ライオン (巡洋戦艦)

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HMS Lion (Lion-class battlecruiser).jpg
竣工当時の「ライオン」
艦歴
発注
起工 1909年11月25日
進水 1910年8月6日
就役 1912年6月4日
退役 1922年5月30日
その後 スクラップとして売却
除籍 1924年
性能諸元
排水量 基準 26,250トン、満載 29,680トン
全長 700 ft (213 m)
全幅 88.6 ft (27 m)
吃水 27.5 ft (8.4 m)
機関 パーソンズ式蒸気タービン、出力70,000馬力、4軸推進
最大速 27.5ノット (51 km/h)
航続距離 5,610カイリ (10,390 km) (10ノット時)
乗員 997-1,267名
兵装 45口径34.3cm連装砲4基
50口径10.2cm単装砲16基
53.3cm水中魚雷発射管2門

ライオン (HMS Lion) はイギリス海軍巡洋戦艦ライオン級

艦歴[編集]

1909年11月25日起工。1910年8月6日進水。1912年6月4日就役。

ユトランド沖海戦でドイツ巡洋戦艦の砲弾を受けて炎上する巡洋戦艦ライオン

第一次世界大戦でライオンは1914年8月28日ヘルゴラント・バイト海戦1915年1月24日ドッガー・バンク海戦1916年5月31日ユトランド沖海戦に参加した。

デヴィッド・ビーティー提督の旗艦として参加したドッガー・バンク海戦では、ライオンはドイツ巡洋戦艦ザイドリッツに命中弾を与えた。だが、ライオンも巡洋戦艦デアフリンガーからの攻撃で被弾し、落伍した。

ユトランド沖海戦ではドイツ巡洋戦艦リュッツオウの12インチ砲弾がライオンのQ砲塔に命中した。だが、砲塔の指揮官フランシス・ハーヴェイが弾薬庫の扉を閉めることと弾薬庫への注水を命じたため、誘爆は避けられた。

修理後は1917年第二次ヘルゴラント・バイト海戦に参加した以外、北海に係留されたまま終戦を迎え、1922年に退役。ワシントン海軍軍縮条約の規定により1924年に売却され、解体された。

外部リンク[編集]