クイーン・エリザベス級戦艦

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クイーン・エリザベス級戦艦
写真は竣工当時のクイーン・エリザベス
艦級概観
艦種 戦艦
艦名
前級 アイアン・デューク級戦艦
次級 リヴェンジ級戦艦
性能諸元
排水量 常備:27,500トン
1944年:
常備:32,930トン、満載:38,450トン
全長 196.8m
水線長 195.3m
全幅 27.6m
(1944年:31.7m)
吃水 8.8m
1944年:9.5m(基準時)、10.5m(満載時)
機関 竣工時:バブコック・アンド・ウィルコックス重油専焼缶24基
パーソンズ直結型タービン(低速・高速)2組4軸推進
(1944年:アドミラリティ式重油専焼三胴型水管缶8基
+パーソンズ式オールギヤードタービン4基4軸推進)
最大出力 75,000hp(1944年:80,000hp)
最大速力 25.0ノット
(1944年:23ノット)
航続距離 10ノット/4,500海里
(1944年:12ノット/7,400海里)
燃料 重油3,400トン(1944年:3,570トン)
乗員 925~951名
(1944年:1,124名)
兵装 竣工時:
38.1cm(42口径)連装砲4基
15.2cm(45口径)単装砲16基
7.6cm(45口径)単装高角砲6基
53.3cm水中魚雷発射管4基
12.7ミリ4連装機銃4基
1944年:
38.1cm(42口径)連装砲4基
Mrk'1&3 11.4cm(45口径)連装高角砲10基
2ポンド八連装ポンポン砲4基
エリコン20mm機銃連装20基+同単装14基
53.3cm水中魚雷発射管4基
装甲 舷側:330mm(水線部主装甲)、152mm(艦首尾部)
甲板:76mm(1944年:127mm)
主砲塔: 330mm(前盾)、279mm(側盾)、-mm(後盾)、114mm(天蓋)
バーベット部:330mm(砲塔前楯)、254mm(甲板上部・前盾)、178mm(甲板上部・後盾)、152mm(甲板下部・前盾)、101mm(甲板下部・後盾)
副砲ケースメイト部:152mm(最厚部)
司令塔:279mm(側盾)、76mm(天蓋)(1944年:
279mm(側盾)、101mm(天蓋))
艦載機 水偵(最大3機、常用2機)

クイーン・エリザベス級戦艦 (Queen Elizabeth class Battleship) は、イギリス海軍戦艦5隻の艦級。

経緯[編集]

主砲に13.5インチ(34.3cm)砲を搭載した超弩級戦艦オライオン級」でドイツ海軍に差をつけたイギリス海軍が次なる布石として、既存の超弩級戦艦の火力で上回る強力な戦艦を配備することによってドイツ海軍への圧倒的優位を確立することを主眼において設計された。本級が建造されたときには、日米の戦艦の主砲で14インチ(35.6cm)砲を採用しており、ドイツ海軍も巡洋戦艦マッケンゼン級の主砲に35cm砲を計画していることから、それらを凌駕するものとして「Mark.1 15インチ(38.1cm)砲」が選択された。当然、設計段階では未曾有の巨砲であり、設計時には現物などなかった。しかし、大砲が完成してから船体を設計する既存の方法を踏襲すれば戦争に間に合わない。そこに、当時の海軍大臣ウィンストン・チャーチルの強力なる後押しにより、主砲が未成状態で砲塔や船体の設計を始めるという弩級戦艦時代以後では前例のない方法で建造が進められ、搭載されることになったのである。

コンセプト[編集]

前級である「アイアン・デューク」。
竣工当時のクイーン・エリザベス。前級で主砲塔があった場所を機関区に充てたことが明確にわかる写真。

大口径に伴い、前級のアイアン・デューク級のように船体中心部に一直線上に主砲塔5基を並べると艦体の大型化を招いてしまう上に建造費が嵩んでしまうので望ましくない。そこで、中央部に主砲塔を配置するのをやめ、前部2基・後部2基の計4基の配置に改めた。この配置は重量削減のために行ったのだが、中央部砲塔に充てていた空間を機関区の増大に充てたために最大出力を向上できるという思わぬ利点があった。

機関配置の効率化に加えて新開発の重油専焼缶を採用したことも高速化に効果があった。重油は石炭よりも遥かに燃焼効率がよく、同じトン数ならば航続距離を40%も伸ばせた。また、補給も水兵が石炭屑で真っ黒になりながら何度も手押し車で岸壁と石炭庫を往復しなくても燃料パイプを岸壁かタンカーに繋ぎ、バルブを一捻りすれば後は満タンになるのを待つだけであった。また、今まではボイラーへ機関兵が火炙りになりながらも腕が千切れるまでスコップで石炭を放り込む手間をバルブの一捻りで済むのである。これも海軍大臣チャーチルの功績であった。(これだけの利点があるにもかかわらず英国海軍は、後述の「リヴェンジ級」で再び石炭重油混焼缶の比率を上げたのである)

しかし「速力こそ最大の防御」というミスリードが英国海軍に浸透していた時代のためか、防御は対13.5インチ防御の域を出ず、対15インチ完全防御とは言えなかった。これは後々にまで本級の戦闘に響いた。しかし当時の仮想敵に対して垂直防御装甲330mmは必要にして十分な厚みであり、竣工当時では最強の戦艦であった。

これらの工夫により本級は戦艦でありながら高速力と巡洋艦並の航続性能も兼ね揃えた主力艦として後の高速戦艦の祖となった。

艦形について[編集]

本級の武装・装甲配置を示した図。

本級の船体形状は長短船首楼型船体を採用している。水面下に浮力確保の膨らみを持つ艦首から艦首甲板上に「Mark I 38.1cm(42口径)砲」を連装式の主砲塔に収めて背負い式に2基を配置。2番主砲塔の基部から甲板よりも一段高い艦上構造物が始まり、その上に操舵装置を組み込んだ司令塔が立つ。天蓋部に測距儀を乗せた司令塔の背後から、三脚式の前部マストが立つ。構成は頂上部に射撃方位盤室を持ち、中部に三段の見張り所をもっていた。前部マストの後部に1本煙突が立ち、左右舷側甲板上が艦載艇置き場となってり、単脚式の後部マストを基部とするクレーン1本により運用された。後部マストの後方に後部司令塔が立つ。後部甲板上に3番主砲塔の基部で船首楼は終了し、4番主砲塔は後部甲板上に直に配置する後ろ向き背負い式配置であった。

本級の副砲である「Mark XII 15.2cm(45口径)速射砲」は前級同様に舷側ケースメイト(砲郭)配置である。2番主砲塔の側面から舷側に単装で前方3基・舷側3基で6基を配置し、舷側配置と別個に甲板上に防盾付きで片舷1基ずつを配置した。これにより片舷7基の計14基を装備した。この武装配置により前方向に最大で38.1cm砲4門と15.2cm砲6門、後方向に38.1cm砲4門、左右方向に最大で38.1cm砲8門と15.2cm砲7門を向けることが出来たが甲板上の2基は波浪の被害があったために後に撤去されて副砲は12基となった。

主砲[編集]

写真はクイーン・エリザベスの前部主砲塔

本級の前述通りに新設計の「Mark I 38.1cm(42口径)砲」を採用している。これを連装砲塔に納めた。その性能は重量871kgの主砲弾を最大仰角20度で最大射距離22,850m前後[1]まで届かせる事ができる性能で、射距離13,582mで舷側装甲305mmを、射距離18,020mで279mmを貫通できる性能であった。装填機構は自由角度装填で仰角20度から俯角5度の間で装填でき、発射速度は竣工時は毎分2発であった。砲身の仰角は15度・俯角5度で動力は蒸気ポンプによる水圧駆動であり補助に人力を必要とした。砲塔は左右各150度の旋回が可能であった。

1番艦クイーン・エリザベスの主砲を管制する射撃式装置は、自艦と目標艦との間の距離変化率を求めるドゥマリック(Dumaresq)計算尺が付いたファイア・コントロール・テーブル(FCT:Fire Control Table)MkIVであった。FCTは第一次世界大戦前に英海軍士官F.C.ドライヤー(F.C.Dreyer)によって開発され、ドライヤー・テーブル(DT:Dreyer Table)とも呼ばれた機械式距離計算機である。最初のバージョンであるFCT MkIは戦艦ドレッドノートのほか、初期のド級戦艦10隻以上に装備された。19世紀末に開発された測距儀(Range Finder)は自艦から目標艦までの距離を正確に測定できる画期的な装置であったが、自艦・目標艦とも高速で移動するため、測距時と発砲時との間に変化する距離を把握必要性などから、FCTが開発されたのである[1]

FCT MkIV*(「*」は注記の意味ではなく「Mk IV*」で正式名)が2番艦以降に装備され、クイーン・エリザベスも1920年前後に換装した。目標を照準する方位盤も第一次大戦頃には現代の方位盤に近い形態で完成しており、測距儀とともに前檣および司令塔上に設置された。さらにFCTを小型化したタレット・テーブル(Turret Table)と称する装置及び測距儀が各砲塔に装備され、中央射撃指揮所の管制を受けずに、各砲塔が独立して射撃する事も可能であった[1]

クイーン・エリザベス、ウォースパイト、ヴァリアントの3艦については、1937~1940年の改装時に砲塔をMkIからMkI/Nに改修して最大仰角が30度になり、最大射程は30,000ヤード(27,420m)前後に延伸した[1]

1942年初めまでに主砲管制用284型射撃指揮レーダーが装備され、さらに高角砲管制用に測距儀/285型射撃指揮レーダー付き方位盤が装備されている[1]

副砲、その他備砲、雷装等[編集]

写真はウォースパイトの副砲

副砲については参戦前に2度の改装で大きく変更されている。 副砲は「Mark XII 15.2cm(45口径)速射砲」を16基(クイーン・エリザベスは14基)採用した。その性能は重量45.36kgの砲弾を最大仰角14度で射距離12,344mまで届かせる事ができる性能であった。装填機構は自由角度装填で仰角14度から俯角7度の間で装填でき、発射速度は竣工時は毎分5~7発であった。砲身の仰角は15度・俯角5度で動力は人力とした。旋回角度は120度であった。および3インチ(7.6cm)単装高角砲2基を装備した。一部の艦ではこれらを撤去し、俯仰角範囲が広くて(最大仰角80度)、高発射速度(12発/分)の45口径4.5インチ(11.4cm)連装両用砲または45口径4インチ(10.2cm)連装高角砲で対空防御を強化している。

その他に対戦艦用に53.3cm水中魚雷発射管を単装で4門を装備した。

機関[編集]

1912年度計画の本級は25ノットの高速戦艦として計画され、アイアン・デューク級の2.6倍にあたる75,000馬力の主機関が必要とされた[1]

攻防力完備の戦艦に大出力機関を搭載するため、主力艦として初めて重油専燃缶を採用して主機関の大出力化と重量・スペースの軽減を図った。主缶の蒸気性状は圧力235PSI/飽和温度で、従来艦と変わらない。本級以降の英主力艦の主缶はすべて重油専燃缶になった[1]

重油専燃缶はすでに駆逐艦では実用されていたが、大艦での実用試験を経ず本級に採用したのは、フィッシャー提督の強い主張によるものだった。重油専燃方式は前記の利点に加えて次のメリットが挙げられる[1]

  1. 搭載量が同じなら重油は石炭より航続距離を大きくできる。
  2. より短時間での増速が可能で、速力維持も容易である。
  3. 機関科の人員が削減できる。
  4. 石炭搭載作業に比して燃料補給が簡単で所要時間も短い。
  5. 淡煙淡火により相手方から発見されずに接敵できる。

主缶は大径水管缶24基でクイーン・エリザベス、マレーヤ、ヴァリアントの3艦はB&W缶を、バーラムとウォースパイトはヤーロー缶を搭載した。これらは前方から順に設けた第1~第4缶室に、各室6基ずつ設置された。

主機は直結タービン2組(4軸推進)で、クイーン・エリザベス、マレーヤ、ウォースパイトがパーソンズ式を、残りの2艦がブラウン・カーチス式を搭載した[1]

航空兵装[編集]

英国ではレーダーの発達や空母搭載機の威力増大を背景に、戦艦の航空兵装を否定する意見が強く、他の戦艦と同様に本級も1943年前後には水偵を陸揚げしている[1]

戦歴[編集]

戦艦マレーヤ。本艦は竣工当時の姿を色濃く残した外観のままであった。

本級は戦時中に建造される主力艦ということもあり当初は4隻だけの計画であったが、英領マレーからの献金により「マレーヤ」が追加建造され計5隻となった。本級5隻は第一次大戦中に竣工し直ちに第5戦艦隊を編成してグランド・フリートに配属され、ユトランド沖海戦では、戦艦でありながら巡洋戦艦並の俊足を活かして英国巡洋戦艦部隊の危機にかけつけ、ドイツ巡洋戦艦部隊に一矢を報いている。以降はグランド・フリートの中核としてワシントン海軍軍縮条約後も保有が続けられた。

近代化改装後の戦艦クイーン・エリザベス
近代化改装後の戦艦ウォースパイト

1926年から1927年にかけて第1次近代化改装を行った。1937年5月20日のスピッド・ヘッド沖で行われたジョージ6世戴冠記念観艦式に地中海艦隊のパウンド大将旗艦として本国艦隊旗艦のネルソン等とともに参列し、天皇名代秩父宮雍仁親王夫妻を招待した。参加艦艇は同年8月にポーツマス工廠で姉妹艦ウォースパイトに準じた第2次近代化改装に着手。

手前からバーラム、マレーヤ、後方の空母はアーガス
爆沈するバーラム

第二次世界大戦においては、1940年12月にロサイス工廠で工事完了後地中海艦隊に編入。1941年12月19日アレクサンドリア港内に停泊中、クイーン・エリザベスは姉妹艦ヴァリアントとともにイタリア潜水艦シーレから発進した人間魚雷「ピグ」SLC-223の攻撃を受けて港湾内部で大破着底、1943年6月にようやく修理が完了して戦線に復帰した。1948年に除籍後、同年3月19日に売却。7月7日にダルムールに回航され解体処分された。

本級の主戦場は地中海だったが、各種レーダーを筆頭に優秀な装備を活用してイタリア艦隊に常に積極的作戦を展開し、戦局を有利に導いた功績は大きい。イギリス戦艦の中で最もよく働き、最も消耗したクラスである。

同型艦[編集]

参考図書[編集]

  • 「世界の艦船増刊第22集 近代戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第83集 近代戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第30集 イギリス戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第67集 第2次大戦時のイギリス戦艦」(海人社)

出典・脚注・引用[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 世界の艦船増刊第67集

関連項目[編集]