻と思っており、二隻なら積極的に打って出る確率は低いと思っていた。また、ミッドウェー海戦で沈んだ「ヨークタウン」もはじめ同型艦の「エンタープライズ」か「ホーネット」だと思い込んでいた)ため、「ヨークタウン」は思わぬ伏兵となり、ミッドウェーでのアメリカ海軍の勝因のひとつとなった、とも言われている(詳細はミッドウェー海戦を参照)。日本海軍の翔鶴・瑞鶴の2艦のケースとは対照的である。
[編集] 参加兵力
[編集] 日本海軍
[編集] MO機動部隊
[編集] MO攻略部隊
[編集] 援護部隊
[編集] ポートモレスビー攻略部隊
[編集] 連合軍
[編集] 第17任務部隊
アメリカ、オーストラリア連合軍 司令官:フランク・J・フレッチャー米少将 旗艦:ヨークタウン
第2群、司令官:トーマス・C・キンケイド米少将
第3群、司令官:J・C・クレース英少将
第5群、司令官:オーブリー・W・フィッチ米少将
第6群、司令官:ジョン・S・フィリップス米少将
第7群、司令官:ジョージ・H・ホーデン大佐
- 水上機母艦 タンジール
[編集] 損害
[編集] 日本軍
[編集] 連合軍
- 沈没:空母「レキシントン」、油槽船「ネオショー」、駆逐艦「シムス」
- 中破:空母「ヨークタウン」
- 喪失:艦載機66機
[編集] 参考文献
- 森史朗『暁の珊瑚海』(光人社、2004年) ISBN 4-7698-1228-0
- 原勝洋 訳・編「米海軍秘密報告書 「バトル・オブ・コーラルシー」の戦訓」
- 潮書房『丸』1995年4月号 No.588 p204~p211
[編集] 関連項目
- 太平洋戦争の年表
- 大日本帝国海軍艦艇一覧
- 第二次世界大戦 - 太平洋戦争
- 海軍 - 大日本帝国海軍- アメリカ合衆国海軍
- バトルステーションズ・ミッドウェイ - ビデオゲーム。本海戦を取り扱っている。

