クイーン・エリザベス (戦艦)

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艦歴
発注 ポーツマス工廠
起工 1912年10月21日
進水 1913年10月16日
就役 1915年
退役 1948年
その後 スクラップとして廃棄
除籍 1948年7月7日
性能諸元
排水量: 31,585 t(基準)
36,565 t(満載)
32,930 t(基準:1943年時)
38,450 t(満載:1944年時)
全長 640 ft 10.5 in (195.3 m)
全幅 90 ft 6 in
31.7m
吃水 30 ft 6 in
9.5m
10.5m(満載)
機関 竣工時:
バブコック・アンド・ウィルコックス式重油専焼缶24基
パーソンズ式オールギヤードタービン4基4軸推進

改装後:
アドミラリティ式重油専焼三胴型水管缶8基
パーソンズ式オールギヤードタービン4基4軸
出力 竣工時:
75,000 hp
改装後:
80,000 hp
最大速 24ノット
航続距離 10ノット/4,500海里
(1944年:12ノット/7,400海里)
乗員 950-1,300名
兵装 竣工時:
38.1cm42口径MkI連装砲 4基
11.4cm45口径MkI及びMkIII連装両用砲 10基
2ポンド8連装ポンポン砲 4基
12.7㎜4連装機銃 4基
カタパルト 1基

~1945年:
38.1cm42口径MkI連装砲 4基
11.4cm45口径MkI及びMkIII連装両用砲 10基
2ポンド8連装ポンポン砲 4基
20mm連装機銃 20基
20㎜単装機銃 14基
航空兵装なし
レーダー 竣工時:
279型 2基
284型 1基
285型 4基

~1944年:
273型 1基
279型 2基
282型 4基
283型 4基
284型 1基
285型 4基

クイーン・エリザベス(HMS Queen Elizabeth, 00)は、イギリス海軍戦艦クイーン・エリザベス級戦艦の1番艦。艦名はエリザベス1世に因む。クイーン・エリザベスは両大戦に参加した。

艦歴[編集]

第一次世界大戦[編集]

クイーン・エリザベスは1912年10月21日に起工し、1913年10月16日にポーツマスで進水、第一次世界大戦中の1915年1月に就役した。

地中海での試験中にクイーン・エリザベスは、オスマン帝国攻撃のためダーダネルス海峡に派遣された。同海峡に派遣された部隊は多くの巡洋戦艦及び前弩級戦艦が含まれていたが、クイーン・エリザベスは唯一の近代戦艦であった。ダーダネルス海峡での海戦でクイーン・エリザベスは旗艦任務に当たり、1915年3月18日の戦闘ではイギリス軍戦艦の第一線を率いた。4月25日のガリポリの戦いでは地中海派遣軍指揮官サー・イアン・ハミルトン陸軍大将の旗艦であった。5月12日にゴライアス (HMS Goliath) がトルコ軍の水雷艇により撃沈されると、クイーン・エリザベスはより安全な位置へ後退した。

その後クイーン・エリザベスはヒュー・エヴァン=トーマスの率いる第5戦隊に加わるが、ユトランド沖海戦時にはドック入りしていたため戦闘に参加することはなかった。

戦間期の1919年から1924年までクイーン・エリザベスは大西洋艦隊の旗艦であった。1924年からは地中海艦隊の旗艦となる。その後大規模な改修が行われ、上部構造は新たに建造され、6インチ砲が撤去、代わりに20門の4.5インチ砲といくつかの小口径対空砲が装備された。更に、艦中央部にカタパルトが装備された。スペイン内戦期間中には海上封鎖に参加した。1922年には後に第一海軍卿となるジョン・H・D・カニンガムが艦隊航海士として乗艦した。

第二次世界大戦[編集]

第二次世界大戦中にクイーン・エリザベスは地中海艦隊の一部として活動した。クイーン・エリザベスはアレクサンドリア入港中の1941年12月18日に、ヴァリアント (HMS Valiant) と共にイタリア軍の人間魚雷マイアーレによって大破着底させられた。乗員の9名が死亡した。応急修理の後アメリカ海軍ノーフォーク海軍工廠にて修理が行われた。修理後は太平洋に派遣され、1944年までインドネシア日本軍基地への攻撃に参加した。クイーン・エリザベスは1945年7月に帰国し、1948年3月にスクラップとして売却された。

ギャラリー[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]