川徳
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場 |
| 本社所在地 |
〒020-8655 岩手県盛岡市中ノ橋通1-6-8[1] ↓ 岩手県盛岡市菜園1-10-1[2] |
| 設立 |
1952年(昭和27年)2月1日[2] (1866年(慶応2年)創業[2]) |
| 業種 | 小売業 |
| 法人番号 | 6400001000465 |
| 事業内容 | 百貨店業[2] |
| 代表者 | 代表取締役社長 川村宗生 |
| 資本金 |
1億円 (2016年4月時点) |
| 売上高 |
224億円 (2016年2月期) |
| 従業員数 |
476人 (2016年4月時点) |
| 決算期 | 2月[2] |
| 主要株主 | 川徳商事 |
| 関係する人物 | 川村徳助 |
| 外部リンク | http://www.kawatoku.com/ |
株式会社川徳(かわとく、英称:Kawatoku Co.,Ltd.)は、岩手県盛岡市に本社を置く百貨店である[2]。日本百貨店協会加盟。
目次
概要[編集]
創業150年を誇る老舗。盛岡市菜園の本店「パルクアベニューカワトク」は盛岡市街地唯一の日本百貨店協会加盟店である[3]。毎年11月に開催するセール「えびす講」は三陸地方など県内各地から客が殺到することで知られる。盛岡市の道路整備が遅れていた時代には、来店客を乗せた車やバスによる「えびす講渋滞」が盛岡の晩秋の風物詩だった[4]。
本店に隣接して別館「Cube-II」、盛岡市緑が丘には食品スーパーを核とした複合店舗「アネックスカワトク」を運営。アネックスカワトクと本店を結ぶカワトク会員専用の無料シャトルバス「カワトクスーパーシャトル」がハイデッカータイプの専用塗装車で運行されている[5]。百貨店事業の他、カード事業、旅行代理店「カワトクトラベル」、チケット販売、レストラン等を経営する「グルトンカワトク」、セレクトショップ「葡萄屋」、県産品・クラフトセンター「かわとく壱番館」など多様な事業を展開している。
お中元やお歳暮の「KAWATOKU」の包み紙は盛岡市内はもとより岩手県内でも強固なブランドであり、「カワトク=良い物」というイメージは高いものの、近年は地盤である北東北地方の景気回復の遅れ、またお膝元である盛岡市郊外への「イオンモール盛岡」(2003年8月)や「イオンモール盛岡南」(2006年9月)の出店もあり業績は伸び悩んでいる。県内各地にあったサテライトショップ「プラザカワトク」(宮古市、水沢市、大船渡市、久慈市、一関市)も徐々に閉鎖し2005年に全廃した。百貨店業態は本店のみで多店舗展開はしなかったため大きな打撃こそ受けてはいないが、旗艦店である本店の売上高回復が喫緊の課題となっている。
東日本大震災後、沿岸部へ出店を再開(いずれも外商窓口を兼ねた小型店舗)。2012年に宮古市、2017年に大船渡市、前後して2015年には初の県外店舗として青森県八戸市にも進出している。
商品仕入は伊勢丹系列の全日本デパートメントストアーズ開発機構に加盟している。2005年にはイーバンク銀行(現・楽天銀行)と提携、最近ではハウスカードである「パルクカード」からセゾンカードと提携し[6]、「カワトクカード」に一新するなど、新しい試みも行われている。
沿革[編集]
- 1866年(慶応2年) - 盛岡の鉈屋町で、木綿商を川村徳松が創業[4]。
- 1875年(明治8年) - 肴町に進出。「徳田屋徳松」と称す。
- 1885年(明治18年) - 「徳田屋」を改めて「川村徳助商店」とする。
- 1898年(明治31年) - 「川村徳助商店」を改めて、「川徳呉服店」とする。
- 1919年(大正8年) - 元旦から川徳呉服店の商号を用いる。
- 1920年(大正9年) - 第1回えびす講開催。
- 1937年(昭和12年) - 百貨店法が施行され、百貨店の許可を得る。
- 1938年(昭和13年) - 川徳呉服店を合名会社川徳とする[4]。
- 1952年(昭和27年)2月1日 - 株式会社川徳を創設[2]。
- 1954年(昭和29年) - 第1回川徳友の会発足。
- 1956年(昭和31年) - 地下1階地上3階の鉄筋コンクリート店舗完成。
- 1961年(昭和36年) - 第1次増築として4,5階を増築し、地上33mの展望台が完成。
- 1966年(昭和41年) - 創業100年を迎える。
- 1970年(昭和45年) - 本店増築(新館・地下1階、地上8階)完成。
- 1980年(昭和55年)
- 1989年(平成元年) - 郊外地の需要をにらみ、緑が丘に複合店舗「アネックスカワトク」を開設。ハウスカード「パルクカード」導入。
- 1991年(平成3年) - 「カワトクスーパーシャトルバス」運行開始。
- 1995年(平成7年) - 本店隣接地に駐車場とリビングを中心とした複合店舗Cube-II(キューブツー)開店。
- 9月 - 株式会社川徳ストア、株式会社アネックスカワトクを合併。
- 2000年(平成12年) - 菜園移転20年を迎える。
- 2006年(平成18年) - 創業140年。クレディセゾンと提携、ハウスカードを「カワトクカード」にリニューアル。
- 2010年(平成22年) - 菜園移転30年を迎える。
- 2011年(平成23年) - 創業145年。
- 2012年(平成24年)
- 2015年(平成27年)4月10日 - 八戸市にて「カワトク八戸」開店。
- 2017年(平成29年)
主なテナント[編集]
本店「パルクアベニュー・カワトク」[編集]
- サルヴァトーレ・フェラガモ
- ロクシタン
- バーバリー
- COACH
- ポールスミス
- ラルフローレン
- シャネル(フレグランス、化粧品のみ)
- クリスチャン・ディオール
- ダンヒル
- コムサ・デ・モード
- ブルックスブラザーズ
- ヒロココシノ
- パパス&マドワゼルノンノン
- カフェ・コムサ
- 源吉兆庵
- 京樽
- カフェ・モロゾフ
- パパスカフェ
- たち吉
- 森永カプチーナ
- 東山堂(旧丸善)
- ベストフレンドショップ菜園川徳店
- ロフト (盛岡ロフト)
所在地[編集]
- 本店(パルクアベニュー・カワトク): 〒020-8655 盛岡市菜園一丁目10番1号(地図)
別館(Cube-II)[編集]
- バラクライングリッシュガーデン
アネックスカワトク[編集]
1989年、百貨店と、スーパーマーケット「川徳ストア」(現存せず)の運営ノウハウを生かし、盛岡市郊外に開店。百貨店とGMSの中間的な複合店舗である。テナント棟・オフィスビルの「アスティ緑が丘」を併設している(運営主体は別)。
ユニクロが岩手県初出店テナントとして入居していた時期がある。同店がイオン盛岡南に移転後は、やや精彩を欠いているが、川徳本店とたびたび連携セールを展開するなどの施策を打ち出すほか、当初より友の会会員向けに本店とのシャトルバスを運行するなど、近隣住民にとっては「ミニ川徳」として定着している。
所在地[編集]
- 〒020-0117 盛岡市緑が丘四丁目1番50号(地図)
テナント[編集]
主な関連会社[編集]
- 川徳友の会 - 1973年(昭和45年)3月設立、持株比率60.0%、本社盛岡市、友の会事業[2]。
- 川徳食堂 - 1940年(昭和15年)10月設立、持株比率39.1%、本社盛岡市、食堂業[2]。
- かわとく壱番館 - 1971年(昭和46年)9月設立、持株比率75.0%、本社盛岡市、民芸・工芸品販売[2]。
- 葡萄屋 - 1984年(昭和59年)8月設立、持株比率100.0%、本社盛岡市、衣料品販売[2]。
その他関連店舗[編集]
- かわとく壱番館 - 県産品販売。盛岡市内丸「岩手県水産会館」1階と、Cube-IIに展開。
- 葡萄屋 - セレクトショップ、テナントビル。川徳の近隣地で「ミュージアム」、「フロムハート」を営業。
- パルクアウトレット - 近隣地で営業。ミセス向けのアパレル・雑貨品のアウトレット店
- カワトク宮古、カワトク八戸、カワトク大船渡 - 小規模売店。外商窓口を兼ねる。
- カワトク キューブ ミニ - 盛岡駅駅ビルフェザン内に出店。食品、雑貨、服飾などを揃えるセレクトショップ形態として2017年4月にオープンしたが、売上不振から2018年5月での閉店を発表。わずか1年での撤退となった。
脚注[編集]
- ^ 日本商業年鑑 1972年版, 商業界, (1972), pp. 498
- ^ a b c d e f g h i j k 流通会社年鑑 1990年版, 日本経済新聞社, (1990-11-24), pp. 18-19
- ^ 2005年度百貨店調査 日本経済新聞社。パルクアベニューカワトクは売上高全国94位。売場面積25673平方メートル、売上高236億7300万円
- ^ a b c 【老舗あり】盛岡市・川徳/岩手の小売業を牽引 晩秋の名物「えびす講渋滞」『産経新聞』朝刊2018年10月21日(地方面)。
- ^ 車種:日野・セレガハイブリッド。運行委託先:岩手県北自動車盛岡営業所。日によって一般車で運行の場合あり。
- ^ 提携先のクレディセゾンの前身は、かつて盛岡にも店舗があった緑屋である。
- ^ 中三は1981年に開店したが、2011年3月14日に爆発事故を起こしそのまま閉店した。跡地には建物存続で2012年10月29日にNanakが開店した。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 株式会社川徳
- 【懐かCM】岩手ローカル カワトク - YouTube - 1960年代に川徳が使用していた肴町(中ノ橋通)の店舗建物の貴重映像
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