パーソンズ・マリン・スチーム・タービン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
同社製タービンのブレード部分

パーソンズ・マリン・スチーム・タービン(英:Parsons Marine Steam Turbine Company)は、かつてイギリスに存在したエンジニアリング会社。北部イギリス、タイン川上のウォールセンド(Wallsend)に拠点を置いていた。1897年チャールズ・アルジャーノン・パーソンズによって資本金50万ポンドで設立され、海軍艦艇用に開発した蒸気タービン専用工場とされた[1]

イギリス海軍最初のタービン搭載戦艦、ドレッドノートはパーソンズ社製のタービンだった。またキュナード・ライン社の31,000トン客船モーリタニア号(Mauretania)とルシタニア号(Lusitania)は73,000馬力のパーソンズ社製タービンを搭載した。

インヴィンシブル級巡洋戦艦の全てが同社製のタービンを使用した。

日本海軍では初めてのタービン搭載艦である通報艦最上」は同社のタービンを搭載し、1908年明治41年)に竣工した。その後も大正時代にかけてブラウン・カーチス式タービンと共に同社のパーソンズ式タービンが多くの艦艇に搭載された。日本駆逐艦初のタービン推進艦の海風型駆逐艦巡洋戦艦金剛」「比叡」「霧島」、空母鳳翔」の他、三菱長崎造船所で建造された防護巡洋艦矢矧」、戦艦日向」などに搭載された。また三菱重工業で改設計された三菱パーソンズ式タービンが峯風型駆逐艦、多くの5,500トン型軽巡洋艦、「夕張」や重巡洋艦古鷹」などに搭載された。1929年昭和4年)竣工の「青葉」への搭載を最後にその後は国産設計の艦本式タービンへと移行した。

会社は後にパーソンズ(C.A.Parsons)に吸収され、現在はドイツ複合企業シーメンスの一部門としてニューカッスル・ヒートン地区に残っている。

参考文献[編集]

  • 日本造船学会『昭和造船史 第1巻』(原書房、1981年、第3刷)ISBN 4-562-00302-2

脚注[編集]

  1. ^ Chronology of Charles Parsons Life

関連項目[編集]