変体仮名

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変体仮名(へんたいがな)は、平仮名字体のうち、1900年(明治33年)の小学校令施行規則改正以降の学校教育で用いられていないものの総称である。平仮名の字体の統一が進んだ結果、現在の日本では、変体仮名は看板書道など限定的な場面でしか使われていない[1]異体仮名(いたいがな)とも呼ばれる[2]

概要

現在変体仮名と呼ばれている文字は、現在の平仮名にとっての異体字として扱われる。平仮名万葉仮名から派生した音節文字であり、その読みは字母(その仮名の元となった漢字)の字音あるいは字訓が、字体草書体をさらに崩したものがもとになっている。変体仮名という呼び名は、近代に入って平仮名の字体の統一された後につけられたもので、元来、平仮名・変体仮名という区別はなく、近世までの平仮名使用者は様々な種類の平仮名を同時に用いて使いこなしていたのである。よって紀貫之の『土佐日記』、清少納言の『枕草子』、紫式部の『源氏物語』のような平仮名文学、あるいは草紙のような出版物、また手紙や個人の手記などについても、明治時代までは平仮名によって書かれた文章は多くが、今でいう変体仮名で書かれている。

現在では、「イ」に当たる平仮名として「い」(「以」に由来)の字ただひとつをもっぱら用いるのに対し、古い仮名文章においては「イ」の平仮名を書くのに「以」に由来する字、「伊」に由来する字、「異」に由来する字などと様々な字体(時としては由来の漢字は同じでありながら形の異なるものも)を使い分けていた。ひとつの音韻に対する平仮名の字体の中には、字母が異なるものと、字母は同じだが崩し方が異なるものの2種類がある。これらは著者や時代によって異なるほかに、ひとつの文章のなかで混用されることもあった。特に、平安時代末期の装飾写本西本願寺本三十六人家集のように美的効果が重視された作品では、単調さを嫌うかのように多くの字体が用いられる傾向が強い[3]

片仮名もはじめは異体字をいくつかもって生れたが、平安中期には1種類へと統合する傾向が強まり、早い段階で今とほとんど同じような一母一字に整った(ンとㄥは鎌倉時代まで[4]、ヰと井、ネと子は明治33年まで両立していた)。対して平仮名は、初期に一度簡略化へと進んだにもかかわらず、その極地に至るとまた複雑化の傾向へと進み、そうして平安時代に成った後は、明治時代になって人為的権力的に統一を促すまで、片仮名にあったような統一化の傾向はほとんど見られなかった。平仮名の体系は、このような異体字を持つ文字体系として、平安時代が終わる12世紀にほぼ完成していたとされる。鎌倉時代以降の書では、著者ごとの書風や癖のような字形の違いはあっても、字体や字母には大きな変化が見られず、一貫して平安時代のものが平仮名の手本とされてきた[5]。平仮名において複数の字体が併用されつづけた理由は、ひとつには美術作品としての表現手法、もうひとつには単純過ぎて判別が困難だった初期の平仮名を改良した結果だと考えられている[6]

明治19年刊『現今児童重宝記 : 開化実益』より。

明治時代、小学校が設置された当初は、仮名の字体は複数教えられていた。たとえば、1884年(明治17年)に文部省が編集した教科書『読方入門』では、字体が1つとされた字は8字にすぎない[7]。当時作られた教練教科書所収の「軍人勅諭」には多数の変体仮名がちりばめられている[要出典]。しかし、1900年(明治33年)の小学校令改正を受けた小学校施行規則において、小学校で教えられる仮名の字体が一字体に統一された以降は、一部の書道教育を除いて、一つの音韻に対しては一つの字のみが教えられることとなった。一旦は1908年(明治41年)に26の異体字が復活したものの、最終的にはすべて1922年(大正11年)に廃止された[8]。この改正において採用されなかった数多くの平仮名の字体が、以降、変体仮名(異体仮名)と呼ばれるようになった[2]

現代での用途

群馬県四万温泉の蕎麦屋の看板。「生そば」「なが井」に変体仮名が用いられている。

戦前までは日記、書簡など日常の筆記で変体仮名はしばしば使用されていた。例えば夏目漱石の自筆原稿にも多数の変体仮名を見ることが出来る。活字の母型にも存在し、戦前の活字見本帳には多数の変体仮名活字を見ることができる。戦後の例では、川端康成1969年の自筆原稿に変体仮名の「な」が使われている。『言海』『大言海』には、「し」で始まる見出しに「」(志の変体仮名)が使用されている。

変体仮名は人名にも広く用いられていた。しかし、1948年(昭和23年)の戸籍法施行によって変体仮名が戸籍上の人名に使えなくなったこと、また統一された字体による新聞・雑誌の普及とともに活字体への慣れが進んだことから、変体仮名が使用されることは少なくなった[9]

現在では、変体仮名は書道のかな作品や看板・商標などで目にすることができる[1]

変体仮名の現代における使用例

コンピュータでの扱い

JIS X 0208には変体仮名は収録されておらず、文字コードも割り振られていない。

JIS X 0213Unicodeには片仮名「コト」の合字(U+30FF)、平仮名「より」の合字(U+309F)が収録されている。Unicode 5.2では、片仮名「トモ」の合字𪜈(U+2A708[10])が収録された。Unicode 6.0では「Kana Supplement」のスクリプトに「𛀀[11]」(U+1B000)と「𛀁[12]」(U+1B001)が追加された。2015年に286の文字が登録申請された。[13]

住民基本台帳収録変体仮名として行政で使用されている文字があり、これらはTRONコードに収録されている(9面Bゾーン8321~846A)[14]。また、その他の変体仮名についても同様にTRONコードに収録されている(9面Bゾーン8521~8D7E)。

今昔文字鏡フォントは213の変体仮名を収録している。

主な変体仮名の字母

あ行 : 安、阿、惡、愛 : (以)、伊、移、意 : 宇、有、乎、雲、憂 : 衣、盈、要 : (於)
か行 : (可)[15]、閑、我、駕、賀、家 : (起)、支、木、喜 : 久、具、九、求、倶 : 介(或は个)、希、遣、氣 : (古)、許、故、期
さ行 : 佐、散、斜、乍、作、沙 : (志)、新、四、事 : (春)、須、數、壽 : 世、勢、聲 : (楚)、所、處、蘇
た行 : (多)、(多)、堂、當 : 地、千、遲 : 徒、都、津 : (帝)、氐、轉、傅、亭、低 : 止、(登)、東、度
な行 : (奈)、那、難、名、南 : 爾、尓、耳、二、兒、丹 : 奴、努、怒 : 子、年、熱、祢 : (能)、乃、農、濃
は行 : (者)、八、盤、半、葉、頗 : 比、飛、悲、日、非、避、火 : 婦、布、風、不 : 遍、邊、弊、倍 : 本、奉、寶
ま行 : 万、滿、萬 : 見、三、身、微 : 無、无、舞、牟 : 免、面、馬 : 裳、无、母、茂、蒙
や行 : 夜、耶、屋 : (以) →や行い : (由)、遊 : (江)→や行え : 夜、餘、余
ら行 : 良、羅 : 里、梨、李、理 : 流、類、累、ル : (連)、麗、料 : (路)、露、樓、婁
わ行 : (王)、〇 : 井、遺 : (宇) →わ行う : 衛 : 乎、(越)
(呉)
  • 上記の他に濁点半濁点がついた変体仮名も存在する。
  • 崩し方の程度に通則はないので、同じ字母でも字形には種々のパターンが存在する。

変体仮名の実例

以下に高野切から取り出した変体仮名の例を挙げる。

上の変体仮名の元とした高野切


脚注と参考文献

  1. ^ a b #築島1981、pp.352-353。
  2. ^ a b 笹原宏之 横山詔 エリク・ロング『現代日本の異体字』三省堂、2003年、pp.35-36頁。ISBN 4-385-36112-6 
  3. ^ #築島1981、p.157。
  4. ^ 國語史: 文字篇 山田孝雄 1937年 P.250
  5. ^ #築島1981、p.189。
  6. ^ #築島1981、p.157, pp.256-257, pp.150-190。
  7. ^ #武部1979、p.246。
  8. ^ 神谷智「<研究ノート>「くずし字」教育と高等諸学校 : 名古屋高等商業学校の事例を中心として」『名古屋大学史紀要』第8巻、名古屋大学史編集室、2000年3月、27-49頁、ISSN 0915-5848。 
  9. ^ #築島1981、p.353。
  10. ^ ただし収録位置はCJK統合漢字拡張C
  11. ^ KATAKANA LETTER ARCHAIC E
  12. ^ HIRAGANA LETTER ARCHAIC YE
  13. ^ 登録申請文
  14. ^ 2006年10月27日付で収録。TRON文字収録センターの文字セット改定のお知らせ参照。
  15. ^ 現在の字形に整理される以前は「可」に由来する「」・「」が多く使用された。
  • 築島裕『仮名』中央公論社〈日本語の世界 5〉、1981年。ISBN 9784124017250 
  • 武部良明『日本語の表記』角川書店、1979年12月。 

関連書

  • 吉田豊『江戸のマスコミ「かわら版」-「寺子屋方式」で原文から読んでみる』光文社、2003年6月。ISBN 978-4-334-03203-6 
  • 片塩二朗『秀英体研究』朗文堂制作室 編、大日本印刷、2004年12月http://www.ops.dti.ne.jp/~robundo/Bsyuei.html 
  • 『変体仮名速習帳』兼築信行 編、早稲田大学文学部(トランスアート発売)、2003年3月。ISBN 978-4-924956-96-4 
  • 中田易直『用例かな大字典』柏書房、1977年。  古典資料でのかなの字体を網羅的に掲載した字典。普及版として、中田易直 ほか『かな用例字典』柏書房、1994年4月。 

関連項目

外部リンク