ながの東急百貨店
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | [広報 2] |
| 本社所在地 |
〒380-8539[1] 長野県長野市南千歳一丁目1番地1[1][広報 1] |
| 設立 |
1958年(昭和33年)11月10日 (株式会社丸善銀座屋)[1][広報 2] |
| 業種 | 小売業 |
| 法人番号 | 3100001002412 |
| 事業内容 | 百貨店[広報 2] |
| 代表者 | 小笠原 弘(代表取締役社長)[広報 1] |
| 資本金 |
23億6,829万円 (2015年1月31日現在) |
| 売上高 |
連結224億43百万円 単独191億65百万円 (2015年1月期) |
| 純資産 |
連結75億82百万円 単独75億89百万円 (2015年1月31日現在) |
| 総資産 |
連結184億88百万円 単独164億82百万円 (2015年1月31日現在) |
| 従業員数 |
連結371人 単独331人 (2015年1月31日現在) |
| 決算期 | 1月末 |
| 主要株主 | 東急百貨店 55.79%[広報 1] |
| 主要子会社 | 北長野ショッピングセンター[広報 1] |
| 外部リンク | http://www.nagano-tokyu.co.jp/ |
| ながの東急百貨店 | |
|---|---|
|
| |
| 店舗概要 | |
| 所在地 |
〒380-8539[1] 長野県長野市南千歳一丁目1番地1[1] |
| 座標 | 北緯36度38分42秒 東経138度11分19秒 / 北緯36.64500度 東経138.18861度座標: 北緯36度38分42秒 東経138度11分19秒 / 北緯36.64500度 東経138.18861度 |
| 開業日 |
1966年(昭和41年)11月26日[2] 旧店舗:1958年(昭和33年)11月10日[広報 2] |
| 正式名称 | ながの東急百貨店長野店[広報 1] |
| 敷地面積 | 6,089.10 m²[広報 1] |
| 商業施設面積 | 19,381 m²[広報 1] |
| 営業時間 | 10:00~19:00 (7Fのみ21:00まで) |
| 前身 | 丸善銀座屋(ながの丸善)[1][広報 1] |
| 最寄駅 | 東日本旅客鉄道(JR東日本)・長野電鉄長野駅 |
| 最寄IC | 長野IC |
株式会社ながの東急百貨店(ながのとうきゅうひゃっかてん、英: NAGANO TOKYU DEPARTMENT STORE CO., LTD.)は、長野県長野市南千歳にある日本の百貨店。ジャスダックに証券コード9829で株式を上場している。長野県で最大(2011年時点)の百貨店である。
目次
概要[編集]
東日本旅客鉄道(JR東日本)・長野電鉄長野駅前に店舗があり、長野市唯一の百貨店である。 商圏は長野市を中心として県内東部・北部や新潟県上越地方に拡がっており、かつては上越市にも小型店舗(ギフトショップ)を配置していた[要出典]。 本館正面入口脇のプレイガイド・宝くじチャンスセンターは、長野県内での宝くじ高額当せん者を多く輩出していることで知られている[要出典]。
別館(新館)「cher-cher(シェルシェ)」(1986年オープン)はブランド、キャラクターズショップや雑貨売り場など、地方都市としては数少ない都市型店舗として多くの顧客を吸引している[要出典]。
姉妹店として、小型店舗「ながの東急ライフ」(1990年オープン)を長野電鉄信濃吉田駅・JR北長野駅前に有している。
歴史[編集]
1958年(昭和33年)11月10日に地場資本の丸善銀座屋として創業[広報 2]。店舗は長野銀座のみずほ銀行長野支店がある位置に建っていた。斜め向かいには同じ地場資本の同業の長野丸光(後に長野そごうへの商号変更を経て閉店、跡地は「TOiGO SBC」となった)があり、激しい競争を行ったが、集客・売上共に完全に負けていた[3]。
その為、東急グループの総帥五島昇(父の五島慶太が長野県出身である)に提携をするよう申し入れ、東急百貨店調査課長三浦守(後の東急百貨店社長)が調査に行ったが、エレベーターすらない店舗に驚いて提携を断るよう進言したところ、五島昇が「場所を探してでもいいから応援してやってくれ」と指示したため、店舗の移転を含めたてこ入れを検討し、正式な業務提携前であったが、「これからは駅前が中心になる」との三浦の判断で長野駅前にあった小諸倉庫跡を取得し[3]、1966年(昭和41年)1月から総工費約14億円をかけて地上7階地下1階延べ床面積14,400m2の新店舗を建設した[2]。
そして同年11月26日に従来の店舗を閉店して長野駅前へ移転し[2]、売場面積も従来の約3倍[2]の6,604m2[広報 1]に広げ、東横の指導を受けて「のれん街」や洋酒、米国の一流婦人服などの売場も設けて[2]、売上も移転前の8億円から3倍の24億円に伸ばそうという[2]強気の再建策を採った。
旧店舗を大成建設に売却したものの新店舗の建設費が14億円とかさんだため[2]、移転直後の1967年(昭和42年)度には銀行借り入れが18億円で年商12.5億円を大きく上回る[3]厳しい財務状況に陥っていたが、東急との提携や三浦の読みどおり長野駅前に繁華街が移動したことなどもあって、移転後7年連続20パーセント以上という急激な売り上げ向上を実現し[3]、1973年(昭和48年)には長野県でトップの売上を誇る百貨店に成長[3]して再建に成功した。
この間の店舗移転直後の1966年(昭和41年)12月に正式に株式会社東横(現東急百貨店)と資本・業務提携をして東急グループの一員となり[広報 1]、1970年(昭和45年)にはながの東急百貨店へと商号を変更し[広報 1]、東急グループのマークを使用するようになった[3](CIは東急百貨店がいわゆる"Qマーク"に変更後も東急グループ共通のものを使用しているが、順次切り替えている)。
その後1975年(昭和50年)11月に長野店を売場面積10,429m2へ大幅に増床した[広報 1]のを皮切りに、1983年(昭和58年)11月[広報 1]の小諸市にこもろ東急百貨店[4](小諸店)開店、1986年(昭和61年)11月の長野店本館増床と別館「cher-cher(シェルシェ)」開業による売場面積16,875m2への拡張[広報 1]、1990年(平成2年)11月のながの東急ライフ開店[広報 1]、1997年(平成9年)9月26日のおかや東急百貨店の開店[5]と拡大路線を歩んだ。
しかし、バブル崩壊後の東急グループの再建策の一環として不採算店だったこもろ東急百貨店(小諸店)とおかや東急百貨店[6]を2002年(平成14年)4月30日に閉店し[7]、2000年代初めに業務提携して支援を行なっていた新潟県三条市の「まるよし」(スーパーマーケットだったが、本店は百貨店業態)との提携も解消したため、百貨店事業は本店である長野店1店体制に戻った(まるよしは会社更生法の適用を受け閉店している)[要出典]。
また、このかつてINC長野ケーブルテレビなど商圏内のケーブルテレビに「チャンネルTOKYU」(チャンネルとうきゅう)と称するチャンネルを運営、原則30分1サイクル・週1回更新の宣伝番組を制作・放映していたこともあった(長野ケーブルテレビでのアナログTVサービスのチャンネル番号は「19」であった)が、現在は放映を終了している[要出典]。
かつて存在した店舗[編集]
こもろ東急百貨店[編集]
| こもろ東急百貨店[4] | |
|---|---|
| 店舗概要 | |
| 所在地 |
〒384-0025[1] 長野県小諸市相生町1-3-3[1][4] |
| 開業日 | 1983年(昭和58年)11月[4] |
| 閉業日 | 2002年(平成14年)4月30日 |
| 正式名称 | ながの東急百貨店小諸店[広報 1] |
| 施設所有者 | 株式会社帝中[4] |
| 延床面積 | 14,248[4] m² |
| 商業施設面積 | 4,562[1][広報 1] m² |
| 前身 | 小諸ファッションデパート[4] |
| 最寄駅 | JR小諸駅 |
JR小諸駅前にあった1973年(昭和48年)開業の小諸ファッションデパートがテナントの退去で経営不振に陥った為[4]、その後継として1983年(昭和58年)11月にこもろ東急百貨店(小諸店)として開業。
ピークには年商40億円を超えたが[6]、北陸新幹線の一部先行開通や、上信越自動車道の開通に伴って佐久平駅周辺に買い物客が流れて小諸駅前が衰退した影響で売上が約半分の20億円程度まで落ち込んだ為[6]、東急グループの不採算店閉鎖の一環[6]として2002年(平成14年)4月30日に閉店した[7]。
跡地は栃木県で高齢者福祉施設を運営していたTBCシルバーサービスが引継ぎ、2003年(平成15年)11月に介護付有料老人ホームやリハビリ施設などからなる老人福祉施設あすか小諸としてオープンした[4]。
おかや東急百貨店[編集]
| おかや東急百貨店[広報 1] | |
|---|---|
| 店舗概要 | |
| 所在地 | 長野県岡谷市中央町1-11-1[4] |
| 開業日 | 1997年(平成9年)9月26日[5] |
| 閉業日 | 2002年(平成14年)4月30日[7] |
| 正式名称 | おかや東急百貨店[広報 1] |
| 敷地面積 | 4,981.97[7] m² |
| 延床面積 | 16,494.43[7] m² |
| 商業施設面積 | 約10,000[6] m² |
| 最寄駅 | JR岡谷駅[7] |
岡谷市の依頼[6]でJR岡谷駅前の中央町A地区第一種市街地再開発事業で建設された現在のイルフプラザ[7]の保留床を取得して、1997年(平成9年)9月26日におかや東急百貨店として開業[5]。
地元の諏訪大社の御柱祭にも積極的に参加するなど地域密着の営業方針を掲げ[8]、年商45億円を目指した[7]が、商圏規模の小ささ[6]や郊外型店との競合などの影響で年商32-33億円[7]と伸び悩み、年4億円程度の赤字が2・3年続いて累積赤字が約15億円に膨らんでいた為[6]、東急グループの不採算店閉鎖の一環[6]として2002年(平成14年)4月30日に閉店した。
店舗跡の土地と建物は2002年(平成14年)11月に岡谷市に約1億円で売却され[4]、商業施設を1-2階のみに縮小して地元の衣料品店だった2002年(平成14年)6月にカネジョウが核店舗として入居し[9]、3階以上は市の生涯学習活動センター[7]や子育て支援施設[4]などが入る複合施設イルフプラザとして2003年(平成15年)3月に全館開業した[7]。
しかし、市の所有となったことで周辺賃料の半額となっているが[4]、開業直後から売上は月1-2階合計で1.3億円と採算スレスレ[7]の厳しい状況が続き、2010年(平成22年)の6月と8月に後継の核店舗だったカネジョウが合計で売場面積の12%(316.68m2)を市に返却して縮小し[9]、その後1年近く一部のフロアが入居しなかった為、2011年(平成23年)6月からはチャレンジショップ事業の一つとして年内の家賃を無料にして募集する状況となっている[10]。
沿革[編集]
- 1958年(昭和33年)11月10日 - 長野県長野市に株式会社丸善銀座屋として[1][広報 1]。
- 1961年(昭和36年)2月 - 株式会社ながの丸善に商号変更[1][広報 1]。
- 1966年(昭和41年)
- 1970年(昭和45年)9月 - 株式会社ながの東急百貨店に商号を変更[1][広報 1]。
- 1975年(昭和50年)11月 - 長野店増床リニューアル(売場面積は10,429m2となる)[広報 1]。
- 1983年(昭和58年)
- 1986年(昭和61年)
- 1988年(昭和63年)11月 - 長野県上田市に、小諸店外商課・うえだ東急ギフトサロンを開設[広報 1]。
- 1990年(平成2年)
- 1991年(平成3年)
- 1996年(平成8年)9月 - 株式会社おかや東急百貨店設立[広報 1]。
- 1997年(平成9年)
- 1999年(平成11年)12月 - 株式会社北長野ショッピングセンター設立。
- 2000年(平成12年)1月 - ながの東急ライフを株式会社北長野ショッピングセンターに移管。株式会社ながの東急ライフは解散[広報 1]。
- 2002年(平成14年)
- 2004年(平成16年)12月 - ジャスダックへ株式上場[広報 1]。
- 2005年(平成17年)11月 - 新館シェルシェを増床(売場面積は2館で19,381m2となる)[広報 1]。
- 2008年(平成20年)9月 - ショッピングプラザ109上田を上田サテライトショップに改称[広報 1]。
フロア案内[編集]
特記なき場合は公式ウェブサイト内フロアガイドによる[広報 3]。
| 階 | 本館 | 別館 |
|---|---|---|
| 屋上 | 屋上広場 | 砂入人工芝テニスコート[広報 4] |
| 7階 | レストラン街 | |
| 6階 | 子供服 | |
| 5階 | 家庭用品、催し物会場 | 多目的ホール |
| 4階 | 紳士服 | 美術、宝飾、時計、眼鏡、補聴器、呉服 |
| 3階 | 婦人服 | 平安堂 |
| 2階 | 婦人服 | 平安堂、カルチャー教室 |
| 1階 | 服飾雑貨 | アーバンファッション街区 |
| 地下1階 | 食料品 |
- 補足
店内サービス[編集]
バリアフリー・トイレ[編集]
- エスカレータ - 本館(1基・両方向運転、地下1階 - 6階)、別館(1基・両方向運転、1階 - 4階)
- エレベータ - 本館(2基)、別館2基(1基、1基)
- 点字ラベル貼付サービス - 希望すれば買上げ商品に「点字ラベル」を貼付する
- 本館1階正面案内所 - 店内案内、店内呼出し、ベビーカー貸し出し、車椅子・歩行補助車の貸出し
- 本館西側案内所 - 店内案内、店内呼出し、ベビーカー貸し出し、車椅子・歩行補助車の貸出し、手荷物一時預り、忘れ物一時預り、駐車場までの傘貸出し、AED(自動体外式除細動器)設置
- 化粧室(トイレ)
- 女性化粧室 - 本館(地下1階 - 7階)、別館(2階、3階、5階)
- 男性化粧室 - 本館(地下1階 - 7階)、別館(2階、3階、5階)
- 多目的化粧室(車椅子対応) - 本館(7階)、別館(3階、5階)
- ベビー休憩室・授乳室 - 本館6階
- オムツ替えベッド、ベビーベッド、調乳用温水、電子レンジ
- ファミリー化粧室 - 本館6階
- 幼児サイズのトイレ、ベビーキープ、ベビーベッド
専門スタッフ[編集]
店内に日本百貨店協会が認定するアドバイザー資格を持つ店員を配置。アテンドサービスを確実に利用するためには、あらかじめ来店前に予約しておくことが推奨されている[広報 7]。
営業時間・休業日[編集]
- 営業時間 - 10:00 - 19:00
- 本館7階レストラン街 - 11:00 - 21:00
- 休業日 - 年中無休(1月1日は除く)
特約駐車場[編集]
店舗一覧[編集]
株式会社ながの東急百貨店[編集]
ながの東急百貨店[編集]
- 本館・別館(長野県長野市南千歳1-1-1)
サテライトショップ[編集]
- 上田サテライトショップ(長野県上田市天神4-24-1 上田東急イン 1階)
- 営業時間9:30 - 19:00
- 更埴サテライトショップ(長野県千曲市大字桜堂字桜田488-18 サンプラザビル 1階)
- 営業時間10:00 - 18:30
- 中野サテライトショップ(長野県中野市西1-3-1)
- 営業時間10:00 - 18:30
- 松本サテライトショップ(長野県松本市中央1-18-1 Mウィング南館 1階)
- 営業時間10:00 - 18:30
株式会社北長野ショッピングセンター[編集]
ながの東急ライフ[編集]
| ながの東急ライフ[広報 1] NAGANO TOKYU LiFE | |
|---|---|
|
| |
| 店舗概要 | |
| 所在地 |
〒381-0043 長野県長野市吉田三丁目22番1号 |
| 座標 |
北緯36度39分59秒 東経138度13分20秒 |
| 開業日 | 1990年(平成2年)11月 |
| 正式名称 | 北長野ショッピングセンター[広報 1] |
| 施設所有者 | 株式会社北長野ショッピングセンター |
| 施設管理者 | 株式会社北長野ショッピングセンター |
| 敷地面積 | 7,750.71 m²[広報 1] |
| 延床面積 | 28,643 m² (容積率370%) |
| 商業施設面積 | 6,549 m² |
| 中核店舗 | ながの東急ライフ |
| 店舗数 | 21店舗 |
| 営業時間 | 09:30~19:30(飲食店等除く) |
| 商圏人口 | 約45万人(10キロ商圏) |
| 外部リンク | ながの東急ライフ |
- 所在地 - 長野県長野市吉田三丁目22番1号
- 営業時間10:00 - 19:30
- 3階 - スポーツクラブ とうきゅうテソロ
- 月 - 土曜日 10:00 - 21:00
- 日曜日・祝祭日 10:00 - 19:30
- 2階 - ダイニング和 11:00 - 22:00(オーダーストップ21:30)
- 1階 - モスバーガー 8:00 - 21:00
- 1階 - 東口飯店 11:00 - 22:00(オーダーストップ20:00)
- 3階 - スポーツクラブ とうきゅうテソロ
- フロア案内[広報 8]
- 屋上 - 駐車場
- 5階 - 駐車場
- 4階 - 駐車場
- 3階 - 多目的ホール、書店
- 2階 - ファッション、インテリア、寝具
- 1階 - 食料品、洋品雑貨
ギャラリー[編集]
脚注[編集]
出典[編集]
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 流通会社年鑑 2003年版, 日本経済新聞社, (2002-12-20), pp. 67-69
- ^ a b c d e f g h “新店舗完成、きょうから営業開始”. 信濃毎日新聞 (信濃毎日新聞社). (1966年11月26日)
- ^ a b c d e f 『ながの東急百貨店 おかげさまで30年』 ながの東急百貨店。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 中心市街地の空きビル活用及びリニューアル事例調査 報告書 平成24年3月 (Report). 国土交通省都市局. (2012-3).
- ^ a b c d “ながの東急百貨店 26日『おかや東急百貨店』開業、東急スクエアの核に”. 繊研新聞 (繊研新聞社). (1997年9月25日)
- ^ a b c d e f g h i “ながの東急小諸店とおかや東急 夏までに閉店へ”. 信濃毎日新聞 (信濃毎日新聞社). (2002年1月25日)
- ^ a b c d e f g h i j k l m 大型閉鎖店舗再生等対策の総合プロデュース人材育成事業 副読本 (Report). 経済産業省. (2003).
- ^ “不況風、御柱祭にも 減る企業の「お宿」や出し物”. 信濃毎日新聞 (信濃毎日新聞社). (1998年5月9日)
- ^ a b “岡谷市へ売り場12%返上 イルフプラザのカネジョウ”. 長野日報 (長野日報社). (2010年7月14日)
- ^ “チャレンジショップに 岡谷のイルフプラザ空きスペース”. 信濃毎日新聞 (信濃毎日新聞社). (2011年6月9日)
広報資料・プレスリリースなど一次資料[編集]
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap 株式会社ながの東急百貨店 有価証券報告書‐第57期 (Report). ながの東急百貨店. (2015-4-22).
- ^ a b c d e f 会社説明資料 2008年7月中間期 (Report). ながの東急百貨店. (2008-9).
- ^ “フロアガイド”. ながの東急百貨店. 2017年2月5日閲覧。
- ^ “ながの東急百貨店教室 スポーツ・健康”. ながの東急百貨店. 2017年2月5日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年2月5日閲覧。
- ^ “各駅情報 長野駅”. ながでんグループ. 2017年2月5日閲覧。
- ^ “地図・駐車場”. ながの東急百貨店. 2017年2月5日閲覧。
- ^ “アテンドサービス”. ながの東急百貨店. 2017年2月5日閲覧。
- ^ “フロアガイド”. ながの東急ライフ. 2017年2月5日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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