第2次ナルヴィク海戦

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第2次ナルヴィク海戦
戦争第二次世界大戦
年月日:1940年4月13日
場所ノルウェーオフォトフィヨルド
結果:イギリスの勝利
交戦勢力
イギリス ドイツ
指揮官
W・J・ホイットワース中将 エリッヒ・バイ大佐
戦力
戦艦1、駆逐艦9 駆逐艦8
損害
駆逐艦3損傷 駆逐艦8沈没
ノルウェーの戦い

第2次ナルヴィク海戦(だい2じナルヴィクかいせん)は第二次世界大戦中の海戦の一つ。ナルヴィクのあるノルウェーオフォト・フィヨルドで、戦艦ウォースパイトを中心とするイギリス艦隊がドイツ軍ナルヴィク攻略部隊の駆逐艦を攻撃し全滅させた。

背景[編集]

1940年4月、ドイツ軍はヴェーザー演習作戦を発動し、ノルウェー各地に侵攻した。ナルヴィク攻略部隊はボンテ代将が指揮する3個駆逐隊の駆逐艦計10隻(ヴィルヘルム・ハイドカンプアントン・シュミットディーター・フォン・レーダーハンス・リューデマンヘルマン・キュンネヴォルフガング・ツェンカーエーリッヒ・ケルナーエーリッヒ・ギーゼゲオルク・ティーレベルント・フォン・アルニム)からなっていた。4月9日、ボンテ代将麾下の駆逐艦はオフォト・フィヨルドに侵入し、ノルウェー海軍海防戦艦2隻を撃沈、兵員を上陸させてナルヴィクを占領した。

10日早朝、イギリス海軍の第2駆逐隊がフィヨルド内のドイツ駆逐艦に攻撃をかけた。この第1次ナルヴィク海戦でイギリス側は駆逐艦2隻が沈没、ドイツ側は駆逐艦ヴィルヘルム・ハイドカンプ、アントン・シュミットが撃沈され、データー・フォン・レーダー、ゲオルク・ティーレ、ベルント・フォン・アルニムの3隻も大破した。また、ドイツ駆逐艦は弾薬、燃料の不足が深刻な状態になっていた。

海戦前[編集]

4月12日午後、空母フューリアスから発進したソードフィッシュがフィヨルド内のドイツ艦船攻撃をおこなったが戦果はなかった。そのため、戦艦の投入が命じられその部隊の指揮官には巡洋戦艦戦隊司令官だったウィリアム・J・ホイットワース中将が選ばれた。巡洋戦艦レナウンを旗艦としていたホイットワース中将は13日2時に司令部を戦艦ウォースパイトに移した。

7時30分、イギリス艦隊(戦艦ウォースパイト、駆逐艦ベドウィンコサックエスキモーパンジャビヒーローイカラスキンバリーフォレスターフォックスハウンド)はオフォト・フィヨルドへの入り口のあるヴェスト・フィヨルドに集結し、フィヨルド内へ侵入を開始した。11時52分、オフォト・フィヨルド入り口のバロイ島の西8kmの地点で、戦艦ウォースパイトはソードフィッシュを発進させ偵察に向かわせた。ソードフィッシュはフィヨルド内を偵察してドイツ駆逐艦の位置を報告した。また、停泊中のUボートを発見して攻撃した。このUボートはU-64で、爆弾の命中により沈没した。

戦闘経過[編集]

第1次ナルヴィク海戦と第2次ナルヴィク海戦での沈没艦の位置

12時34分、ドイツ駆逐艦ヘルマン・キュンネがイギリス艦隊を発見した。ヘルマン・キュンネはフィヨルドの奥へ後退しつつイギリスの駆逐艦と交戦した。ヘルマン・キュンネからの警報を受けてナルヴィク港から駆逐艦ハンス・リューデマン、ヴォルフガング・ツェンカー、ベルント・フォン・アルニムの3隻が出港し、イギリス艦隊との戦闘が開始された。だが、両軍とも命中弾を得られなかった。

13時12分、デュプヴィク湾の場所まで侵入したイギリスの駆逐艦ベドウィンとエスキモーはそこにいたドイツの駆逐艦エーリッヒ・ケルナーを攻撃した。第1次ナルヴィク沖海戦後に座礁して損傷していたエーリッヒ・ケルナーはそこでイギリス艦隊を待ち伏せしようとしていたが、すでにソードフィッシュによって発見されていた。集中攻撃を受けたエーリッヒ・ケルナーは最後は戦艦ウォースパイトの砲撃で撃沈された。

ドイツ側は駆逐艦ゲオルク・ティーレが加わり戦闘が続いた。13時50分、ドイツ側の指揮官エリッヒ・バイ大佐はロンバクス・フィヨルドへの後退を命じた。だが、駆逐艦エスキモーに追跡された駆逐艦ヘルマン・キュンネはヘルヤングス・フィヨルドのほうへ退却し、トロユドヴィクで海岸に乗り上げた。ヘルマン・キュンネは最終的に駆逐艦エスキモーの魚雷で破壊された。また、これまでの戦闘で駆逐艦ハンジャビも多数の命中弾を受け一時的に航行不能となった。

この時になってようやく駆逐艦エーリッヒ・ギーゼが出港してきたが、イギリス艦隊の集中攻撃を受けて撃沈された。また、第1次ナルヴィク海戦で受けた損傷で航行不能となり、ナルヴィク港で停泊していた駆逐艦ディーター・フォン・レーダーも駆逐艦コサック、フォックスハウンド、キンバリーとの交戦で大破炎上し乗員によって爆破されたが、イギリス側も駆逐艦コサックが大きな被害を受け、海岸に乗り上げた。

イギリス艦隊はドイツ駆逐艦を追撃してロンバクフ・フィヨルドへと進入していった。駆逐艦ゲオルク・ティーレの発射した魚雷の内1本が駆逐艦エスキモーに命中し大破させたが、最終的にドイツ駆逐艦は4隻とも自沈した。

海戦後[編集]

イギリス艦隊はドイツ軍の航空機や潜水艦の攻撃を避けるため、フィヨルドの外へ引き揚げた。

第1次ナルヴィク海戦と第2次ナルヴィク海戦の結果、ドイツ軍ナルヴィク攻略部隊の駆逐艦10隻は全滅した。

戦艦ウォースパイトを中心とするイギリス艦隊は、4月24日に再びフィヨルド内へ進入しナルヴィクを砲撃した。連合軍は5月28日にナルヴィクを占領したが、6月7日、8日には撤退した。