井筒屋

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株式会社 井筒屋
IZUTSUYA CO.,LTD.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8260
福証 8260
本社所在地 日本の旗 日本
802-8511
福岡県北九州市小倉北区船場町1番1号
設立 1935年昭和10年)7月30日
業種 小売業
事業内容 百貨店業
代表者 影山英雄(代表取締役兼社長執行役員兼営業本部長)
資本金 105億3216万円
売上高 単体643億28百万円
連結872億85百万円
2013年2月期)
純資産 単体100億25百万円
連結102億53百万円
(2013年2月末)
総資産 単体627億16百万円
連結674億07百万円
(2013年2月末)
従業員数 単体706人(2013年2月末日現在)
決算期 2月
主要株主 西日本鉄道 9.2%
井筒屋共栄持株会 6.2%
みずほ銀行 3.2%
福岡銀行 2.9%
(2013年2月末)
主要子会社 #主な関連企業の項を参照。
外部リンク www.izutsuya.co.jp
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北九州市小倉北区 井筒屋小倉本店(2009年1月)
北九州市八幡西区 井筒屋黒崎店(2009年3月)

株式会社井筒屋(いづつや、: IZUTSUYA CO.,LTD.)は、福岡県北九州市を地盤とする百貨店である。日本百貨店協会加盟。九州地方に本社を置く百貨店としては唯一東証第1部に上場しており、北九州市において(別法人として運営されているコレットを含め)、百貨店事業を展開する唯一の事業者(事業グループ)である[注釈 1]

概要[編集]

1935年(昭和10年)7月小倉市長で旅館「梅屋」主人だった神崎慶次郎と、門司市(現北九州市門司区)で呉服店「井筒屋」を経営していた住岡由太郎との、共同出資により設立された。建物の敷地は梅屋の土地を充当し社名は井筒屋の屋号を継承、更に設立にあたっては九州電気軌道(後の西日本鉄道)の出資を仰いだ。1936年(昭和11年)10月小倉本店開店。このような経緯があるため、かつては西鉄グループに属していた。なお、現在も西日本鉄道は9.2%の株式を保有する筆頭株主である。

三越伊勢丹グループ主導の全日本デパートメントストアーズ開発機構(A・D・O)に加盟しており、百貨店形態の直営店として、本店(北九州市小倉北区船場町)の他に、黒崎店(同市八幡西区黒崎)がある。また、山口市宇部市で関連会社により店舗を運営しているほか、福岡県内を中心に進物、婦人衣料雑貨など限られた商品を扱う小店舗を展開しており、その多くが大型量販店に併設、あるいは隣接したサテライトショップである。

1号店として黒崎店に近接して設けたブックセンターは、その後馬借駐車場再開発に合わせた小倉店オープンの際「ブックセンタークエスト」に名称変更。のち別法人化して独立後、地場書店チェーンの積文館書店(福岡市)に株式を売却(後に同社が吸収合併)して井筒屋グループから離脱しており、現在は井筒屋や西鉄とは無関係な場所での店舗展開も行っている。

2004年(平成16年)2月に小倉そごう跡に開業した小倉伊勢丹にも30%出資し、持分法適用会社となっていたが、商圏競合による売り上げ不振・共倒れ状態防止の観点から、伊勢丹持分の株式を備忘価額の1株1円で全て買い取り[5][PR 1]2008年(平成20年)4月1日に「株式会社コレット井筒屋」(新店名「COLET IZUTSUYA」)に商号変更して再開業した[6]。伊勢丹とは、小倉伊勢丹開業を機に全国に先駆け情報システムを統合するなど関係を強化していた[7]こともあり、大きな混乱なく移行させることができたとみられている[誰によって?]2009年(平成21年)3月11日には、井筒屋本店との棲み分けを図るために改装し、新店名「コレット」に改称した[8]

福岡市における事業[編集]

1966年(昭和41年)に開業した福岡市のJR博多駅博多口の駅ビル(博多ステーションビル)で関連会社の博多井筒屋が営業していたが、九州新幹線博多延伸に伴うJR九州による博多駅再開発のため2007年(平成19年)3月31日で閉店[9]、博多井筒屋社も解散した。井筒屋は2005年(平成17年)1月26日に社長名の文書で「新駅ビルへの核百貨店としての出店について前向きに検討したい」などと営業継続を求め[10]、2006年(平成18年)4月3日に九州旅客鉄道が新博多駅ビルへの阪急百貨店進出にすることを正式に合意したことを発表し[11]、補償金45億円で退去した[12][注釈 2]

博多井筒屋閉店の際に井筒屋から発表・公開された文章の中で「新JR博多駅ビルでの営業は」と書かれており、当時から博多駅ビル以外での場所で再出店を示唆。その後2007年(平成19年)11月2日博多リバレインイニミニマニモ地下2階部分に井筒屋本体による直営店舗「SALON DE IZUTSUYA U(サロン・ド・井筒屋・ユー)」として開店した。「大人の価値観にフィットする上質なセレクトショップ」をコンセプトとしていた。しかし、売り上げが伸び悩み、会社全体の経営も厳しい状況となったことから、「本拠(北九州)に経営資源を集中する」として、2009年(平成21年)3月30日に同年6月をもって閉店し、福岡市から事実上撤退すると発表した。閉店後は、特産品と九州産焼酎を扱う2店舗が引き続き営業している。

経営再建の道のり[編集]

2009年(平成21年)2月期連結決算で経常利益が9期ぶりの赤字に転落し[要出典]経営再建を図るため、以下の方策が採られることとなった。

  • 北九州市内の直営2店の閉店時間を繰り上げ19時とするとともに、元日以外の店休日を年8日程度に限って復活させる[PR 2][PR 3]
  • 久留米井筒屋閉店後の2009年(平成21年)3月1日付で会長以下全役員を降格とし、中村眞人が社長に復帰するとともに営業本部長を兼ねる。同時に、役員数を削減する[PR 4]
  • 外部に委託していた一部の業務を自前に戻し、経費を削減する。

またこれに加え、2009年(平成21年)8月31日をもって子会社運営の飯塚井筒屋についても売り上げの回復が見込めないとして閉店した[13][PR 5]が、地元からの再開要望を受け、翌月半ばから井筒屋本体直営の小型店舗および外商窓口「飯塚・井筒屋サロン」の営業を開始した[14][注釈 3]

それでもなお業績が回復せず、2010年(平成22年)2月期の決算でも大幅赤字になる見通しとなったことから、同年1月9日福岡山口みずほといった主力取引銀行に対して金融支援を要請し、合意 [PR 6]。 この責任をとるため、中村は後日、社長職を退任した[PR 7]。(なお、中村は本業に専念するため、それ以前から旧ニューウェーブ北九州後援会会長など、兼務していた公職を段階的であったが退いていた)。 これらの経費削減が功を奏し2010年(平成22年)8月中間連結決算において減収ではあったが、3期ぶりに黒字に転換した[要出典]

沿革[編集]

  • 1935年(昭和10年)7月30日 - 株式会社井筒屋百貨店として設立。
  • 1936年(昭和11年)10月6日 - 「井筒屋」(現在の本店)を開店。
  • 1937年(昭和12年) - 九州電気軌道(西日本鉄道の前身)系列の株式会社九軌百貨店と吸収合併。その後九州電気軌道系列に入る[PR 8]
  • 1949年(昭和24年) - 飯塚支店が開店[13]
  • 1959年(昭和34年)11月 - 八幡店(後の黒崎店)が開店。
  • 1961年(昭和36年)12月 - 福岡証券取引所に上場。
  • 1965年(昭和40年)10月 - 飯塚支店を分社化して設立した株式会社飯塚井筒屋(1964年8月の法人設立時は株式会社井光、その後1965年3月に商号変更)が飯塚店を開店。
  • 1966年(昭和41年) - 子会社の株式会社博多井筒屋が博多駅ビルで店舗開店。
  • 1969年(昭和44年)10月 - 株式会社宇部ちまきやとの共同出資により株式会社井筒屋ちまきや(1972年4月に株式会社宇部井筒屋へ商号変更)を設立。同年12月に「井筒屋ちまきや」(現在の山口井筒屋宇部店)を開店。
  • 1972年(昭和47年)9月 - 東京証券取引所二部に上場。
  • 1973年(昭和48年)7月 - 東京証券取引所一部に指定替え。
  • 1979年(昭和54年)10月 - 若松井筒屋を開業[15]
  • 1987年(昭和62年)10月 - 浮羽井筒屋が開店。
  • 1995年(平成7年)8月 - 若松井筒屋が閉店[15]
  • 1997年(平成9年)9月 - 浮羽井筒屋が閉店。
  • 1998年(平成10年)8月 - 本店新館が開店。
  • 2000年(平成12年)12月 - 中津店が閉店(ゆめタウン中津1階に移転)。
  • 2001年(平成13年)
    • 1月 - 大牟田井筒屋が閉店(ゆめタウン大牟田1階に移転)。
    • 10月 - 黒崎店を現在地(黒崎駅前の黒崎そごう跡地)に移転。
  • 2002年(平成14年)4月 - 井筒屋アネックス-1(旧黒崎店)が開店。
  • 2003年(平成15年) - 伊勢丹と提携関係を樹立。以後子会社整理・小倉伊勢丹開業などにおいて、支援を受ける。
  • 2007年(平成19年)
    • 3月31日 - 博多井筒屋が閉店[9]子会社の株式会社博多井筒屋を解散[要出典]
    • 11月 - 「サロン・ド・井筒屋U」が開店。
    • 12月25日 - 伊勢丹が小倉からの撤退を表明したことに伴い、株式会社小倉伊勢丹の全株式を取得し、店舗運営を引き継ぐ方針を発表[5]
  • 2008年(平成20年)
  • 2009年(平成21年)
    • 2月28日 - 久留米井筒屋が閉店。
    • 3月11日 - コレット井筒屋を改装し、店名を「コレット」に改称[8]
    • 6月30日 - サロン・ド・井筒屋Uが閉店。
    • 8月31日 - 飯塚井筒屋が閉店[13]
    • 9月11日 - 飯塚井筒屋が「飯塚・井筒屋サロン」として規模を縮小し、再開業[14]
  • 2014年(平成26年)
    • 10月 - 飯塚・井筒屋サロンを再度縮小。1階のみの営業となる。
  • 2015年(平成27年)
    • 10月 - 井筒屋アネックス-1(旧黒崎店)の営業を終了。同ビルの解体工事に入る。
  • 2016年(平成28年)

店舗[編集]

井筒屋アネックス-1(2009年3月)
小倉本店
通称:小倉井筒屋。北九州市小倉北区船場町1番1号。
以前は本館の西側に紫川別館が存在したが、駐車場棟跡地に建設した新館開業を期に取り壊され、飲食店が入った施設「紫江'S(しこうず)」が開業している。現在、本館横に新館が立っていて連絡通路で繋がっている。また1980年代には東側出入口の上に電光掲示板が設置されていたが、現在は撤去されている。
黒崎店
通称:黒崎井筒屋。八幡西区黒崎1丁目1番1号 クロサキメイト西ブロック 旧黒崎そごう
コレット
宇部店・山口店

サテライトショップ(ギフトショップ、小型売店)[編集]

北九州空港店

名称は、いずれも井筒屋が自社サイトで用いる名称に従った。

北九州市内 すべて本社直営
小倉駅店(JR小倉駅新幹線口「小倉エキナカひまわりプラザ」内)、市庁舎売店(北九州市役所本庁舎地下1階)[注釈 4]、二島ショップ(イオン若松ショッピングセンター1階)、曽根ショップ、北九州空港店(北九州空港内)、高須ショップ、若松ショップ(サンリブ若松1階)、守恒ショップ、戸畑ショップ(イオン戸畑ショッピングセンター1階)
その他本社直営
飯塚・井筒屋サロン(旧飯塚井筒屋)、中間ショップ、行橋ショップ、苅田ショップ、直方ショップ、田川ショップ、宗像ショップ、中津ショップ、大牟田ショップ
山口井筒屋
周南ショップ

過去に存在した井筒屋の店舗[編集]

飯塚店(現:飯塚・井筒屋サロン)
井筒屋初の支店として1949年(昭和24年)開業、後に分社された(黒崎店開業は昭和30年代)。2007年(平成19年)頃から閉店まで、小倉本店で販売している「井筒屋饅頭」の社章焼印を、地元出身で内閣総理大臣を務めた麻生太郎の似顔絵に変えた“たろちゃん饅頭”を売っていた。
本城店(直営)
北九州市八幡西区光貞台1丁目にあった、屋上に駐車場を備える郊外型の2階建ての店舗。近くに産業医科大学が開設された3年後の1981年(昭和56年)に、同大学北側の大学関係者も多く住む住宅街に開店したが、幹線道路に面していない、鉄道駅に直結ではなかったことなどが災いし、1984年(昭和59年)に閉店。跡地はしばらく空き店舗だったが、数年後太陽家具北九州西店が開業した。なお、旧店舗から東方向に3kmほど離れた場所にあるミスターマックスの商業施設「Mr.Max本城ショッピングセンター」の一角で長らくギフトショップを運営していたが、現在は閉店(イオン若松店に移転)している。
中津店(直営)
大分県中津市のJR九州中津駅前に建てられたビルのテナントとして入居していた。本体直営で、大分県北部唯一の百貨店だったが、郊外店との激しい競争もあり賃貸借契約を更新せず閉店(移転)。現在は、広島のスーパーイズミが運営する「ゆめタウン中津」内のテナントとなり婦人服や銘菓等も扱うギフトショップを運営している。
若松店(若松井筒屋)
北九州市若松区本町3丁目にあった「丸柏百貨店」(1938年(昭和13年)開業)を1979年(昭和54年)10月に買収・子会社化し運営していたが、1995年(平成7年)閉店[15]。同店は北九州市役所の売店運営も担当していたため、閉店後の売店運営は井筒屋本体が引き継いだ。閉店後の建物は数年間もの間放置され、“幽霊ビル”と化していたが、後に解体。その後は長きに亘り空地となっていたが、2007年(平成19年)8月23日ホテルルートイン北九州若松駅東が開業[17]。若松井筒屋閉店から実に12年後となる2007年(平成19年)3月10日には、若松区本町3丁目の「サンリブ若松店」に「井筒屋若松ショップ」を出店。売場面積は320平方メートルで、洋菓子・和菓子やギフト、婦人服等を販売する。
博多店(博多井筒屋)
福岡市博多区博多駅中央街1-1旧博多駅ビル(博多ステーションビル)に入居していた[9]1966年(昭和41年)に開店。2007年(平成19年)3月31日午後7時をもって博多駅再開発のため閉店[9][注釈 2]
SALON DE IZUTSUYA U
博多店の事実上の後継店舗として、2007年(平成19年)11月2日に本体直営で福岡市博多区下川端 博多リバレインイニミニマニモ地下2階に開店した。売り上げ不振から2009年(平成21年)6月撤退。
久留米井筒屋
業績不振により2009年(平成21年)2月をもって閉店。但しその後も同社の運営する大牟田、筑後のサテライトショップの営業は継続していたが、大牟田ショップは本社直営に移管、筑後ショップは閉店された。法人は現存しており、不動産管理業を担う。
久留米井筒屋大牟田店
久留米井筒屋が大牟田市西鉄天神大牟田線新栄町駅前に1970年(昭和45年)にオープン。大牟田松屋とともに大牟田・荒尾地域の百貨店として親しまれたが、石炭産業の衰退に加え、郊外店との競争に敗れ、2000年(平成12年)12月に閉店に追い込まれた。その後2004年(平成16年)に大牟田松屋も経営破綻し、大牟田市からは百貨店が姿を消した。なお、現在はゆめタウン大牟田でギフトショップを営業している[18]
浮羽店(浮羽井筒屋)
1987年(昭和62年)10月開店。うきは商業開発が運営するショッピングセンター「うきはプラザ」の核店舗であった。出店10年目の1997年(平成9年)9月で閉店。2009年(平成21年)現在「うきはプラザ」にはスーパーバリュー、ダイソーなどが入居している。
井筒屋アネックス-1(旧黒崎井筒屋)
黒崎店が2001年に旧黒崎そごう跡へ移転後、旧黒崎店をリニューアルし2002年にオープン。裏手にあったブックセンタークエスト黒崎店(旧井筒屋ブックセンター)を移転開業させ、無印良品、家具店i-Maison等の専門店商業施設として営業を続けたが、ビルの老朽化に伴う維持管理や黒崎店への一極集中を理由に、2015年、55年間の同ビルでの営業に幕を下ろした。

サテライトショップ(ギフトショップ、小型売店)[編集]

下関店
正式店舗名不詳。
小倉記念病院売店
小倉記念病院の移転に伴い閉店。
福岡空港店
かつて福岡空港国内線ターミナルに出店していた。正式店舗名不詳。
小郡ショップ
かつて小郡市西鉄小郡駅前に出店していた。現在は空家となっており、民主党の選挙事務所として使われたこともある。外装にIZUTSUYAマークの跡が確認できる。
筑後ショップ
筑後市。久留米井筒屋閉店後も運営されていたが、久留米井筒屋の営業休止に伴い閉店。
中津アウトレット館
大分県中津市の井筒屋中津物流センターの一角に設置された小型店。アウトレット品も扱う。井筒屋中津店がゆめタウン中津1階に移転した後も営業を続けていたが、2010年(平成22年)に閉店した。
大分出張所
大分県大分市。

主な関連会社[編集]

コレット(2009年6月)
山口井筒屋本店(2008年10月)
山口井筒屋宇部店(2009年1月)
飯塚井筒屋(2009年5月)
株式会社コレット井筒屋
旧店名・社名「小倉伊勢丹」。実質的には、運営は小倉本店と一体化されてはいるが、法人は別である。
株式会社山口井筒屋
1969年(昭和44年)にちまきやとの合弁で「井筒屋ちまきや」として開業。1972年(昭和47年)に井筒屋の100%出資となり、2008年(平成20年)に現社名に変更。
株式会社井筒屋友の会
株式会社レストラン井筒屋
井筒屋各店のレストラン、飲食店の運営の他、小倉北区役所や九州厚生年金病院のレストランの運営も行っている。
株式会社井筒屋外商サービス

過去の関連会社[編集]

博多井筒屋
過去にJR博多駅ビル内にあった。駅ビル建替えに伴い、2007年(平成19年)3月末閉店、法人も解散。4月以降は、しばらくの間井筒屋本社が博多駅の専門店街に相談窓口を設けていた。
井筒屋ウィズカード
山口フィナンシャルグループに属するカード会社。伊勢丹との提携の際、伊勢丹のMDシステム・顧客情報分析システムを有効活用するために譲渡し、伊勢丹アイカード子会社となった。後に伊勢丹経営統合で発足した三越伊勢丹ホールディングスの事業見直し過程で、山口フィナンシャルグループに売却され現在に至る。
ブックセンタークエスト
分社後、株式の90%を積文館書店に売却。そのため、井筒屋の持株比率は10%に低下し、関連会社ではなくなった。その後、積文館書店と共に日本出版販売の連結対象関連会社となり、井筒屋の連結対象から外れているが、従来通り井筒屋ウィズカードなども利用できる。2009年(平成21年)3月1日付で積文館書店と合併(合併後の社名は、株式会社積文館書店)。
タミー
西日本鉄道と共同出資で西鉄久留米駅ビルでスーパーマーケットを運営。後にグランドストア西都と合併、その後西鉄ストアに吸収された。

他の「井筒屋」と「井桁」マーク[編集]

JR米原駅における駅弁業者をはじめ、全国各地に点在する同名の業者とも全く関係がない[要出典]

なお、ロゴマーク(井桁)および社名が似ている、京都の株式会社井筒八ッ橋本舗や、過去に「井筒屋」と同じ「井桁」マークを使用していた(現在はCIにより使用していない)福島県郡山市うすい百貨店とは、一切関連がない。加えて社章は住友グループの菱井桁マークと酷似しているが、家紋等に用いられる「角立井筒」と呼ばれるものであり(家紋の一覧)、特に住友との関連はない[要出典]

その他の話題[編集]

  • 流通業界への就職を後押しするため、全国で初めて、店舗販売員を養成する専門学校「西日本リテールカレッジ」を2005年(平成17年)4月に開校した[19][PR 10]。ただし、2010年(平成22年)1月現在同校ホームページは閉鎖されている。
  • プロ野球チームの南海ホークスが福岡に移転し福岡ダイエーホークスとなった際(1989年3月)に、博多駅の井筒屋の壁面に同チームの若手成長株であった佐々木誠と、その同僚の将来のエース候補で先発ローテーションピッチャーとして頭角を表しつつあった(佐々木と同い年で同期入団)加藤伸一と共に「福岡の、新しい顔です」というコピーの2人が真新しいユニフォームに身をつつんだ大きな全身写真の垂幕が飾られ、博多駅前の通行人にインパクトを与えていた。[要出典]
  • 2000年代前半テレビ西日本で放送されていた番組「女神のアンクレット」の一社提供を行っていた。北九州にゆかりのある人にスポットを当て、贈り物、プレゼントに関するトークを繰り広げる15分番組だった[PR 11]
  • 北九州市に拠点を置くJリーグクラブ、ギラヴァンツ北九州のイヤーブックスポンサーを務めている[PR 12][注釈 5]。同クラブがニューウェーブ北九州として九州サッカーリーグに加盟していた2007年までは、ユニフォームスポンサーであった。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ そごう(黒崎:1979年(昭和54年)10月6日開店[1]-2000年(平成12年)12月25日閉店[2]、小倉:1993年(平成5年)10月10日開店[3]-2000年(平成12年)12月25日閉店[2]。)・玉屋(小倉玉屋:2002年(平成14年)12月25日閉店・廃業[4])等、過去に北九州市で営業していた競合百貨店他社は、全て同市から撤退・閉店している。
  2. ^ a b 2011年(平成23年)3月3日に新博多駅ビルのJR博多シティ開業[12]東急ハンズシネコンティ・ジョイが入居した[12]
  3. ^ この店舗は旧飯塚井筒屋の建物のうち1・2階部分のみを使用したものであり、事実上の縮小再開となった。
  4. ^ 当初は丸柏(まるかし、後の若松井筒屋)の運営。同百貨店の閉店・解散に伴い井筒屋が引き継いだ。
  5. ^ かつてはベンチ広告スポンサーを務めていた。

出典[編集]

  1. ^ “九州一『メイト』開店 黒崎 ショッピングの新拠点”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. [要ページ番号]. (1979年10月7日) 
  2. ^ a b “そごう8店舗が閉店 いずれも引き受け手ないまま”“サヨナラそごう 小倉・黒崎店 涙のラストデー”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. [要ページ番号]. (2000年12月25日) 
  3. ^ “開いた 集まった 小倉そごう 客約16万人”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. [要ページ番号]. (1993年10月11日) 
  4. ^ “小倉玉屋きょう閉店 西新岩田屋はあす26日から閉店セール”. 読売新聞 (読売新聞社): p. [要ページ番号]. (2002年12月25日) 
  5. ^ a b 伊勢丹、小倉撤退へ 井筒屋 完全子会社化し入店”. 西日本新聞社 (2007年12月25日). 2008年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年12月25日閲覧。
  6. ^ a b “小倉の顔“最後の切り札”「コレット井筒屋」開業 活性化へ大役担う”. 西日本新聞 (西日本新聞社): p. [要ページ番号]. (2008年4月2日) 
  7. ^ “「伊勢丹」になりきれない地方百貨店の苦悩(1)”. 東洋経済オンライン. (2007年12月2日). オリジナル2008年4月10日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20080410192128/http://www.toyokeizai.net/business/regional_economy/detail/AC/ced1ec1c13fb240702c8dabb6093bfe0/ 
  8. ^ a b “改装コレット ロフトが開業 北九州”. 西日本新聞 (西日本新聞社): p. [要ページ番号]. (2009年3月11日) 
  9. ^ a b c d “九州の玄関口、41年の歴史に幕 博多の井筒屋閉店”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. [要ページ番号]. (2007年4月1日) 
  10. ^ “JR博多新駅ビル百貨店、コンペで選定”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社): p. [要ページ番号]. (2005年1月27日) 
  11. ^ “阪急百の博多進出、JR九州と合意”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社): p. [要ページ番号]. (2006年4月4日) 
  12. ^ a b c “博多シティ 初日22万人 行列1300人、徹夜組も 正式開業 九州の流通競争 新時代”. 西日本新聞 (西日本新聞社): p. [要ページ番号]. (2011年3月4日) 
  13. ^ a b c “筑豊唯一の百貨店に別れ 飯塚井筒屋 営業を終了 後継店は11日開店”. 西日本新聞 (西日本新聞社): p. [要ページ番号]. (2009年9月1日) 
  14. ^ a b “井筒屋、小型店を強化 12年度までに福岡、山口で10店”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社): p. [要ページ番号]. (2009年9月2日) 
  15. ^ a b c “市街地空間の形成過程における中小百貨店の役割 業態店としての百貨店の空間構造を中心として”. 萩国際大学論集 (萩国際大学 論集委員会) 4 (1): [要ページ番号]. (2002年9月). 
  16. ^ “山口井筒屋オープン 初日2万3000人”. 山口新聞 (みなと山口合同新聞社): p. [要ページ番号]. (2008年10月4日) 
  17. ^ “かんもん北九州ファンよろず案内 若松に待望のホテル誕生”. かんもん北九州ファンクラブ 会報 (かんもん北九州ファンクラブ) (65): [要ページ番号]. (2007-08-29). 
  18. ^ 松屋の倒産 - 松屋の24,362日
  19. ^ Fashion Streetファッションニュース(2004年6月)

広報資料・プレスリリースなど一次資料[編集]

  1. ^ 株式会社小倉伊勢丹の株式の取得(子会社化)に関するお知らせ (2007年12月25日). 井筒屋(PDF)
  2. ^ “店休日・営業時間の変更に関するお知らせ (PDF)”. 井筒屋 (2009年2月4日). 2010年1月10日閲覧
  3. ^ “小倉店営業時間の変更に関するお知らせ (PDF)”. 井筒屋 (2009年4月20日). 2010年1月10日閲覧。
  4. ^ “組織改正および役員異動のお知らせ (PDF)”. 井筒屋 (2009年2月20日). 2010年1月10日閲覧。
  5. ^ “飯塚井筒屋の百貨店運営の終了について” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 井筒屋, (2009年7月6日), オリジナル[1]の2010年3月8日時点によるアーカイブ。 2012年1月10日閲覧。
  6. ^ “借入金返済に関する金融機関との同意のお知らせ (PDF)”. 井筒屋 (2010年1月9日). 2010年1月10日閲覧。
  7. ^ “代表取締役の異動に関するお知らせ (PDF)”. 井筒屋 (2010年1月9日). 2010年1月10日閲覧。
  8. ^ “流通業やレストラン・ホテルへの進出”. にしてつニュース -西鉄この100年-. 西日本鉄道 (2007年10月). 2008年1月16日閲覧。
  9. ^ “子会社の新規出店および商号変更に関するお知らせ (PDF)”. 井筒屋 (2007年11月14日). 2008年1月17日閲覧。
  10. ^ ワールドインテック販売市場に特化した新会社(子会社)設立のお知らせ
  11. ^ 株式会社映像BOX主な制作実績
  12. ^ スポンサーの紹介(ギラヴァンツ北九州公式サイト)

外部リンク[編集]