なすび (タレント)

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なすび
本名 浜津 智明
生年月日 1975年8月3日(36歳)
出身地 福島県福島市
公式サイト http://www.kaonaga.com/

なすび1975年8月3日 - )は、日本お笑いタレント俳優。本名・浜津智明(はまつ ともあき)。元の所属事務所ワタナベエンターテインメント福島県立福島東高等学校専修大学法学部卒業。

目次

[編集] 来歴・人物

芸名は、茄子のような30cmの長い顔に由来。かつては覇王樹(さぼてん)というお笑いコンビを組んでおり、当時は本名の「浜津智明」名義で活動していた。また、コンビ時代に「ダウンタウンのごっつええ感じ」に出演したこともある。

後述する『進ぬ!電波少年』への出演で一躍有名になったが、この番組でのイメージが強すぎたこともあり、お笑い芸人としては売れなかった。『電波少年』への出演後は、出身地である福島で冠番組を持ち、ローカルタレントとして活動。一方で、もともとの志望だった喜劇俳優としての活動を本格化させ、2002年に劇団「なす我儘(がまま)」を立ち上げ、座長をつとめる。以後は舞台を中心に活動。

2005年の『電車男』出演をきっかけに、テレビドラマ等で俳優としての出演も増えている。

趣味はお菓子作り。父は警察官であり、自身も俳優になれなかったら警察官を目指そうと考えていた。

[編集] 懸賞生活

日本テレビ系列で放映されていたバラエティー番組『進ぬ!電波少年』で開催された「運だけが頼りの企画」のオーディションでくじ引きを当て合格。「人は懸賞だけで生活をしていけるか」をテーマに掲げて放送された電波少年的懸賞生活のチャレンジャーとなった。アパートの一室に監禁され、文字通り裸一貫からスタートして、様々な懸賞に応募。日本と韓国を舞台に1998年から1999年の1年3ヶ月にわたってそれぞれの目標商品総額(日本では100万、韓国では日本までの片道飛行機代の81万6000ウォン)をクリアした。懸賞生活をテレビ放映していた事は本人には知らされておらず、本人の知らぬ間に有名人になっていた。懸賞生活の日々を綴った「懸賞日記」も出版され、ベストセラーとなった。また、「世界で最も長く懸賞生活を続けた人」としてギネスブックにも掲載された。

ちなみに、企画終了後に行われた記者会見で、「また同じような企画があったらやってみたいですか?」との質問に「もう金輪際やりたくありません」とはっきりと答えている。懸賞生活終了後は、有名にはなったものの「自分のやりたいことと世間のイメージとのギャップに悩んだ」とも語っている。

第二日本テレビの企画で、小島よしおが「電波少年的懸賞生活2009」に挑んだときに、ドロンズ有吉弘行(元・猿岩石)など『電波少年』に出演したタレントが出演し、土屋敏男プロデューサーと当時の裏話で盛り上がったが、なすびは出演せず、土屋によると「出演依頼をしたが『今は土屋さんと会う気になれない』と拒否された」と語っている。

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

[編集] テレビ番組

[編集] CM

  • うまかっちゃんハウス食品) - このCMは「電波少年的懸賞生活」でなすびが日本でのゴールした時に食べていたラーメンがハウス食品の製品であったため、この時の映像とタイアップされたものである。

[編集] 映画

[編集] ゲーム作品

[編集] DVD

  • 電波少年 BEST OF BEST 雷波もね!(電波少年的懸賞生活、2010年)

[編集] 書籍

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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